千代にヤチヨに   作:彼岸花すずか

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CPKに脳を焼かれて久しぶりに筆を執ったので初投稿です。

なお筆者は本編を2回見た程度で、ノベライズもガイドブックも読めていないド素人なので細かい矛盾点はご容赦いただけると幸いです。

……ついでに今回は主要人物がまともに出てこないということにも目をつぶっていただけると嬉しいです。


1.君に出会う前の孤独な道のり

 何かをしなければいけない気がした。

 誰かに会わなければいけない気がした。

 そうだ。彼女に、あの子に会って伝えなければ。

 そうしなければ、私は――

 

 

 

 

 

 そこはすごく寒い場所だった。

 周りを見渡しても誰もいないどころか、そもそも辺り一帯真っ暗なせいで何も見えない状態だ。

 寒い、暗い、怖い、寂しい。

 それに何より

 

――今はただ、()()()に会いたい。

 

 

 ……あの子って誰だ?

 咄嗟に出てきたぐらいだ。私にとってすごく大切な存在だったはず、……なのに思い出せない。

 けど、名前も顔も好きだったものも何もかも思い出せないけど、唯一覚えているものがある。

 

 声だ。

 太陽のように明るくて、子供っぽく無邪気。具体的に何を言っていたかは覚えてないけど、その声色だけは今でも鮮明に覚えている、そんな声。

 大好きだった声。朧気ながらも力強く輝く金色の記憶。それが私を奥底から温めてくれていた。

 

 それにしても寒いな。いくら心が温かくてもこう寒いんじゃ仕方無い。暗さと寒さの二重苦もここにきて地味に効いてきてる。私は今独り暗闇の中、時間が無駄に過ぎているという実感だけが在って嫌な現実味をじっとりと残していく。

 ねぇやっぱ誰かいたりしない? ……しないね。何回確かめてみても現実が変わるわけではなく、むしろ虚しさが一層強まった気がした。

 ……ちょっと疲れた。この際文句言わないから、誰でもいいから、今はとにかく人に会いたい。

 そう思ったときだった。

 

 ぼぅっと、遥か遠くに何かが灯った。

 

 何あれ?

 

 よく見えないから、少しだけ近づいてみる。

 

 ……あったかい。え、あったかい、暖かい!

 

 暗闇の中に突如出現した謎の光。よく見れば橙色をしているそれに向かって、そうと気が付くよりも前に私は駆け出していた。

 

 

 

 はーありがたやありがたや。マジであったかい。

 私が何も考えずに近付いたもの、それは揺らめく一筋の炎だった。ガスの炎どころか下手したらアルコールランプにすら及ばないぐらい弱くて、出力もまるで不安定で、けれど確かに存在していた。

 ……いや暖かいのはいいんだけど、なんでこんなとこで炎が上がってるの? これのおかげで多少明るくなったとはいえ、それでもまだ何も見えない。けど独りでに発生したとは思えないし――

 

■■■(ツイタ)

 

 ……え?

 

■■■■(ツイタゾ)

■■■(ツイタ)■■■(ホノオ)!」

 

 何⁉ 怖い怖い怖い。やっぱ何かいる⁉

 さっき明るくなった後も辺りには何も見えてなかったというのに、声が聞こえた途端に”何か”が私の目の前に出現した。正確な姿かたちは見えないから分からない。十に満たない数の暗くぼやけた影が、炎の周りに無秩序に集まっていたこと。それだけは理解できた。何かは、いるみたいだった。

 ここには今まで何もいなかったはずなのに、今は確実に何か見えている。独りじゃないと分かったのは良かったけど、そうなると今度はこれらが一体何なのかが気になってきた。

 けど、正直見当すら付かない。言葉を話しているみたいだから、人間? ……にしては拙いような。

 うわ近付いてきた。

 

■■■■■(アッタカイ)

■■■■■(アタタカイ)

 

 ……火にあたってるのかな? よく見るとどの影も本体から腕の形をした影を伸ばしているような。そんな彼らの掌は片側を照らされながらも小刻みに震えていた。

 そんな感じでしばらく彼らを観察していると段々その輪郭が明瞭になってきて、今では線の太めな棒人間とでも言うべきシルエットになっていた。

 人間、でいいのかなぁやっぱり。

 

「……■■■(サムイ)

 

 ぽつり。

 

■■(マダ)■■■(サムイ)

 

 また、ぽつり。

 炎で暖を取れたことで和んだ雰囲気の中、それらの呟きから一転して暗い雰囲気が差し込み始めた。

 けど寒いのも分かる。暖かいのは事実だけど背中の辺りがやたらと寒いのは今も変わらない。

 

()■■■(ワタシ)()……」

 

 少し間を開けてから、今まで一度も口を開いてこなかった一人の影が声を上げた。

 けれどその続きが口に出されることは無い。

 

(やっぱり、寂しい、な)

 

 次に物理的に発声されなかった声の続きが私だけに聞こえた。心の声、根拠は無いけどそう思った。

 

(ずっと、ずっと旅、してきた)

(冷たい地面の上、ずっと、歩いてきた)

(あんないた仲間も、別れたり、死んだり)

 

 ……。

 

(けど、どうやって言葉にすればいいのか、分からなくて)

(みんなここにいるはずなのに、いなくなった人と話してるみたいに、遠く、感じる……)

 

 なんだ、やけに口数が少ないから何も考えてないのかと思ったけど、話したいことあるんじゃん。

 けどさぁ――

 

(だから、■■■(ワタシ)――

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

――()■■■(もっと)■■■■■■■■(みんなと話したい)!」

「……□□?」

「□□、■■■■(いきなり)■■■■(どうした)? ……!」

 

 なんか、急に流暢になった?

 いや確かにじれったいと思って何とか伝われ~、って念じたのは私だけどさ、そう思った瞬間に突然スラスラ喋りだされたら流石にびっくりする。ただ驚いたのは私だけじゃなかったみたいで、彼ら自身もいきなり意思疎通がしやすくなったことに対して動揺を隠せないでいた。状況を把握できてないのはお互い様みたいだった。

 いやそれにしても本当に変わったよ。最初聞こえてきたのはただの唸り声で意味なんか無さそうだったのに、それが今やカタコトの日本語みたいな感じになっている。多少の違和感に目をつぶれば格段に聞き取りやすくなっていた。

 人型をしていて言葉を使う集団、私にはもう目の前の存在が人間に見えて仕方無くなっていた。

 

 コミュニケーションが取りやすくなったからか、会話が急激に加速しだした。雰囲気が明るくなる。心なしか焚火も強くなってきてる気がする。

 ……いや違う、焚火が強くなったんじゃない。影が、辺りがそもそも明るくなってきてるんだ。ついさっきまでは朧気だったシルエットが、今ではもうずいぶんはっきりしてきていた。

 靄が晴れてはっきりと見えるようになった彼らの姿、それは全身を原始的な服装に包んだ人間の集団だった。上に着るフード付きの上着から手袋ブーツのような小物まで重ね着を構成していた何もかもが獣皮を縫い合わせて作られていた。なんでこんなに厚着をと思って辺りを見れば一面の雪景色。ぽつんと佇む集落の人々は寒さに耐えるためたった一つの焚火の周りに集まっていたのだった。

 つまり、私は今人間の集落にいるらしかった。

 

 あの夜に起こった少し不思議な出来事のおかげで世界はほんの少しだけ明るくなったけど、集落の人を除けば見える世界の解像度はまだまだ低かった。使命を忘れたわけじゃないけど、そのままだとどうしようもなかったのもまた事実。今のところ進展があったのがあの夜だけだったということで、必然的に私は彼らのことを見守ってみることに決めた。

 

 

 

 それから一体何度の夜を越えたことか。長い年月の中で、私は彼らの営みを目撃した。やせ細った灰色の世界から食糧をなんとかかき集めて、死ぬ目に遭いながら獣を狩って、数少ない同胞の間でそれを分かち合って一日を過ごす。その生活を何代、何十代と続けていく。気付いたときには既に最初の面子はすっかりいなくなっていた。

 

 形を変えながらも途切れず続いていく家族のつながり。それを見届ける中で私は、今の自分が普通ではなくなってしまったことを悟った。

 前がどうだっかは知らない。そもそも私には彼らに出会う前の記憶が無い。残ったのは誰に向けてのものかすら定かじゃなくなった焦燥感、それだけ。本当に”あの子”の声以外には何も覚えてない。

 けれど、たとえ記憶が無くなってたとしても、今の私が普通じゃないというのは間違い無かった。

 

 おかしいと感じた所は色々あったけど、特に一番気にかかったのは私の体に起きている異常だった。例えば体が見えないのが最たる例。前後左右の感覚はあるのに、自分では自分の体が見えず四肢とかの細かい感覚も無い。もう数百年経つというのにまだ誰とも話せていないということはもう、他人からも私の体は見えなくなっていると見るべきだろう。何をしても彼らの目に私は映らなかったし、声を掛けようにも喉が無いから本当どうしようも無かった。

 というか私ちょっとだったら浮けるし、そもそも何百年間も何の問題も無く生き残ってる時点でもう変だ。飲まず食わずだし。こうなると人間の姿を保ってるのか怪しいどころか、生命体を超えた何かになってしまっている可能性すらある。

 

 まあそんな妄想は置いておくとしても、今の境遇について疑問に思う機会は他にもあった。

 自覚したのはいつも通り彼らを見守っていたときのこと。集落の誰かが何か言いたいことのありそうな顔をして、それでいてもどかしそうに何も言えないでいた。

 そんなとき、”心の声”が聞こえてきた。何十年振りだったからすぐには気付けなかったけど、私が彼らと初めて出会ったときに聞こえた、あの声と同じものが聞こえてきた。声に出さないから当然周りには聞こえず、けれど私にだけは聞こえる特別な、あの心の声だった。

 そして私はそのときも同じことを思った。じれったい、そういうの言わなきゃ伝わらないよ、って。何年前の話って感じ。だから私はそう思ってすぐ、そういえば私の声は届かないんだったと反省した。

 

 けど予想に反して今度は届いた。どれだけ声帯に力を込めても一切声は発せなかったのに、なんなら今回は声すら出ていなかったというのに、届いた。

 ただ別にその子が私に直接反応したんじゃない。私が念じて、この子の声が”変わって”、そして周りも”変わっていった”。前回と全く同じ流れ。一気に変わった集落の雰囲気はこの世界を少しだけ明るくしてみせた。

 最初は気のせいだと思っていた。二回目までなら偶然の範疇、けど何回も続くようなら最早それは必然だ。同じことを何度も何度も繰り返すうちに周囲はどんどん変わっていった。集落内のコミュニケーションは活発化し、私の世界はついにどこまでも見渡せるようになった。

 そこでようやく、これは私の能力だと直感した。誰かが”伝えたい”と願ったとき、それを手助けしてあげられる力。そんな魔法みたいな力。非現実だと自分で自分に呆れそうになる一方で、状況証拠から完全には否定できないと思ってしまう自分もいた。

 同時にこうも思った、なんて不公平なことだと。私は人の”伝えたい”という願望を何度も叶え続けてきた。では私は? 私が”伝えなければいけない”のはあの子だ。なのに、今まで何十何百という時間をこの集落と共にしてきても、”あの子”が姿を現す気配は無い。原始的だったはずの街並みがどんどんと発展を見せていく最中でも湧いてきたのは満たされない寂寥感だけだった。

 

 どこを見てもあるのは氷だけ。

 一体、あんたはどこへ行ったというの……?

 

 

 

 

 

 さらに長い時間が流れた。もう何十年何百年じゃ利かない、数千年単位の時間を過ごしていた。曖昧になってるのは数えるのをやめたから、というのもあるけど、一番大きいのはボーっとしてる時間が増えたからだと思う。景色が変わる訳でも集落が発展する訳でも、ましてや”あの子”に会える訳でもない日常は私から張りを奪うには十分だった。

 無感動な雲の流れに視線を奪われるまま退屈な日々を過ごし、気付けば世界から氷が消えていた。

 

 目に見えた変化が現れたので流石に何か変わっただろうと思って辺りを見渡すと、思っていた以上に大きな変化が起こっていた。焦った。何か見逃したかもしれない、そう思って具に観察を試みた。

 しかし結果としてはあまり変化無し。確かに景観は大きく変わったけど、逆に言えばそれ以外はそうでもない。生活に大きな変化はない。強いて挙げるなら彼らの言葉がほぼ日本語にしか聞こえなくなったということぐらい。ただ私はこれでずいぶん久しぶりに彼らの生活を見つめ直す機会を得た。そして次の瞬間、今まで見逃してきたことからある発見をすることになる。

 

 既視感があった。

 そんなはずがないと思った。私には記憶が無い。こんな場所も知らないはずだ。そのはずなのに。

 集落の要素一つ一つを取り出してみるとどうにも見覚えがあって、それらをつなぎ合わせてみると私の思考は遂にある結論にまで引っ張られていった。

 

 茅葺の屋根を直接地面に置いたような家屋。

 深く掘った穴に所狭しと放り込まれた貝殻。

 火炎のような装飾や縄模様が付けられた土器。

 

 どれも、似たようなものなら過去にも見られた。けどそれが一堂に会していて、それを意識的に観察してみた今、イメージが輪郭を帯び始めた。

 脳の片隅で圧縮された記憶が蘇りつつあった。氷が無くなったことで、目の前の光景の方が知ってる姿に近付いたのかもしれない。何にせよそれで今確信できた。

 

 自分で狩った草食動物を運ぶ男衆。

 採集や煮炊きを行っている女性。

 聞こえる日本語、のようなもの。

 

 ……。

 

 ……縄文時代?

 

 何も覚えていないはずの私の頭から知識が引き出されたことに驚いた。いや記憶と知識は全く別なんだっけ? でも、……いや、もういいや。今重要なのはそっちじゃない。重要なのは目の前のことだ。昔学んだ知識の中にしか存在しなかったはずの社会が、今私の目の前に確かに存在しているということの方が遥かに重要だった。

 ただ問題なのはやはり現実味が無いということ。縄文時代て、いつの話よ? いやそもそも原始人の服装をした人の集落にお邪魔してる時点で突っ込むべきだったんだろうけど、あの頃は本当に何もかも現実味が無かったっていうか、ちゃんと言葉にしてみないとどうにも分からないものなんだなぁと。

 いやでもやっぱ縄文時代は――

 

■■(おい)■■■■(聞いたか)?」

 

 ……ん?

 

■■■■■■■■(いきなりなんだよ)。」

「□□■■■■(の奴がさ)■■■■■■■■■■■(面白いもの見つけたって)!」

 

 子供の声?

 目を向けてみれば、そこには比較的背丈の小さな数人ばかりの人だかり。訳が分かんなくて渦を巻き始めた思考があっけなく雲散霧消していく。

 てかここの住民の会話に耳を傾けるのすごく久しぶりな気がする。何百年振りだろう。

 

■■■■■(面白いって)■■■■■■■■(何が面白いんだよ)

■■■■■■(いやそれがさ)? ■■■■■■■■■■■■(犬みたいに鳴くモフモフが)■■■■■■■■■(海岸にいたんだって)!」

 

 それ、犬では?

 

■■■(犬だろ)

■■■■■■(ちーがうって)! ■■■■■(もっとこう)■■■■■■(小さいんだよ)! ■■■■■■■(ほらこんぐらい)

 

 そう言って示すのはお手玉サイズ。

 ……嘘くせぇ~。

 

■■■■(ああもう)■■■■■■■■■■■■■(いいからとりあえず来いって)!」

 

 言い出しっぺの男の子はそれっきり、ぷいと背中を向けて駆け出して行ってしまう。着いていくのが数人、どうするとたむろするのが数人、あほらしと帰るのが大勢。まるで信じられてない。そらそう。

 ……けどまあ、ちょっと気になってきた。それにタイミングも良い。丁度考えてばっかが嫌になってきたところだったんだ。このままだと集落の様子を眺めるだけになってただろうし、気分転換も兼ねて海岸にあるその”面白いもの”を見てやろうじゃん。何も無いなら前の生活に戻るだけ、手慣れた見守り作業に戻るだけだ。試す価値はある。私はワンテンポ遅れて、今やすっかり小さくなった少年の背中を追いかけ始めた。

 

 

 

 数分前の私、覚えていますか。

 あまりに暇すぎて子供の井戸端会議に耳を傾け、そこで繰り出されたくだらない話題に付き合って、今こうして私は海岸に来ています。どうせ子供の言うことだと、話半分に思ってましたね。

 ……でも残念でした。

 

■■■(すげぇ)

()?」

 

 少年は嘘吐きじゃなかったのです。

 

「ワン! ワン、ワン!」

 

 そこにはワンワンと鳴くお手玉状の、明らかに犬じゃない何かが確かにいたのです。




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