『……え?』
目を白黒させるカグヤ。
『はっ、8000年前?』
訳分かんないよね。でも、現実なんだ。
『え……。イロ、ハ? が、まだ……え?』
少しの、間。
『いやいやそもそも! なんで君がそんなこと知ってんの!』
――そこは私にも分からない。知ってるものは知ってるとしか言いようがないでしょ?
『無責任~ッ。そんなんで無茶苦茶なこと言わないでよ!』
――無茶苦茶じゃないよ。事実だもん。
『てか、そういう君は何者な訳?』
――分からない。
『またそれ! それで信じろって方が無理だよ!』
確かに、おっしゃる通りでございます。
信憑性の話となると弱い。
――けど間違いなくこれは真実なの。
『なんかそれ、馬鹿の一つ覚えじゃね~?」
事実真実と同じことばっか言っていたからか怪訝な顔をされてしまった。まあ分からない分からないの一点張りでは信用されないのも仕方無いか。
仕方無い、けどこのままじゃ駄目なのも分かる。やっと会えたんだ。突然のことだったから一体何を話せばいいのやらって感じで聞かれるまま答えてただけだったけど、それだけじゃきっと駄目なんだ。
けど何をすればいい? 何をしなきゃいけない? 分からない。見当も付かない。そもそも今の私には何ができる?
……多分、今こそ伝えなくちゃいけないんだ。何を伝えるべきなのかすらも分かってないけど、それ以外にできることは無いのだから。それに私の声が直接届いたのは今まででこの子が初めて。それにもきっと意味があるはず。
確かに私は今何も分かっていない。
けれど確かなことも在る。
だから、今はそれを伝えなくちゃ。
――かぐや。
『……何?』
――あんたからしたら今の話は信じられない、信じたくないかもしれない。
――私だって、ちゃんとした証拠を示せるわけじゃない。ただ、見てきたから分かるってだけ。
――正直説明は自分でもできる気がしない。
『〜〜ッ、そんなん!』
――でも!
――少なくとも、これだけは今あんたに伝えたい、いや伝えなきゃいけないってことがあるの。
抑えるように一瞬黙り込む。
『……言うなら早く言って』
顔を顰めながらもお許しが来たので、続ける。
――私、最初に気が付いたときはほとんど何も覚えてなかったの。
――最低限の一般教養とかそういうのを除いたら、自分自身のことも含めて何も分かんなくて、だから最初は正直どうしようって感じでずっとボーっとしてた。
――それからこの集落の人達に会って、長い時間を一緒に過ごしてきた。
――でもやっぱり生活は漠然としてた。ご飯をら食べなくても大丈夫だから、寝なくても狂わないから、身体が衰えないから、ただ死んでないだけだった。
――実際、彼らが私達の遠いご先祖様で、今目の前の光景が教科書に載るぐらい遥か昔のことだということも、ついさっきようやく分かった。それぐらいいい加減に過ごしてきた実感があった。
彼女にはきっと見えていない顔を正対させる。
――でも最初から、使命だけははっきりしてた。
――かぐや、私はあんたに会うためだけに生きてきたんだと思う。
『……え?』
――私にも一個だけ覚えてたことがあった。
――それが、"あんたの声"。……と言っても覚えてたのは声だけで、肝心のあんたに関することは何も覚えてなかったんだけどね。
――でもね、"声"を思い出した瞬間、そして心の中で繰り返した瞬間ね、分かったの。
――"この子"は、私の大切な人だったんだって。
――何かをあんたに伝えなくちゃいけない、だから会わなくちゃいけない。そう、直感したの。
――今日、私はようやくあんたに出会えた。正直、奇跡だと思ってる。
――そしてそれと同時に思い出せたの、
――それが、さっき伝えたこと。
"私は、あんたの傍にいるよ、かぐや"
数千年想い続けた待望の人に出会えた拍子に咄嗟で出てきた言葉だったけど、それだけに想いの強さだけは本物だった。
ああ、彩葉。
今なら気持ち、分かるよ。
あんたもかぐやのことが大切だったんだね。
――さっきまでは私、自分でもなんでこんなことを言ったのか、分かってなかった。
――でももうはっきり分かった。
――私はきっと、かぐやを支えたかったんだ。
――だからそのために、あんたに出会うために今日まで生きてきたし、多分これからも一緒に生きていくんだと思う。
それを言い終えたとき、喉を震わせて話していたわけじゃないのに息が切れるような感覚があった。心の内が輝くような燃えるような何かで満ちる感覚があった。清々しい、誇らしい心持ちだった。私は少し息を整えてから満足気に顔を上げた。
だというのに、そんな私に対してカグヤは口を閉ざしたまま、ずっと私の方を見つめていた。
――どうかした? かぐや。
『……! な、何でもない!』
カグヤは気恥ずかしそうにそう返答すると、そのモフモフの体をさっきぶりに動かした。何だと思う間もなく、カグヤはぴょんと跳ねて海に入っていってしまった。
――どこ行くの?
沈黙。もしかして引かれた? いや、多分だけどもしかしなくてもだ。そうだ、絶対そうだ。さっきは熱くなって色々ぶちまけちゃったけど、今思えば悪手だった。ただひたすら主観を垂れ流し続けてただけだし、冷静になって考えてみると質問に答えてすらいなかった気もする。カグヤのことを考えていなかったどころではない。あの子からしたら意味が分からなかったと思う。
マズったなぁ……と、そう思っていた。けれど、意外なことに数秒後カグヤから反応が貰えた。
『……一旦、"船"に帰ろうかなって』
カグヤは再び海の中へ、追及をやんわり拒絶するかのように。小さな体が起こした唯でさえ小さな水飛沫は数秒も経てば波で完全にかき消された。
”船”、とは恐らくさっき彼女が言っていた月から地球に来るために使ったものだろう。一体何をしにと思うも、既に聞くことはかなわない。
私は再び独り砂浜。体を縛られた訳でも無いのにカグヤのことを待つ訳でもないのに、なぜか動くことができなかった。気付いたときにはすっかり太陽が沈んでいた。
『いきなり何なの! 無理だの会えないだの!』
『ずっと訳分かんないこと言ってたし!』
『……』
『でも途中からは、なんか……』
『なんか、悪い気はしなかったな』
『なんでだろ。意味分かんなかったのに』
『……』
『……あ、月』
『……』
『……? あれ?』
『おかしい、何かおかしい』
『……』
『……やっぱり!
『でも、なんで?』
『……』
『……やっぱり、あの声が言ってた通りなの?』
『……』
『……』
『……彩葉に会いたい』
その晩も私はいつも通り、何も考えずにボーっとするだけでいつの間にか夜が明けていた。ただ、私はここに居るべきなんだろうという漠然とした義務感が多少は私をそのように駆り立てたのだと思う。根拠は無かった。露ほども期待していなかった。
けれど、カグヤは現れた。そして言った。
『ねぇ! 昨日の頭ん中に語り掛けてくる奴! いるんでしょ!』
――いるけど?
『おぉ! よかったよかったぁ』
そう言ってカグヤはモフモフボディを弾ませる。そんな昨日とは違うカグヤのことを見て、私は妙な安心を覚えると同時に自分の思いばかりが先行してしまった昨日のことを思い出して反省した。
――その……、ごめん。昨日の、訳分かんなかったよね?
『え? ……あー、あれか。い~の、い~の!』
あれなんか、全然気にしてなさそうなんだけど。だって昨日の私って根拠も無くカグヤの望みを否定した後に憶測だけの自分語りしてただけでしょ? そんなの印象としては最悪、二度とは会いたくないと思うだろうに。てか自分でも言ってて嫌になってきてるもん。既に。
『それよりさ! 昨日の夜、空見た?』
……え、いきなり何?
『立派な満月でさ~、かぐやも結構久しぶりに見たんだよね』
――まあ、確かに綺麗だったけどさ。
『でもなーんかおかしくてさ。そんでよく見てみたら明らかに2030年の月じゃなかったんだ』
――月なんていつ見ても同じな気がするんだけど、それも"かぐや姫"だから分かるってこと?
『説明めんどいからそれでいいよ〜』
いい加減に言い放ったかぐやはぴょんと飛び跳ねてみせ、一転して凛とした眼差しを向けてきた。
『だからここが8000年前の日本ってことは納得することにした』
え?
納得する? 昨日のアレを? 私自分でもアレは無いなーって思ってたのに、信じるって? 正気?
……てか、それよりさぁ。
――なんか、あんまショック受けてないんだね?
『およ?』
――絶対昨日は信じてなかったじゃん?
『あ~……』
――今が8000年前の日本だってことも、当分はイロハには会えないってことも、かぐやからしたら受け入れられないのかなって、思ってた。
少しだけ悲しそうな顔をする。
『ここに彩葉はいないんだろうな~、ってのは実はなんとなく分かってたことなんだ』
より一層悲しそうにしながら、意外なことを告白してきた。
『船が岩にぶつかったのも時間遡行に一番重要なタイミングだったし、座標からして日本の近くに降りれたのは確かだったけど聞こえてくるのがあんま日本語っぽくなかったしさ』
『だからかぐや、全然違う世界に来ちゃったんじゃないかって心配だったんだ』
パラレルワールド的なやつ〜、と茶化すけど目が笑っていない。
『けどそこで君に出会って、あの話を聞いた』
『最初はびっくりしたよ? 何言ってんのコイツってなったし』
やっぱ良くは思われてなかったんかい。
『でも今になって、それがかぐやをすごく安心させてくれてるんだ』
――ここにきて初めて日本語が出てきたから?
集落で使われてる言葉は私と出会った頃と比べれば随分日本語に近づいてきてるけど、それでも現代の日本語とはかけ離れている。音として認識できるんじゃなくて意味が直接頭に叩き込まれるから理解できるってだけだ。そういう意味なら私の使う日本語は正真正銘現代のもの。なぜか文字媒体で伝わるらしいけど耳馴染みに関してはマシなんだろう。
私がそう思って聞くとカグヤは目を閉じて、それもあるんだけどねと言った。
『ここが8000年前だって言うなら』
『そして、君の存在がそれを保証しているなら』
カグヤは昇りゆく朝日を背後にニカっと笑い、そして自信満々に言ってみせた。彼女には見えていないはずなのに私の瞳が捉えられたような気がした。
『あと8000年待てば、確実に彩葉に会えるってことでしょ!』
……あぁ。
『彩葉がまだ生まれてないってんならかぐやが直接向かえに行けばいい!』
そうだ。
私はきっとこの強さに、この明るさに……。
――……8000年間、何をして過ごすつもり?
『それは……』
――そもそも、そこまで生きていられるの?
『その点に関しては心配無用、犬DOGEはかぐや渾身の力作ですので!』
手なんか無いのにVサインが見える気がした。曰くこのモフモフボディの耐久性はとんでもなく高く設計されているらしく、意地でもイロハに会いに行くんだという気概が見えた気がした。
『けど8000年どうするか問題はあるよねぇ』
うんうんと唸るカグヤ。まるで今晩のおかずに悩んでますとでも言わんばかりに軽い。
『うん、決めた!』
――何するの?
『これから決めていくことにする!』
――……それ、何も決まってないのと同じでは?
『いーのいーの。どうせ時間はたっぷりあるんだからこれから決めていっても何も問題ないっしょ?』
――んな無計画な。
『無計画上等ぅ! 行き当たりばったりでワイルドに成長したかぐやちゃんを彩葉に見せるってのも、アリじゃな〜い?』
適当言い過ぎでしょ……。
『それに』
『君も、ずっと一緒に生きてくれるんでしょ?』
――それは、そうだけど。
『ならいーじゃん! はい、これで決まり!』
なんか勢いだけで決められた気がする。
まあ元よりそのつもりだったから、カグヤが良いなら私はいいんだけどさ。
『そしたら、これからよろしくね! ……』
――……? 何?
『えーと、……名前なんだっけ?』
――昨日言ったじゃん。覚えてないから無い。
『え゛ーっ! ダメダメそんなん絶っ対駄目ェ!』
途端にあちらこちらにジタバタと転がり始める。カグヤが今人型をしていたらそれはもう見事な駄々っ子になっていたことだろう。
『じゃあ今付ける』
――は?
『は、じゃないよ! 君に名前が無いってんなら、かぐやが付けたげる』
――要らない。
『かぐやが要るの!』
強引だなぁ。
――……まあいいよ。好きにすれば?
『よっし!』
了承が得られた途端にうんうんと唸りながら考え始めるカグヤ。それから5分経った辺り、私も流石に長いなと感じ始めた辺りでようやくカグヤは口を開いた。ビシッと、無い指を向けられた気がした。
『天の声!』
――……。
『あれ? 聞こえてない? 今日から君のことは天の声って――
――聞こえてるっつーの。
私も私で、無い手で頭を抱える。随分考え込んでたからどんな名前が来るかと思ってたけど、なんか想像した通りでまともな名前じゃなかった。
『だってまんまじゃん! 正確には声じゃなくてテキストだし、なんかノリ悪いけど~』
――悪かったなノリ悪くて。性分なんだわ。
『えー駄目~?』
――駄目じゃないけど。
『じゃこれも決まりぃ!』
おいおいおい、そんな軽く決めて大丈夫か。もう突っ込む気も起きんぞ。
『天の声に導かれて彩葉を迎えに行くお姫様~』
ああ駄目だ。完全に浮かれてんな。
顔を引きつらせる私を置いて盛り上がるカグヤ。そんな、小さい体で必死にこれからの生活に思いを馳せていたカグヤは、突然こちらに向き直った。
『そういえばなんだけど』
――ん? どした?
『天の声ってさ~……』
――私がどうしたの?
何かを聞きた気に口を開いたカグヤだけど、なんでかそこで止まってしまう。
……てかナチュラルにこの変な命名を受け入れちゃってるな私。なんでだ?
『……んーん。何でもない』
――何が?
『そうだよね。8000年も前なんだもんね。8000年。そんなわけ、ないよね』
――……え本当に何が?
『何でもない何でもない』
明らかな作り笑顔で誤魔化すカグヤ。なんか気になるけど、今はどうにも追及する気になれない。
『ともかく、方針は決まった! 君の名前も決まった! これでOK!』
――どっちもちゃんと決めたかは怪しいのでは?
『……。これから8000年、頑張ってくぞー!』
――無視かい。
『おー!』
セルフ掛け声で盛り上がるカグヤの横顔はやけに気力に満ちていて、それを見ていると今後は私が振り回されることになる気がしてならなかった。
けど、それと同時に、これまでの数千年と明らかに違う何かが見れそうで、そのおかげで少し楽しみに思っている私もいるのであった~』
――おい勝手にナレーションすんな。
『あ、バレた?』
――もう。
『とにかく。長くなると思うけど、これからよろしくね、天の声』
――こっちも、よろしく。
輝くように笑うカグヤの後ろを見れば、彼女に負けず劣らずの朝日が既に昇りきっていた。
誤字報告や感想などあらば、ぜひ書いていって下さい。