「───まぁ、そうなるよなぁ」
視線が空を向いていた…それを自覚した紡は分かっていたようにそう呟いた。
分かっていた…そう、分かっていたのだ…仲間達からの情報と実際に戦ってみて体感したその強さ、圧倒的とも呼ぶべきその格の違いを糸切紡はとっくに分かっていた。
戦って勝てるような相手じゃない、気分はさながら最強の術師に挑んだ火山頭であろうか…まぁ、何方にせよそういうことである。
未だ手元にある自身の得物を見やる…連結していた十手小太刀、双薙刀と呼ばれる形態であったはずのソレはその片割れを忽然と失っていた。
ぽっきり折れた小太刀の片割れ、片方無事でもう片方が目も当てられないような惨状と化しているのを確認しながら、紡は大きくため息を吐き出した。
「───あんなろーめ…次会ったらワサビチューブ丸々飲ませてやるからな」
悪態を吐き出す…助けて助けてと喚き散らして、いざ助けに来てみれば何時まで経っても逃げやしない、映画の為と此方の負担を考えもしなかったあの駄犬に次会ったらどうしてくれようとかと内心で苛立ちを発露した。
まぁ、次があればの話ではあるが。
コツコツと足音が響く、未だ警戒を感じさせる足音だった。
手応えはあったろうに、どうしてそうも警戒しますかね…なんて考えてこそみるが、自分でも同じようにするだろうと思い直してその思考を忘却の彼方に放り投げた。
身体を起き上がらせる…別に身体がまるで動かない訳では無い、身体を起き上がらせて向き合うことくらいはまだ出来る…嘘だ、本当はまだもう少し動ける。
視線の中に反射光が入り込む、青い炎を纏った刀が目に映る、鋭く睨みを利かせた赤い瞳を紡へと向けながら星見雅はその刃を紡へと突きつける。
「───終わりだ」
「───…まぁ、そうなるな」
両手を上げて降参を表明する、未だ唯一見ることの出来る口元は何処か疲れたような笑みの形を型取り、その姿には最早戦意らしきモノは見受けられない…決着、その一言が雅の脳裏を過った。
「あぁ〜ぁ〜…いっってぇぇっ〜」
身体をグリグリと回しながら紡は身体に奔る痛みを口に出す、ボキボキと鳴る骨の音と共に身体に響いた傷が開いたような気もしたが、まぁ良いかとその痛みも無視して身体を捻った。
そんな紡の姿に最年少の虚狩りは思う…強敵であったと。
無数に繰り出される二刀による高速斬撃に加えて、途中で繰り出された双薙刀による自在の斬撃、技量速度共に此方が上ではあったが…それでも、一筋縄では行かない相手だった
称賛に値する…それが星見雅が目の前の存在に抱いた評価、こうして対峙していなければ『H.A.N.D』に誘うのも悪くないかもしれないと、そう思わせる程度には。
何より特筆すべきなのは…ここまでやっておいて、ここまで星見雅と対峙しておいて、その当の本人が未だ全力ではないことだろうか。
「…何故、全力を出さなかった?」
「いや、全力でしたけど? 本気も本気でしたけど?」
ふと、口を突いて出た言葉に紡が即座に反応する、何言ってんだこいつと言わんばかりに、ふざけてんのかこいつと言わんばかりのガチトーンと共にその言葉を吐き出す…だが、星見雅は止まらない。
「動きに違和感があった、普段使い慣れていない武器を使っていた者の動きだ…お前は私と戦っている間、本来使っているはずの武器を使っていなかった」
淡々と刀を鞘へと納めながらそう告げる雅…戦っている間に抱いた違和感、動き方から重心の移動に加えて体重の掛け方…並みの者では分からないだろうその微かな違和感にしかし星見雅は気づいてしまう。
その瞳を細めながら自らのレイスと名乗った男へと、星見雅は殊更淡々と口を開いた。
「お前の本来の武器はそのような軽い物ではなく、もっと重さのあるものだ…推測にはなるが大剣や大太刀、斧等が例に上がるだろう」
そんな雅の半ば確信にも近い口調による言葉に紡は頭を掻いた、はてさてどうしたものかと困ったように…何が困るって、その当の雅の推測が存外的を射ていることがである。
事実、糸切紡の本来の得物はもう少し重い…仮が付いているとは言え、シザーマンという名を使っていることからその本来の得物がどういった物であるかはある程度察しは付くのだろうが…残念なことにその本来の得物はこの場には無い。
何せ壊れてしまっている…現在は掲示場の仲間、兎公爵の手によって修復作業中真っ只中である、直っていれば良かったが思い切り直っていないということもあってあり合わせの武装を持ってやってきていたのが今回の糸切紡である。
まぁ、だからなんだという話でもあるのだが…どう答えるべきかと悩むのはまぁ仕方の無いことなのではなかろうか、何故にさっさと拘束するなりなんなりしないのかと言うのが紡の本音である。
…さて、本当にどうしようかと悩むのは紡である、シンプルにこの場から逃げ出す為の方法が思いつかないのだ。
本当なら一緒にバイクに乗って逃げていれば良かったのだろうが…本能とでも言うべきか、バイクに乗ったところで追いつかれるという確信が心根の中にあった…というか、そうでもなければ紡がこの場に残って足止めする意味が無いのである、掲示板の仲間もその行動を妥当であると判断するわけが無いのである。
…まぁ、そうして行動した結果、こうしてボコボコにされてしまったわけなのだが…この一点に関してはイリースは関係無いとも言える、それはそれとしてワサビチューブはぶち込むのだが。
「…それで? よしんばそうだとしてお前はどうする? わざわざ俺がその得物持ってくるのを待つのか?」
「───まさか」
紡の問いに即答する雅、平時であればそれも良かったのかもしれないが…今は仕事人としてこの場にいるのである、そのようなことは許されないし、許さない。
雅がそれを聞いたのは単なる興味本位だ、何かしら理由があるならそれで良いし無いなら無いでそれまた良し、意味があるか無いかで言えばほぼ無いに等しい言葉に過ぎない。
そして紡の言葉を聞いて雅は理解した、目の前の男の言葉に嘘が無いことを…恐らく何かしらの理由で使えないか、持ってこれなかったのだろうと…その理由が破損なのかどうかまでは知らないが、兎にも角にもそういう理由なのだろうと。
ならば最早自分がやるべきことは終わった、後は逃げないように拘束して柳辺りに引き渡せば良い…情報を引き出すのも相手の嘘を見抜くのも、全て彼女の手腕が上であるのだから。
「───課長!」
噂すれば、頼り甲斐のある仲間達がやってきたと雅は息を漏らす、焦ったような柳とワタワタとしている蒼角、そして息も絶え絶えになりながら何処かコミカルな雰囲気を醸し出す悠真が其々の雅の元にやってきて───
『───はいは〜い皆さまぁ〜? お気をつけくださぁ〜い♪』
ふと、そんな声が聞こえてきた。
瞬間、何処からともなくやってくる喧しい音、鉄を弾けさせる様な音と重厚な火薬の匂いを盛大に撒き散らしながら、けたましく弾丸の雨あられを対ホロウ六課一同へと叩きつけてくる。
何処にいた、何時からいた…そんな疑問が彼方に吹き飛ぶ程の弾幕弾幕弾幕、当たればミンチよりも酷い状況になるのは間違い無しのソレを前に、しかしホロウ六課の反応は素早い。
月城柳及び浅羽悠真の両名は放たれた弾幕に対して即座に回避を選択、逆に蒼角はソレに対して刃旗を展開、自身の前方へと広く突き立て盾のように翳した…星見雅は迎撃を選択、回避を行いながら自身へと届くであろう弾丸のみを的確に斬り落としていく。
ががガガガッと重たい音と衝撃が広げた刃旗へと叩きつけられる、苦悶の声を漏らしながらそれに耐える蒼角に柳はその足を弾丸が放たれている場所へと突き動かした。
回避を行い、射線から外れた悠真は弾丸が放たれた位置へと矢を番える、迸る稲妻が矢へと注がれ、放たれた矢は一筋の雷光のように真っ直ぐ解き放たれた。
狙いは弾丸のその先、難しく考える必要も目を細めて狙う必要も無い、何故なら的はわざわざ自分の位置を示してくれているのだから。
放たれた弓矢が鉄の音と共に着弾する、虚空へと突き刺さりバチリと電流を放つその場所には見えないだけで何かがいることを示す…そして、そうして突き刺さったそれは分かり易すぎる目印となった。
そこへ突起する月城柳、薙刀を展開し雷光を纏い、地面を踏み締め飛び出し虚空目掛けて突きを見舞う…悠真の矢を目印とした一撃、明確にそこにいると確信した末に放たれた一撃が鉄の音と共に突き刺さる。
そうした末に顕になる敵手の姿、光学迷彩か何かを使っていたのだろうか、最初からその場にいたかのようにぬらりと姿を現したそれはミニガンを背負ったボール…丸い形状に雑に作られたアーム、そしてその背に背負われた二門のミニガンが煙を更かしながらキュルキュルとその動きを止めようとしていた。
落ちていく無数の薬莢、放たれた弾丸が止まったことで蒼角への攻撃も止んだ、刃旗を収納し如何にも疲れたと言わんばかりにその場にへたり込む蒼角と直撃コースに入っていた弾丸全てを斬り落とした雅は息一つ切らさずその刀を鞘へと納める───
「───イェェェイッ!!! ゲットぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」
まだ終わっていない、そう言わんばかりに叫び声を上げた黒い影が唐突に猛スピードで以て紡を攫って行くのを、雅は目撃した。
一体何時からそこにいたのか、何処か兎を思わせるような意匠を施された黒い機体に身を乗せたレイス同様の黒尽くめが、ハイテンションとでも言うべき様子で紡の身体を掻っ攫っていた…その姿に雅は即座に駆け出していた。
速いがその程度、まだ楽々に追いつける…そう思考した雅の耳に獣の咆哮を思わせる轟音と共に漆黒の鉄馬が現れ、その主による斬撃が雅の視界一杯に迫る。
咄嗟に斬撃を受け止めた雅、刃を抜くこともなく鞘に納めた状態のままにその一撃を受け止めた雅は次いで驚愕することとなる。
───重っ…!?
星見雅ですら持て余す程の重厚な一撃、振り抜かれた大剣と共に強制的に後方へとその足を引きずる羽目となった雅は鞘を地面へと叩きつけることでその勢いを止める…が、しかし、そうもなってしまえば最早遅い。
「バイバイで〜す皆様方〜♪ 次があったらもう少し遊びましょうねぇ〜♪」
視線を上に向ければ既に影は消えていた…自身を弾き飛ばした漆黒の鉄馬とその主もいない…あれだけの巨体の機体二体が一瞬の内にその姿を消していたのだ。
それほどまでの速さ…否、そうではないだろう。
先の球体の一件もある、恐らく先の球体同様に透明になって逃げたのだろう…そうでなければ、雅の視界の中にはまだ件の機体二つが映り込んでいるはずなのだから。
唐突に現れて唐突に姿を消していった…あまりの突然の出来事に脳の処理が追いついていないのではないかと思わせられる、これが現実の出来事かと問い質したくなる…だが、あるのは一つ事実だけ。
逃げられた…そう認識せざるを得なかった。
ゼンゼロ書いてて思うこと…主人公一人にすれば良かった、二足のわらじ凄かったんだな。