すこぶる良い調子で俺が巨人を転がしていると、後ろから会話が聞こえてきた。
「……凄まじいね」
「リコ。後ろの方は」
「今のところ大丈夫そう。囮が頑張ってくれてるよ」
リコさんが来たらしい。死んだ甲斐があったなお姉さんだ。
「……イアン。あなたが正しかったよ。こんな素晴らしい人類兵器様のためなら、私たち兵士はいくらでも命を投げ打つべきだ」
どこか諦観と嘲笑が混ざった表情で言う。
それは違うよ。リコさん。
俺は巨人の対応が一段落したところでリコさんの方にずいと向き直る。
「なッ、何……」
少しびっくりさせてしまったようだが、構わず俺は首を横に振り、指をチッチッと横に動かす。
「……何か腹立つ動きだな……」
それはごめん。
でも本当に違うんだよ。俺なんかのために君たちが命を投げ出すべきじゃない。俺の価値を認めてくれるのは嬉しいけど、それは君達の価値を貶めていいことにはならない。
それに買い被りだ。俺は役たたずの無能だよ。これだけの好条件を持ち得て尚、大して人を助けられてないんだから。
だからね。その意思はもちろん尊重するけれど、本当に、俺なんかのために尽くさなくていい。
伝わったか分からない、というかまず伝わってないけど、「わ、わかったよ」とリコさんは引き下がってくれた。
さて、エレンはまだ起き上がらないのか?
大岩の方を見ても未だエレンは沈黙したままだ。
と、ここで咆哮。
今の反応はアルミンがエレンのうなじにブレードを突き刺した時の反応だ。
つまりもう少し。もう少し耐えれば俺たちの勝利だ。精鋭班は訝しげな表情で大岩の方を見ている。
「本当に大丈夫か?」と言いたげにイアン班長がこちらを見上げる。何とも言えないので、とりあえず親指を立てグッジョブしておく。通じるのかなこのジェスチャー。
少し気まずい雰囲気が漂った後、報告が入る。
「後方から二体接近!」
俺はリコ班と共に後方へ向かう。
すれ違いざまにエレンの様子を確認するが、アルミンがうなじに張り付いて説得を試みているようだった。頑張れ。
いや俺が大岩を持ち運べるなら話は早かったんだけどさ。壁外で木材抱えてた感覚から考えるに、とてもあの大岩持ち上げられる気がしないんだよね。さっきちょっと押してみたけどビクともしなかったし。
やっぱり知性巨人は特別なのかな。あれ持ち上げられるエレンすげえよ。
そう思いながら後方へ走り、向かって来ていた二体の内一体にタックルをかまし転倒させた後、喉仏からうなじまでの首全体を踏み潰す。
横を見るとリコ班も上手く戦えている。今リコさんがうなじを削いだ。
少し離れたところにミカサの姿も確認出来る。やっぱあいつ、ワシより強くねー?
「班長!アレを!」
班員の一人の声に振り向くと、エレンが丁度大岩を持ち上げたところだった。そのまま頭の上まで持っていき、担いで一歩一歩とゆっくりながらもしっかりと歩みを進めていく。ずしん、ずしんと地面が揺れる。
ほんと、よく持てるなあ。
「エレンの援護に向かうぞ!」
リコさんの指示に従い、一緒にエレンの元へ向かった。
いやー、圧巻。明王像が如き雄雄しさですな。
原作ファンとして少し感動しながらも、エレンの前を歩く。
「エレンを扉まで援護すれば!!僕らの勝ちだ!!」
アルミンが叫んだ。
おっしゃ来いや巨人共。もう精鋭班に損害は出させない。精々来るのは五体かそこらだったはずだ。俺が一人で片付けてやるぜ。
そう意気込んだ俺の後ろからズシンと一際大きく地面が揺れ、足音が止んだ。
振り向くとそこには片膝をつくエレン。
……あれぇ?なんで?こんなの原作に無かったじゃん!頑張れエレン負けるなエレン!
ところがエレンはそのまま動く気配が無い。いや動けないのだ。エレンの口から荒い息が漏れる。
力の限界?なんで!
「巨人5体……扉から来ます!」
門から巨人が入ってくる。
なんてこったパンナコッタ。エレンが動けないんじゃ、俺がいくら巨人を殺しても意味が無い。
残る道は……
「おい!俺達のことはいい!エレンを手伝ってくれ!」
ですよねーー!!
それしかないかあ……!
俺はエレンの後ろに回り込み、背後から大岩を持ち上げる補助をした。
んぎぎぎぎぎ!!!
おっもい、マジで!しかし俺の貧弱な力でも多少助けにはなれたようで、エレンがゆっくりと立ち上がる。
先程より少し遅いが、一歩ずつ歩み始めた。俺はすぐ後ろで大岩を支えながらついていく。
二人三脚……いやムカデ競走を思い出すな。エレンが右足を出したら俺も右を。左足を出したら左を。といった感じでエレンの後ろにぴったりとくっつき支援する。
何とか大岩は運べそうだが、しかしまずいぞ。このままじゃ原作と同じように精鋭班がほとんど全滅してしまう。
一旦大岩を下ろして巨人達を片付けてから運ぶか?いや、すぐに次の巨人達が入ってくるだろうし、エレンの様子からしていつ体力の限界が来るか分からない。
進むしかない。
イアン班長もそれを理解しているようで厳しい表情で叫んだ。
「死守せよ!我々の命と引き換えにしてでもあの二人を扉まで守れ!」
ありがとう、イアン班長。
気付けば俺達の前をアルミンとミカサが走って先導している。
ミタビ班も原作と同じ作戦を開始したようだ。巨人を引き付け、必死に俺たちから引き離そうとしてくれている。イアン班長とリコさん達もそれに続く。
クソ、これじゃあ原作と同じだ。みんな俺達を守って、巨人に食われて死ぬ。
なんて、なんてもどかしい。俺なら一分とかからずこいつらを殺せるのに。助けに行きたい。大岩を下ろして、エレンだって耐えてくれるはずだ、助けに……。
先導するイアン班長と目が合う。彼は睨め付けるように、それでいて信頼に満ちた目で俺を見つめた。
分かってる。俺だって分かってるんだ、イアン班長。
確かに、エレンは耐えてくれるかもしれない。
そう、『かもしれない』だ。何故か原作よりも力を消耗しているエレンでは耐えられない可能性がある。大岩の下敷きになって力尽き、人間に戻ったりしたら、もうトロスト区の奪還は絶望的だ。エレン以外に大岩を運べる手段は無いのだから。僅かでも、一パーセントでも、その人類敗北の可能性がある選択肢を俺は取るべきではない。
いつエレンが人間に戻るか分からない現状、一刻も早く大岩を運びきらなくてはいけないのだ。
そしてイアン班長もそう俺に語りかけてきている。この機会を逃せば人類に勝利は訪れない。
彼にはそのために命を投げ打って健気に尽くす覚悟がある。俺にその覚悟を踏み躙る資格は無い。
俺達は進み続けるしかない。
戦い続けるしかない。
戦え。
向こうの巨人を二体引き付けたミタビ班の方向から悲鳴が聞こえる。
戦え。
イアン班長が班員を助け巨人の手のひらにすっぽりと収まった。
戦え。
目の前に立ち塞がる巨人にリコさんが決死の攻撃を仕掛ける。
戦え。
目を瞑る。馬鹿な俺が、情に駆られてこの使命を放棄しないように。
壁の穴まであと三歩。
二歩。
一歩。
今。
「いけえぇぇエレン!!」
戦え!!
思い切り、エレンの後ろから大岩を壁に叩き込む。壁にビシビシと亀裂が走るほど力強く打ち込まれた大岩は、見事に壁の穴を塞いでいた。
勝ったよ、みんな。
「皆……死んだ甲斐があったな…………」
あぁ、そうだ。みんなは死んでしまったのだ。
そのまま蹲りたくなったが、まだ生きている人がいるかもしれないと信じて立ち上がり、勇気を振り絞って振り向いた。
そこには蒸気を上げる
見るとミタビさんもイアン班長も生き残っている。何故……
巨人の蒸気が揺らめき、死体の上に緑のマントがはためいたのが見えた。そこに刻まれるは、
俺はハッと息を飲む。
調査兵団ッ……!!
原作よりワンテンポ早く!来てくれた!!
巨人の身では叶わないが、涙が出そうになる。
見たところ、今はリヴァイ兵長だけが来ているらしい。兵長一人だけを先行させてくれたのか。素晴らしい判断だよ、団長。訳分からない状況だろうに、すぐさま俺たち以外の巨人の討伐に向かってくれた兵長も素晴らしい判断力だ。
ははっ、安堵のせいか足に力が入らないや。思わずその場にへたり込む。空を見上げるといつの間にか黄色の煙弾が立ち上っていた。
エレンはもう力尽き、身体が蒸発してうなじから半身が出てきている。ミカサたちが懸命にエレンを取り出そうと試みている。
「巨人達が来る!壁を登るぞ!」
リコさんが駆け寄ってきた。俺の肩に登ってミカサたちにも呼び掛けている。
「切るしかない!早くエレンを連れて壁を登れ!」
ミカサは躊躇ったが、アルミンが上手く切り離したようだ。ミカサがエレンを抱え壁を登っていく。
そんな焦んなくていいですよぉ、リコさん。リヴァイ兵長もいるし……あ、俺達について来てたし、辺りが蒸気で見づらいから気付いてないのか。
大丈夫ですよーと俺はリコさんを落ち着かせるためににこりと笑って……
「君は
待ってろ、今
……え?
……あ、ちょ待っ
肩に乗っていたリコさんの刃を防げる訳もなく、俺の意識はそこで途絶えた。
エレンが原作より体力を消耗していたのは主人公が前衛で暴れていたことによるバタフライエフェクト的なやつです。遭遇する巨人が原作から変わったエレンは、右半身を食いちぎられてから巨人化しています。原作よりはるかに重い致命傷の修復、違う巨人達との戦闘によりエレンは少しだけ原作よりも消耗していました。