……審議所!?オレ達は審議所の地下にずっといたのか……。
「そのままゆっくり進め」
エレンは憲兵に連れられて審議所の真ん中に立つ。イオリも一緒だ。後ろではハンジが頑張れと言わんばかりに握り拳を作っていた。
「そこにひざまずけ」
エレンとイオリは横並びに柱に後ろ手を封じられたまま拘束された。
エレンは横に視線を向ける。
地下牢で一緒に捕らえられていたイオリと名乗る女性。妙な言動が目につくが、捕まってるとは思えないほど底抜けに明るい性格で、この数日間彼女のおかげでエレンの気は随分と紛れていた。少々寝不足気味にはなってしまったが。
彼女は随分と落ち着いているように見えた。
オレと違って大して驚いてもないんだな……。
でもその呑気な様子が何だか心強かった。少し落ち着いた気分で、エレンは冷静に周りを見渡す。
そうそうたる面々だ。各兵団のトップが勢揃いしている。見ると傍聴席にはエレンの幼馴染であるミカサとアルミンの姿もあった。二人とも心配そうにエレンを見ている。
いや、ミカサはイオリさんの方を見ているのか……?アイツなんでそんなに怖い目で睨んでるんだ……。
ともかく二人の姿を確認できて安心したエレンは正面に向き直った。
横のイオリは「なんか、ドキドキするね」と話しかけてくる。
「さぁ……始めようか」
ダリス・ザックレー総統が席に着く。
異例の兵法会議が始まろうとしていた。
さぁ始まりました。エレン裁判。あぁいや俺も裁かれるのか。
とは言え俺にできることは特にないので黙って話を聞く。横のエレンも緊張しているようだ。さっき話しかけたら無視されたし。
「君達の生死も……今一度改めさせていただく」
ザックレー総統が会議を始める。
「異論はあるかね?」
「ありません!」
「アリマセン!」
怖いねーあのおじさん。すごく気難しい社会の先生みたいだ。怒らせたら授業放って帰っちゃうタイプ。
「エレン・イェーガー君だね?まずは話がまだ簡単な君の方から審議しよう」
おや、どうやら俺は後回しでまずエレンの処遇から決めるらしい。頑張れエレン。
ザックレー総統が手元の書類に目を通しながら話していく。
「やはり民衆に君の存在を隠すことは不可能だった。そこの、イオリ君は君の存在を隠れ蓑に秘匿できたのだが」
お、そうなんだ。良かった……のかな?
話は進み、エレンの動向を憲兵団と調査兵団のどちらに委ねるかの話し合いが始まった。
憲兵団のナイルおじさんのプレゼンは、解剖からのぶち殺しコース。ふざけんな、出直して来やがれ。
「もちろんそこの彼女も同様です」
帰れー!なんだテメェ!
後ろにいた妙な服を着た男たちは「解剖とかせず今すぐ殺そうぜ」と主張している。もっと論外だ!帰れー!てかお前ニック司祭じゃねーか!
続いて我らが調査兵団、エルヴィン団長のプレゼン。調査兵団入団からのウォール・マリア奪還コース。
いいぞー!最高だー!かっこいい、団長ー!
その後、商会の人やニック司祭が騒ぎ立て、場が騒がしくなってくる。くそぅ、ごちゃごちゃうるさいなぁ…。
「エレン、きみはこれまで通り兵士として人類に貢献し『巨人の力』を行使できるのか?」
「は……はい。できます!」
エレン君力強い肯定。いいぞー!
あっ、俺この質問されたらどうしよう。多分もう巨人の力使えないんだけど。えっ正直に答えたら役立たず扱いで解剖ルートかな。でももうただの人間なんです、なんて言っても信じて貰えないよな……。どうしたらいいんだ?うーん…………。
そうこう悩んでいる内にいつの間にか場はエレンを責め立てる空気に変わっている。
『根本的な人間性に疑問を感じます』
『子供の姿でこっちに紛れ込んだ巨人に違いない』
『凶暴な本性までは隠すことができなかったんだ』
『いつ爆発するかわからない火薬庫のようなものだぞ』
『あいつも人間かどうか疑わしいぞ』
『念の為解剖でもした方が』
有無を言わさぬ人格否定、罵詈雑言の嵐だ。空気が澱んでいく。嫌な雰囲気だ。同調し、共鳴し、何かを排斥しようとする人間達の雰囲気。
……黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって。
気付けば俺は口を開いていた。
「いい加減にしろよ………」
騒がしい審議所の中なのに、俺のその声は妙に響き渡った。少し騒がしさがマシになる。
「いい歳した大人達が、寄って集って子供一人をいじめて楽しいのか?」
エレンはただの少年だ。化け物扱いされたら傷付くし、仲間外れにされたら寂しがって悲しむんだ。お前らは知らないだろ。
「子供が『やる』と言ったなら、大人は黙って手伝うんだよ」
腹が立つ。不快だ。
「臆病なんだったらそれでいい。でも勇敢な彼のような人間の足を引っ張るな……!」
大きく息を吸う。
「いいから黙って、全部彼に投資しろ!!」
場が完全に静まり返った。
ザックレー総統が一拍置いて俺に言う。
「イオリ君、君の発言は許可されていない。静粛に」
すみません、と一言謝ってから俺は横のエレンの方に顔を向けた。
「エレン、言いたいことがあるならちゃんと言わなきゃ」
エレンは呆気にとられたようにこちらを見ていたが、意を決して顔を上げる。
……ごめん、エレン。夢中になっちゃって君の決め台詞とっちゃった。マジでごめんなさい。
「……イオリさんの言う通りです。そうやって都合のいい憶測ばかりで話を進めて現実と乖離させている……」
「何だと……」
「こいつ……」
「あなた方は、何をそんなに怖がっているんですか?あなた方が臆病なのは分かりました……それでオレ達の邪魔をしないでくださいよ」
良いぞ、エレン。思ってること全部、ぶちまけろ。
「力を持ってるんだから、その力を貸すくらいして下さいよ。この……臆病者の腰抜け共め……」
エレンは鎖を鳴らし、上を向いて思い切り吠えた。
「黙って全部オレに賭けるくらいしてみろ!!」
……心配要らなかったな。流石は主人公。俺とは迫力が段違いだ。皆が怯み、憲兵は銃を構えた。
視界の端でリヴァイ兵長がこちらに歩いてくるのが見えた。ひえっ。
あれ、俺も叫んじゃったけど、俺はボコられないよね?エレンだよね?
兵長が俺のすぐ横に着く。
「ひぃっ…………」
巨人の時のトラウマもあり、思わず俺は涙目で目をつぶる。
ところが杞憂だったようで、兵長は俺を通り過ぎ横のエレンを足蹴にし始めた。
うわぁ痛そう……。ごめんエレン、俺にはこの残虐パフォーマンスを止めることは出来ない。安らかに眠ってくれ。
……やりすぎじゃない?ホントに可哀想。
結局エレンが一分くらいめちゃくちゃ蹴られた後、エルヴィン団長がザックレー総統に提案をした。
「エレンが我々の管理下に置かれた暁にはその対策としてリヴァイ兵士長に行動を共にしてもらいます。イオリもです」
えっ俺も!?いや当たり前だけど嫌だなあ。怖いよう。
「できるのかリヴァイ?」
「殺すことに関して言えば、たとえ二人がかりだろうと間違いなく」
ほらぁ!怖すぎるよ!そんで実際二人がかりだろうとも瞬殺されるだろうし!
それからまた一悶着ありつつも、結局原作と同じようにエレンは調査兵団に託された。
いやー良かった良かった。一安心……
「では、次は君だな」
……あっ。そうだ俺がいたんだった。俺はどういう扱いになるんです?
「先程のエレン・イェーガーは訓練兵ということで身元がしっかりしていたが、君は別だ」
ザックレー総統はペラペラと書類を捲る。
「君の『イオリ』という名前と容姿に当てはまる戸籍情報は
……まずいまずいまずい。
俺の背中に冷や汗が流れる。本名を言ったのが仇になったか。せめて日本人名じゃなくて壁内にありそうな名前にしておくべきだった。まさか厨二病ネームが正解ルートだったとは……。
「君は、どこから来た?」
間違いなく疑っている……!俺が巨人なんじゃないかと……!
どうする。壁内出身だと言っても戸籍が無いのだから証明が出来ない。実際壁外出身だし。
全部ぶちまけるか?壁外に人類がいること。巨人の正体。その全てを。
……ナシだな。壁外出身だと言った時点で敵側判定。すぐに捕まって解剖もしくは拷問だ。そんなのは御免こうむる。
ど、どうする……。
「ザックレー総統。発言の許可を」
エルヴィン団長……!しかし、どうするんだ?
「……許可する」
「彼女は、
なっ……!?何を言うんだ団長!?
「ほう?しかし先程も言ったように、彼女には戸籍が……」
「彼女は地下街のスラム出身ですので戸籍が無いのは当然です。我々調査兵団はそこのリヴァイ兵士長のように、訓練兵団以外の出身の者を入団させることがあります」
こちらが彼女の入団証です、とエルヴィン団長は一枚の紙を提示する。
当然、俺にそんな事実は無い。調査兵が巨人になるわけが無いからだ。つまり……
全部真っ赤な嘘!あの書類も偽造!
マジか団長ッ……!とんでもない
「……つまり君たちはエレンのような
「こっ、これは明確な人類への反逆だぞ!」
「そうだそうだ!」
それぞれの勢力から非難の声が上がる。
そ、そうだよな。そういうことになっちゃうよな。どうするんだ……?
「いえ。彼女は数年前に壁外で行方不明になりました。そして壁外でエレンのような『巨人の力』を身につけ、今回我々人類を助けに来たのです」
それがエルヴィン団長の書いた筋書きか。
皆がザワつく。俺は呆気にとられながらエルヴィン団長の方を見つめるしか無かった。
「ふむ……いやしかし……」
ザックレー総統も悩んでいるようだ。それは当然だ。証拠が何も無い。
「ザックレー総統。証人達を呼んでも構いませんか?」
証人……?一体何の……
「彼らは、彼女に命を救われた者達です」
証言台に立ったのは、駐屯兵団の制服を着た兵士達。いくつかの顔に見覚えがある。あれは……
「我々は、今回のトロスト区襲撃の際、先遣班として前衛を務めました」
あの時の…………!!
「全滅の憂き目に遭いましたが……彼女の操る巨人が周りの巨人をなぎ倒し、我々を助けてくれました」
「彼女がいなければ我々は間違いなく皆死んでいました」とその兵士は言い、俺の方を見た。
「「「「「「本当に、ありがとうございました」」」」」」
六人の兵士が一斉に俺に頭を下げる。
六人。たったの六人だ。でも…………
俺の頑張りは、無駄じゃなかった。
俺の目からは巨人の身体では流すことが出来なかった涙がとめどなく流れ落ちていた。ボタボタと白い床に染みが作られていく。
「俺は、巨人に掴まれましたが、間一髪のところで彼女が助けてくれました」
「ガスが切れた私を、上に投げてくれたんです」
代わる代わる兵士達が証言台に立ち、俺への感謝と共に話をしてくれる。
「ッ…………!ぅぐ、ゔぅ〜…………!」
嗚咽を噛み殺すことも出来ず、俺はうずくまり、地面に頭を擦り付けながらみっともなく泣いた。
良かった。無駄じゃなかった。俺が、俺が助けられた命が確かにそこにあったんだ。
声を漏らしながら泣き続ける。参ったな、数ヶ月分の涙だ。止まってくれそうにない。
次に証言台に立ったのはイアン班長だ。
よく見ると片腕が欠損している。
「彼女は明確な意志を持って我々を手助けしてくれました。エレンはもちろん、彼女が居なくても今回のトロスト区奪還は叶いませんでした。
あぁ、イアン班長。
ずっと欲しかったその一言、その一言だけで俺は……
「……報われた……」
ありがとう。
最後に再びエルヴィン団長が証言台に立つ。
「彼女が今回、我々人類を救ってくれたのは揺るぎない事実です。そして、彼等の証言から分かるように、彼女はエレンのような『暴走』を起こしていません。つまり彼女の『巨人の力』はエレンのそれより確実性が高い」
「……イオリ君。君は、人類に貢献する意志があるか?」
「……はいっ……!」
俺は震えないように必死に声を絞り出した。
「……よかろう。もうエレンのことも認めたわけだしな。イオリの動向も、調査兵団に託す」
これにて審議は終了だ、とザックレー総統は席を立った。
……終わった……のか。俺も、エレンも、調査兵団に……。良かったぁ……。
ふとエレンのことを思い出して横を見ると、血だらけのエレンは息も絶え絶えにこちらの方を見ていた。
だっ、大丈夫!?
俺が心配していると、エレンは床に伏したまま俺を見てゆっくりと口を開いた。
「イオリ、さんも……
「…………ありがと」