審議が終わった後、調査兵団に身柄の受け渡しが行われた俺達は団長達と共に別室に移動していた。
まだ血を流しているエレンと、すんすんと鼻を鳴らし目元を赤く腫らしながら涙を浮かべる俺にハンカチが手渡される。
くそ、情けないしみっともない。中身は成人男性だと言うのに。
もらったハンカチでぐしぐしと目元を乱雑に拭う。涙はやっと止まってきてくれていた。
「大丈夫……?」とハンジさんがまるで子供をあやすように話しかけてくる。子供扱いが、何だか酷く気恥ずかしい。
「すみません、泣いちゃって……」
「いや、お陰で君の善良さを皆に示せた。謝る必要は無い」
エルヴィン団長が言う。
…………そう!良い演出だったでしょ!俺ってば演技派だからね!まさか本気で泣くわけないでしょーが!!
「あぁほらそんな強く拭かない。貸して」
ハンジさんが俺の代わりに優しく俺の目元を拭う。
勘弁してつかぁさい……。やめて、俺に優しくしないでぇ……。
「エレン、すまなかったな」
「いえ……」
団長とエレンが会話をしている。エレンの怪我痛そうだなあ……。
「君達二人に敬意を……」
団長が手を差し出してくる。おずおずとその手を握った。
「エレン、イオリ、これからもよろしくな」
「はい、よろしくお願いします」
「お願いします……」
「なぁエレン」
ドカッと兵長が俺達が座っているソファに腰を下ろした。
ひえぇっ。俺とエレンの身体が同時にビクッと跳ねる。
「俺を憎んでいるか?」
「い……いえ必要な演出として理解してます」
「ならよかった……イオリはどうだ」
「へぇっ!?」
俺!?いや、別に憎んでは無いんだけど……。
「俺が怖いか?」
「………………はい!!」
ちょっと悩んだがつい力強く肯定してしまった。ぶふぉ、とハンジさんが吹き出している。
あっ、リヴァイ兵長不機嫌そう!いやそれはいつもか……。さっきも「ならよかった」とか言ってたし、兵長結構好感度とか気にするタイプなの?
その後エレンの歯を皆で確認したりしていた時、扉がノックされた。
入ってきたのはペトラさん達リヴァイ班の面々だ。
「兵長、準備整いました」
「ああ、分かった。オイ、お前ら。お前ら二人にはこれから俺達と旧調査兵団本部に向かってそこで行動を共にしてもらう」
「はい」
「はーい……」
これからあの城みたいなとこでリヴァイ班と共同生活か。進撃の巨人ファンとしてはワクワクする気持ちを否定できないが、正直トラウマのリヴァイ兵長と一緒に暮らすの怖い……。
「初めまして、になるのかな。エレン、イオリ」
ペトラさんが話しかけてくる。可愛いなぁペトラさん。癒しだ……。
「私達の班、女子は私しかいないから、イオリが入ってくれるとうれし……」
俺もペトラさんが居てくれるとうれし……ん?どうしました?ペトラさんが愕然とした表情で俺の胸の辺りを見ている気がする。……胸?
「ちょっ……!なんであなた下着つけてないの!(小声)」
…………えっ、しっ下着!?そういえばしてないけど……なんでわかるの!
「なんで不思議そうな顔するの!見れば分かるよ!形とか……」
か、形!?急に恥ずかしくなった俺は胸の辺りを両手で覆い隠した。耳が熱い。
……ちょっと待て。ということはつまり
「下着もつけてない女の子を公衆の面前に出したんですか……!?」
ペトラさんが絶望の表情で団長達の方を見た。しかし部屋にいる面々を見て、心底複雑そうな顔をして押し黙ってしまう。
部屋にいるのは団長と兵長、あとハンジさんとミケさん。うーん、確かにそういうの気にしないどころか気付かなそうな人達ばっかりだ。
皆が気まずそうに目を逸らしている。居た堪れない。こんなっ、こんな辱めは生まれて初めてだ……!
えぇ……俺決め台詞を言い放ってるあの時もノーブラだったってことぉ……?ぐぉおおおお……殺せぇ……殺してくれぇ……。
顔を真っ赤にして俯き胸を押さえる。
「まっ待て。そういう便宜を図ったのは憲兵団の方で……」
「とにかく!後で支給品のあげるから!今はこれでも羽織ってて!」
言い訳をするエルヴィン団長を封殺し、ペトラさんは上着を俺に掛けてくれた。
ぐぅ……嬉しいけど、こんな女の子みたいな扱い、屈辱だ……。
その後、俺とエレンはリヴァイ班に連れられて部屋を出て行った。
出て行くエレンとイオリを見送り、扉がパタンと閉じると、ハンジは口を開いた。
「ねぇ、エルヴィン。あの子泣いてたよ。まだ疑うの?」
エルヴィンは表情を変えずに言う。
「……ハンジ。言っただろう、私は彼女を敵だと思っている訳じゃない。何かを隠しているだろうというだけだ。彼女は既に命懸けの働きで我々の味方だと証明している。流石に、あの涙が演技とは思えない」
「『わざとらしいアピール』とは言わないのか?」
心做しか口角を上げながら、からかうようにミケが言った。
「…………やめてくれ、ミケ」
エルヴィンは数日前の自分の発言を思い出し、非常に心苦しくなった。
旧調査兵団本部に到着した。
道中俺は馬に乗れないので、ペトラさんの前に座り、一緒に乗った。背後のペトラさんの胸の感覚に少しドキマギしたが、男だったときと比べれば全然興奮しなかったので、やはり人間は肉体の本能に縛られた愚かな生き物であると思うなどした。オルオさんは俺にはあまり絡まず、エレンに絡みまくって舌を噛んでいた。
しかし、これが旧調査兵団本部……雰囲気あるなぁ。日本にこんな城なんて無かったから新鮮だ。
今は皆馬を厩舎に繋いでいるところだ。オルオさんとペトラさんが夫婦漫才をしている。
俺はテンションが上がりソワソワしながら徘徊していた。えー、中探検したーい!でもまずは外観見て回りたいな、と歩き始めた時、兵長に呼び止められる。
「オイ、どこ行く気だ。俺達の目の届く範囲から離れるな」
ひぃ〜ん、怖いよぉ!皆がぞろぞろと中に入っていくのでついていく。どうやらリヴァイ兵長のお掃除タイムが始まるらしい。
「上の階の清掃完了しました」
「アッこっちも終わりました!」
久しぶりに掃除というものを頑張った。いやー大変大変。
今の俺は皆と同じ調査兵団の制服を着ている。なんだかコスプレをしているようで照れくさい。
ちなみにもうとっくに下着はつけている。いや、なんか動きやすいね!支給品の下着はスポブラみたいで俺でも着ることができた。ホックとかあったら付けれなかったぜ、ってやかましいわ殺すぞ(ブチ切れ)。
リヴァイ兵長が「お前らの部屋ねーから!てめえらには地下がお似合いだぜ!(意訳)」と言い放ち、上の階に確認しに向かった。
「失望したって顔だね」
ペトラさんがエレンに話しかけている。何気にこの人失礼だよな。めちゃくちゃ上官の悪口言いますやん。大丈夫?不満溜まってる?労基とか無さそうだもんねこの世界。
「イオリも、怖いことされたら言うんだよ?」
うーん、すっかり小さな女の子扱いだ。少々不満だが、「はい……」と素直に頷いておく。
そんなことをしていると上の階に確認しに行っていた兵長が戻ってきた。エレンが掃除のやり直しを命じられている。
ぷぷー!エレン君ダメダメじゃーん!ふふん、まぁ俺のような生活力のある大人には及ばないかな?
「イオリ」
はいはーい!
「論外だ。本当に酷い。お前はやり直すな、俺がやる」
…………あれぇ?
その日の夜。俺達は建物の食堂らしきところに集まっていた。
皆「掃除疲れたー」みたいな顔をしているが、俺は戦力外通告を食らっていたのでちっとも疲れていない。申し訳ないので皆に水を配っておく。
エレンが巨人になる方法について話し、俺がなんとも言えない顔で曖昧に同調していると、エルヴィン団長とハンジさんが訪ねてきた。
「イオリ。地下牢では時間がなかったからな。改めて君の話が聞きたい」
エルヴィン団長が俺の前の席に座る。
……すっかり忘れてたな。結局俺は自分の正体も含め、何も情報を開示出来ていない。当然、聞かれることには全部答えてあげたいのだが……。
俺はどこまで話していいんだ?いやそもそも話して信じてもらえるのか?原作では少しづつ謎が判明していき、信頼性と説得力のあるグリシャの本でやっと世界の真相が判明した。今俺が急に全部話しても、混乱させるだけじゃないだろうか。
そして地下牢の中で考えていたこととして未来のエレンによる修正問題がある。
何をしたら干渉しにくるのか。
これに対し、俺は『
『ベルトルトはあそこで死ぬべきじゃなかった』というような台詞があるように、そのレベルの主要キャラの生死が変わるようなことは修正されるが、逆にそういうことをしない限りは大丈夫なはずだ。現にマルコやイアン班長達は助けられた。あそこら辺の準モブ(失礼)みたいなキャラクターまでなら助けてもいいということだ。
『大筋を崩さずにストーリーを進め、その過程で出来るだけ多くの人間を救う』
これが今の俺の行動方針だ。エレンとかいう最強のラスボスがいる以上俺のようなモブに出来ることはそう多くない。仕方ないね。
とにかく、その行動方針に従うのなら、今俺が取るべき選択は黙秘だ。
すごいワクワクしながら話を待ってる団長とハンジさんには申し訳ないが、俺が今明かせる情報は無いに等しい。
「すみません……あまり、覚えてなくて……」
「……覚えてない?」
「はい……私は気付いたら巨人になってて……」
「記憶喪失ということか?」
顔には出していないがガッカリしているのが伝わってくる。
んー……無理があるかなあ。でもコレでごり押すしかない。嘘はついてない。俺は嘘なんてついたらボロを出すタイプだ。ただでさえエルヴィン団長はめっちゃ嘘見抜けそうな人だし。
「あの……実はオレも何か忘れてるような気がしてて……」
エレンが話に参加してくる。お、いいぞ!
「巨人化には記憶の欠損が伴い、イオリはその欠損が大きいということか……?」
「巨人になる前の記憶は全く無いの?」
「えっ、あっ……あるといえばあるんですけどほとんどないというか……(ゴニョゴニョ)」
「うーん……イオリは調査兵でもないのになんで壁外に……あっ!イオリはウォールマリア陥落の時に取り残された子なんじゃない!?」
「ふむ……だから我々調査兵団のことを知っていたのか?」
「はっはい……!調査兵団のファンだったので……!(本当)」
「……これで私やリヴァイを認識したのは説明がつくか……」
よし!なんか良い感じになってきたぞ!
エルヴィン団長は難しい顔でブツブツと呟いている。
「……壁が破られることを知っていたのは?」
「へっ?あっ、えっとぉ……巨人の勘と言いますかぁ……へへ……」
しどろもどろになりながら答える。
エルヴィン団長は目を細めたが、特に何も言うことなく次の質問に移った。
それからもう少しだけ質疑応答を繰り返し、結局俺は怪しまれることなく(?)良い感じに終わることができた。
「よし、ありがとうイオリ。興味深い話が聞けた。では私はこれで」
エルヴィン団長は席を立つ。忙しいところご足労いただいたのに大した情報無くてごめんなさいね。
出て行く団長を見送り、隣を見るとハンジさんはまだ残って横のエレンに話しかけている。
巨人の実験の話してるな。俺も巨人については出来るだけ詳しく知っておきたい。よく聞いておこう。気付けばリヴァイ班の皆は居なくなっていた。
数時間後、既にエレンはぐったりとしていた。うんざりという表情を隠そうともしていない。
「あの……もうそろそろ……」
「駄目だよエレン!巨人の力を使う君は巨人についてはよく知っておくべきだ!きっとこの話は役に立つよ!何せハンジさんは巨人研究の第一人者!壁内で一番巨人に詳しいと言っても過言では無い!!」
ハンジさんの巨人の話にどハマりした俺はエレンを引き止めた。信じられないといった顔でエレンが俺の方を見てくる。裏切り者、とでも言いたそうだ。ハンジさんは「おぉ……」とすこぶる感動していた。
結局ハンジさんの話の勢いはさらに増し、夜は更けていった。
勘のいいハンジ「