赤ん坊を見守るように暖かい目で見ていただけると幸いです。
「クソォオオオオ!離せっ離せぇ!!」
やめろ。
「ひぃっ……!いやだっ、いやだ!!」
やめろ。
「はっ、はぁっ……お、オレは、誇り高きッ調査兵団だ……!お前らなんかに、喰われるくらいならッ……!!」
やめてくれ。
「やめッ……!!」
俺はベッドから飛び起きた。荒い息が口から漏れる。心臓が胸を痛いくらい必死に叩いている。汗で背中がびっしょりと濡れていた。
「はーっ、はーっ……!」
まずい、過呼吸だ。苦しい、苦しい。今は、何時だ。エレンはまだ寝ているようだが。
「おい二人とも。朝だぞ……イオリ!?」
どうやら丁度朝の起きる時間だったみたいだ。今日はエルドさんか。扉を開けて入ってきたエルドさんは慌てて駆け寄ってくる。隣のエレンも目を覚ましたようだ。「んん……」と寝返りをうっている。
「ひゅっ、ひゅぅーっ……!ひゅー……!」
吸っても吸っても吸い足りない。涙で視界が滲む。胸を手で押さえて前屈みになる。
「どっ、どうした!苦しいのか?」
ごめん、答えられない。でも多分大丈夫、大丈夫だから。こんなの、すぐ治まる。
「どうしたの!?」
エルドさんの声を聞きつけたのか、ペトラさんまでやって来た。俺の様子を見て血相を変える。
「大丈夫、大丈夫……!落ち着いて」
俺の背中をさすってくれる。あ、エレンが起き上がった。
「イオリさん……!?一体どうし……」
「エレン!誰か呼んできて!」
まずい。かなり大事になってしまっている。
結局それから数分経って、ようやく治まった。
そして俺は今食堂でリヴァイ班の面々に囲まれていた。横にはピッタリとペトラさんが俺を抱きしめるように座っている。とても、とても気まずい。
「結局何だったんだ?どーせ怖い夢でも見たんだろ、ガキだな」
オルオさんが言う。実際その通りなんだから何とも恥ずかしい。俺はガキか。
「オルオ!あれは只事じゃなかった」
ごめんなさい只事です。そんな大したものじゃないんですよ、ホント。
「兵長、この子ウォールマリアに取り残された子なんですよね……?酷ですよ、こんな。巨人の力を操って戦え、なんて……」
ごめんなさい嘘です。そんな悲惨な過去は無いんです。
「そうか」
兵長が言う。表情を変えずに紅茶を啜った。
「ならイオリ、お前が決めろ」
「……え」
「優しくしてもらってぬくぬく内地で地下室生活か、今のこの生活か」
そんな選択、迷うことは無い。
「……ここに、リヴァイ班に居させてください」
「兵長!」
「こいつが自分で選んだことだ。俺達が言えることはもう何も無い。そうだな、イオリ」
そう言って兵長は俺の方を睨むように見つめる。いや、睨んではないんだろうけど、目つき!最早身体に染み付いた反射行動として思わずその圧に肩が跳ねる。
「兵長、あんまり怖がらせないであげてください……」
「そういえばイオリはやけに兵長を怖がるな?目つきが怖いのか?」
何気に本人の前で失礼ですね、エルドさん。目つきも怖いけど、なんで怖いかって言ったらそりゃあ……
「えと……前(巨人だった時)にちょっと……襲われて……」
「襲っ……!?」
「ああ。足腰立たなくしてやったからな(意訳・巨人の時に足と腰を切りつけました)」
「足腰立たなく……!?」
「死ぬかと思いました……(物理的に)」
「そっ、そんなに激しく……!?」
皆が愕然とした表情で絶句している。ああリヴァイ兵長の真似をしてたオルオさんの手が震えすぎて机の上が紅茶まみれに……。
なんでみんなそんなに驚いてるの?
バッと俺の両隣に居たエルドさんとペトラさんが俺を庇うように前に立つ。
「兵長……あなたのことは尊敬していますが、イオリは俺が守りますッ……」
「いくら兵長でも、それは許せません……!」
「オイ待て何の話だ」
よく分からないが俺が置いてけぼりになったので、俺は天井を見上げて考え事をすることにした。
……巨人の時は夢を見なかったからな。でも、今あの夢を見れて良かったのかもしれない。
よく思い出せたから。俺が心臓を捧げなくてはならない理由を。俺が
昨日の夜、俺は自分がどうすれば役立てるか考えていた。いい案はあまり出ず、ロッド・レイスの巨人薬を早めに確保して備えるというのが最も良さげな案だった。しかしそれではこの後の壁外調査で皆は女型の巨人に殺されてしまう。
本当はもっと良い案が思い付いていたんだ。その案を選ばなかった理由は怖かったから。また信頼を失って
すっきりと冴えている頭で思考を回す。……うん。いけるんじゃなかろうか。これなら、巨人化なんてしなくても皆を救える。かなり賭けにはなるが、そこは団長を見習うとしよう。アルミンだって言っていたじゃないか。『何かを捨てることの出来ない人には何も変えることは出来ないだろう』と。
そんな風に俺が考えている間に場はさらに乱れていた。いつの間にかエレンにも飛び火している。
「エレン、あなたイオリと同室だからって手を出したりしてないよね……?」
「しっしてない、です!」
「だが男女が同じ部屋にだぞ?そういう雰囲気に……」
「ならない!ならないです……あ」
「心当たりがあるのかエレン」
「ちっ、違います!」
……大体誤解の原因が分かってきたな。ごめんエレン。俺が変なこと言っちゃったから。
「すみません、それは私が……」
「イオリから誘ったのか!?」
……うーん、これは、手強そうだぞ?
その日は一ヶ月後の壁外調査を見据えた訓練が行われた。
「俺達特別作戦班はここだ。四列中央・待機」
グンタさんが図を指差す。
「真ん中……」
「補給物資を運ぶ荷馬車と同じ場所だ。イオリがこの一ヶ月で馬に乗れるようになるか分からないからな。今のところはイオリは荷馬車に乗ってもらうことになる」
なるほどなぁ。何とか頑張って馬に乗るくらいはできるようになりたいけど……。
「本当にイオリも壁外調査に連れていくのか?兵士としての訓練も受けてないし、立体機動装置無しで壁外は危険すぎる」
「巨人の力があるとはいえ……」とエルドさんが言う。それにグンタさんが難しい顔で答えた。
「俺も言ったんだが……団長は連れていく気らしい。ウォールマリア奪還作戦を見据えての試運転だからな。理屈は分かる」
巨人の力もない丸腰の俺が壁外に行くのか……。まぁ好都合だ。そちらの方が成功率が高い。
「では今日の訓練はここまで」
そうこう話し合っている間に今日の訓練は終わった。
「ん!あいつら……」
エレンが同期達を見つけたようだ。ホントだ。原作と同じみんながいるっぽいな。
「オルオさん、ちょっと同期と話してきてもいいですか?」
「チッ……さっさと行けよ」
「私も行ってきていいですか?」
「お前は同期じゃねえだろ」
「まぁ……へへ……」
なあなあで誤魔化しエレンについていく。
「オイ!」
「エレン!」
「しばらく振りに会った気がするぞ」
わー、ミカサとアルミンだ!こんなに近くで見たのは初めてだなぁ。……あれ、ミカサなんかこっち睨んでない?
「エレン、ひどいことはされなかったの?体を隅々まで調べ尽くされたとか精神的な苦痛を受けたとか……
色目を使われたとか」
こっちを一際強く睨む。なんで!?怖い!兵長と同じ怖さがある!!
「そんなことは……」
……エレン!?否定して!エレン!!
「エレン!」と他の皆も集まってきた。げっ、ライナー達もいる。アルミンが俺に話しかけてくる。
「あっ、あなたはあの時の……」
「うん、イオリでーす。よろしくね、エレンの同期の皆!」
気さくに挨拶をしておく。皆が俄にザワつく。
「もしかして噂のもう一人の……」
「エレンと同じで巨人になれるんだって?」
「可愛いな……」
あれ、結構俺のこと知ってるのかな?横のアルミンに聞いてみると、
「民衆には隠せましたけど、流石に兵団内では無理で……。多分ほとんど皆噂程度になら知ってると思います」
まぁそうか。じゃあやっぱり……
うわライナー達すんげぇ目で俺のこと見てる。そりゃそうだ。俺は向こうからしたらホントに意味不明な存在だからな。
あ、ジャンだ。良かった、ちゃんと調査兵団に入ったんだ。
「マルコは憲兵団に行かなかったぞ」
む?そうなのか?
「え……?」
エレンが困惑している。俺もだ。
「記憶喪失だとよ。全部忘れちまったから当然どこの兵団にも行けねえ。今は病院で経過観察中だがその内追い出される。開拓地送りだろうな」
…………そうだったのか。
悪いことしちゃったな。
ジャンがエレンを問い詰めていく。個人的にはエレンを精神的に追い詰めるのはやめてあげて欲しいが、言っていることはもっともだし、必要なことではあると思う。
「つまりお前は『巨人の力』の存在も今まで知らなかったしそれを掌握する術も持ち合わせていないと」
そこでジャンは俺の方に視線を向ける。
「さっき先輩方が話してるのを聞いたが、そっちの人は巨人化すら出来てないらしいじゃねえか」
……そうだ。それが現状だ。
ジャンの話は続く。
「本当に……頼むぞ?」
……任せてくれよ。もう君達に犠牲は出させない。
エレンから去っていく同期達。俺は放心するエレンを置いてその背中を追いかけた。
仲間達の少し後方を歩きながら帰路に就く。エレンの横にいた人には少し申し訳なかったなと思いながら一人で歩くジャンに、後ろから声がかけられた。
「待って、ジャン!」
振り返るとそこには駆け寄ってきた黒髪の女性の姿があった。
エレンと同じ、巨人になれる人間……イオリ、とか言ってたっけか。
イオリはジャンの前で立ち止まり、息を整えてから口を開いた。
「えとっ、あの……ごめんね」
しどろもどろと言った様子で謝ってくる。訳が分からないジャンは困惑するしか無かった。
「何が、ですか」
「マルコのこと……記憶喪失だって……ほんとに、ごめんなさいぃ……」
泣きそうになりながらひたすらに謝ってくる。
なんでこの人が謝るんだ……
「……あっ!?もしかしてアンタ、あの時の巨人……!?」
「そう……!だから、ちゃんと助けれなくてごめん……」
ごめん、ごめんねえ、とべそべそ泣くイオリ。
慌ててジャンはイオリを宥める。
「いやっ、あの!マジで気にしなくていいっていうか、マルコのこと、助けてくれてありがとうございます……!」
頭を下げる。
てかあの時の巨人がこの人なら、本部突入の時に援護してくれたのはこの人じゃねえか。オレ達の大恩人だ。
「本当に助かりました、あの、さっきは失礼なこと言ってすんません……」
「……いいよぉ、ホントのことだし。アレは言うべきことだったよ。ジャンは責任感が強くて優しいね」
花が咲いたように笑う人だった。綺麗な黒髪が風に揺られている。
「いやっ、オレは……優しいとかそんな……」
ジャンは顔が僅かに熱を持つのを感じた。髪をガシガシと掻く。
「あの時だって、マルコのために私みたいな
「ありがとう……ございます……」
顔を見られたくなくて、ジャンは目線を逸らして俯いた。よく見たらイオリは顔も整っている。ミカサとは全然違う顔の系統だが、同じようにとても綺麗な黒髪だ。
「じゃあ……オレはこれで……」
居た堪れなくなり、もう帰ろうと身を翻したところをイオリに袖口を掴まれて止められる。
「あ、待って。一つ、変なお願いしていいかな」
彼女の口から出たその『お願い』は、本当に変なものだった。
そしてそれから一ヶ月後。
いよいよ第57回壁外調査が始まろうとしていた。