「今回のトロスト区襲撃で、奴らは内扉を破壊することもなく、大穴を塞がれるのも無視した。人類の殲滅よりも優先するべきことが出来たからだ」
エルヴィンは会議室で五年前から生存している古参兵達を集めていた。皆厳しい顔つきで彼らの信じる団長に目線を向けている。
「そして、それは恐らくエレンの存在だ」
「……イオリの可能性もあるんじゃないか」
ミケが口を挟む。エルヴィンは「もちろんその可能性もある」と肯定し、「だが」と話を続けた。
「イオリがうなじの中から出てきたことを知っているのは本当にごく一部のみ、尚且つそれは穴を塞いだ後に起きたことだ。対してエレンは穴を塞ぐ前にあの場にいたほとんどの兵士が知っている。つまり、敵が大穴を塞がれることを容認したのなら、『エレンを見たから』攻撃を中止した可能性が高い」
エルヴィンは言い放つ。
「『敵』は恐らくエレンを狙ってくる」
「進めぇえええええ!!!」
団長の威勢の良い叫びと同時に皆が一斉に進み出す。この時の団長はまるで別人のような迫力がある。俺は今声しか聞こえないが、それだけでも十分伝わってくる気迫だ。
ついに始まった。第57回壁外調査が。
俺はリヴァイ班の皆に囲まれながら、荷馬車の中で補給物資と一緒に体育座りをしていた。文字通りのお荷物扱いだ。まぁ仕方がない。
「ハッ、結局馬にも乗れねえとは」
「オルオさん……。イオリさんは兵団の訓練受けてないんですよ……」
「そうだぞ、オルオ。イオリは頑張ったさ」
みんなのフォローが痛いぜ。一ヶ月もあったら大体の人は乗馬くらいできるんじゃなかろうか。俺もある程度乗れるようにはなったけど、やっぱり苦手で、いざと言う時が怖いという理由で荷馬車に乗せてもらっている。
周りが幌で覆われていて視界が遮られる荷馬車でないといけなかった。
俺の荷馬車は皆の少し後方に位置している。
どうやら市街地を抜けたらしい。荷馬車から周りを見渡すと、皆広範囲索敵陣形に広がり始めていた。非常に統率がとれている。流石は調査兵団だ。
横の布の隙間から顔を出してエレンに声をかけてみる。
「いい天気だねえ」
「……そうですね」
久しぶりの壁外を見渡す。どこか懐かしいような気がしないでもない。ここら辺はよく通ったところだ。
そう、俺はこの辺りなら、地形も含めてよく知っている。
ここからまっすぐ行って、先の丘を越えると小さな村の跡地が見えてくる。
その辺りは地面の凹凸が非常に多く、荷馬車は騒がしく上下に揺れるだろう。加えて茂みや小屋など身を隠せるところがとても多い。
他にも好条件のところはいくつかあるが、そこが一番かもな。
俺が考え込んでいると、前を走る兵長が俺に声をかけてきた。
「オイ、さっきからやけに静かだが、クソでも漏れそうか」
「……いえ、どちらかと言うとゲロが漏れそうです」
「イオリ!?」
「酔ったのか……」
「イオリさん……」
「チッ……大人しく寝てろ」
「はぁい」
俺は大人しく黙って荷馬車の中で周りの景色を隙間から窺いながら座っていた。
それから荷馬車に揺られること一時間程。
「おいイオリ……ホントに大丈夫か?」
エルドさんが心配そうに声をかけてくる。
「すみません……ちょっと寝かせてくらさい……」
「お、おう……」
エルドさんはきっと本気で心配しているので胸が痛むが仕方ないことだ。許せ。
もうそろそろかな。
隙間から外の様子を窺う。チラホラと赤の煙弾が上がっていた。
「オルオ、お前が撃て」
「了解です!」
好都合だ。
凸凹の地形に差し掛かり、荷馬車がガタンガタンと揺れ出した。うえっ、ホントに酔いそう……。
皆は煙弾の方向を観察している。
俺はその様子を尻目に、荷馬車の後ろから身を乗り出して様子を窺う。
……結構早いなぁ。
地面がすごいスピードで通り過ぎていく。
しかし今しかない。俺は意を決すると恐怖心を押し殺し、
騒がしく荷馬車が軋み、煙弾の上がる音も合わさり、俺の落ちた音に気付く者はいない。ただでさえ馬の駆ける音ってうるさいしな。
「ぐっ……!」
俺の身体は地面に叩き付けられ、ゴロゴロと勢いよく地面に転がる。これでも受け身は得意だ。さんざん空手の稽古で転がされてきたからな(恥)。
ぐえっ。
クソ、やっぱあの速度の馬から落ちて無傷とはいかないか。大きめの石にぶつかったらしい。右腕が痛い。脱臼か打撲か……骨折はしてないはずだ。
しばらくローリンガールになった後、ようやく止まった。起き上がると急いで近くの壊れかけの小屋の中に入る。
壁に背を預け、尻餅をつく。
いってぇ〜……。
一呼吸置いて怪我を確認する。右の二の腕あたりが腫れ、アザが出来ていた。うん、痛いが問題なく動く。骨は折れてない。打撲かな。
小屋の外を眺め、通り過ぎていく馬を確認する。俺達は陣形のほぼ真ん中かやや後方に位置していた。後続の班はそこそこいるが、このスピードだし、たかが知れている。すぐに通り過ぎるだろう。騒がしく砂埃を上げながら馬が何頭も走っていくのが見えた。
ん、今のが最後かな。後ろを見ても続く人はいないっぽい。これで俺は調査兵団の索敵陣形から外れたわけだ。しかし今俺がいるところはつまり調査兵団が通った後であり、巨人はいないはずだ。時間が経てばその限りでは無いが。
途中から体調不良を装ったので、荷馬車が静かになってもリヴァイ班はしばらく俺の不在に気付かないだろう。とは言え早くことを済ませるに越したことはない。
……もういいかな。
調査兵団が通り過ぎてからしばらく待った後、俺は小屋を出て、調査兵団とは反対の方向に小走りで移動する。そして懐に入れていた信煙弾を打ち上げた。
シュルルル……と勢い良く弧を描きながら緑の煙が立ち上っていく。
この煙弾は調査兵団からは見えない……はずだ。距離的にもそうだが、誰も後ろから煙弾が打ち上がるとは思わないだろう。
では誰に向けて打ち上げたものかと言えば……
来た。
遠くからドッドッドッと速いリズムでの地響きが聞こえる。遥か彼方に見えていたその影は見る見るうちに近付いてきた。
金髪に、ところどころ皮膚が無い女性のような身体つきをした巨人。
アニこと女型の巨人だ。
アニはあっという間に俺の元に辿り着くと、膝をつき、俺に手を伸ばしてきた。
逃げないのかって?
逃げるわけないだろ。
そしてアニは俺を無造作に片手で持ち上げた。
乱暴だなあ。もうちょい丁寧に扱ってよ。
アニは立ち上がり、俺を掴んだままじっと見つめる。ん、嫌な予感。
「おっと、口に収納するのは勘弁してくれないか」
ジャン曰く『巨人の口の中は二度とごめん』らしいからな。手で持ったまま連れ去ってくれよ。
そう、俺はこのまま
計画通り。
某殺人ノートの主人公のような顔を浮かべてみる。うん、こんな時にまでふざけるのは俺の悪い癖かもな。
……ごめんねぇ、エレン。
アニは幸い俺を口に入れることなく、俺を掴んだまま立ち上がり、踵を返そうとする。
ふふん、俺が一ヶ月練ったこの計画は完璧だ。現にここまで何のミスもなく完璧に……
「オイ、そいつはウチの班員だ。連れてくんじゃねえよ」
この1ヶ月で聞き慣れた声だ。
そんな馬鹿な。いるはずがない。幻聴だ。俺のトラウマから引き起こされた幻聴。
恐る恐るアニの手の中から後ろを振り返る。
すると、
人類最強が刃を抜いてそこに居た。
アイエエエエエエエエ!?!?
ナンデ!?リヴァイナンデ!?
そんな馬鹿な……この俺様の完璧な作戦が……!
俺はテンパりながらも手の中から必死にアニに向けて叫んだ。
「アニィイイイイ!!逃げて!超逃げて!!」
あの人ヤバいから!!!
まあ赤ちゃんだからね、仕方無いね。