「何が……どうなっている……?」
ミケは苦々しい表情で呟いた。
壁が破られた。
それは南方から巨人群が現れたことから明らかだ。ミケ本人がその巨人達を発見したのだから、間違いようがない。
今は隔離中の104期の者達も連れて馬で北上中だ。この後離散して班を4つに分けようと、ミケは分隊長として方針を定める。
「どういうこと……?104期に超大型と鎧がいるんじゃなかったの?」
横を走るナナバが、後ろの104期の者達に聞かれないように小声でミケに話しかける。
「分からない……とにかく今は兵士としてやるべきことをやるだけだ」
ミケも顔には出さないが、混乱の最中にいた。
壁を破れるのは超大型と鎧だけ。開閉扉以外も破れたのは予想外だったが、それを為したのはその二体で間違いないはずだ。
104期……特にライナー・ブラウンとベルトルト・フーバーからは一切目を離していない。順当に考えれば彼らは巨人では無かったということになるが……。
情報提供者が嘘を?
しかしアニ・レオンハートは実際に巨人だった。情報提供者がこちらを撹乱するための敵側の人間だったとして、仲間を売るとは考えにくい。
「……今考えても仕方がない、か」
一刻も早くエルヴィンに伝令が届くことを祈ろう。彼ならば、すぐに自分よりもよっぽどまともな推論と作戦を思いついてくれる。
今自分たちがすることは避難誘導と、壁の破壊箇所の特定だ。
「あの巨人群が林まで到達したら一斉に離散する!それまでに4つの班を構成する」
皆に指示を飛ばす。
この地域に詳しい者たちを中心に班構成が決まっていく。
……ライナーとベルトルトは南に向かうか。
本音を言えば、ライナーとベルトルトにはより多くの兵士をつけたいが、疑っていることを悟られたくはないな。
そう思いながら、ミケは近くのナナバやゲルガー達にだけ聞こえるように耳打ちした。
「人手不足故に104期の者達にも働いてもらうが……警戒を解くな」
「……了解」
皆が重苦しく頷く。生きているうちに最善を尽くす、兵士の顔つきをしていた。
そんな様子を頼もしく感じながらミケはフンと鼻を鳴らし、後ろを確認する。
丁度巨人群が林に到達していた。
「離散せよ!!最高速度で駆け抜けろ!!」
その瞬間。
巨人達は突然勢い良く走り出した。
「……なぜだ?」
間違いなくすぐに追いつかれる速度だ。そう悟った実力者であるミケの判断は早かった。
「ゲルガー!!南班はお前に任せた!」
ライナーとベルトルトから目を離したくはなかったが……!
ミケはそう心の中で歯噛みしながらも、皆とは反対の方向に馬を走らせた。
「おおおおッ!」
こちらに向けて伸ばされた巨大な腕を伝って走り寄り、横から巨人のうなじを削ぎ落とす。
その巨体が前に傾き、ずしんと地に伏した。
ミケは近くの家の屋根に着地する。
あと……
流石に疲弊している。息を整えながら、ミケは辺りを見渡した。
いや……潮時だ……。
十分時間は稼いだ。かなり遠くまで全班が行けたはずだ。
ミケは口笛を鳴らし、馬を呼び寄せる。
気がかりなのは
それと。
少し離れたところで、こちらを凄まじい目つきで凝視しているにも関わらず、足に根が張っているかのように一向に近付いて来ない黒髪の巨人。見た目は普通の巨人だが、何か妙だ。
こちらに興味が無いわけではなさそうなのに、何かに妨害されているように、まるで見えない壁があるかのように、じっと止まっている。巨人に感情などないだろうが、『
奇妙なその様子を眺めていると、離れたところから聞き慣れた愛馬の鳴き声が聞こえてきた。見ると、こちらに駆け寄って来ている。
「よし……よく戻ってきた」
そう安堵したのも束の間、ミケは信じられない光景を目にする。
毛むくじゃらの奇行種が馬をがしりと掴み上げたのだ。
「馬を狙った!?そんな!?……まさか」
脳裏を過ぎるはエレンやイオリ、そして超大型や鎧のような知性を持つ巨人。
しかし考える暇も無く、その奇行種は掴んだ馬を大きく振り上げ、こちらに投擲してくる。
それは凄まじい勢いで、馬の体がミケの立っていた屋根を打ち砕いた。
動揺のせいで反応が遅れたミケは、何とか回避には成功するものの、屋根の上から落ちてしまう。
しまった。
そう思った次の瞬間には身体を待ち構えていた奇妙な頭の形をした巨人に両手で掴まれる。
そしてその口ががぱぁと開かれ、ミケの下半身に想像を絶する痛みが走った。
「ぎぃぁああああっ!!」
ミケさんの悲鳴が聞こえる。
ミケさんが食われかけていると言うのに、俺は少し離れたところからそれを眺めることしか出来なかった。少し前から、
何故。何故だ。
俺はジークの支配下にいないはず。いや、支配下だったとしても、今は待機命令なんて出されていない。なんで、俺の身体は動かない。
まさか。
未来からの干渉……!?
いくら俺が特殊だとはいえ、ジークの支配は免れても、始祖の支配下には置かれるということか……!
それにしたって、このタイミングでくるか。
俺を排除しに来た……のか?いやそれなら壁外に居た時に、他の無垢の巨人に食い殺させていれば良かったはずだ。
どうしてよりにも寄ってこんなタイミングで干渉を……
いや、このタイミング
もしかして、ミケさんを助けるなと言っているのか。エレンにとって、ミケさんが生きていると不都合だと?
やめてくれよ。
ミケさんとそんなに関わり無かったけどさ。
知らない人じゃないんだよ。
目の前で食われるの見過ごせって言うのかよ。
エレン、頼むよ。
俺、頑張るからさ。ミケさんが生きてても問題ないように頑張るからさ。
何でもするから。
ジークがミケさんの立体機動装置を奪っている。この後、ジークは巨人への待機命令を解除するはずだ。このままでは、原作通りにミケさんが惨たらしい死を迎えてしまう。
駄目だよ。あんなの、人に許されていい死に方じゃない。
エレン、エレン!!
お願いだ!どうか、どうか見逃してくれ!
いくら頑張っても身体は動かない。何かの力で拘束されているというよりは、そもそも身体に力を入れることが出来ない感じだ。どうも俺の身体は完全に始祖の支配下らしい。
……これ、俺の思考も干渉対象だったりするのか?
ゾッとする可能性が頭を過ぎるが、そんなことを気にしている場合ではない。ミケさんを助けなくては。
動け。
動けよ!!
「もう動いていいよ」
ジークの声が聞こえる。
そこでハッと俺は顔を上げ、自分の身体が動くことに気付く。
動いた!
既に巨人達はミケさんに群がり始めている。
俺は全力で地面を蹴り、僅かに五歩でその距離を詰め、手を伸ばす巨人達を遮る形でミケさんを掻っ攫った。手で包み、他の巨人達から距離を取る。
それからジークに背を向け、見えないように視線を遮ってから、ミケさんの持っているブレードを器用に摘み上げて捨てた。
ミケさんはいよいよ絶望の表情を浮かべているが、これは必須だ。ミケさんは強い人だが、原作での最期の取り乱し方から考えて、うっかり持ってるブレードで自害しかねない。
それから俺はミケさんを高く持ち上げ、ちらりとこちらを確認しているジークに見せつけるように、口の中に落とした。
当然、いつもの口の中収納だ。
口の中に入れた途端、巨人達は興味を失ったようだ。そりゃ丸呑みで捕食された人を食べようと巨人の腹に群がる巨人なんていないしな。奇行種が見てもいないのに多くの人間に引き寄せられるように、巨人には五感に頼らない人間探知センサーがあるのだろうが、巨人の体内に入った人間は対象外みたいだ。あと死んでる人間ももちろん対象外。そう考えると不思議な力だな。俺はその人間探知センサーを実感したことはないのだけど、使えるのだろうか。
ジークに怪しまれない程度に、巨人達から離れるように移動を開始する。
うーん、ミケさんどうしようかな。
……てか、ミケさん助けられたな?
そうなると、なんでエレンは干渉してきたんだ?
俺が始祖の支配下から外れたわけもないしな。俺のこの巨人体は始祖ユミルが作ったものだ。自分の作ったものを操れなくなるなんて道理はない。
てことは、ミケさんを殺すのが目的ではなかった?
流石にエレンが意味の無い干渉をするとは思えないんだけどなぁ……。うーむ分からん。
とりあえずミケさんを安全なところに連れて行こう。原作通りなら、散開した他の班を探すのが良いかな。防衛線がもう出来てるならそこに届けるのでもいい。俺が原作より早く避難を促してるから、巨人出現の情報が伝わるのもかなり早いはずだ。
あぁでも俺の巨人の姿を知ってる人が少ないから殺されちゃうかも……。
知ってる人は、ジャンとか……あっ!
駄目だ!ライナーとベルトルトは、俺がアニに連れ去られたって思ってるはずだから、のこのこ姿を現したら即アウトじゃん。
散開した班を探すのはナシ。むしろ絶対見つかっちゃダメ。
じゃ、防衛線に届けようかな。
とりあえず、ミケさんは俺の巨人の姿を知ってるはずだから、防衛線の皆に俺が敵じゃないことを伝えて貰えるようにしよう。
もうとっくにジークは居なくなっている。俺はミケさんを口から手のひらに出した。
ミケさんは唾液まみれのまま、頭を抱えてガタガタと震えている。
あれ?
ミケさんはぎゅっと目を瞑っていたが、やがて外に出されたことに気付いたのか薄目を開けてこちらを見た。ビクリと肩を震わせて、尻もちを 搗いたまま手のひらの上で後ずさる。
おっと、落ちちゃうよ。
俺のこと忘れたの?薄情だなあ。
手のひらを傾けて落ちないように調整する。
ミケさんは怯えたままだ。
う〜ん、顔は同じのはずなんだが……怯えてそれどころじゃないのか……(ジークの真似)(激似)
……ん?『顔は同じ』?
ふと思い立ってぺたぺたと自分の顔を触る。口元にやると柔らかな感触。
あれ、唇あるな。
口は耳元まで裂けてるが、前と違って歯が露出してない。
ミケさんに視線を戻す。
俺と目が合うと、ミケさんはまたビクッとして頭を抱えてブルブル震え始めた。
あっ、これ……
俺の見た目変わってるな?