いやぁ〜、参った。
ミケさんが怯えるわけだね、こりゃ。
言われてみれば身体なんかも微妙に前とは違うような気がしないでもない。
ジークの脊髄液で巨人化したからかな。まあ原作では俺みたいに何度も無垢の巨人になる奴なんているわけ無かったからなんとも言えないけど、何で巨人化するかによって見た目って多少変わるみたいだね。
マジかぁ。いやライナー達に見つかっても大丈夫ってのは有難いんだけど、ミケさんとか俺のことを知ってる人達に味方って分かって貰えないのがキツイな。
お得意の敬礼をしても、もう兵団内に敵の巨人がいることが分かってしまっている今、なんの意味も成さないだろう。知性巨人であると相手に勘違いさせるだけだ。
とりあえず今はミケさんに落ち着いてもらおう。
敬礼するなりして知性巨人だと思わせてから、敵意がないことをアピールすれば何とか……。
俺が一向に襲いかからないから平静を取り戻し始めたのか、ミケさんがすんと鼻を鳴らした。
「この匂い……まさか……イオリ、なのか……?」
お、分かるの?
匂いで分かられるの何か嫌だなぁ。
そう思いながらも、力強く頷いておく。
「そ、そうか……。助かった……ありがとう」
いいってことよ。
ミケさんは落ち着きを取り戻したが、食われた足が痛むのか顔を顰めている。左足があらぬ方向に曲がって、出血している。
……外傷があるとまずいかもな。俺の唾液からなんかやばい感染症とかにかかりそう。
ともかく急いでミケさんを安全なところに運んで治療してもらわなくては。
俺はミケさんを手のひらに乗せたまま北上することにした。ミケさんの震えはまだ止まっていない。
……ミケさん、調査兵団続けられるかなぁ。結構トラウマだろうし、ピクシス司令も『一度巨人の恐怖を知ってしまった者は二度と巨人に立ち向かえん』的なことを言ってた。
ま、生きてりゃ全て問題なしって考えるべきかな。
ひたすら北に向かって走る。
原作ではライナーとベルトルトは南に向かったはずだから大丈夫だろうけど、あんまり原作知識を当てにしない方が良い気もする。彼等に遭遇しないことを祈るばかりだ。見た目が違うとはいえ、人を助けてる巨人として見つかったらまたややこしいことになる。
やがて、遠くの林の中に馬に乗った人達の一団を見つけた。調査兵団かと思ったがどうも一般人のようだ。人の乗っていない馬を多く連れている。避難民ではないのか、何故か北上はしていなかった。
だが、これならミケさんも連れて行ってくれるのでは?
俺は手のひらの上のミケさんにアイコンタクトをとる。するとミケさんもその一団に気付いたようだ。俺の意図を汲んだようで、ミケさんはこちらを見ながら口を開いた。
「この怪我でも、馬に乗るくらいなら何とか出来る……ここで降ろしてくれ」
林の中の通り道にミケさんをそっと置く。ミケさんの体調は良くなさそうだ。顔色が酷く悪い。心配だが、ここに居ればすぐにでも彼等が通りかかって助けてくれるだろう。
「イオリ、余力があればで構わんが……ゲルガーに任せた南班のところに向かってくれないか」
ミケさんは具合悪そうにしながらも、俺にそう言った。
酷く憔悴しているだろうに、仲間のことを気にかけている。やっぱりミケさんは強い人だ。
ああ、元よりそのつもりだ。任せてくれ。
そう気持ちを込めて俺は首を縦に振る。
その様子を見て、ミケさんはフンと鼻を鳴らした。
よし、俺は見つからないうちにすぐここを離れて……
あっ、見つかったっぽい。
流石に林で視界が悪いとは言え、この距離で気付かれないのは無理があるか。何やら声が聞こえる。
「巨人ばおるぞ!皆逃げえ!」
まずい。ミケさん!呼び止めて!
「ま、待ってくれ!」
ミケさんが叫ぶ。そしてその声は向こうにも聞こえたようだ。
「人の声や!助けんと!」
「馬鹿、無理に決まっとる!」
早く
くるりと踵を返して俺は分かりやすく足音を立てながら走り去った。
微かに聞こえる後ろからの声に耳をすませる。
「今のうちや!ほらアンタ、こっち!」
「すまない、足を怪我しててな……手を貸してくれないか」
「アンタ兵士かい。そげん酷い怪我して……あの巨人と戦っとったんか」
よし、何とかミケさんは回収されたみたいだ。ちらりと後ろを見てから、そのまま南に向かう。次は南班の皆の救出だ。
「助かった……貴方は?」
ミケは何とか馬に乗りながら、先頭を走っていた男性に声をかけた。
「ブラウスいうもんです。巨人ば現れた言うもんですから、逃げ遅れた人々に馬を与えて回っとりました」
ブラウス……もしや。
「サシャ・ブラウスの……」
「えぇ、たしかにサシャはウチの娘です。そういえばそれは調査兵団の……もしや上官殿でしたか。ウチの娘は迷惑かけとらんですか」
「ああ、彼女は……今回の事態で、この地域を知る者として率先して働いてくれている。……貴方の娘は兵士として務めを果たしている最中だ」
彼は驚いたように目を丸くした後、ふっと微笑みながら言った。
「いやぁ……サシャも立派になったな」
ミケはそれに頷いてから、馬の手網をとって北に方向転換した。
「すまないが馬を借りていく」
「いやアンタ、そげな怪我でどこに……」
ミケは真っ青な顔に脂汗を浮かべ、明らかに体調に異常をきたしている。しかし構わずに馬を勢い良く走らせ始めた。
「エルヴィンに知らせなくては……」
エルヴィンは天井を見つめ、軽くため息をついた。
今は王都での会議が一段落したところだ。王政への成果報告は一旦終わり、その後兵団関係者を集めた会議を行っていた。
成果報告では、全てを報告した。アニ・レオンハートという巨人になれる敵を捕縛したこと。情報提供者によれば、他にも巨人が潜んでいるということ。
既にエレンやイオリという前例があり、そして捕獲した『実物』があるのだから、流石に誰も与太話だと切り捨てることは出来ず、その後すぐに全兵団による話し合いの場が設けられることになった。
ザックレー総統にピクシス司令。憲兵団師団長のナイルも同席している。エレンとイオリの審議の時と同じような錚々たる面々だ。
議題は『兵団内の敵の炙り出し』だ。アニ・レオンハートは憲兵団所属の兵士だった。巨人になれる敵側の人間が兵団に潜んでいるのは明らかであり、他に何人いるのかも分かっていない。
今この場にいるのは五年前のウォールマリア陥落以前から兵団に所属している者達だけだ。諜報員は壁の破壊とともに現れたと考えられるので、今この場には裏切り者はいないと考えて良い。
それぞれの兵団の責任者達を集め、如何に身内の裏切り者を暴くか。それが兵団にとって、いや人類にとっての最優先課題であった。
また同時並行で情報提供者の情報が正しいと仮定した場合の、『対超大型・鎧作戦』も考える必要があった。現在三兵団の総力を以って、奴らを封殺することが決定している。
会議は順調だ。
だからエルヴィンを悩ませているのはまた別の案件である。
それは朝一番に舞い込んできた『イオリ脱走』の報告。
思わず眩暈がした程だ。もしや巨人化したのかと思いきや、人間体のまま、真正面から突破されたそうだ。イオリの技量を褒めるべきか、憲兵の至らなさを責めるべきか。
しかも聞くところによると、一部の憲兵が暴走して彼女に暴行を加えたらしい。ただの暴力であればまだ良いが、彼女は若く見目の良い女性だ。もしかすると……。
嫌な可能性が頭に浮かぶが、それを振り払う。我々を信頼、は……出来なかったのだろうな。
それは逃げたくもなるというものだろう。憲兵団の腐敗ぶりを見誤っていた。逃げた彼女を責めることなどとても出来ない。むしろ我々が謝罪をするべきだ。
たとえ彼女が我々を見限ったとしても文句は言えまい。思えば、彼女にはずっと申し訳ないことをしてきた。彼女はずっと人類の為に尽くしてくれたというのに、我々は無断の捕獲未遂に始まり、その後も拘束し、監視し続けた。
これで我々を信頼しろというのが無理のある話だ。しかし彼女を失うのはあまりにも大きすぎる損失だ。何とかして戻ってきて貰いたいものだが……。
と、エルヴィンがそこまで考えたところで会議室の扉が勢い良く開かれた。
「ウォール・ローゼが、突破されました!!」
皆が息を呑む。それはエルヴィンも例外ではない。
ウォール・ローゼの陥落、だと……!?こんなタイミング、で……
エルヴィンはすぐに思い当たった。
やめろ、考えるな。
嫌な思考のピースが嵌っていく。
考えたくはない。考えたくはないが、このタイミングは……。
「イオリ……」
俄に騒がしくなった会議室では掻き消される程の小さな呟きだったが、隣のハンジには聞こえたようだ。
イオリの脱走。そしてウォールローゼの陥落。これが同時期に起きて、その関連性を疑わずにはいられない。
彼女は、
いや、元々敵側の……?
考えるなと理性が警鐘を鳴らすが、思考は止まってくれない。辻褄があってしまうからだ。
自分の出自についてを隠す言動。
アニ・レオンハートと協力する素振り。
壁が破られることを知っていたこと。
そしてこのタイミングでの脱走。
彼女が元々、超大型を始めとする敵側の巨人達の仲間であったのなら全て説明がついてしまう。
「…………ン、エルヴィン!」
思考の海に沈んだエルヴィンを、ハンジの呼びかけが引き上げた。ハンジはこちらを見て、必死に捲し立てた。
「分かる!分かるよ、疑いたくなる気持ちは!でも、前もそうだったじゃないか」
ハッとエルヴィンは顔を上げる。
「彼女はトロスト区が破られたとき、何故か前々からそれを知っていて、そして助けに向かった。今回も同じなんじゃないのか?彼女は今回の事態も知っていて、そしてそのタイミングで脱走し、助けに向かった!!」
そうだ。
また私は同じ過ちを……。
「確かに、何で知ってるのかはわかんないよ。でも、そんなのは重要じゃない!エルヴィンが言ったんじゃないか、『彼女が我々人類を救ってくれたのは揺るぎない事実です』ってさ!!」
「ね?」とリヴァイに同意を求めるハンジ。何故こっちに振るんだという表情をしながらも、リヴァイは口を開いた。
「……あぁ。そしててめぇが今すべきことは仲間が裏切ったかもとうじうじ悩むことじゃねぇ。さっさとお得意の作戦を立てることだ」
「……そうだな」
エルヴィンは破顔し、席を立ち声を張り上げた。
「ウォール・ローゼは突破された!恐らく壁を破壊したのは超大型と鎧だ!!」
ざわついていた会議室が静まり返る。皆がじっとエルヴィンを見つめた。
「やることは変わらない!!我々はこれから動ける人員を全て投入し、超大型・鎧を打ち倒し、エレンの力で壁を塞ぐ!!」
それにピクシス司令が口を挟む。
「しかしエルヴィン、どうするつもりじゃ。『対超大型・鎧作戦』はまだほとんど考えられておらん。それに大岩があるかも分からんのにどうエレンの力で穴を塞ぐ」
「ええ、問題だらけです。しかし我々は向かわなくてはなりません。まずは現状の把握。そしてそれには多くの人員が必要です」
「あいわかった。駐屯兵団からも出来るだけ多くの人員を割こう。憲兵団も……構わんな?」
「……ああ」
ナイルが苦々しく頷いた。
混沌としていた会議室がまとまり、行動方針が定まっていく。
「駐屯兵団には防衛線の構築をお願いします。憲兵団は我々と共に壁上を走り破壊箇所の特定を……」
その様子を見ながらハンジはリヴァイに話しかける。
「私達はウォールローゼ南部にライナー達を隔離していた。壁が破られたってことは、彼らが動いたってことで間違いないはずだ。ミケがしくじるとは考えにくいんだけど……」
「……さぁな、聞いたらどうだ」
ハンジは早馬で報告に来てくれたトーマに話しかける。彼は確か104期をミケ達と共に隔離してくれていたはずだ。トーマは疲れ果てた様子で水を飲んでいる。
「ね、トーマ。一体何があったの?」
「南方から来る巨人群を発見したんだ……」
「……?104期の隔離中に?」
「あぁ……ライナー達からは一度も目を離していない……なのに……」
トーマは再び水を口に含んだ。
「…………え?」
ハンジの思考が一瞬止まる。
ミケがしくじったわけじゃない……?
「……それは本当か」
いつの間にか後ろで聞いていたエルヴィンもトーマに問う。
「はい……確かです……」
エルヴィンは手を口に当て、考え込む。
エルヴィンもハンジも、てっきり隔離中にライナー達に巨人化され、壁が破られたのだと思っていた。
しかし、そうではない……?
ハンジも思案顔だ。
「壁が破られたとは限らないってこと……?」
「地面を掘る巨人が現れた、とか……」とハンジはブツブツ呟いた。
エルヴィンもしばし考え込んだが、すぐに顔を上げた。
「考えるのは後にしよう。今はとにかく急いで現場に向かうべきだ」