と言っても皆様もうお分かりでしょうが……
「き、緊張したなぁ〜……」
マルコは椅子に座りながら震える声でそう言った。
「大丈夫だったかな?」
心配そうに尋ねるマルコに、アルミンは笑顔で答えた。
「大丈夫だよ!立派に話せてた!」
対してエレンは顰めっ面で言う。
「まだ俺は信じらんねえけどな……あいつらがお前を殺そうとした、なんて……」
「うん…………」
マルコは頭を掻き、何かを憂うような表情を浮かべていた。
マルコは賢い男だった。
彼は野戦病院で目を覚ましたとき、現状を正しく認識するのに少し時間を必要とした。
ぼんやりとした脳を動かし、ようやく何が起きたのかを思い出し始める。背中に冷や汗が滲み、鼓動も早くなり始めた。
彼は、自分が同期の三人に殺されかけ、巨人に丸呑みにされたことを思い出した。
何故自分が生きているのか分からないが、ここは病院のようだ。あの後すぐに自分を食べた巨人が殺されるなりして、腹の中にいた自分が救出されたのだろうと推測した。
ホッと胸を撫で下ろしたかったが、そうもいかないことを彼は分かっていた。殺されかける前に聞いたライナーとベルトルトの会話。
あれが正しいのなら、いや口封じされかけたのだからきっと正しいのだろう。
二人は超大型巨人と鎧の巨人だ。
そしてアニもその仲間だった。
自分が生きているとしれたら絶対にまた殺しに来るはずだ。
胸が痛いほどに心臓が内側から叩いている。短く息を吸っては吐く。
どうして。仲間だったのに。
うっすらと涙が滲む。
「あれ、目覚めたのかい?」
そのとき、衛生兵が仕切りの幕をかき分けて入ってきた。
「あっ……」
憔悴し、混乱しているマルコはつい口を開きかける。
助けてください。同期の中に巨人がいて、このままだと殺されるんです。
勢いのままにそう口走りそうになり、何とか理性がそれを押し留める。
そうだ。同期に裏切り者がいたんだ。兵団の中にも、どれだけ敵が潜んでいるか分からない。もしかしたら目の前のこの人も……
そう考えるとゾッとした。
助けを求めたアニにすら殺されかけたマルコは、すっかり人間不信になっていたのだ。
普通の人ならば、混乱の中全てを口走っていただろう。しかしマルコは座学ではアルミンに匹敵するほどの秀才。頭の回転は良い方だった。
「大丈夫?えーと、自分の名前は言えるかな?」
そう問うてくる衛生兵に対し、マルコは一瞬迷い、そしてこう答えた。
「……分かりません。何も、覚えていません」
彼は記憶喪失のフリを選んだ。
そしてそれからすぐに親友のジャンが彼を訪ねてきた。
一瞬、親友の彼にならば全て打ち明けても良いのではないかという考えが脳裏によぎる。
しかしすぐに思い直した。
駄目だ。
ジャンも秘密を知ってしまえば、彼等に命を狙われる。親友を危険に晒すことは出来ない。
本当は全て話して楽になりたかった。それでも彼は口をつぐみ、記憶喪失のフリを続けた。
ジャンはそんな自分の様子を見て何かを決意したようだった。彼が何かを決めたのなら、自分はそれを応援しよう。
「…………頑張れ、ジャン」
そしてそれから、数日が経ち、マルコは憔悴していた。誰を信用していいか分からなかったからだ。兵団内にどれだけ敵の手が伸びているのか。
超大型巨人と鎧の巨人の正体など、人類の命運を左右する情報だ。マルコには何としてもこの情報を人類に提供する使命があった。
しかし、話す相手を間違えれば、その情報は闇に葬られ、自分も殺されることとなる。
先日、担当の衛生兵から言われた。
『記憶喪失な君には酷かもしれないけど、それじゃ兵団には行けない。そしてずっと病院に置いておく訳にもいかない。君には1ヶ月後には開拓地に移ってもらうことになる』
開拓地送りにされてしまえば、もう情報を兵団に伝えるのは不可能に近いだろう。期限は1ヶ月。
マルコは病院のベッドで一人考えた。
まず伝えるなら誰か。
候補は何人か思いついたが、結論としては調査兵団団長のエルヴィン・スミスだろうと考えた。彼なら、裏切り者である可能性は著しく低いだろうし、もし人類の要たる調査兵団の長が敵側ならもうその時点で何をしようと人類の敗北だ。彼が敵側である可能性など考える意味が無い。
問題はどう彼に伝えるかだった。
敵は、記憶喪失とはいえ自分が妙な動きをすればいつ殺しに来てもおかしくないだろう。
『団長に取り次いでください』などとお願いしたその兵士が敵側だった場合、恐らくすぐにアウトだ。
誰も介さずに直接団長に会わないといけない。
しかし、そもそも調査兵団団長が普段どこにいるかも分からないし、調査兵団の施設内に部外者である自分が立ち入るのは難しいだろう。
マルコは考え、一つの案を思いついた。
あるのだ。一般人だろうとも団長に確実に会えるタイミングが。
それは、壁外調査の直前。開閉扉前の大通りに調査兵団が待機しているときだ。
いつも民衆が彼らを取り囲み、応援したり野次を飛ばしたりしている。団長の近くに行くことも全く不可能ではない。
見舞いに来てくれたジャンから、次の壁外調査は1ヶ月後だと聞いている。ギリギリ間に合う。
僅かな光明が、見えた気がした。
それから1ヶ月後、マルコは開閉扉前の大通りにフード付きのマントを羽織りながら来ていた。物珍しさに調査兵団を物見遊山に来た見物人を演じる。
話す時間は無いだろうと考えたので、必要最低限のことを紙に記して持ってきた。その紙を手の中で強く握りしめる。
人混みの最前線で少し待っていると、向こうから調査兵団が列を成してやって来た。先頭にいるのがエルヴィン団長で間違いないだろう。
「あ、あのっ……!」
マルコは人混みの中から飛び出し、エルヴィン団長の前に出た。
エルヴィン団長が目を丸くする。
「ファンなんです!お願いします、これ、読んでくれませんか!」
エルヴィン団長のすぐ隣にいる兵士が敵かもしれないのだ。下手なことは言えなかった。
差し出された少し湿っている紙片をエルヴィン団長が受け取る。
「あぁ……ありがとう」
「は、恥ずかしいのでどうか一人で読んでいただけると……!」
熱心な団長のファンのフリをして、マルコはすぐにその場を去った。瞬く間に人混みの中に溶け込む。
果たしてちゃんと読んでもらえるだろうか。こればっかりは賭けだ。
マルコは人混みの中から団長の方を密かに見つめた。
「おいおい、物好きな奴もいるもんだなあ……」
「調査兵団、っていうか団長のファン?あんな熱心な人、初めて見ますね……」
周りの団員が呆気にとられる中、エルヴィン団長は貰った紙片を開き、その目を見開いた。
「これは…………」
そしてマルコは賭けに勝った。情報は然るべき人に、然るべきタイミングで伝わることとなったのだ。
その日の夕方。
マルコの所へエルヴィン団長が訪ねてきた。
「君のおかげで助かった。勇気ある告発をしてくれた君に感謝と敬意を」
差し出された手を遠慮がちに握る。
「君の情報は正しかった。我々は今回の壁外調査でアニ・レオンハートを捕獲した」
マルコが驚愕の表情を浮かべる。
「えぇっ!?」
「彼女は巨人だった。そして君の話では、ライナー・ブラウンとベルトルト・フーバーも巨人、そうだね?」
「は、はい……」
すごい。アニも巨人だったのも驚きだが、それを調査兵団はあっさり捕まえたのか。
この人に伝えられて良かった。マルコは心からそう思った。
「君の知っていること、考えたこと、全て話してくれ。ここまで一人でよく頑張ったな」
エルヴィン団長は優しい口調でそう語りかけてくる。マルコは頬を涙が伝うのを感じていた。
そしてマルコは全てを詳細に洗いざらい話した。彼等が話していた会話の一言一句、言動とそれを踏まえての自分の考察を。
エルヴィンはじっとマルコの目を見ながら話を聞き、終わると立ち上がってマルコに言った。
「なるほど。これから我々は王都に成果報告に向かうのだが、証人として君にも今の話を証言してもらいたい」
マルコはすぐに了承した。目を擦りながら、エルヴィン団長に連れられて部屋から出る。
するとそこにはエレンやミカサ、アルミンの姿があった。
「マルコ……!良かった、記憶喪失じゃなかったんだな!」
「マルコ……無事?」
「本当に良かったよ……マルコ」
口々に話しかけてくる。マルコは手早く涙を拭い、笑って答えた。
「うん……皆も無事で良かった」
そしてエルヴィン団長が言う。
「アルミンにも君と一緒に証言台に立ってもらう」
「え?アルミンも?」
きょとんと問うマルコにアルミンが答えた。
「うん……アニが、検査のときにマルコの立体機動装置を提出してたんだ」
「そっか……」
「ああ、彼にはそれを証言してもらい、そして大事な証人である君は信用に値する人物だということも彼に主張してもらう」
「なぁ、……ホントなのかよ。アイツらが巨人だなんて……」
エレンが苦い顔をして言った。
「……うん、僕も、信じたくはなかったけどね」
場が沈黙する。
エルヴィン団長は「明日王都に発つから準備しておいてくれ」とだけ言い残してその場を去って行った。
「……ところで、ミカサは何で……」
「私はエレンの付き添い」
「……そっか」
マルコは深く聞くのはやめた。
そして今日。偉大なる王の御前に立たされ、マルコはアルミンと共に証言台に立ったのである。緊張で今日の食事はろくに喉を通らなかった。
今は成果報告も終わり、マルコはエレン達と共に部屋で待機している。団長達は兵団のトップを集めての会議をしている最中だ。
「エレン、巨人の力は使いこなせるようになったの?」
「ああ、多少は……でもまだまだだな」
エレン達と雑談をしていたその時、扉が勢い良く開かれた。
「うわっ……」
何事かと目をやると、エルヴィン団長達が入ってくる。そして入ってくるなり衝撃の一言を放った。
「ウォールローゼが突破された。今すぐここを発つ」
「なっ……!?」
エレンが勢い良く席を立つ。各々が驚きの表情を浮かべていた。
「オイ、ガキ共。時間がねえ、早くしろ」
リヴァイ兵長の一声で、すぐに皆は席を立ち身支度を始める。その最中、ふと気付いたようにアルミンがマルコに声をかけた。
「あ、マルコは……」
「僕も行きます」
マルコはそう答えてエルヴィン団長の方を見た。
「君は、今どこの兵団にも所属していない」
「なら、今ここで調査兵団に入団します」
「ええっ、マルコ!?」
「敵は恐らく超大型と鎧だぞ」
エルヴィン団長は冷たくそう言い放つ。マルコはぐっと言葉に詰まり、俯いてしまう。トロスト区での出来事を思い出すと、手が震える。
「無理しないでいい、マルコは十分頑張ったよ」
アルミンが心配したように言った。マルコは震える手を抑えながらそれに答える。
「そりゃ怖いよ。でも、ジャンが調査兵団に入って頑張ってるんだ。僕だけが日和る訳にも行かないじゃないか」
「それに」
「僕はまだ、彼らと話し合ってないんだ」
もうマルコが主人公でいいんじゃないかな。
ちなみに団長は「マルコを囮にして超大型と鎧を地下に幽閉できたりしないかな」とか人間性の無いことを考えたりしてます。