日が落ちかけていた。
地平線に沈みゆく夕陽が眩く世界を照らしている。やがてその陽は最後の仕事を終え、地面に沈んでいき、世界は闇に包まれた。
雲が多く、月の光が届かないので視界が悪い。しかし壁の方向はわかっているから、壁を目指すくらいのことは可能だ。
原作通りなら皆はウトガルド城に向かったはずだ。確か壁沿いのどこかにあったから、壁に向かってから、それに沿って移動していけば見つけられるはずだ。
壁についた。このまま壁に沿って行こう。
壁に手を付き、小走りで移動しながら、皆をどう助けようか考える。
やっぱりジークには出来るだけバレないように動きたいな。知性巨人だと思われると、そのまま壁上からの怒涛の投石で殺されるかもしれない。
見た目が変わっているから、ライナー達にバレる心配はない。
やはり問題は巨人のフリをしながらどう皆を助けるかだ。投石さえ防いでしまえば、確か原作ではその後はすぐにジークは去って行ったはずだ。ジークの目が無くなれば、心置き無く皆を助けられる。
色々と思考を巡らせながら移動を続ける。クソ、暗すぎて良く見えん。見過ごしてたら面倒だぞ。
必死に目を凝らしていると、雲が割れ月光が降り注いだ。
月の光によって仄かに辺りが照らされる。
それからすぐに、俺はそれらしい城を見つけた。多分あれがウトガルド城だ。皆はもう入ったのかな。見たところまだ巨人は襲撃していないっぽいけど……。
離れたところから様子を窺う。
しばらく待っていると、やがて複数の小さな地鳴りが聞こえてきた。振り返ると、無数の巨人達がこちらに歩いてくる。先頭を歩くのはジークだ。
うげえ。
その一団は俺を通り過ぎ、ウトガルド城に向かって歩いていく。
俺も怪しまれないようにさりげなくその集団に混じりウトガルド城を目指した。城に近付くと、塔の上に人影が見える。松明を持ち、こちらに気付いたようだ。慌てた様子で塔の中に入っていく。
まだあまり考えもまとまっていないのに始まってしまった。やっぱ無理くね?ジークにバレずに皆を助けるのは。かなり賭け要素が多くなる。
そしてウトガルド城を俺含む巨人群が取り囲む。塔の屋上に多くの人々がわらわらと出てきた。ざっと見た感じは原作と同じメンバーなのかな。
あっ、違う。ジャンがいる。そっか、原作ではエレンの影武者役だったもんね。それが要らなくなったから普通に隔離されてたのか。
うーん、確かにジャンなら一番危険な南班にも志願するだろうなあ。ホントかっこいいぜ。
「なんだありゃ……」
コニーの声が聞こえる。ライナー達がジークを見つけたようだ。ジークはそのまま壁の方に向かっていく。
俺はとにかく落ち着いて投石のタイミングを見極めなくては。
やがて調査兵団と巨人達との戦闘が始まった。流石と言うべきか、瞬く間に数体の巨人が倒れる。
安心して欲しい。塔の中に入れるような小さな巨人は粗方俺が地面に埋めてきている。
原作通りなら、ジークの投石が来るまでは誰も死なないはずだ。しかし油断は出来ないので俺はいつでも口の中収納が出来るように身構えておく。もう全員口の中収納出来ちゃえば良いんだけどね。俺の口のサイズだと精々2、3人が限界だ。胃袋の中に落としたらアウトだからな。
少しハラハラしながら戦闘を見守っていたが、特に問題なく、ほとんどの巨人は倒れた。しかし俺は知っている。
投石が来ること。倍以上の巨人がまだ潜んでいることを。
投石が来るのは戦闘が一段落した今だ。
月明かりがあるとは言え、相変わらず視界は良いとは言えず、飛んでくる石を認識するのは極めて難しいだろう。今宵は雲が多く、今月明かりが差しているのはウトガルド城周辺だけだ。壁の上にいるであろうジークの姿を目視出来ない。
ならばどうするか。
原作では投石は二度行われた。
一度目は馬小屋。そして二度目は塔の屋上。
俺はタイミングと場所を把握しているのだ。だから、俺がやるべきことは馬小屋が投石にやられた直後に塔の屋上を守ること。
ひゅるる、と奇妙な音が聞こえ、轟音と共に馬小屋が弾け飛んだ。
来た。投石だ。
俺は駆け出す。馬小屋の方に気を取られた皆の隙を突き、塔に駆け寄りそのまま飛び付く。
勢い良く塔を登り、屋上に顔を出した。屋上にいる皆と目が合う。ごめん、多分めっちゃ怖いよね、許して。
この行動は奇妙ではあるものの、人間の捕食という巨人の行動原理に基づいた行動だ。この程度では疑われないはず。
そう、俺は『人が食いたすぎてたまたま投石の邪魔をしてしまった間抜け巨人』を装うのだ!
またひゅるるると音が聞こえたかと思えば、次の瞬間俺の後頭部に強い衝撃。
「ゴアッ」
つい声が漏れてしまう。思ったよりも高い威力に一瞬意識が飛びかけ、俺は塔の上から転がり落ちた。
ぐええ。
しかし寝転がっている場合ではない。すぐさま起き上がり、皆にうなじを削がれないように一旦離れつつ次の投石に備える。
見たところ、俺が防いだから誰も死んでないみたいだ。良かった、一安心だ。
問題は、ジークが成功するまで投石を続けるのかどうか。流石にそう何度も偶然を装って投石を防ぐのは難しい。
そう思いながら俺はいつでも飛び出せるように構えていたのだが、投石はピタリと止んだ。
おや?いいんですか、ジークさん。
ドドドと代わりに潜んでいた倍以上の数の巨人が押し寄せてくる。
よし、ジークは投石を止めてくれたみたいだが、まだ安心するには早い!
調査兵団の人数が減ってないとはいえ、流石にこの数は凌げないだろう。俺がアシストしなくては。
多分そろそろジークは壁を降りて去ってくれるだろう。一応しばらくは巨人のフリをし続けて、いざとなればもう普通に皆を助けちゃおう。
「う〜ん……、何だアレ?」
ジークは耳の後ろを掻きながら呟いた。
考えているのはあの奇妙な黒髪の巨人についてである。
ウトガルド城に立て篭った敵勢力に対して、逃げ道を塞ぎ戦力を削ぐための投石を行ったのだが、2投目が防がれた。
もちろん多少ジークの命令を違反する巨人もいるにはいる。有り得ないという程のことでもないのだが、どうにもジークは気にかかった。
そこで投石を止め、本来であればすぐに立ち去ろうと思っていたところをその場に残って少し観察してみることにしたのだ。
するとどうだ。
件の巨人は、まだ巨人の行動原理の範疇ではあるものの、どうにも他の巨人の邪魔をしているように見える。
しかもジークがいくら命令をしても聞く素振りすら見せない。
「ここまで俺の命令を聞かないのは初めてだなあ……」
ポリポリと耳の後ろを指で掻く。
アレは、もしや人を助けようとしているのか?そういえば巨人学会の研究で、巨人に人間だった頃の意識が一部残ることがあるとかなんとか……。
その傾向が強いとああなる、のか。
……いや、まさか巨人化能力者?
その可能性が頭を過ぎるがすぐに否定する。ジークはあの巨人に見覚えがあった。あの村で巨人を生み出した時にも見たし、手練れの兵士の武器を奪って殺したときにも見た。何ならその兵士を食ったのはあの巨人だったはずだ。
アレは俺の巨人で間違いない。
その巨人は相変わらず人助けの紛いごとのような真似を繰り返している。今、塔が崩れた。
「う〜ん……まあ他の巨人の邪魔をするくらいは有り得るし……」
それにしてもあそこまで自我のようなものが残っているのも珍しい。稀な事例として帰ったら学会に報告してみるか……
と、そこまで考えたところでジークは目を見開く。
あの巨人が、目の前の人を踏み越えて、他の巨人を殴り飛ばしたのだ。
流石に有り得ない。
捕食対象を無視してまで、同種を殴りに行く?
それは無垢の巨人の行動ではない。学会でだってそんな事例は報告されてない。
本当に巨人化能力者……まさか始祖、なのか?
どういうことだ。あの村に潜んで、俺の巨人のフリをして巨人化したとでも言うのか。何故そんなことを。いや、他の巨人はあの巨人に興味を示さない。ならば、巨人化能力者ではないはず……
分からない。
アレが何なのか。
先程見た限りでは、ライナー達もあの場に居た。あれが始祖なら彼等も動くはずだが、動きはない。何か事情があるのか、やはりアレは特殊なだけの無垢の巨人なのか。
「参ったね……こりゃ」
ジークは壁を降り、壁の外側に待機していたピークに声をかける。
「ピークちゃん、予定変更だ。少し気になることが出来た。離れたところからしばらく様子を見ていよう」
「……了解です、戦士長」