「……もしかして……イオリさん、ですか……?」
…………。
………………え!?いやっ、分かってもらえるのは嬉しいんだけど、今は勘弁して!ああほら、ライナー達すごい顔してるから!
勘のいいガキは嫌いだよ!うそ、好き!
でも今は違うんだ!
俺は慌ててぶんぶんと首を振る。俺がイオリだとバレたら、裏切られたと思ったライナー達が「やるんだな今ここで」しちゃうから!
「そう、ですか……そりゃ見た目も違ぇしな……」
俺が必死で否定するとジャンは少しシュンとしてそう言った。
そう!見た目違うから!人違い、というか巨人違いですよー!
だからほらそこのお前!ベルトルト!こら、手を噛もうとするんじゃない!お前が巨人化したら全部吹き飛ぶでしょうが!バカ、バーカ!
心の中で罵倒しまくっていると、瓦礫が次々と盛り上がり、巨人達が這い出して来た。数が多い。守り切れるか……?
目の前に現れた巨人に対して身構えていると、その巨人が急に前に倒れた。聞き慣れたワイヤーとガスの音。周りの巨人達が次々と倒れていく。
調査兵団だ!
思わず小躍りしそうになったが、今の俺は巨人であったことを思い出して急いでうなじを防御する。とりあえず味方だと分かってもらいたいが。
「後は私たちに任せて」
ミカサが皆の近くに降り立ち、目の前の俺に狙いを定める。
やっばーい!
もう逃げようかと思ったその時、
「待てミカサ!この人は多分味方だ!」
ジャンがミカサの前に立ち塞がりそう言った。
「何を言ってるの……?」
ミカサは訝しげにそう言う。
俺はジャンの行動を無駄にはしまいと必死に頷き、両手をホールドアップする。
味方!超味方!心臓とかいっぱい捧げます!
普通の巨人ならまずしない行動に、ミカサはブレードを構えたままではあるものの、攻撃を中止してくれた。
そしてそんな膠着状態の中、ハンジさんが近くに着地する。俺を見て乾いた笑いを溢す。
「はは……、またエレンとかイオリみたいな巨人?こう次々と出てくると、嬉しいけど困っちゃうね……」
気付けば俺以外の巨人はほとんどが打ち倒されている。
俺は両手を挙げて出来るだけ敵意がないことをアピールし続けた。
「君が誰かは知らないけど、とりあえず味方ってことで……いいのかな?」
そう問うハンジさんに、俺は全力で首を縦に振る。ハンジさんは隠しきれない喜びに口角を吊り上げながら、皆に指示を飛ばした。
「負傷者も連れて、ひとまず近くの壁の上に登るぞ!」
そして俺の方を振り返る。
「君にも来てもらいたい。壁のすぐ傍で待機してもらうので大丈夫かな?」
俺は壁登れんしな。それで大丈夫です、と頷く。
そして俺は壁に向かう調査兵団の後ろにトコトコとついて行くのだった。
ライナー達は愕然としていた。
塔を巨人に取り囲まれ絶対絶命になり、いざとなれば巨人化するしかないかと考えていたのだが、突如として謎の巨人が現れた。
その巨人は塔が崩れた後、自分達を守るように巨人に立ち向かい、あまつさえ殴り飛ばした。そしてそれからジャンの問い掛けに答えたのだ。
明らかに知性があった。
ライナーもベルトルトもこれには呆然とするしか無かった。その巨人は見たことがない見た目をしていた。つまりエレンでもイオリでもない。
当然マルセルを食った巨人でも無かった。
有り得ない。
壁内に居るのは始祖と進撃の2体で、それはイオリとエレンのはずだ。該当する可能性のある九つの巨人はもう居ない。
ここに来て出現した3体目の巨人。
意味が分からない。九つの巨人ではない?ならば何故ここまでの知性を保有している?
ライナーとベルトルトは同じ思考を共有していた。
え、マジでコイツ何?
と。
今二人は救援に来た調査兵団と共に壁上に登ろうとしている。
立体機動装置のアンカーをリフト代わりに壁の上に登った。
「ライナー掴まれ」
「おう」
ライナーは片腕なので、エレンに助けてもらう。エレンが腕を掴み、何とかライナーを引っ張り上げた。
壁の上には何十人もの調査兵団が居る。本隊は別で、先遣隊として来たらしい。本隊もすぐにこちらに向かっていると話しているのが聞こえた。
ライナーとベルトルトは辺りを見渡す。
イオリらしき人物は見当たらなかった。壁を塞ぎに来たのだろうから、エレンとイオリの両名が来るはずだ。現にエレンは来ている。
つまり、イオリは今調査兵団に不在ということだ。
壁外調査後すぐに隔離されてしまった為、アニと連絡が取れなかったが、作戦通りイオリを連れ去ることが出来たのだろう。
後は何とか調査兵団の監視を逃れてアニと合流するだけだ。出来ればエレンと今回現れた謎の巨人も捕まえておきたいが、それは出来ればの話だ。今はアニと連絡をとるだけでいい。
しかし、二人は何か違和感を覚えていた。二人に対する皆の態度が、微妙に素っ気ないのだ。
気の所為と言われればそれまでだが、どこか意識して普段通りに接しようとしている印象を受けた。
104期が疑われているのは薄々分かっていたが、個人まではとても特定されていなかったはずだ。加えて今回の騒動で、104期の疑いはほとんど晴れたと考えていいだろう。
だとすると、何だこの違和感は。
嫌な予感がしたベルトルトはエレンに話しかけることにした。
「エレン」
「ん?何だよ」
やっぱりどこか様子がおかしい。後ろに控えているアルミンとミカサの表情も、どこか緊張しているように見える。考えすぎかもしれないが、それならそれで構わない。ベルトルトは口を開いた。
「イオリさんは、何処にいるんだ?」
「……あ?さぁ、どこ行ったんだろうな」
エレンが何でもない風に答える。
「…………ぁ」
後ろのアルミンが血相を変えた。聡い彼は早くも気付いたようだ、エレンの失言に。しかしもう遅い。
「エレン」
「今、
イオリが連れ去られたにしろ、連れ去られてないにしろ、それを味方である僕達に話さない理由はない。あるとすればそれは、僕達を敵だと思っているからだ。
この様子ではアニが失敗した可能性も出てきた。何故かは分からないが、僕達の正体はもう割れてると考えた方が良さそうだ。
ベルトルトは一瞬でそこまで思考を回す。彼は主体性が無いだけで、非常に優秀な人物だった。
実際のところ、エレンはそこまで大きな失言をした訳では無い。
ミスがあるとすれば、とぼけなくても良いところまでとぼけてしまったこと。
本来自分達がイオリの行方について知らないわけが無いのだから、少なくとも『どこ行ったんだろうな』という言い回しは適切ではなかった。実際、この事態に対してイオリが動き、この近辺にいるであろうことは知っている。
とはいえどこに行ったのかは分からないのだから、エレンの発言もそこまでおかしなものではなかったのだが、『イオリが脱走し行方知れず』という今回の異常事態はライナー達の知ったことでは無い。巨人の力を有し、調査兵団の管理下にあるイオリの行方が分からなくなるなんて本来有り得ないのだ。故にライナー達は、連れ去られたのなら『連れ去られた』と言うだろうし、そうでなければ素直に居場所は言ってしかるべきだと考えた。
エレン達はアニとライナー達が繋がっているのを知っており、その目的がイオリを連れ去ることだということも分かっていた。それ故に『
それはアルミンとミカサも同様であり、エレンの失言に対して『しまった』という感情をつい顔に出してしまったのも大きい。
しかしこれらのミスがなくとも、結局はバレることになる。例えば今回アルミンならば上手く誤魔化しながら『イオリは憲兵に捕まってるんだ』などと言っただろう。だがその場合もすぐにライナー達は自分達の正体がバレたことを悟ったはずである。
今回の一番の敗因は、エレン達が『
つまりは『
ライナー達にとっては、イオリが連れ去られていない時点でイオリの裏切りは確定であり、そしてイオリは自分達の正体を知っているのだから皆に正体がバラされているはず、ということになる。
そのことをエレン達は知らなかった。
唯一の正解は『イオリは女型の巨人に連れ去られた』と答えることだったが、これを選ぶことは出来なかっただろう。何故ならエレン達はアニとライナー達の連絡手段を知らないからだ。もし何か巨人の能力を使った未知の伝達手段で情報をやり取りしていた場合、嘘はすぐにバレてしまう。そんなリスクを取れるはずもなかった。
以上の理由から、今回ライナー達が自分達の正体が割れたと判断するのを止めることは不可能に近かった。誰の落ち度でもない。
「……ベルトルト」
「ああ、やろう、今ここで」
二人は即時の行動を決意した。本隊が到着してしまってからでは不利になると考えたからである。
このままエレンと下にいるあの巨人を回収して逃亡する。アニがどうなったか分からないが、今すべきことはそれだ。
「ベルトルトはエレンを抑えろ」
「分かった」
ライナーの折れた腕が蒸気を上げながらゴキゴキと音を立て治っていく。エレンはそれを呆然と見つめていた。
ミカサが素早く斬りかかってくるが、ライナーは腕で防御し、半分を裂かれるものの致命傷には至らない。ベルトルトは首の半分を斬られ、地面に転がる。
「エレン!逃げて!」
追撃するミカサを、ライナーが体当たりで突き飛ばす。やかて二人の身体をばちばちと電流が走り始めた。
「逃げろ!エレン!!」
そのアルミンの叫びを最後に、辺り一帯を眩い光と轟音が包んだ。
キレキレのベルトルトと、比較的とち狂ってないライナー。