まさか、まさかエレンが座標だったとは。
ライナーは人間体に戻り、車力の巨人の背に乗って壁から撤退していた。
あの戦いの中、エレンは理由こそ分からないものの、座標の力を発動させた。巨人達を操ったのだ。
巨人の力を有する自分達だから、間違いようもなく直感的に理解した。この力を発動させたのはエレンだと。この世で一番それを持ってはいけないヤツが、それを持ったのだと。
エレンは座標、つまりは始祖。これはもう間違いない。
だったら。
だったら、イオリは何だ……?
イオリの巨人は他の巨人の捕食対象にならない。それは始祖だったならまだ納得できたが、他の巨人にそんな能力は無いはずだ。
しかも今回、イオリは見た目が変わっていた。最早意味が分からない。ライナーは頭を抱えた。
ライナーはモヤモヤとした気持ちを抱えながら、横に人間として座っているジーク戦士長に事情を説明してみる。
イオリという人物について。始祖を名乗る彼女と取引を交わしたが、恐らく罠に嵌められたことも。
一通り事情を聞いたジークは少し考える素振りを見せながらも、すぐに口を開いた。
「それはさぁ。ライナー、お前騙されたんだよ」
「……はぁ」
「思うにさ、その子がマルセルを食ったんじゃないの?」
「しかし、彼女の巨人は……」
「それ、『あれが私の巨人だよ』って後付けで言われただけでしょ?その、トロスト区?で見たっていう巨人がその子である保証なんかないじゃない」
ジークはポリポリと耳の後ろを掻く。
「ライナーの母親のこと言い当てられたって話もさ、元々マーレに居たエルディア人なら、戦士の家族が収容区にいることくらい想像つくでしょ」
「た、確かに……」と一瞬納得しかけるライナーだったが、すぐに思い直す。
「いやっ、でも!ついさっき巨人のうなじの中からイオリが出てくるのを見たんです!」
15m級で、とても顎の巨人には見えなかったとライナーは必死に説明する。ジークは面倒くさそうに眼鏡の曇りを拭いながら答える。
「えぇ〜?見間違いじゃないの?」
ジークは信じられない様子だ。しかしそれからふと思い出したように呟いた。
「あっ、そういえば俺の巨人に変なヤツがいたな」
「そっ、それです!ソイツがイオリだったんです!」
ジークは酷く困惑したように眉を顰める。
「えぇ……?」
最早二人とも意味が分からなかった。全く同じことを頭の中で呟く。
アイツ、マジで何?
気まずい沈黙が続く。
やがてライナーが口を開いた。
「戦士長、ベルトルトは……」
「う〜ん、まあ殺されることはないでしょ。ちょっと酷い目には遭うかもしれないけど……」
確かに奴等に巨人の力の継承についての知識は無いし、その術も無い。しかし拷問など、どんな目に遭うかなんて分かったもんじゃない。
「早く、助けに戻らないと……それとアニも……」
「焦んなって、ライナー。それに考えにくい話じゃない?アニちゃんが捕まるなんて。実際捕まったって聞いたわけじゃないんでしょ?どっかに隠れて蹴りの練習でもしてんだよどーせ」
ライナーは戦士長としてのジークの底知れぬ圧に押されてぐっと押し黙る。
ライナーは壁の方を振り向いた。
ベルトルト、アニ。無事でいてくれ……。
その頃ベルトルトは四肢を切断され、だるまになった状態で壁の上に転がされていた。鼻息荒い兵士達に取り囲まれている。
「コイツだ……、コイツが、人類の仇……!!」
「俺の家族は、あの日シガンシナ区に居たんだ……!」
「許せねえ……」
皆が口々に恨み言を吐く。ベルトルトは底知れぬ殺意の圧に思わず怯んだ。
やがて一人の兵士が前に出てきて拳を振り上げる。
「一発でも殴んなきゃ気が収まんねえ」
その拳がベルトルトに向けて振り下ろされる。ベルトルトがぎゅっと目を瞑ったその時。
フードを被った兵士がその振り上げられた手を掴んで止めた。
「待ってください」
その声に思わずベルトルトは目を開いて顔を上げる。
その兵士がフードを後ろに下ろした。
「マ、ルコ……?」
ベルトルトは呆然とそう呟く。
「暴力は、一旦待ってくれませんか」
マルコはそう言って優しく掴んだその手を離す。呆気にとられている他の調査兵を押し退けてマルコはベルトルトの方に歩み寄った。
ベルトルトの頭は真っ白だった。目を見開いてマルコの顔を見つめる。
「マルコ……何で……」
その言葉に込められたのは、『何でここにいるのか』と『何で止めてくれたのか』のどちらだったのか。あるいはその両方だったのかもしれない。
そしてマルコはまず前者の疑問に答える。
「……記憶喪失は嘘だよ。全部、覚えてる」
ベルトルトは自分達の正体がバレていた理由を悟った。殺すべきだった。仲間への情故に自分達は判断を誤ったのだと。
ベルトルトは何も言えなかった。
そしてマルコは後者の疑問に答える。何でベルトルトへの拳を止めたのか。
「……もちろん、怒ってるよ。許してない」
「…………ッ」
ベルトルトは顔を歪める。
当然だ。謝っても許されないことをした。マルコにだけじゃない。この壁内の人類全てにだ。ここにいる兵士達の怒りももっともだ。
「……でも、ここで殴って、痛めつけて、殺して……それで終わりじゃ駄目な気がしたんだ」
マルコは苦しそうな顔をした。ベルトルトは何故マルコがそんな表情をするのか分からなかった。
「僕らはまだ話し合ってない」
「……!」
「ベルトルト、君にも、事情があるんだろ……?」
マルコは真っ直ぐにベルトルトの目を見ている。目を逸らしたくなった。思わずベルトルトは目を伏せる。
「言いたいことを言ってよ、ベルトルト。話し合おう」
ベルトルトは目を伏せたまま黙っている。
十秒以上は経っただろうか。
ようやくベルトルトは口を開いた。
「誰が……」
マルコは黙って見つめている。
「誰がッ……人なんて……殺したいと、思うんだ……ッ!」
ベルトルトは吐き捨てるように、心底苦しそうにそう言った。
マルコは、ただその様子をじっと眺めていた。
「……死亡者数は?」
壁の上で、ハンジは近くに控えていたモブリットに問う。モブリットは淡々とそれに答えた。
「はい。今回の死者の多くは憲兵です。まだ正確な数は分かりませんが、大体15名程……調査兵団と駐屯兵団からは10名もいません」
ハンジは口には出さないが、『あの規模の戦いにしては、奇跡みたいな少なさだな』と思った。
投石による被害は初撃だけ。それ以降は壁の内側に隠れたからだ。そしてその初撃もそこまで精度は高くなく、負傷者は多く出たが死者は少なかった。超大型の爆発も同様に、戦闘不能にされたものは多かったが、死者はほとんどいなかった。
問題は最後の追討戦だが、これは巨人達が我々だけでなく知性ある巨人達にも攻撃していたことなどが大きい。むしろ、知性ある巨人達により惹き付けられていたように見えた。さらに、最終的にはエレンの謎の力により、巨人達が全てライナー達に向かって行った。
それでも巨人達に食われたものもゼロではなく、また獣の巨人や四つん這いの巨人は手強く、何人も殺されることとなった。
しかし得たものは大きい。エレンもイオリも連れ去られることなく、巨人達を撃退し、加えて超大型を捕獲することが出来た。
それに最後に、恐らくエレンが発動させたと思われる『巨人を操る力』。
あの力をものにしてしまえば、怖いものなど何も無い。
気になることや問題点は未だ多くあるが、あまりに十分すぎるものを得られた。ハンジは「うぇへへへ」と変わった笑いをこぼす。
「分隊長、不気味すぎます!」とモブリットからツッコミを受けながら、ハンジは立ち上がり、皆に指示を出そうとする。
「よし、全員、一旦トロスト区に帰還──」
そこまで言ったところで、ハンジのすぐ横の壁が崩れ始めた。ビキビキと亀裂が広がっていき、外壁が落下し始める。
「うぉおおっ!?」
慌てて反対方向にステップを踏み、その場から離れる。
散々獣の巨人からの投石を受けていた部分だ。あちこちに投石の穴が空いており、脆くなるのも無理はない。
そう思って外壁が崩れていく壁を眺めていると、
「…………え」
誰かがそう声を漏らした。
ハンジは目を見開き、絶句する。後ろに控えるモブリットも同様だ。
崩れた外壁。
壁の上部に大きな穴が開く。
そしてそこには、
薄く目を開ける皮膚の無い大きな巨人の顔があった。
これで獣の巨人編となる第三章は終わりです。いやー、なんとか13話で終わらせることが出来ました。
一区切りしたので、明日一話だけ閑話を投稿してからまた失踪しますごめんなさい。