【悲報】目覚めたら巨人だった【敵じゃないよ】   作:佐東

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 エルヴィンは絶句していた。

 後ろに控える団員たちも同様である。

 

 

 理由は自分達の目の前で敬礼をするこの巨人だ。

 先程から妙な雄叫びをあげている。

 いや、雄叫びではない。舌足らずだが、この敬礼が偶然ではないのなら。

 

 「心臓を捧げよ、と言っているのか……?」

 

 「なっ!?」「そんな、まさか!」とエルヴィンの後ろから悲鳴に近い声が聞こえる。

 

 

 有り得ない。こんなこと、この百年、人類史上類を見ない異常事態だ。巨人が陣形の先頭に突然躍り出て、兵士の敬礼をする。なんの冗談だ。

 

 

 これがたまたま敬礼のようなポーズをとるような奇行種である確率は如何程だろうか。流石に偶然では済まされない。

 既に数十秒が経過しているが、向こうは敬礼を維持したまま、一向にこちらに襲いかかる気配がない。

 まさか、本当に理性と知性を持ち合わせた巨人だとでも言うのか?本当に心臓を捧げよ、と言っているのなら意思の疎通もできる。

 

 

 こんな、

 

 こんなの、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()じゃないか。

 

 

 エルヴィンは冷や汗をかきながらも、自らの口角が吊り上がるのを感じていた。調査兵団が、エルヴィン自身が長年求め続けた巨人の謎、世界の秘密が目の前に立っている。

 そしてエルヴィンにはこの巨人に見覚えがあった。5ヶ月前の壁外調査中にリヴァイから逃れた巨人だ。まさか、あの時も我々との意思疎通を図っていたのか。

 

 「団長!しっかりしてください!」

 「巨人ですよ!もっと離れてください!」

 「討伐許可を!」

 

 団員が口々に声をあげる。

 討伐だと?

 とんでもない。

 

 「全員、その場で待機」

 

 エルヴィンはそう告げ、馬を降りた。

 

 「団長!?」

 「奴はほかの巨人とは違います!危険です!今すぐに殺さないと!」

 「我々をおちょくってるに違いありません!」

 

 「もう一度言う。待機だ」

 

 エルヴィンは冷たく言い放ち、一歩一歩と巨人との距離を詰める。

 その距離、10m。巨人が手を伸ばせば容易く捕まえられる距離だ。

 後ろの団員達が声にならない悲鳴をあげる。

 

 依然として敬礼の姿勢を崩さない巨人を見上げ、エルヴィンは問うた。

 

 「君は、人類のために心臓を捧げられるのか?」

 

 それを聞いた巨人はこちらを見て、こくりと頷いた。

 

 ぞくぞくと背中に悪寒に似た何かが走り、肌は粟立った。口元は言い訳のしようもなく弧を描いている。

 

 「君は人類の敵か?」

 

 巨人は首を横に振る。

 

 「君は我々に危害を加えないのか?」

 

 巨人は首を縦に振る。

 

 ありえない状況に思わず気の抜けた笑いが口から溢れる。こちらの言葉を完璧に理解し、質問に対し回答することが出来る。

 明らかに人間と同等の知能を持っている。

 

 「分かった。我々調査兵団は君が人類に敵対しない限り危害を加えないと約束する」

 

 「団長!」

 後ろから非難の声がかかる。

 

 「知性がある巨人なんて危険すぎます!嘘をついているかも。殺しましょう!」

 

 「知性があろうとも、リヴァイなら問題なく殺せる。そしてアレもそれを理解している。それなのに命の危険を冒して我々の前に出てきたのだ」

 

 なにより、とエルヴィンは続ける。

 

 「アレの見事な敬礼が目に入らなかったのか?」

 

 団員はちらりと未だに襲いかかってこない巨人を一瞥し、渋々と引き下がった。 

 

 「さて、しかしどうしたものか……」

 

 ふとある兵士の顔が浮かぶ。

 

 「ハンジ……は呼ばない方が良いか」

 

 が、すぐに却下された。一番巨人に詳しいのはハンジであるとは思うが、あの巨人狂いをこの前代未聞の事態に呼んでしまっては非常に面倒なことになりそうだ。

 

 

 と、そこまで思考を回したタイミングで聞き慣れた特徴的な声が聞こえた。

 

 「おおーーーい!どうしたのーーー!?」

 

 噂をすればなんとやらか。エルヴィンは気付かれない程度の小さな溜息をついた。

 見れば、ハンジが大きく手を振りながら馬を走らせ近寄って来ていた。ハンジの他にもリヴァイやミケも来ている。全隊停止という事態に加え伝令も送らなかったので分隊長達が様子を見に来たらしい。

 

 「オイオイ……これは一体どういう状況だ」

 

 「え!?!?何その子!!!ねえなんで敬礼してるの!?!?なんでぇ!?!?!?」

 

 「…………」

 

 各々が巨人に気付き、反応を見せる。特にハンジの反応は凄まじい。面倒な気配を察知したエルヴィンだったが、気持ちは痛いほど分かるため、隠しきれない笑みを浮かべながら答えた。

 

 

 「ハンジ。……『話せる巨人』だ」

 

 

 静寂が場を支配した。

 リヴァイやミケもあまりの驚愕に目を見開いて絶句している。

 1拍置いて、リヴァイが口を開く。

 

 「オイオイオイ、そりゃ何の冗談

 「え"え"え"え"え"え"え"え"え"!?!?!?

 マジ?!マジで!?うっひょおおお!!!」

 

 それとほぼ同時にハンジが発狂した。

 リヴァイはうんざりとした表情を隠そうともしない。ミケはすんすんと鼻を動かした。

 「ねえホント!?私の言葉わかる!?」と巨人に躊躇いなく駆け寄るハンジを尻目に、エルヴィンはミケに声をかけた。

 

 「ミケ。匂いに違いはあるか?」

 「……分からん。他の巨人と変わらないように思えるが……」

 「……さっきから聞いてりゃ、『話せる巨人』だと?クソみてえな冗談が好きだったか、お前は?」

 

 リヴァイがエルヴィンを問い詰める。エルヴィンは自分とハンジを順に指差しながら答えた。

 

 「だが、見ろ。ここまで近付いた私にも、近付くどころか触れてさえいるハンジにも、ヤツは捕食行動を一切起こさない」

 「そういう奇行種だっているかもしれねえ」

 「……そうだな。だからリヴァイには警戒していて欲しい。その気になればすぐに殺せるだろ?」

 「……当然だ」

 

 ハンジに問い詰められ狼狽えているように見える巨人に向き直る。ハンジは己の質問に対し巨人が頷くのを見て興奮冷めやらぬ様子だ。

 

 「君の話が聞きたい」

 

 エルヴィンは巨人を見上げ声をかける。ハンジも「私も、私も!」と同調する。

 それを聞いた巨人は敬礼を解き、膝をついた。リヴァイがかちりとブレードを鳴らすが、エルヴィンが手をかざして制止する。

 そして巨人は近くにあった小さめの木を引っこ抜き、握りしめると、地面を掘り始めた。がりがり、がりがりと地面に跡が刻まれていく。十秒ほどで巨人は一旦木を置いた。

 

 そこには文字が刻まれていた。

 

 

 『ワタシハ ヒトノミカタダ』

 

 

 それは壁内で我々人類が使用している文字だった。皆が再び絶句する。ハンジだけが声にならない歓声をあげていた。

 

 

 文字……!

 

 

 言語を解するだけならまだ分からなくもない。知性があるのなら、我々調査兵団の会話を聞いてある程度言葉の意味を推測することは出来るかもしれない。しかし、文字はそうはいかない。

 

 

 明らかに、人類の知識がある。壁外では絶対に手に入らない知識が。

 

 

 ここまで意味の通る文章を書かれてしまっては出鱈目に書いているという可能性は無い。

 まさか、ここまで完璧な意思疎通が可能だとは。

 

 何故こんな存在が今まで発見されなかった。

 

 最近発生した新種?

 人類が巨人に教育を?

 

 馬鹿げた可能性ばかりが頭に浮かぶ。いやこんな推論をする必要は無い。全てこの巨人に聞けばいいのだ。

 知性があるのなら嘘もつけるだろう。だが問題は無い。それすらも大きな手掛かりだ。

 全くふざけた可能性だが、この巨人はスパイのような役割をしているのかもしれない。しかし知性のある巨人の存在が確認できた以上は、そのような可能性も考慮しなくてはいけない。

 こちらの情報は一切開示しない。一方的に話を聞かせてもらう。もし本当に人類の味方ならば申し訳ないが、我々の管理下で拘束しておきたい。

 

 

 千載一遇のチャンス。絶対に逃したくない。

 

 

 次の質問をしようと口を開きかけたその時。

 

 「団長!左前方から巨人の群れです!」

 

 そんな声とともに赤の煙弾が上がった。

 ミケからも報告が入る。

 

 「エルヴィン、巨大樹の森からもだ。恐らく十体ほど」

 

 「……長居しすぎたか」

 

 エルヴィンがほぞを噛む。

 私としたことが、目の前の謎に夢中になりすぎた。大人数が一箇所に留まっていればこうなることは予想できた。

 そう先程までの己を悔やみながら素早くエルヴィンは団長として指示を出す。

 

 「全隊に通達。即時撤退し壁内に帰還する」

 

 エルヴィンが出した結論は撤退。

 陣形の各地、主に前方からまばらに赤の煙弾が上がっていた。今回の壁外調査ではもう十分すぎるものを得られた。先に進むのも難しい。囲まれる前にいち早く撤退しなくては。

 

 「ハンジ。馬に乗れ」

 

 未だ巨人に擦り寄るハンジをたしなめる。ハンジは「えぇ〜?」と不満気ながらも、最後に「またね!」と巨人に声をかけ指示に従った。

 巨人はおろおろとこちらを見ている。

 

 「すまないが、ここまでだ。巨人である君を壁内に連れて行くわけにもいかない」

 

 そう言うと巨人は慌てたように我々を引き留める様子を見せ、地面に急いで文字を綴った。

 

 書かれた文字を見て、ハンジは目を見開き、リヴァイは眉を顰め、エルヴィンは口を引き締めた。

 

 「……わかった。次の壁外調査はまた一ヶ月後の予定だ。ここで待っていてくれるか?」

 

 巨人は頷いた。

 それを見届けたエルヴィン達は馬に乗り、壁の方へ駆け出した。

 巨人はそれを眺め、時折手を振ってきた。

 

 どうも、どこか間の抜けた巨人だ。

 

 ハンジは感動した表情でしきりに手を振り返している。「落ちるぞ、クソメガネ」とリヴァイが宥める。

 エルヴィンは上がった赤の煙弾の数について考える。かなりの数が我々を追っているはずだ。

 

 「リヴァイ、いざという時は殿(しんがり)を頼めるか」

 「了解だ……だが、どうもその必要は無さそうだ」

 

 リヴァイは後ろを親指で指差す。エルヴィンが振り返ると、そこには我々を追ってきた巨人の群れを押しとどめているあの巨人の姿があった。

巨人達はあの巨人には興味が無いようで、押さえつけられながらも我々の方を食い入るように見つめている。

 

 「……成程」

 

 エルヴィンは馬を駆けながら、最後にあの巨人が書き残したメッセージについて考えを巡らせていた。

 あの巨人が最後に慌てた様子で、「せめてこれだけは」とでも言わんばかりに記した言葉。

 

 

 

 『カベ ガ ヤブラレル』

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