俺は浮き足立っていた。ワクワクだ。
もうすぐあの初邂逅から一ヶ月が経つ。次の壁外調査はいつ来てもおかしくない。
この一ヶ月はなんだかソワソワして落ち着かない一ヶ月だった。やっと、やっと人と話すことが出来たのだ!筆談だけど。きっと印象も上々!調査兵団の方々も俺を歓迎してくれるに違いない。
待ち切れなくて度々壁に向かってラブコールしていた。変な踊りとか。砲撃は届かないけどギリ見えるくらいの距離で。駐屯兵団の人は怖かったかな。ごめんね、でもこの気持ちは抑えられないんだ。
当然最初は何の反応も無かったが、数日後は何と反応が返ってきた。信煙弾が一つ打ち上がったのだ。
奇行種として報告されたのかと思ったがどうも違ったらしい。この優れた視力でも流石にはっきりとは見えなかったが、壁の上で誰かが手を振っているような様子が見えた。
んー、アレは……ハンジさんかな多分。
てかあの人しかいないだろうな。うん、なんかあの人なら多少の奇行はいつも通りとして見過ごしてもらえるような感じがある。
しばらくしてハンジさん(推定)は他の兵士に連れ去られて行った。
でも俺はなんだか嬉しかった。
それから毎日とはいかないが、週3くらいで壁に向かってラブコールした。しばらく踊っていると決まってハンジさんらしき人が来て手を振ってくれたりする。信煙弾打ち上げたのは流石に怒られたらしく、初日以外は上がらなかった。
たまに人数が増える時もある。うーん、団長とか兵長かな?
そんな感じで調査兵団との親交も深めていた俺だが、もちろんただ浮かれていただけではない。まぁ八割ぐらい浮かれ続けてたけど。
何をしていたかと言えば、空手の型を確かめたり、巨人との戦い方や自分の身体について見直したりしていた。自分の身体についてとは主に再生能力についてである。
前も思ったが、やはり検証の結果俺の再生能力は少し高いように思う。作中では、巨人はどんな傷も一分くらいで治ると言われていた。ところが俺はその半分もかからない。
うーん、微妙。なんかもうちょい強くても良くない?俺、ちょっと他の巨人より身体能力と再生能力が高いくらいなんだけど。
しかし俺の再生速度は本気を出せばもっと早くなる。はずだ。俺が兵長に殺されかけた時、必死であまり覚えていないが、俺のアキレス腱が治る速度は十秒そこらだった。作中ではアニが傷を優先して治すという芸当を披露していた。恐らくあの時の俺はそれと同じことをして再生能力を高めていたと思われる。
あと割と本気で思ってるけど、気持ちも大事なんじゃないかな。生存意欲は重要だと思う。知らんけど。
とにかく、俺は本気を出せば再生能力だけは知性巨人をも上回り、致命的な傷だけに絞れば十秒程で治せるということだ。
……サンドバッグ専用機能ですか?
知性巨人や兵長にはとても勝てる気がしないが、肉壁適性は高いと分かった。時間稼ぎくらいならいい線行くんじゃないだろうか。
そんな訳で自分の身体と向き合っていた俺だが(なんかえっち!)、あとは調査兵団歓迎の準備もしていた。
調査兵団の方々は前と同じところに来てくれるはずである。「ここで待ってて」言うてたし。
よってここをキャンプ地とする!
そう意気込み、俺はDIY作戦を実施したのである。
エレンも作中で実験の一環として小屋とか作ってたやんな!ほな俺も作れるで!
巨大樹はデカすぎるので、ちょうど良い木材を探すのに苦労したが、いい感じの木が生えている群生林を発見。片っ端から引っこ抜き、キャンプ地に担いで持って行く。
んーでも、地面に作ってもまた巨人寄って来ちゃうよなぁ。どないしよ。
そうひとしきり悩んだ俺は、名案を思い付いた。
巨大樹の上にログハウス作ろう!
蔦などをより合わせ紐にして、何とか木材を繋げていく。工具も何もないから難しい……!
そうして、かなり苦戦したし、かなり不格好ながらも調査兵団の皆様が滞在できるほどの大きさのログハウス(?)が完成したのである。
うーん、ログハウスって言うか、ただの足場?
まあいいか!
あ、そうだ。ログハウスを作った木の幹に歓迎の文章を刻んでおく。
よし、これで歓迎の準備は整った。
それが三日前のことである。そろそろ来るはずだと、俺はソワソワしながら前と同じ場所で調査兵団が来るのを待っていた。
近くにいる巨人を追っ払っておく。散れ散れ!
と、そんなことをしている間に向こうに緑の煙弾が見えた。
来た!
俺はぶんぶんと手を振ってアピールする。
しばし待って、向こうも俺に気付いたようだ。団長が煙弾を打ち上げ、陣形の進行速度が落ちていく。
見ない色の煙弾だな。黄色か、俺用かな。
そして先頭の一団が俺の数十m手前で止まった。こんにちはー!
「待たせてすまない」
団長が俺に話しかけてくる。
いえいえ!お気になさらず!
俺は早速歓迎の場に団長たちを手招きで案内しようとする。
団長は怪訝な顔をしたが、後ろに指示を出し、俺に皆で付いてきてくれた。
巨人がガイドの壁外ツアーのようでシュールである。
まぁ案内と言っても、すぐそこの巨大樹の入口に作ったんですけどね!
じゃんっ!と言わんばかりに俺はログハウス(仮)を両手でアピールする。
「……なんだアレ?」
「……廃材置き場?」
「『歓迎 調査兵団様御一行』……?」
後ろの団員達がザワザワしている。ふふん、この見事な建築物に恐れおののいているのだろう。ウキウキを隠しきれずに皆の反応を窺っていると……あれ?
なんか団長達渋い顔してない?なんで?嬉しくなかった?団長苦虫噛み潰したみたいな顔してるし、ああハンジさんも。兵長は……いつもの仏頂面だね。
どうしてみんなそんなに気まずそうなの?
あれ?今気付いたけど後ろのソレ何?
なんか樽みたいな……アレ?
アニに使った捕獲装置に似てますね?銛ついたワイヤーを発射するやつ。
……みんな、俺のこと捕まえようとしてました?
あっ、団長に目を逸らされた。
ハンジさん、ゴーグルしないで。
ミケさんっぽい人も目頭を押さえている。
兵長はいつも通り。
………………。
いやね?まぁ良いんですよ捕獲自体は。話聞いて貰えるならね。
あっいや駄目か。アニ達に殺される。今がいつか分からないけど、そのタイミングはそう遠くない……あっそうじゃん。今がいつか聞いてないや。
団長ー、そんな気まずそうな顔しないでー。
キニシテナイヨー、ホントホント。
とりあえず聞きたいことあるんだけどさあ。
俺は沈黙してしまった調査兵団達を尻目に地面に文字を刻み始めた。
「……あー、その、すまない。君がそんなに我々を歓迎してくれるとは、思ってなくてだな……」
俺が怒っていると勘違いしたのか、団長が凄い居た堪れなさそうな様子で弁解を始めた。
「えーっとね?いやっ、言いづらいんだけどぉ」
ハンジさんもあわあわしながら団長に続く。
文字が書き終わったので、俺はその弁明を断ち切り、地面を指差す。
「えっ?あっ文字……」
『コノ ヘキガイチョウサ ハ ナンカイメ』
「何回目?なんでそんなこと……」
「56回目だが」
団長が答えてくれた。
ふーん?56回目かぁ。結構いってるね。
56……56?
あれ?確かアニが来た時の壁外調査って57回目じゃなかった?
トロスト区襲撃から一ヶ月後だったよな。
トロスト区襲撃の時って、調査兵団が壁外調査に出てたから被害拡大しちゃったんだよな。
………………おい。
おいおいおいおいおい!
トロスト区襲撃ッ……!
今日!っていうか、
まずい……!
俺は反射的に全速力で駆け出した。
「なッ……!?」
団長達が驚いている。
「ちょぉッ!?捕まえようとしたのは謝るから!!」
ハンジさんが追い縋ってくる。違うんだ、本当に怒ってる訳じゃなくて。
あっ、ちゃんと調査兵団の皆にも事情説明して来てもらった方が被害抑えられるか。
そう思い、元の場所に戻ろうとブレーキをかけ……
ヤバい!兵長がブレードを抜いている!
逃げたと勘違いして殺しに来てる!今止まったら間違いなく削がれる!!
クソ、ミスった!反射的に駆け出しちゃったけど、落ち着いて一筆書いてから行けば良かったんだ!
いくら悔やんでも仕方がない。もう言い訳の時間は無い。全力で兵長から逃れなくては。
俺はこの数ヶ月で劇的に向上した走破能力を存分に発揮し、あっという間に巨大樹の森から離れ、立体機動装置の射程から外れた。
「はっや……!?」
「チッ……」
しょうがない、俺だけでもトロスト区に向かおう。 皆もすぐに気付いて来てくれるはずだ。
もう既に太陽は真上に昇りきっている。壁が破られた時刻は正確には分からないが、多分もう破られてるだろうなぁ。いやワンチャン間に合うか?とにかく全力で走ろう。
ここから壁まで、俺なら一時間かからないが、馬だと三時間はかかるだろうな。まだ皆気付いてないだろうし、そうなるとやっぱり原作通り調査兵団の到着は夕暮れ頃か。
だが、俺なら。エレンの大岩運びには間違いなく間に合うし、早く着けば104期生の皆も助けられるかもしれない。
俺は人の役に立つんだ!
それはもちろん俺の気持ちの問題でもあるし、さっき調査兵団が俺を捕まえようとしてたように、俺への印象を少しでも良くしておかなければ何されるか分かんないという問題でもある。この間のアレでは不十分だったのだ。
しかし!このトロスト区襲撃で多くの人を助ければ!きっと分かってもらえる!俺が善良な一般巨人だと!!
そんな自己保身と、少しの良心の為に、俺はひたすら壁を目指し走った。
一方その頃。
取り残された調査兵団は居た堪れない空気に包まれていた。
特にエルヴィンとハンジは、千載一遇の希望に逃げられ、茫然自失状態であった。
「しくじったぁ〜……」
ハンジが悔しそうに呻く。
「終わった……敵対……」
エルヴィンは前髪も崩れ、絶望した表情で呟いている。こんな団長初めて見たな、と周りの団員達も声をかけづらそうにしていた。
そんな空気の中、エルヴィンは絶望しながらも、自らの行いを省みていた。
失敗した。あそこで申し訳なさを出すべきではなかった。そこできっと悟られたのだ。
エルヴィンは目的のためなら人間性をも捨て去ることのできる人間だが、そんな彼でも、あそこまで嬉しそうに我々を歓迎する彼を一方的に捕獲しようとしていた事実に流石に胸が痛んだ。ハンジも同様である。
「……あー、どうする、エルヴィン。あの、木の上の、なんだ?拠点?でも調べるか?」
この気まずい雰囲気を打破すべくミケが口を開いた。団員達は普段無口だがこういう時には喋ってくれる彼に感謝した。
「……そう、だな」
エルヴィンは覇気のない声で指示を出し、壁外調査を続行した。