何度だって愛し続ける。たとえこの記憶が風化しようと。 作:フィエ
日高輝、周りからテルって呼ばれている。
珍しい読み方で、しかも金髪だから、小学校で友達を作ることには苦労した。
父さんは役者をやっててあまり家にいない。
会えば普通に話すし、いろいろ物知りだし、たまに買い物に行くし、みんなに誤解されがちだけど優しい。でも家にいる時間は少ないと思う。忙しいのはわかってるから、特に何か思うこともない。
お金は置いていってくれてて、その使い方を教えてもらった。「自分と、家族と、心から信頼できる親友のために使うんだぞ」ってね。
欲しいものを言えば買ってもらえたし、困ることはなかった。だから愛されてると思う。
母さんはもっと家にいない。
モデルとか女優とか、そういう仕事をしてる。テレビで見たこともあるし、CMでいつも見る。
先生が言ってたけど、エレナ・ローゼン、つまり俺の母さんを知ってる人は多いみたい。それなら忙しいんだろう。
でも小さい頃に、俺が気に入らなかったんだと思う。
「私の美しさに似てないわね」
その時は、よくわからなかった。俺の何がいけなかったのかも、どういう意味なのかも。だから、特に気にしてなかった。
でもあれから、確かにあまり話しかけられなくなった。
今思えば母さんの目は、海みたいな青色をしてる。綺麗でちゃんとしてる色だ。
それに比べて、俺は紺色で地味だと思う。
しかも母さんは、目に黒い星がある気がする。それは何もかも惹き込むようで魅力的に思える。黒いのに明るく輝いてる。
俺は、あれを怖いと思ってない。むしろちょっと無理してるんだと思った。母さんはあれだけ有名なんだから、きっとみんな綺麗だと思ってる。
だから、何かできることはないかって聞いて、先生から教えてもらった。いつも母さんが帰ってきたら「おかえり!」って元気よく言うようにしてる。
いつか「ただいま」って言ってくれるって信じてる。
―――――
友達が増えてきたら学校は楽しかった。困ることはあまりない。話す相手もいて、笑うこともある。ちゃんとやれば、ちゃんと返ってくる場所だった。
でも、たまに誰とも遊んでないやつはいる。その女子は隣の席にいた。
アイを最初見た時、すごく心配になった。
だって給食の時に、白米をじっと見て、そして飲み込む。その繰り返しなんだ。
「お腹、痛いの?」
「痛くないけど?」
本当は早く給食当番のことを終わらせて、友達と遊びに行きたい。だけど、先生に「アイさんのこと、ちょっとでいいから助けてあげてくれる?」って言われてる。
「ゆっくりでいいから」
自分でも何をしてるのかよくわからなかった。これが助けになってるかなんてわからない。
とりあえずアイが気にしてるようだから、教科書を読んでみてた。
―――――
それからも同じことを続けていた。最初は先生からの頼みからだったけど、隣の席にいるだけでいろいろ危なっかしい。アイはちゃんと真面目なのに、空回りしてるって感じがする。
ノートを写す時間に、色鉛筆を出して黒板を描き始めた時は、さすがにこっそりと止めた。
「アイ、大丈夫か」
「……大丈夫」
体育の授業してて、転んだ時もそうだった。
俺は少し遅れて気づいて、アイに近づいていく。こっちを見て不思議そうな顔をしている。
でも、膝のところが赤かった。
「すりむいてるじゃん。ほら、先生のとこ行こう」
手を掴んでゆっくり立たせる。とても柔らかくて、小さめで、ちょっとドキドキした。
―――――
アイはあまり外に遊びにいかないらしい。
だから俺の家で遊ぶことにした。だって、アイのことは「心から信頼できる親友」だと思ってるから。
「どうだ?」
ちょっと自慢したくなった。せっかく綺麗な家で、父さんと母さんが忙しいから、俺がよくお掃除してるんだぞって。
でもアイをなんだか怒らせてる気がした。
「あ、いや、ごめん。入って?」
「入るね?」
アイは気にしてない様子だけど、ちゃんとおもてなししよう。
でも、リビングはさすがに、父さんの大事なものを触るわけにはいかないから、なかなか整理できないんだよな。
「お母さんは?」
「そっちなら、えーと、6日前に会えた」
自分で言っておいて、変な言い方だと思った。でも、それが本当だった。
「ほら、お金ここに置いてあるからさ。これで何か買って一緒に食べない? 電話したら料理も持ってきてくれるんだ」
アイは少し視線を落としてから、ニコッと笑った。
「高いからダメじゃない?」
別にそんなに高くないんだけどな。
「じゃあ俺たちで作る? あっ、それなら何が入ってるかわかるか!」
アイの嫌いな食べ物を絶対に入れなければ、美味しく食べてくれるかもしれない。もしかして俺って天才かも。
「よしっお買いものに行こう!」
お買いものには慣れてる。だってお父さんがよく連れて行ってくれる。お金の使い方にも慣れてる。
でもアイはあまり喜んでくれなくて。食べたいものもないらしくて。だからお菓子をいっぱい買ってあげようとした。
そう言ったら「じゃあ300円までだね」ってアイが笑顔で言った。すごいと思った。
俺、調子に乗ってたみたいだ。
このお金は、父さんがくれてるお金なのに。節約とか、考えたことがなかった。
―――――
それからアイは施設に入ることになった。転校まですることになった。
職員室なのに「なんで!」って叫んでしまった。せっかく仲良くなれたのに、アイは何もわるいことしてないのに。
そして先生は教えてくれた。
「つらいでしょうけど。今、1番つらいのはアイさんなのよ」
そのことに気づかされた。
だから俺は残りの時間、できるだけアイの側にいようとした。
でも俺自身もそれだけじゃ足りないと思って、「何度だって会いに行く」ことを約束した。
父さんに頼んで自転車を買ってもらって、自分で転びながら練習した。
―――――
それからしばらくして、俺はやっと変化に気づけた。
母さんは1ヶ月も帰ってきてない。
父さんはますます帰ってこない。
どうしても気になって、本当はいけないのに、俺は母さんの部屋を開けてしまった。そこにはもう何もなかった。
その日もアイとは、施設の近くの公園で会った。
いつも通りの曜日で、連絡手段もなくて、心配させたくないからって。
ちゃんとしてれば大丈夫だと思った。
「大丈夫じゃないよね」
「……大丈夫だよ」
「嘘だよね」
「嘘……だな……」
俺はアイに嘘をつきたくなかった。そうありたいと思ってる。
「……母さんが帰ってこないのなんて…いつもなんだ……でも母さんの部屋に何もなかったんだ……」
俺やっとわかった。
アイが抱えてたつらさは、こういうのなんだって。
「そっかぁ、テルのお母さんは、そうなんだぁ」
その時、アイの片目に、黒い星が見えた気がした。
そして、片目は白い星が揺れてる気がする。
「アイは、大丈夫だよな?」
「大丈夫、私はここにいるでしょ」
やっぱりアイも無理してたみたいだ。
俺はいつの間にか、アイの身体を抱きしめてしまっていた。
「……今日は積極的だねぇ」
「……ごめん、ちょっとだけ……」
いや、アイは母さんの代わりじゃない。
アイを助けたいからだって、自分に言い聞かせる。
俺の幼なじみで、愛してる女の子なんだ。
「いいよ? 泣いてもさ?」
「……アイが泣くまで、泣かないって決めた」
好きな女の子の前では、カッコつけたいって意地だと思う。
「……テルは強いね」
アイがここにいてくれるから、強がりを見せれるだけだ。