何度だって愛し続ける。たとえこの記憶が風化しようと。   作:フィエ

1 / 2
1話 テルの回想

 

 日高輝、周りからテルって呼ばれている。

 珍しい読み方で、しかも金髪だから、小学校で友達を作ることには苦労した。

 

 父さんは役者をやっててあまり家にいない。

 会えば普通に話すし、いろいろ物知りだし、たまに買い物に行くし、みんなに誤解されがちだけど優しい。でも家にいる時間は少ないと思う。忙しいのはわかってるから、特に何か思うこともない。

 お金は置いていってくれてて、その使い方を教えてもらった。「自分と、家族と、心から信頼できる親友のために使うんだぞ」ってね。

 欲しいものを言えば買ってもらえたし、困ることはなかった。だから愛されてると思う。

 

 母さんはもっと家にいない。

 モデルとか女優とか、そういう仕事をしてる。テレビで見たこともあるし、CMでいつも見る。

 先生が言ってたけど、エレナ・ローゼン、つまり俺の母さんを知ってる人は多いみたい。それなら忙しいんだろう。

 

 でも小さい頃に、俺が気に入らなかったんだと思う。

 

「私の美しさに似てないわね」

 

 その時は、よくわからなかった。俺の何がいけなかったのかも、どういう意味なのかも。だから、特に気にしてなかった。

 でもあれから、確かにあまり話しかけられなくなった。

 

 

 今思えば母さんの目は、海みたいな青色をしてる。綺麗でちゃんとしてる色だ。

 それに比べて、俺は紺色で地味だと思う。

 

 しかも母さんは、目に黒い星がある気がする。それは何もかも惹き込むようで魅力的に思える。黒いのに明るく輝いてる。

 

 俺は、あれを怖いと思ってない。むしろちょっと無理してるんだと思った。母さんはあれだけ有名なんだから、きっとみんな綺麗だと思ってる。

 

 だから、何かできることはないかって聞いて、先生から教えてもらった。いつも母さんが帰ってきたら「おかえり!」って元気よく言うようにしてる。

 

 いつか「ただいま」って言ってくれるって信じてる。

 

 

―――――

 

 

 友達が増えてきたら学校は楽しかった。困ることはあまりない。話す相手もいて、笑うこともある。ちゃんとやれば、ちゃんと返ってくる場所だった。

 

 でも、たまに誰とも遊んでないやつはいる。その女子は隣の席にいた。

 

 アイを最初見た時、すごく心配になった。

 だって給食の時に、白米をじっと見て、そして飲み込む。その繰り返しなんだ。

 

「お腹、痛いの?」

「痛くないけど?」

 

 本当は早く給食当番のことを終わらせて、友達と遊びに行きたい。だけど、先生に「アイさんのこと、ちょっとでいいから助けてあげてくれる?」って言われてる。

 

「ゆっくりでいいから」

 

 自分でも何をしてるのかよくわからなかった。これが助けになってるかなんてわからない。

 とりあえずアイが気にしてるようだから、教科書を読んでみてた。

 

 

―――――

 

 

 それからも同じことを続けていた。最初は先生からの頼みからだったけど、隣の席にいるだけでいろいろ危なっかしい。アイはちゃんと真面目なのに、空回りしてるって感じがする。

 

 ノートを写す時間に、色鉛筆を出して黒板を描き始めた時は、さすがにこっそりと止めた。

 

「アイ、大丈夫か」

 

「……大丈夫」

 

 体育の授業してて、転んだ時もそうだった。

 俺は少し遅れて気づいて、アイに近づいていく。こっちを見て不思議そうな顔をしている。

 

 でも、膝のところが赤かった。

 

「すりむいてるじゃん。ほら、先生のとこ行こう」

 

 手を掴んでゆっくり立たせる。とても柔らかくて、小さめで、ちょっとドキドキした。

 

 

―――――

 

 

 アイはあまり外に遊びにいかないらしい。

 だから俺の家で遊ぶことにした。だって、アイのことは「心から信頼できる親友」だと思ってるから。

 

「どうだ?」

 

 ちょっと自慢したくなった。せっかく綺麗な家で、父さんと母さんが忙しいから、俺がよくお掃除してるんだぞって。

 でもアイをなんだか怒らせてる気がした。

 

「あ、いや、ごめん。入って?」

「入るね?」

 

 アイは気にしてない様子だけど、ちゃんとおもてなししよう。

 でも、リビングはさすがに、父さんの大事なものを触るわけにはいかないから、なかなか整理できないんだよな。

 

「お母さんは?」

 

「そっちなら、えーと、6日前に会えた」

 

 自分で言っておいて、変な言い方だと思った。でも、それが本当だった。

 

「ほら、お金ここに置いてあるからさ。これで何か買って一緒に食べない? 電話したら料理も持ってきてくれるんだ」

 

 アイは少し視線を落としてから、ニコッと笑った。

 

「高いからダメじゃない?」

 

 別にそんなに高くないんだけどな。

 

「じゃあ俺たちで作る? あっ、それなら何が入ってるかわかるか!」

 

 アイの嫌いな食べ物を絶対に入れなければ、美味しく食べてくれるかもしれない。もしかして俺って天才かも。

 

「よしっお買いものに行こう!」

 

 お買いものには慣れてる。だってお父さんがよく連れて行ってくれる。お金の使い方にも慣れてる。

 

 でもアイはあまり喜んでくれなくて。食べたいものもないらしくて。だからお菓子をいっぱい買ってあげようとした。

 

 そう言ったら「じゃあ300円までだね」ってアイが笑顔で言った。すごいと思った。

 

 俺、調子に乗ってたみたいだ。

 このお金は、父さんがくれてるお金なのに。節約とか、考えたことがなかった。

 

 

―――――

 

 

 それからアイは施設に入ることになった。転校まですることになった。

 職員室なのに「なんで!」って叫んでしまった。せっかく仲良くなれたのに、アイは何もわるいことしてないのに。

 そして先生は教えてくれた。

 

「つらいでしょうけど。今、1番つらいのはアイさんなのよ」

 

 そのことに気づかされた。

 

 だから俺は残りの時間、できるだけアイの側にいようとした。

 でも俺自身もそれだけじゃ足りないと思って、「何度だって会いに行く」ことを約束した。

 

 父さんに頼んで自転車を買ってもらって、自分で転びながら練習した。

 

 

―――――

 

 

 それからしばらくして、俺はやっと変化に気づけた。

 母さんは1ヶ月も帰ってきてない。

 父さんはますます帰ってこない。

 

 どうしても気になって、本当はいけないのに、俺は母さんの部屋を開けてしまった。そこにはもう何もなかった。

 

 

 

 その日もアイとは、施設の近くの公園で会った。

 いつも通りの曜日で、連絡手段もなくて、心配させたくないからって。

 ちゃんとしてれば大丈夫だと思った。

 

「大丈夫じゃないよね」

 

「……大丈夫だよ」

 

「嘘だよね」

 

「嘘……だな……」

 

 俺はアイに嘘をつきたくなかった。そうありたいと思ってる。

 

「……母さんが帰ってこないのなんて…いつもなんだ……でも母さんの部屋に何もなかったんだ……」

 

 俺やっとわかった。

 アイが抱えてたつらさは、こういうのなんだって。

 

「そっかぁ、テルのお母さんは、そうなんだぁ」

 

 その時、アイの片目に、黒い星が見えた気がした。

 そして、片目は白い星が揺れてる気がする。

 

「アイは、大丈夫だよな?」

「大丈夫、私はここにいるでしょ」

 

 やっぱりアイも無理してたみたいだ。

 俺はいつの間にか、アイの身体を抱きしめてしまっていた。

 

「……今日は積極的だねぇ」

「……ごめん、ちょっとだけ……」

 

 いや、アイは母さんの代わりじゃない。

 アイを助けたいからだって、自分に言い聞かせる。

 

 俺の幼なじみで、愛してる女の子なんだ。

 

「いいよ? 泣いてもさ?」

「……アイが泣くまで、泣かないって決めた」

 

 好きな女の子の前では、カッコつけたいって意地だと思う。

 

「……テルは強いね」

 

 アイがここにいてくれるから、強がりを見せれるだけだ。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告