何度だって愛し続ける。たとえこの記憶が風化しようと。   作:フィエ

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2話 アイの回想

 

 ふと思い出す。

 出会ったばかりの私は、テルのことが嫌いだったって。

 

 理由は、うまく言葉にできない。ただ、見てると少しだけ気持ちがざわざわする。ちゃんと新しい服を着てて、ちゃんと笑ってて、ちゃんと人と話してる。そういう「ちゃんと」が揃ってる人こそ、どこか怪しいって、信用できないって、なんとなく思ってた。

 だってお母さんも「ちゃんと」優しいのに。怒ってコップ投げつけてきたり、男の人を追い出しちゃったり、怖いから。

 

「お腹、痛いの?」

「痛くないけど?」

 

 ご食を食べるのは自分でも遅いと思う。見た目は普通でも、中に何か混ざっているかもしれないと思うと、すぐには口に入れられない。だから白米を観察しながら食べなきゃね。周りの子はもう食べ終わっていて、教室の音が少しずつ大きくなるのに、私の席だけ時間が止まっているみたいだった。

 

 隣の席のテルはもう全部食べ終わっているのに、ずっと座ったままだった。よくわからない。

 何も言わない時もあるし、さっきみたいに話しかけてくる時もある。どっちにしても隣で教科書を持ってる。暇なのかな。友達に呼ばれても、笑われても、気にしてないみたいだった。

 

 怪しかった。だって、どうしてそこにいるのかわからないし、何を考えているのかもわからない。普通なら、もっと楽しいところに行くはずなのに。

 

「ゆっくりでいいから」

 

 それだけ言ってまた黙る。焦らせるってこともなさそうで、ただそこにいる。ほんと意味がわからなかった。だから、たぶん嫌いだった。

 

 でも、その日は最後まで席を立たなかった。私が全部食べ終わるまで、ずっと隣にいた。

 

 変な人だと思った。

 

 

―――――

 

 

 その日の体育で、走ってて転んだ。普通に走ってればいいのに、自分でもわからず無理をしちゃった。

 テルはわざわざ逆に走って戻ってくるし。

 

「アイ、大丈夫か」

 

「……大丈夫」

 

 嘘。ほんとはヒリヒリしてた。

 

「すりむいてるじゃん。ほら、先生のとこ行こう」

 

 握手するみたいに立たされる。意外と強引だけど、逃げようとは思わなかった。どうしてかわからないけど、逃げる理由が見つからなかった。

 

 私はたまにドジする。階段で転んだり、忘れ物したり、周りの動きと少しだけずれてしまう。そういう時、テルはだいたい近くにいて、だいたい同じことを言う。

 

「大丈夫」

 

 でも正直、あまり近づかなくてほしかった。

 

 だってテルは人気がある。顔がいいとか、優しいとか、金髪が珍しいとか、そういうことらしい。だから、テルが私のそばにいると、視線が増える。小さい声で何か言われてる。聞こえないふりしても気になってしまう。

 

 なんであんな暗い子に。ちょっと顔がいいだけのくせに。

 

 しかも私は助けてなんて言っていないのに、テルは来る。呼んでないのに来る。理由もなく来る。そこがやっぱりわからなかった。でも怖いとはちょっと違った。

 

 

―――――

 

 

 気づいたらテルと過ごすことが普通になってた。普通に扱われてて、こそこそ言われるのも減ってた。よく先生もペアにしてくる。何が変わったのかよくわからなかった。だから、ある日「うちに遊びに来る?」って言われた時も、断る理由が思いつかなかった。

 

「どうだ?」

 

 着いたのは大きな家だった。門もあって、庭があって、こういう綺麗な家は、テレビの中の人が住んでる場所だと思ってた。いいなと思った。ずるいと思った。

 こういうところに住んでる人は、きっと困ることなんてないんだろうって思った

 

「あ、いや、ごめん。入って?」

「入るね?」

 

 中に入ると少しおかしかった。物はちゃんとある。本とか段ボールとかたくさんあって、リビングが倉庫みたいになってた。無駄に高そうな時計の音がやけにうるさく聞こえた。

 

「お母さんは?」

 

「そっちなら、えーと、6日前に会えた」

 

 指で数える様子を見せて、テルは困った表情でそう言った。会えたって言ったのに、あまり嬉しそうでもなかった。

 

「ほら、お金ここに置いてあるからさ。これで何か買って一緒に食べない? 電話したら料理も持ってきてくれるんだ」

 

 何度かお母さんがピザを注文してくれたことがある。あれみたいなものかな。チーズが美味しかったけど、でもお母さんは高いからダメって言ってた。

 

「高いからダメじゃない?」

 

「じゃあ俺たちで作る? あっ、それなら何が入ってるかわかるか!」

 

 その時のテルの目は輝いてて、なんだかキラキラしてた。なんで嬉しそうなのかはわからない。その目からは逸らせなかった。なんだかかわいくて、じっと、ただ見ていたかった。

 

「よしっ、お買いものに行こう!」

 

 お買いものなんて、久しぶりだ。

 

 久しぶりに来るスーパーは、行ったことのない場所だった。誰かのお母さんがたくさんいて、私たちみたいに子どもだけで来てることもなさそう。

 

「何食べたい?」

「なんでもいいよ?」

 

 食べものの好きキライはいけないからね。

 

「じゃあ、いっしょに決めよ」

 

 そう言って、わざわざ大きいカートを持ってきたテルは、「いっしょに押してよ」みたいなアピールしてくる。

 普段はお母さんと、こういうことやってるのかな。

 

 面白そうな野菜を指差して説明したり、まだ生のお肉のとこで悩んでたり。

 おそうざいを買ったら簡単なのに、って言葉は言わないことにした。

 

「お菓子はどうする? アイならいくらでも買っていいよ」

「じゃあ300円までだね」

 

 お菓子を300円までで選ばせてもらえた。遠足みたいな特別な日なんだろうね。

 それを食べながら一緒に帰る。

 

 キッチンは白かった。テルはお母さんみたいに料理してる。最近は料理作ってもらってないなぁ。

 テルが「見てて」って言うから、見てた。

 

「ちょっと恥ずかしいな」

「え? なにが?」

 

 まな板で、トントンってリズムがしてる。結構テレビのお料理番組、好きなんだよね。難しいニュースより、見てて面白かった。

 

 待ってたら見たことない料理がお皿に乗ってた。

 

「どう?」

「今日も残さないよ?」

 

 たぶんこれは、おでんだね。

 玉子が小さくて、キャベツはべちょべちょしてるけど、ウィンナーとブロッコリーはセンスあるね。まあテルが作ってたのを見てたし、スプーンとフォークで心配せずに食べれる。

 

「そこは美味しいってほめてくれよ」

「じゃあ、おいしい」

 

 そう言ってあげたら照れてて、テルはかわいいなと思った。

 

 

―――――

 

 

 テルと過ごす日々、それは終わるかもしれなかった。

 

「お母さん、捕まったんだー」

 

 思ったより、口から出た言葉は軽かった。軽すぎて自分でびっくりしてる。

 今の自分がどういう顔をしているのか分からない。笑ってる気もするし、泣いてる気もするし、どっちでもない気もする。

 

「だから、施設に入らないといけないんだって」

 

 テルは勉強できるから、たぶんわかると思う。私は今もよくわかってない。

 だって、怖いおばさんたちのところか、テルみたいに自分で生活して、お母さんを待ってたらいいと思ってた。

 

「……そっか」

 

 テルはそれだけ言った。そんな暗い顔をするなんて、自分のことでもないのに。

 

「ねぇ、テル」

 

 んー、なんて言おうかな。

 いつもテルから話しかけてくれてたのに。

 

「私がいなくなっても、ちゃんとできる?」

 

 言ってから、本当は逆だと思った。テルはなんでもできそうだし。

 

「大丈夫だよね?」

 

 大丈夫かっていつも聞いてくれるけど、何が大丈夫なのかな。生活なのか、学校なのか、それとももっと別の何かか。

 

「俺の心配より、自分の心配しろよ」

 

「そっか、あはは、そうだねー」

 

 いつも優しいテルが、ちょっぴり怖かった。

 

 笑ってみる。そういう声はちゃんと出てる。テルはいつも笑ってたじゃん。

 

 なんで今日だけ、そんなに笑ってくれないの。

 

「行くよ」

 

「え、もう……?」

 

 急にテルがそう言った。いつもゆっくり待ってくれてるのに。

 

「いや、そうじゃなくて、その施設の名前わかってるだろ?」

 

「……ん、たぶん」

 

 さすがに覚えなきゃって思ったことだったから。

 

「絶対に行くから、何回でも行くから」

 

 まっすぐだった。きっと本気だ。

 だってテルは嘘をつかない。そう信じたいと私は思ってる。

 

「離れてても俺たちは親友だけど。でも何度だって会いに行く」

 

 親友って言ってくれた。その言葉は知ってた。でも本当に言ってくれてて、とてもステキな響きがした。

 

「約束だ」

 

「じゃあ、約束ね?」

 

 そういうのよく忘れちゃう私だけど。

 この約束は、絶対に忘れず、覚えておこうと思った。

 

 

 

 ずっと願ってる。この約束は、絶対嘘じゃないって。

 

 

 

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