* * *
退魔庁。
対
護衛の斡旋。
建物に雌鬼避けの霊符、結界を構築するなどのインフラ整備。
そして雌鬼の討伐依頼とオペレートを担う。
そんな機関のトップである
かつては俺の母に次ぐ実力者であり、引退後に若くして総督の立場となった。
そして、現在の俺の保護者代わりである。
「改めて応援に感謝する。迅速な対応のおかげで負傷者たちは一命を取り留めた」
「それはなによりです」
「相変わらず凄まじいな君の鬼哭刀は。報告によれば、ほぼ瀕死状態だったらしいというのに瞬く間に蘇生させてしまうのだから」
「日を跨げばさすがに墨柘榴でも間に合いませんでした」
「尚のこと感謝せねばな。応援に駆けつけてくれたのが君で本当に良かった」
早朝。
場所は総督室。
多忙な彼女との面会は本来であれば難しいのだが、俺は例外だ。
話をしたい、と言えば倫子さんは必ずというほど時間を取ってくれる。
「久しぶりに顔を見られて安心した。出撃数があまりに多いので、やつれていないか心配していたんだ」
「この程度でやつれるような鍛え方はしていません」
「ふふ。やはり親子だな。ヒナタと同じようなことを言う」
母のことを思い出してか、倫子さんに柔らかな笑みが浮かぶ。
厳格な総督として知られている倫子さんだが、俺の前では幾分態度が軟化する。
……しかし相変わらず若いなぁ倫子さん。
焦げ茶のボブカットヘアー。褐色の肌。猫のような金色の瞳。どこか妖艶な笑顔。
こうして顔を合わすたびに、内心でドキドキしてしまうような美人さんだ。
母と同い年のはずだが、まだ全然女子大生として通じそうだ。
それでいて大人として熟した色香もあるのがズルい。
机の上に乗っかっている顔よりも大きいバストがなんとも目に毒である。
勃起しないように気をつけなくては。
今日は真面目な話をするために来たのだから。
「君の活躍のおかげで雌鬼の被害は大幅に減少している。我々が全盛期だった頃でも見たことのない数字だ」
「それはつまり、現在の俺は全盛期の母よりも強いという解釈でよろしいですか?」
「……その返答を聞いてどうする?」
「用件はわかっているのでしょう?」
なにも世間話をするために来たわけじゃない。
「俺を雌鬼の住まう次元に向かわせてください」
「……答えは同じだ。許可することはできない」
舌打ちになりそうなるのを堪える。
今日こそは引くわけにはいかない。
「向かうのは俺だけです。他の退魔師を巻き込むつもりはありません」
「それが問題だと言っているんだ。単独で向こうの次元に飛ぶなど正気ではない」
「母はそうしました。そして正体不明の雌鬼の侵攻を防いだ。いまの俺なら向こうの連中を殲滅できる自信があります」
「己の力を過信しすぎだ」
「引き際は弁えます。まずいと思ったら素直に撤退します」
「過去の先遣隊たちも、そうして二度と帰らぬ人となった」
柔和な態度は完全に消えた。
氷のように冷ややかな目で、倫子さんは俺を見据える。
「戻って来れたのはヒナタだけだった。そして、そのヒナタですら直後に命を落とした」
忘れたわけではあるまい? と目で訴えてくる倫子さん。
……忘れたことはない。
母の最期の顔は、いまでも焼き付いている。
だからこそ迎撃に徹している現状が我慢ならない。
「大本を叩かなければ、いつまでも雌鬼との戦いは終わりません。どこかで攻め込む決断をしなければならないはずです」
「それがいまだと君は言いたいのか?」
「それが自分の天命だと思っています。男でありながら退魔師として戦う力を得た自分の」
「天命だと言うのなら君の役割はやはり別にあるな」
「それは何ですか?」
「その稀有な素質を後世のために活かすことだ」
「……俺の体を実験にでも使うつもりですか?」
「そんなことは言っていない」
「そう取られても仕方ない発言ですよ?」
俺の体を隅々まで調べ尽くしたい。
そんな職員が退魔庁の中にいるのはわかっている。
それは俺が世界で唯一の男退魔師であることだけが理由じゃない。
「人工授精を始めてからだそうですね。退魔師の霊力が加齢と出産と共に衰えるようになったのは」
「そう聞いている。自然の摂理に反した繁殖をおこなった弊害だとな」
男女の交配は、一種の霊的儀式と考えられているらしい。
大昔では霊力値の高い男女同士を交わらせることで優秀な退魔師を輩出していた。
強制婚が廃止され、人工授精に頼らざるを得なくなってから、退魔師の霊力に異変が起き始めた。
だからこそ、
「数十年ぶりの自然受胎の子である俺は、まさに格好の研究対象じゃないんですか?」
そう。
俺は試験管ベイビーではない。
俺にはかつて
病弱で俺が生まれる頃に亡くなったそうだが、母さんによると「世界で一番、心の綺麗な人」だったという。
母はそんな父と本気で愛し合って、俺を生んだ。
退魔庁からすれば、俺は古き霊的儀式によって生誕した奇跡の申し子というわけだ。
「……『自然受胎の子の霊力は永続的なものである』。そんなものは俗説に過ぎない」
「そうですね。俺も信用していません」
自然受胎の俺は例外! だからエッチしても大丈夫!
なんてノリで童貞捨てて霊力が使えなくなったら洒落にならないからな。
「退魔庁の一部には確かに君の体に良からぬ関心を持つ者がいることは認める」
言い方だけだといかがわしいな。
笑えない意味での関心なのはわかっているけど。
「だが私はそういう大人たちから君を守るつもりだ」
声に本気の気迫を宿して倫子さんは言う。
「私は一度だって君を研究対象として見たことはない。親友の忘れ形見を、どうしてそんな目で見られる?」
金色の瞳に、哀愁が漂う。
……さすがに、失言だったか。
「言葉が過ぎました。すみません」
「いや。君が大人に不信感をいだくのも無理はない。あらゆる思惑が君を中心に回っているのは事実だからな」
「退魔名家の娘たちが俺の護衛になったのも、その思惑の内のひとつですか?」
「……退魔庁としてはあの三家には大恩がある。断り切れなかったことは謝罪しよう」
やはり大人の事情ってやつだったか。
だったら重箱の隅をつつくようにグチグチ言うのは倫子さんが気の毒だから、やめておこう。
「いまの護衛たちが君に何か不利益を働いたときは、すぐに報告なさい」
「ありがとうございます。まあ、いまのところは……問題ないですよ」
本当は大アリだけどね。
けど半分は俺が自制すれば済むことだし。
アイツらもアイツらで家の命令で来ている立場である以上、追い返すのも悪い。
不満はあるが、当面の間はいまの生活に耐えるしかないだろう。
「……本当に? 本当に問題ないか? 遠慮なく言ってくれていいんだからな? そもそも私は若い男女が同じ屋根の下で暮らしているのは反対なんだ。できれば私の家で匿いたいくらいだ。いや、そうすべきじゃないか? やはりいまから一緒に住まないか? うち凄い豪邸だぞ?」
「どうしました急に?」
矢継ぎ早に何を言い出すんだろうこの人。
お疲れですか?
「おっほん! 失礼。とにかく私は総督としても後見人としても君を守るつもりでいる。そのことはどうか忘れないでくれ」
改めて真剣な目で倫子さんは告げる。
「だからこそ君を危険な目に遭わせるわけにはいかない。『何かあったときは息子を頼む』……それがヒナタとの約束なんだ」
有無を言わせない、覚悟が滲んだ顔つきだった。
「私としては、君の力は安全な後衛で活かしてほしいと思っている。だが前線で活躍できる力を示されている以上、君の意思はできるだけ尊重してあげたい」
「だったら……」
「しかし、命を投げ出すような無謀な作戦は認められない」
これでこの話は終わりだ、とばかりに倫子さんは押し黙った。
……やはり、今回も許可は降りないか。
一度は独断で雌鬼の世界に攻め込むことも考えた。
だが、さすがの俺も退魔庁のバックアップも無しに特攻するほど慢心はしていない。
「……君の言うとおり、雌鬼とはいずれ決着をつけなければならない。そのための作戦を練る必要はある」
しばらくして倫子さんは静かにそう言う。
「そのためにも、現段階では後世の育成に尽力すべきだと思っている」
「育成ですか」
「本来なら黙っているべきことだが……君が提供してくれている遺伝子が新世代の底上げに繋がりそうなんだ」
「それって……」
「これ以上は法の決まりで発言できないな」
引退した退魔師はすぐに人工授精で妊娠して、後世の育成に取りかかる。
無論、使われる精子はできる限り霊力値の高い男性のものから選ばれる。
現代で霊力値の一番高い男性。
言うまでもなく俺である。
……だから、まあ、うん。
俺、童貞だけどさ。
たぶん、もうそこら中にいるんだろうね。
法律によって血縁関係は相互に知らせないことになってるけど。
数十年後の退魔師の娘たちが、恐らくほぼほぼ俺の遺伝子を持っていることは、わかりきっているわけで……。
どういう気持ちでいればいいんだろうな~?
「約束しよう。未来の退魔師たちを今世代よりも強くしてみせると」
倫子さんはそう断言した。
「それが実現したとき……本気で考慮しよう。向こうの次元へ攻め込むことを。この返答で、いまは満足してくれないか?」
「……わかりました」
納得はしていない。
でもいまはこの人を説得できる材料がない。
だから……布石だけは打っておこう。
「戦力の底上げができれば考慮していただける、ということですね総督?」
「なに?」
「できることなら俺だけで攻め込みたいところですが……一応、伝えておいてくれませんか?」
「誰に? 何を?」
「【
「っ!?」
【
日本8地方区分、各地の現役最強格である退魔師の総称だ。
関東最強である俺、黒井戸雄護。
北海道最強、
東北最強、
近畿最強、
中部最強、
四国最強、
中国最強、
九州最強、
7名の内、数名とは母との雌鬼退治の旅の際に出会い、一度刀を交えた。
いずれも紙一重の勝利だった。
あれから数年、彼女たちもさらに成長しているだろう。
そして、もしも俺の意図を汲んでくれたのなら、現状の実力に甘んじないはずだ。
「『黒井戸雄護は雌鬼の次元に攻め込む有志を募っている』。それだけを伝えてくだされば結構です」
「……本当に、そっくりだよ。そういうところがヒナタに」
倫子さんは深く溜め息を吐いた。
「よかろう。伝えるだけはしておく」
「感謝します」
「構わない。子どものワガママを聞いてあげるのも親代わりの務めだ。もっとも私にその資格があるかは、わからないがな」
そう言って倫子さんは切なげに下腹部に手を置いた。
「私は跡継ぎを残すという退魔師として最後の務めを果たせなかった女だ。だから総督になることが私の使命だと悟った」
……倫子さんは雌鬼との戦いで、子を産めない体になったと聞く。
歳月が経ちすぎているあまり、俺の墨柘榴でも修復することができない。
「総督として、親代わりに相応しくない指示を君にすることもあるだろう。それでも私は──君を本当の息子のように思っている」
「……理解していますし、感謝もしていますよ」
なんだかんだで、母さん亡き後、俺が無事に暮らせているのはこの人のおかげだからな。
意見が対立することはあっても、恨むはずがない。
「だからその……一応、あなたのことは第二の母だと思っていますよ」
今日はちょっと重苦しい空気にしてしまったからね。
普段は照れくさくて言わないけど、素直な気持ちを伝えておく。
「っ!? そ、それは本当かユウたん!?」
「ユウたん?」
「そうかそうか! 母のように思ってくれているのか! な、ならたまには『総督』なんて堅苦しい呼び名ではなく『母さん』と呼んでくれていいのだぞ? 私としては『ママ』が望ましいが」
「どうしました急に?」
やっぱりお疲れなの?
「やっぱり今日、家にくるか? ご飯作ってあげるから。好きなものいっぱい作って……」
コンコンコンとドアが鳴る。
「あの~、お話はそろそろ終わりました~?」
ノックの返事も聞かず扉が開く。
扉の隙間から護衛として待機させていた七乃花がヌッと顔を出す。
なぜかゴゴゴゴという圧が鳴りそうな笑顔を浮かべていた。
こえーよ。
「そろそろ登校のお時間なので、一応お声かけさせていただきま~す」
「おっと、もうそんな時間か」
退魔師として活動している俺たちだが、一応昼間は学生として学園に通っている。
「そういうわけなので、今日はこれで失礼します。お時間いただきありがとうございます」
「……もう行っちゃうの?」
なんでそんな捨てられた子猫みたいな目するんですか?
「ささ、雄護くん遅刻しますよ? 行きましょう行きましょ」
「あ、ああ。わかっているから急かすな」
七乃花に煽られて総督室を出る。
早足で玄関まで向かう。
「……雄護くん。気をつけてくださいね? 総督の家に行くことだけは」
道すがら、七乃花がそんなことを言う。
「え? どうして?」
「なんとなくイヤな予感がするからです。乙女の勘と申しましょうか」
乙女の勘。
元の世界で言えば戦士の勘みたいものだろうか?
……そんなレベルで警戒される倫子さんっていったい?
「行ったら最後。雄護くんが……赤ちゃんにされる気がします」
「赤ちゃん!? どゆコト!?」
「とにかく、いくら後見人だからといって気を許しすぎないでくださいね?」
「厳しい人だが、悪い人ではないぞ?」
「だからこそタチが悪いです。とにかく、約束ですよ?」
「お、おう」
よくはわからないが七乃花が珍しく強く念押ししてくるので、ここは頷いておく。
「……雄護くんのお世話をしていいのは、私だけですもん」
「え?」
「なんでもありません♪ 独り言です♪」
結構聞き捨てならないこと言った気がするけど、追及はやめておこう。
なんか怖いし。
「ささ、羽月ちゃんたちと合流して急いで登校です♪」
「そんなに慌てることもないけどな」
なんせ退魔庁のすぐ横にある学園だし。
退魔養成機関、
退魔師のみが通う特殊な学園。
俺が13歳から通っている、学び舎である。
■
誕生日 11月24日 射手座 血液型 A型
T172cm/B135cm(U cup)/W62cm/H98cm
・鬼哭刀:(使用不可)
・霊気孔:額 下腹部 尾骨
・趣味:育児雑誌通読 子どものお世話 赤ちゃんの動画視聴
・習慣:エステ お世話人形で遊ぶ 雄護の近況確認
・好きな食べ物:鯖味噌 日本酒
・好きなタイプ:甘やかしがいのある年下