貞操逆転世界の退魔師   作:青ヤギ

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雄護はむっつりスケベ?

 

 

    * * *

 

 

 夕日が沈み始めた時刻。

 夕飯が済んだ黒井戸宅では、退魔庁の指令通り、全員が待機をしていた。

 そんな折、

 

「雄護はむっつりスケベだと思うんだ」

 

 暇を持て余してか、ユアが唐突にそう切り出した。

 

「そうですか。ユアちゃんは明日の朝ご飯抜きです」

 

 夕飯の食器を片付けている七乃花が笑顔で言った。

 目は笑っていなかった。

 

「待ってナノちゃん。私は真剣なんだ」

「それはより悪質ですね。ユアちゃんは3日間断食です」

「死んじゃうよ!?」

「雄護くんにあらぬ疑いを向ける人にはお仕置きが必要ですもの~」

「なんで包丁持ってきたの? 晩ご飯済んだよね? あ、デザートのフルーツ切ってくれるんだよね? ちょっと待って。近づいてこないで怖い怖い怖い」

「七乃花さん落ち着いて!」

 

 見かねた羽月が七乃花を止める。

 しかし羽月も怒りの眼差しをユアに向けた。

 

「まったく、なんて戯れ言をおっしゃるのあなたという人は!」

 

 七乃花が激怒するのも無理はない。

 よりによって敬愛する護衛対象を()()()()と揶揄するとは。

 雄護を慕う羽月も黙ってはいられなかった。

 もしもいまリビングに当人の雄護がいたらどうなっていたことやら。

 

「そもそも世の殿方は女性らしい体つきを見たら普通は嫌悪感を示すものでしょ!」

「……そうだよ。普通ならそのはずなんだよ」

「え?」

「でもさ。雄護が一度でもそんな態度を取ったことある?」

「「っ!?」」

 

 ユアの何気ない指摘に、羽月と七乃花も押し黙った。

 彼女らも覚えがあるからだ。

 これまで生きてきて散々向けられてきた男たちからの忌避の目線。

 ところが雄護からそういったものを感じたことはない。

 素っ気ない態度は他の男と同じにもかかわらず。

 

「そ、それは……雄護様が態度を表に出さない紳士だからよ!」

「はたしてそうかな? 私の目からだと雄護は女の体に興味津々に見えるんだよね」

「どうしてそう思うんですかユアちゃん?」

「今日、着替え中の教室に雄護が入ってきたでしょ?」

「え、ええ……」

 

 そのときのことを思い出して羽月と七乃花は羞恥で顔を赤くした。

 女性としてあまりにも過剰に発育した、はしたない体。

 そんなものを思い人に見せてしまったのだから。

 

「普通の男ならあそこで悲鳴を上げるはずじゃん? 目を逸らすはずじゃん?」

「で、ですから雄護様がそれだけ我慢強いからで……」

「ところがどっこい。雄護は目を逸らすどころか教室をガン見してたわけよ」

 

 横で雄護の様子をずっと観察していたユア。

 雄護以外の男を嫌うユアにとっては、彼らの些細な挙動にも敏感だ。

 だからこそわかる。

 あのときの雄護は、間違いなく若い女体に興味津々だったと。

 

「そこで思い出したんだよ。雄護は私の霊衣姿、特に霊気孔部分をよく見てるな~って」

 

 霊気孔を露出するためのスリット。

 即ち肌が見える際どい部分である。

 

「そ、そんなバカな……」

「でも、ふたりも覚えがあるんじゃない?」

 

 羽月と七乃花は再び押し黙った。

 それも覚えがあるからだ。

 

「いえ、でもアレは退魔師として私たちの霊気孔を観察していただけかも……」

「いや違うね。雄護はやっぱり女体に関心があるんだよ。特に胸に」

 

 一番視線を感じる部分。

 ユアにとってそれは胸であった。

 だからこそユアは確信を持って断言する。

 

「そう! 古の言葉で言うなら雄護は『おっぱい星人』だよ!」

「雄護くんに変な称号つけないでくれます?」

「スト~ップ、ナノちゃん! 大事な話はここからなの!」

 

 再び包丁を向ける七乃花を警戒しつつユアは主張を続ける。

 

「もしも本当に雄護が女の子の体に興味があるなら、それは世界の救済に繋がるんだよ!」

「「世界の救済?」」

「ふたりも聞いてるでしょ? 退魔師の霊力が出産と加齢で衰えるようになったのは自然受胎をしなくなったせいだって」

「それは知っているけど……あくまで迷信でしょ?」

「でもさ。自然受胎で生まれた雄護が霊力を操れるんだよ? 無関係とは言えないんじゃないかな?」

「そ、それは……」

 

 究極の退魔師である黒井戸ヒナタ。

 そして聖夫と謳われ、清い霊力を秘めていた黒井戸英雄(ひでお)

 そんな奇跡の夫婦の間で生まれた雄護は、世界初の男退魔師として最強の座を手にした。

 自然受胎が一種の儀式であるならば、そこからスピリチュアルな憶測が生じるのも無理からぬ話だ。

 

「皆には黙ってたけど私、実家から言われてるんだよね」

「何をですか?」

「『可能であれば黒井戸雄護の心を射止めて引退後に子を為せ』って」

「っ!? あ、あなた!」

「おっと、責められる謂われはないよ? そっちだって似たような指示はされてるんじゃない?」

「うっ」

「……不本意ではありますが。ユアちゃんのおっしゃる通りです」

「やっぱりね。どこの家の大人も考えることは一緒だね」

 

 世界初の男退魔師。

 可能であるならば、その子孫を自然受胎で生みたい。

 そして、その稀な素質が継承されるのか。

 あるいはさらなる進化をするのか。

 それを確認したいと、退魔名家ならばそんな思惑を浮かべるものだ。

 

「私たちは引退後、確実に雄護の子種で人工授精するだろうけどさ……それで満足?」

「な、何が言いたいの?」

「どうせ子作りするならさ、愛し合って生みたいじゃん? 好きな人との間で」

「あなた! 何を言っているかわかっているの!?」

「うん。引退後、皆で雄護とエッチしない?」

「不敬ェェェ!!!」

 

 取り繕いもしないユアの爆弾発言に羽月は激怒した。

 噴き出す鼻血は決して興奮によるものではない。

 

「無礼者がァ! あの雄護様が女性とセッ……か、体を重ねるはずがないでしょお!?」

「でも実は雄護がその気だったら?」

「え?」

「雄護が本当にむっつりスケベなら……私たちと子作りすることにも抵抗がないんじゃないかな?」

「な、なななな!?」

「だから一緒に確かめてほしいんだよ。雄護が女に興奮する変わり者なのかどうか」

 

 至って真剣な顔でユアはそう提案する。

 

「雄護が自然受胎に協力的なら、私たちにとっても世界にとっても悪い話じゃないでしょ?」

「だ、だからって雄護様にそのような不躾な疑いを向けるだなんて」

「雄護は他の男と全然違う。そんな雄護だったら特殊な性癖があっても不思議じゃない」

「性、癖っ!?」

「そもそも雌鬼が出現する以前の時代は男も普通に性欲があったらしいじゃない?」

「れ、歴史の教科書によれば、そうらしいわね。とても信じがたいけれど……」

「なんなら貞操観念すらも逆だったって話だよ? あんまりイメージできないけどさ」

 

 そう。すべては雌鬼の存在によって、世界は狂い始めた。

 男女の役割も。在り方も。

 ならば、とユアは続ける。

 

「雄護と私たちで、世界をあるべき姿に戻すんだよ!」

 

 ユアはあたかも教祖のごとく手を広げて声高に言った。

 

「だからふたりとも! 雄護の秘密を暴いて将来……乱交しよう!」

「結局あなたがそうしたいだけでしょ! 七乃花さんも何か言ってあげてください!」

「……私、ユアちゃんに協力します」

「七乃花さん!?」

 

 唯一の味方と思っていた七乃花の思わぬ裏切りに、羽月は目を丸くした。

 

「どういうおつもりですか七乃花さん! あなたともあろう方が!」

「私、雄護くんのことをちゃんと理解したいんです」

「え?」

「もしもユアちゃんの言うとおりだとしら、雄護くんはずっと我慢しているかもしれないんですよね?」

「が、我慢?」

「本当は女の子の体に興味津々なのに、事情があって隠しているかもしれないんですよね?」

 

 だったら、と七乃花は続ける。

 

「私は雄護くんのすべてを受け入れてあげたい。たとえどんな性癖だって」

「え、ええ~……」

「もちろん雄護くんが本気で踏み込んで欲しくないのなら手を引きましょう」

「そ、そうですよ。やめときましょうよ~」

「でも、いまこの瞬間も見えないところで雄護くんが心の悲鳴を上げているとしたら?」

「え?」

「女の子の胸を見たい、触りたい……そう嘆きながら救いの手を待っているとしたら?」

「ど、どうするんですか?」

「私は見せてあげたい! 触らせてあげたい!」

 

 七乃花の瞳に宿っているのは欲望ではない。

 ただただ愛する者の願望を理解して、それを叶えてあげたい。

 そんな強い使命感であった。

 

「さあ、羽月はどうするの? 私たちを止める? それとも協力する?」

「わ、私は……」

「ナノちゃんの言うことも一理あると思わない? 本気で雄護のことを考えるならさ」

「雄護様のことを……」

「真の護衛ならさ、理解してあげようよ。主人の真の姿を」

「あばばば」

 

 羽月の中の良心と忠誠心がぶつかり合う。

 その隙を狙ってユアが耳元に囁く。

 

「素直になっちまえよ~。おたくも嬉しいだろ~? 雄護がスケベな男だったらさ~」

「ああ~、わ、私は~」

「安心しなって。もし違ったら全部私のせいにしてくれていいからさ」

「ほ、ほんとにぃ?」

「ユア、嘘ツカナイ」

「……」

「どうする?」

「きょ、協力しましゅ~」

 

 よしっ、とガッツポーズするユア。

 

 まだ退魔庁から指令が来る様子はない。

 それまでに目的を完遂するとしよう。

 

「それではこれより『オペレーションO(おっぱい)』を開始する」

 

 少女たちには想像もつかなかった。

 雄護の性欲がどれだけ強いかを。

 仮にむっつりスケベだとしても、まさか自分たちと同じ、あるいはそれ以上に異性の体に飢えているはずがないと。

 まさか退魔師の使命を忘れて襲いかかってくるような真似はしないだろうと。

 歪な貞操観念の世界に生まれ育った少女たちは、無意識下でそう思い込んでしまった。

 即ち、これは無知による悲しきすれ違い。

 

 雄護のあずかり知らぬところで最大のピンチが訪れようとしていた。

 

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