貞操逆転世界の退魔師   作:青ヤギ

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胎界

 

 

    * * *

 

 

 ──息子が退魔師に攫われた。

 

 退魔庁にその通報が入ったのは1時間前。

 警護していた退魔師たちは襲撃を受け負傷。

 彼女らの報告によれば、男を攫った退魔師は()()()()退()()()()()()姿()()()()()()とのことだった。

 

 捜索に当たっていた別動隊は報告を受け、すぐに追跡。

 男を抱えて逃走する退魔師を発見したところで、俺たちの班にも指令が降りた。

 

 現在、追跡中の別動隊と合流すべく移動中だ。

 

 夜の街を、いつものように疾走する。

 霊力で強化された脚力は超人並の速度を発揮する。

 短距離走選手でも追いつけないスピード。

 急速に流れていく視界はもはや見慣れた光景だったが……。

 

 今夜に限っては、その速度に違和感を覚えていた。

 

「(……いつもより足が軽すぎないか?)」

 

 速い。

 あまりにも速すぎる。

 いくら霊力で強化しているからといって、こんなにも速く走れただろうか?

 

「雄護様! あまりおひとりで先行なさらないでください!」

 

 もうひとつ驚くべきこと。

 羽月がこのスピードに追走できているということだ。

 先ほどから俺の横をずっと並走している。

 振り切られる様子もない。

 

「ちょ、ちょっと! ふたりとも速すぎるって! ナノちゃんが追いつけないよ!」

「ユ、ユアちゃんすみません。抱えながら飛んでいただいて……」

 

 対してユアと七乃花は後ろから必死に追っている。

 足では追いつけないと判断してか、ユアが七乃花を抱えて飛行状態となっている。

 スピードなら俺たちの班で随一のユアですら追いつけていない。

 

 明らかに異様だ。

 俺と羽月の体に、何らかの変化が起きているのは間違いなかった。

 

 だが、いまは任務中だ。

 精査している暇は無い。

 こうしている間にも攫われた一般男性の命が危険に曝されているのだから。

 

「っ!? 雄護様! この先に異様な気配を感じます!」

 

 羽月が唐突にそう言う。

 異様な気配だと?

 俺は何も感じないが。

 

 ……いや、いまさっき俺も感じ取った。

 何だこれは?

 退魔師の霊力……のはずだが。

 雌鬼の邪悪な霊力が混ざり合ったような。

 そんな気配も感じる。

 

「こっちか!」

 

 気配のある場所に辿り着く。

 目を背けたくなるような光景が、そこには広がっていた。

 

「ギッ、ガッ! ア、アアアアアア……!!」

「ヤ、メ、テテテテテテテテテテテ……!!」

 

 巨大な人型の虫がいた。

 ……いや、違う。

 合流する予定の退魔師の少女たちだった。

 

 彼女たちの体から、虫の羽、触覚、脚が次々と生えていく。

 

「ギィィィィ! ギィィィィ!」

 

 彼女たちの頭部に、巨大な蜂のような生物が奇声を上げている。

 その蜂は針を直接、少女たちの頭に突き刺していた。

 雌鬼の邪悪な霊力はそこから漏れていた。

 

「消し去れ──【墨柘榴】!」

「ギギャアァァァ!!?」

 

 即座に墨柘榴の墨で少女たちの全身を包む。

 蜂型の異形と、雌鬼の影響下にある部分のみを消し去り、修復する。

 

「かはっ!? はぁはぁ……」

「も、戻ってる……私たちの体」

 

 墨から出てきた少女たちの体は、元の状態へと戻っていた。

 間に合った。

 完全に変異してしまっていたら、墨柘榴でも修復できるかわからなかった。

 

「応援部隊の黒井戸雄護だ。状況は説明できるか?」

「く、黒井戸様!? お救いいただき、何と感謝したらよいか!」

「礼は後だ。追跡していた対象はどうした?」

「も、申し訳ございません……追跡の途中であの蜂のようなものに襲われ、見失ってしまいました……」

 

 あの蜂は少女たちに寄生して体を作り替えようとしていた。

 恐らく、今回の雌鬼はあのやり方で退魔師を手駒にしているのだろう。

 なんとも悪趣味だ。

 

「あとは俺たちが受け持つ。お前たちは帰還して直ちに治療と検査を受けろ」

「い、いえ! 我々もお供を!」

「俺の鬼哭刀で修復したのは肉体だけだ。消耗した体力は戻せない」

「し、しかし……」

「はっきり言う。足手まといだ」

「くっ……わかりました」

 

 墨柘榴で修復したとはいえ、あれほどの肉体変化の消耗は凄まじいものだろう。

 予後も考慮して彼女たちはここで帰すべきだ。

 救護班に連絡を入れ、追跡を開始する。

 

「それにしても見失ったのは厄介だね。どうやって探す?」

「まだそう遠く離れてはいないと思いますが……」

 

 ユアと七乃花の言うように問題は操られた退魔師を見失ってしまったことだ。

 

 操られた退魔師が男を攫ったのなら、必ず巣に持ち帰るはず。

 なんとかその巣の場所を特定せねばならないのだが……。

 

「雄護様。私、敵の居場所がわかるかもしれません」

「なに?」

 

 羽月が戸惑うように口にする。

 言っている本人が一番驚いているようだった。

 

「さっき変異しかけていた彼女たちと、似た気配を遠くに感じるんです。それも無数に」

「まさか、そこが」

「はい。今回の雌鬼の巣と思われます」

「羽月、お前……」

 

 まさか身体能力だけでなく、感知能力まで向上しているのか?

 

 雌鬼を探るための感知能力。

 それは退魔師によって個体差がある。

 羽月はそこまで感知能力が鋭敏というわけではなかったはずだが……。

 

「……確かに羽月ちゃんの言うとおり、あちらから異質な気配を感じます」

 

 俺たちの中で最も感知能力が優れている七乃花がそう断言する。

 七乃花ですら神経を研ぎ澄ませなければ気づけなかった気配。

 それを羽月が先に感じ取った。

 

 どうやら、いまは羽月の強化された感知能力に頼るしかないようだ。

 

「羽月。お前が先行して案内しろ」

「は、はい! 承りました!」

 

 普段なら単独行動しているところだが、今回は状況が状況だ。

 護衛の少女たちと共に、雌鬼の巣を目指した。

 

 

    * * *

 

 

 退魔庁の最新技術によるレーダー探知は、事前に雌鬼の襲来を予測可能とした。

 曰く、雌鬼が出現する空間には、歪みが生じるらしいのだ。

 トンネルを開通させるには、とうぜん穴を開ける必要がある。

 言うなれば、その開通作業を察知できるというわけだ。

 俺たち退魔師が事前に雌鬼の出現に備えることができるのも、そのレーダー探知によるおかげだ。

 

 ……だが例外も存在する。

 せっせと穴を掘るのは第一から第二等級のような雑魚だけ。

 しかし第三等級以上のような強力な個体は、予兆を悟らせる間もなく、一瞬で次元を越えてくる。

 

 さらに厄介なのは、潜伏するための隠れ蓑を造ることだ。

 次元の狭間で生成される亜空間。

 これには特殊な艶術がかけられており、レーダー探知でも引っかからない。

 

 亜空間の名を【胎界(たいかい)】と呼ぶ。

 雌鬼がこの【胎界】から出てくるか、あるいは感知に秀でた退魔師でなければ場所を特定できない。

 ……そして俺たちは後者の方法で、その【胎界】を見つけ出した。

 

「ありました。【空唇(くうしん)】です」

 

 何もない空間に、縦に伸びる歪み。

 亜空間の入り口である【空唇(くうしん)】がそこにあった。

 退魔庁に雌鬼の居場所を特定したことを報告し、万が一のための応援を要請しておく。

 

「この先は雌鬼のテリトリーだ。気を引き締めろ」

 

 鬼哭刀で一閃して、穴をこじ開ける。

 【胎界】はその雌鬼にとって最も有利な自己領域だ。

 言うなれば敵の城に攻め込むようなもの。

 だがここで怖じ気づくようでは退魔師はやっていられない。

 

「何があっても雄護様をお守りします」

「久しぶりにやりがいがある任務だね~」

「私も、必ずお役に立ってみせます」

 

 護衛の少女たちも覚悟は充分のようだ。

 俺たちは【胎界】の中へと飛び込んだ。

 

 

    * * *

 

 

 入って真っ先に感じたのは、咽せるほどに甘ったるい匂いだった。

 

「これは、蜜の匂い?」

「うえっ。まるで大きな蜂の巣の中に入ったみたいだね」

 

 景観もまさに蜂の巣のような正六角形が並んだハニカム構造だった。

 集合体恐怖症というわけではないが、ずっと見ていると気が狂いそうな空間だ。

 

「っ!? 前方から敵襲!」

 

 羽月の掛け声で全員が鬼哭刀を構える。

 ドォッと、空間を裂くような爆音を耳にする。

 肉眼では捕捉できない敵影。

 俺はすぐさま【金の魔眼】を発動した。

 

 動きが緩やかになる視界。

 弾丸のごとき速度でこちらに向かってくる蜂の異形を捉えた。

 俺たちに寄生して傀儡にする気か。

 そうはさせない。

 

「防げ──【墨柘榴】」

 

 墨で障壁を作る。

 墨に衝突した巨大蜂は無惨に消滅した。

 

「た、助かりました雄護くん」

「うわ、瞬殺じゃん。あんなバカ速い相手によく動けたね」

「さすがです雄護様!」

 

 護衛の少女たちが俺の素早い対応に目を見張る。

 だが俺自身も驚いていた。

 

「(魔眼の精度も上がっている?)」

 

 あの蜂はほぼ音速に近い動きをしていた。

 その動きですら【金の魔眼】の視界では止まっているかのように見えた。

 墨の生成速度だって、蜂のスピードを越えていた。

 やはり全体的に能力が強化されている?

 

「っ!? また来ます! 次は私が!」

 

 再び蜂の接近を感知した羽月が前に出る。

 

「燃やし尽くせ──【紅鳳蝶(くれないあげは)】……きゃっ!?」

「っ!?」

 

 赤い刀身から凄まじい炎が膨れ上がる。

 炎は巨大な蝶の形をとって、無数に散っていく。

 

「ギィィィィィィ!!!?」

 

 蝶の群れは、そのまま炎の壁を作り、接近してきた蜂を丸焼きにした。

 かつて見たことのない【紅鳳蝶】の火力だった。

 

「あっつあつ! ちょっと羽月! 火の粉こっちまで飛んでるって!」

「ご、ごめんなさい! 出力がうまく調整できなくて!」

 

 羽月も己の鬼哭刀の過剰な出力に困惑していた。

 

「どうしちゃったのさ羽月? さっきからずっと別人みたいに強いじゃん」

「私にも、よくわかりません。ただエネルギーが満ちあふれてくるような気がして……」

 

 俺も羽月と同じ感覚をずっと味わっている。

 羽月と肉体的接触をしたことで、その状態が続いている。

 いったい、この現象はいったい……。

 

「羽月。お前は探知に専念しろ。鬼哭刀の能力は極力使うな」

「は、はい」

 

 とにかく、強力な炎を出せたとしても振り回されていては意味がない。

 いまの羽月には強化された感知能力を活かしてもらおう。

 

「雌鬼の居場所はわかるか?」

「……この空間の最奥に、巨大な気配を感じます」

「間違いなくソイツだな」

 

 巨大蜂の奇襲を捌きつつ、俺たちは最奥を目指して進んだ。

 

「……この気配、退魔師!? いや、でもこれは……」

 

 途中で立ち塞がる複数の人影。

 霊衣と鬼哭刀。

 失踪した退魔師たちだった。

 

「ウ、ウゥ……」

「オ、オォ……」

 

 だがその顔色は……すでに死者のものだった。

 それにもかかわらず、呻き声を上げながら彼女たちはまっすぐこちらに向かってくる。

 

「……グギャアアアアアアアア!!!」

 

 奇声と同時に、顎がありえないほどに開く。

 メキメキと音を立てて、少女たちの体から虫の羽、触覚、脚が生えてくる。

 見る見るうちに、少女たちは人の形を失っていった。

 

「ひっ!?」

 

 おぞましい変異を前に七乃花が息を呑む。

 

「なんて……惨い真似を!」

「アレは、もう人間じゃない……雄護、ひと思いに終わらせてあげよう」

「ああ……」

 

 ユアの言葉に頷き、墨柘榴の墨を浴びせる。

 死して尚、体を醜く弄られ、雌鬼の手駒として使役される少女たち。

 そんな残酷な運命から解放する。

 

 せめて。

 せめて死体だけでも、綺麗な状態に戻らないか。

 そう期待して、墨を解除する。

 

 少女たちの骸は、完全に消滅していた。

 

 もう手遅れだったのだろう。

 手足の先まで雌鬼の類いだと、墨柘榴が判断したのだ。

 

「……どこまでも徹底したやつだよ、お前は」

 

 分身でもある長年の相棒に向けて、皮肉をこぼす。

 

 また、少女たちの未来が閉ざされた。

 いつまで経っても、慣れるものではない。

 慣れてはいけないと思う。

 

 ああ、本当にこの世界はクソだ。

 どうして彼女たちばかりが、こんな過酷な運命を背負わなければならない?

 まだ10代の女の子だぞ?

 やりたいことがあったはずだ。

 叶えたい夢があったかもしれない。

 せめて、もう一度、家族や友人の顔を見たかったかもしれない。

 

 なぜ退魔師ってだけで、こんな目に遭わなければならない。

 それが使命だから?

 ふざけるな。

 偉そうな御託を並べて誤魔化そうとするなよ。

 こんなことが日常になっちゃいけねえんだよ。

 

 だから、ずっと言っているんだ。

 早く、雌鬼を滅ぼすべきだって。

 解放させろよ、戦いから彼女たちを。

 これから生まれてくる女の子たちに託したりするなよ。

 

 ちくしょう。

 腹が立つ。

 自分自身に。

 彼女たちを救える力が、俺にはあるのに。

 肝心なところで、救えなかった自分が許せない!

 

「雄護様」

 

 羽月の声で、意識が現実に引き戻される。

 

「彼女たちを殺めたのは雌鬼です。あなたではありません」

「……」

「あのままでは彼女たちは身内にすら手をかけていたかもしれない。雄護様は、そんな彼女たちをお救いになったのです」

 

 だからどうかお気を確かに、と羽月が言う。

 

 深く息を吸って吐く。

 そうして冷静さを取り戻す。

 

 そうだ。

 この怒りは、こんな悲劇を起こした雌鬼に向けるべきものだ。

 

「お前に言われるまでもない。行くぞ」

「はい」

 

 素直に感謝を伝えるべきだったと思う。

 しかし出てくるのは、もう癖として身についてしまった素っ気ない言葉。

 それでも、羽月は俺の後ろに続いてくれた。

 

 改めて思う。

 一秒でも早く、こんな嫌われ者を演じる必要がなくなる。

 そんな世界にしたいと。

 

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