「お見事でした、雄護様!」
「結局、アイツ第四等級じゃなかったんだ。なんか呆気ないね~」
「でも全員無事でなによりでした!」
護衛の少女たちが、勝利を分かち合う。
「うぅ、痛いぃ……血が止まらないよぉ……」
と、先に怪我した小太りの少年の傷を治さないとな。
墨柘榴の墨で修復する。
「あ、あれ? 治ってる?」
「もう心配ない。この後、救護班が駆けつけてくる。検査で問題がなければ家に帰れる」
少年を落ち着かせるべく、そう声をかける。
「お前……こ、この役立たず!」
少年の口から出てきたのは礼ではなく、罵倒であった。
「お前がぼんやりしてたせいで、怪我したじゃないか! 死にかけたんだぞ!? どう責任取る気だ! 退魔庁に訴えてやるからな!」
少年はヒステリックに喚き始めた。
「ちょっと、何その言い方? 雄護がいなかったら、そもそも助からなかったじゃない!」
少年の発言でユアが怒りを示す。
「だいたい怪我したのはアンタが騒いだせいでしょ! 自己責任じゃん!」
「うるせー! 俺様は男だぞ!? 女が説教してんじゃねえ!」
「……チッ……これだから雄護以外の男は……」
ユアはもう口もききたくないとばかりに顔を逸らした。
「あーあー! 精神的にも傷ついたな~! 俺様が提供する精子が無くちゃ人類は滅ぶってのにさ~! やめちゃおうかな~精子提供~」
「……雄護くん。気にされる必要ありません。あなたは最善を尽くされたのですから」
怒気を抑え込んだ七乃花がそうフォローを入れてくれるが……。
俺は罵倒を甘んじて受け入れる。
実際、言い訳はできない。
一般人に少しでも怪我をさせてしまったのなら、それは俺の失態だ。
俺に反論する権利はない。
「いい加減になさい!」
パシン、と破裂音が夜空に響いた。
誰もが唖然とする。
少年の頬を叩いた羽月に対して。
「……ぶ、ぶったああああああああ!」
頬を腫らした少年はますます感情的に泣き喚いた。
「女がぁ! 女が男に暴力ふるったぁ! 訴えてやるぅ! ママにも言いつけてお前の家なんて取り壊させてやるぅ!」
「黙りなさい!」
「ぴっ!?」
「どうして……あなたたちは、いつもそうなのです! 命を救ってくださった人に、感謝のひとつも言えないのですか!」
かつて見たことのない荒ぶりを見せる羽月。
その圧に、少年も、俺たちも押し黙ってしまった。
「雄護様は、あなたを救うため、危険に身をさらしたのです! 武器も持たず、丸腰で!」
「で、でも、ソイツ強いんだろ? だったら、べつに最初から怖くなんか……」
「……私たち退魔師だって、人間です」
「え?」
「怖いに、決まっているでしょ! いつだって私たちは『今日死ぬかもしれない』という恐怖の中で戦っているんです!」
拳を握りしめて、羽月は激昂する。
「それなのに、救った人から感謝もされず、罵倒されては……心がすり減っていく。何のために戦っているのか、意義を見失ってしまう!」
羽月の発露に、ユアと七乃花も思うところがあってか、悲しげな顔を浮かべる。
「だから、もうこれ以上、雄護様を傷つけないで! 不満があるなら私に言えばいい!」
「もういい、羽月」
「雄護様! しかし……」
「いいんだ」
驚いた。
真面目な羽月が、まさか男に手を上げて、説教までするだなんて。
……だが、おかげで。
少し、気持ちが楽になった。
「ありがとう、羽月」
「え!?」
俺の放った言葉に、羽月だけでなくユアと七乃花も驚きの顔を浮かべる。
「雄護が、お礼を言った……?」
「初めて、聞きました……」
そう。
俺もずっと言ってこなかった。
嫌われ者を演じるなら、言うべきじゃないのに。
でも。
いまは伝えるべきだと思った。
「雄護様……そんな、私はただ……はうっ」
真っ赤になった顔を、羽月が手で覆い隠す。
よほど照れくさいのか「う、うぅ~」と身悶えしている。
「う……うぅ……うぅううううっ!?」
「羽月?」
待て。
何か様子がおかしい。
羽月の露出した素肌。
そこに毒々しい紫色の線が浮かび上がる。
「うわああああああああ!!!?」
「っ!?」
苦悶の絶叫。
それと同時に。
羽月の体から、蟲の脚が生えた。
「……諦めない……わたくしは必ず、第四等級になる!」
「っ!? この声は!」
「
そんなバカな!
まだ生きていたのか!
「ひぃ!? ま、またバケモノが……あっ……」
おぞましい光景を前に少年は気絶した。
倒れ伏している一般人たちを背にして、俺たちは再び鬼哭刀を抜く。
「くくく。一匹でも我が仔が残っていれば、それをわたくし本体として移り変わることができる! 残念でしたわね!」
羽月の頭部に巨大蜂が針を刺している!
羽月が動揺している瞬間を狙って寄生したというのか!?
「この女を器にして、わたくしは復活する! これまでもそうして生き延びてきたのよ!」
「あ、アア、アァァァ!!」
「さあ、衣装替えの時間よお嬢さん! わたくしへと生まれ変わりなさい!」
メキメキと音を立てて、羽月の体が急速に人外へと変質していく。
「羽月ぃ!」
「そんな……羽月ちゃん!」
「くそっ! 墨柘榴!」
寄生された羽月の体を戻すべく、墨柘榴を向ける。
だが……。
「っ!?」
「雄護? 何してるの! 早く墨柘榴を!」
「羽月ちゃんが人間でなくなってしまいます!」
わかっている。
さっきだって寄生されかけた少女たちも墨柘榴で修復できた。
しかし……。
墨柘榴が告げているんだ。
いまの羽月に墨を浴びせれば、どうなるか。
「賢い鬼哭刀だこと! わかっていらっしゃるようね! この女の体がすでに雌鬼そのものになっていることを!」
そう。墨柘榴は雌鬼に関わる事象をすべて消滅させる。
だから雌鬼によって与えられた傷も癒す。
日を跨がなければ蘇生もできる。
だが……。
そればかりは、戻すことはできない。
墨柘榴が消すのは、雌鬼そのものだから。
変異しかけの、上書きされる手前ならば、確かに修復できた。
だが完全に変異した退魔師たちは骸すら残らなかった。
その時点で、結果がどうなるかは証明されている。
いまの羽月に墨柘榴を向けるということは。
羽月諸共、消すということだ。
「本体であるわたくしの侵蝕率を侮らないでくださいまし! この女はもう手遅れですわ!」
「嘘……嘘だ!」
「いやです……こんなのいやです!」
「仲間に手をかけるだなんて、できませんわよねえ!? わたくしの勝ちですわ! このまま逃げ延びて、次こそは第四等級に!」
「させ、ない!」
「っ!?」
異形と化した羽月の手が、自らの足に鬼哭刀を突き刺す。
「……雄護様、いまです。私の意識が残っている内に、トドメを……」
「羽月! お前は……」
「あなた様の手にかかるなら、本望です……」
「バカを……バカを言うな!」
「お願いします……このままでは私は、人を、仲間を、家族を……あなた様まで傷つけてしまう。そんなのは、いやです……」
「羽月……」
「私の心が、残っている内に……終わらせてください……」
複眼と化した目から、雫がこぼれる。
「羽月は、幸せでした……雄護様に、お会いできて……」
やめろ。
やめてくれ。
「『よくやった羽月』『ありがとう』……嬉しかったです。ずっと言ってほしかったお言葉を、いただけて……だから、もう思い残すことはございません……」
何を、言っているんだ。
そんな決意をさせるために言ったんじゃない!
「こ、この! 刃向かうな女! いますぐ刀を抜けぇ!」
「さあ、雄護様……お早く……」
やるしか、ないのか?
羽月を救うには、もう雌鬼ごと消すしか……。
「怖くは、ありません……退魔師として生まれた時点で、こうなることは覚悟していたのですから……」
「っ!?」
「だから、どうか、ひと思いに……」
「……ふざけるな」
「え?」
「怖くない、だと? さっきと言っていることが違うだろうが!」
腹が立ってきた。
こんな残酷な運命を受け入れようとしている羽月に。
……諦めかけていた自分自身にも!
「墨柘榴!」
黒い刀身から墨が逆巻く。
まるで俺の怒りを代弁するように。
「てめぇ! 俺の鬼哭刀なら、少しは融通を利かせやがれ!!」
血が滲むほどに柄を握りしめる。
「抗え! 最後まで抗え! こんなクソッタレな末路を肯定しようとするな!」
何が覚悟していただ!
そんな覚悟、いらないんだよ!
そんな覚悟をさせるこの世界が、おかしいって気づけよ!
「変えてやる……俺がこの世界を……お前たち、退魔師の運命を変えてやる!!」
「「「っ!?」」」
「だから、お前も変われ墨柘榴! 俺と一緒に運命を覆せ!」
握る柄がどんどん熱くなる。
まるで炎が燃えるように。
「ああああああああああああ!!!」
月に向かって吠える。
これまで感じてきた、この世界への理不尽。
抑え込んできた嘆き、怒りを、すべてぶちまける。
天にかかげた墨柘榴。
月明かりを跳ね返す黒い刀身。
その刀身の半分が……熱が灯ったように変色した。
「っ!?」
変色したのは刀だけではない。
逆巻く墨さえも。
赤色へと変わった。
「墨柘榴の墨が!?」
「赤に、変色した!?」
とつぜんの墨柘榴の異変。
周りが驚愕する中……俺だけが、すでに冷静さを取り戻していた。
頭に浮かんだ。
この赤い墨の使い方を。
「焼き払え──【墨柘榴】」
赤い墨が変異した羽月の全身を包む。
【雌鬼として上書きされた肉体は戻せない】
ああ、そうか。
だったら、やることは簡単だ。
そんなクソッタレな
【雌鬼として上書きされた肉体は戻せない】
断ち斬り、燃やし、無かったことにすればいい。
──墨柘榴・
「戻ってこい、羽月」
赤い墨が弾ける。
元の姿を取り戻した羽月が宙を舞う。
まるでサナギから、美しい蝶が現れるように。