貞操逆転世界の退魔師   作:青ヤギ

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戦いからの拍手喝采

    * * *

 

 

「バ、バカなぁぁぁぁ!?」

 

 羽月から切り離された蠱蜜(こみつ)

 ただの蜂の形態に戻ったその体は、炎に包まれていた。

 

(ありえないありえないありえない! 体は完全に変異していた! 意識さえ奪えば寄生は完了していた! 戻せるはずがない! なのに……なぜあの女の体は無事に戻った!? なぜわたくしは切り離されている!?)

 

 羽すらも焼かれ、もはや身動きもできなくなった蠱蜜(こみつ)は、ただ混乱するばかりだった。

 

(何だあの赤い墨は!? 能力の消去? いや、そんなものじゃなかった! (ことわり)ごと焼き尽くした!? そんなこと……許されるのか!? 人の手で! そんな理不尽な力をふるうだなんて! まるで……)

 

 まるで第四等級ではないか。

 焦がれ、追い求めてきた雌鬼の最上位。

 ついにその座に至れなかったことを蠱蜜は嘆いた。

 

(ああ、口惜しいぃ……そして遠い! ここまで来れたのに、最後の壁をどうしても突破できなかった! あれだけ男を喰ってきたのに!)

 

 いつからだろう。

 あと少しで第四等級に至れると信じていたのに。

 どれだけ男を貪っても、どうしてか、そこから成長が止まり、一線を越えることはなかった。

 

(やはり選ばれた者にしか、なれないのか? 何が、何が足りなかった!? 壁を越えた連中と、何が違うというの!?)

 

 だが思えば、第四等級に至った雌鬼は元々どこかしら異次元染みていた。

 蠱蜜もその枠に加わりたかった。

 しかし……そこに連なる自分の姿を、蠱蜜はとうとう想像することもできなかった。

 

(ああ……本当はわかっていた……わたくしでは、あの座には至れない……それほどまでに……第四等級(あの連中)の力は常軌を逸している!)

 

 消えゆく意識の中で、思い知る。

 アレこそが真のバケモノたちだ。

 並び立つなど、初めから無理だったのだと。

 

(ああ……こんなことなら……こっちの世界に来るんじゃなかった……ずっと、ずっと、甘い夢に浸っていればよかった……)

 

 後悔をいだいて、蠱蜜(こみつ)は燃え尽きていった。

 

 

    * * *

 

 

「え? 私、体が戻って……」

「羽月!」

「ひゃんっ!?」

「よかった……お前が無事で……よかった」

「んひぃぃぃ!? ゆゆゆゆ雄護しゃま~!? これって抱擁ぉぉぉぉ!?」

「ぬおおおお!? す、すまん!」

 

 しまった。

 嬉しさのあまり、つい抱きしめてしまった。

 羽月の丸出しの背中、思いっきり触っちゃったよ。

 そのせいか、またキスしたときと同じ刺激が全身を駆け巡った。

 危ねえ。あれ以上抱きしめていたらこんな場所で「んほおおお!」って喘ぐところだった。

 

「ちょっ!? ズルいんですけど羽月だけ! 雄護! 私にもハグして!」

「やめろユア! 俺の傍に近寄るなァ!」

「ガチ拒否!? さすがに傷つくんですけど……」

 

 許せユア!

 いま俺とお前たちが体を密着させたら何が起きるかわからないんだよ!

 

「羽月ちゃん!? 大丈夫なんですか! お顔が淑女がすべきものじゃなくなってますよ!?」

「ほにょぉぉぉ~! また体が熱くなってりゅぅぅぅ~♡」

「羽月ちゃんの様子が! まだ雌鬼の影響が!?」

「いや、もう大丈夫のはずだ。その反応は……たぶん、また別の要因だ」

 

 羽月を抱き留めた部分……特に素肌に触れた手が異様に温かい。

 そしてやはり霊力が漲っている。

 夢見心地でいる羽月も、霊力が高まっている気配を感じた。

 

「とりあえず羽月が元に戻ってよかったけどさ……何がいったいどうなってるの~?」

「鬼哭刀が、進化した? あんな現象、初めて見ました」

 

 ユアと七乃花が首を傾げるのも無理はない。

 鬼哭刀の能力が変化することは決して無い。

 だが、俺の墨柘榴は別の能力を発現した。

 まさに進化とでも言うべき現象だ。

 

 だとしたら、いったい何が原因か。

 ……思い当たることは、ひとつしかない。

 

 おいおい。

 冗談だろ?

 まさか、この世界で最も効率よく強くなる方法って……。

 

 

 

「こほん。雄護様、感謝いたします。この命を救ってくださって」

 

 しばらくして落ち着きを取り戻した羽月が、深々と頭を下げる。

 

「羽月は、幸せ者でございます。あそこまで雄護様が尽力して助けてくださるだなんて……」

 

 ただでさえ熱烈だった羽月の眼差しが、より強くなっている。

 以前の二倍……いや数百倍は上がっている気がする。

 

「ああっ、いったいどのようにしてご恩をお返しすればいいのか!」

 

 敬愛。

 その2文字がいまにも羽月の赤い瞳から浮かんできそうだった。

 

「ですが、これだけは決めました! これより赤凪羽月の生涯はすべて、雄護様にお捧げすることを!」

 

 ススス。

 

「あーいや、そんな重く考えるな」

「いいえ! そういうわけにはまいりません! 何でもおっしゃってください! 羽月の身も心も、すでに雄護様のものです!」

 

 ススス。

 

「淑女なら易々とそんな発言をするな。反応に困る」

「羽月は本気です! どうか命じてください! 何なりと!」

 

 ススス。

 

「……なぜ先ほどから距離を取られるのですか?」

 

 お前が寄ってくるからだよ!

 またみっともない顔を晒したいのか!?

 

「ふん。勘違いするな。なにもお前が特別だから助けたわけじゃない。あのまま雌鬼やお前の思惑通りになることが屈辱だっただけだ」

 

 よし、いつも通り嫌われ者ムーブに修正していくぞ。

 

「では、なぜ先ほどあのように熱い抱擁を私に!?」

「ぐっ……」

 

 やめろ。

 そんな捨てられた子犬みたいに見つめてくるな。

 また抱きしめたくなっちゃうだろ!

 

「そういえば羽月を助けるときも何か言ってたね~。『お前たち退魔師の運命を変えてやる~』とかって」

「はい。私もハッキリ聞きましたよ、雄護くん?」

「なっ!?」

 

 ユアと七乃花がニヤニヤとしながら羽月に加勢する。

 

「雄護~? 実は私たちのこと大好きだったりするの~?」

「さっきまではびっくりするくらいお優しかったですものね~。普段の態度は照れ隠しだったのですか~?」

「バ、バカを言うな! 男である俺が、お前たち女なんかに……!」

 

 くっ!

 さっきまで完全に素が出ていたから、嫌われ者ムーブをうまく演じきれない!

 

「と、とにかく! 俺はお前たちのことなんか……な、なんとも思ってないんだからね!?」

 

 結局こんな典型的なツンデレ発言しかできなかった。

 

「……っ!?」

「ん? 雄護、どうしたの? 急にそんな怖い顔して……っ!?」

「雄護くん? どうしま……っ!?」

「っ!? こ、この気配は……」

 

 俺の皮膚が粟立つ。

 ユアが鬼哭刀を即座に構える。

 七乃花が「ひっ」と小さく悲鳴を上げる。

 最も鋭敏に気配を感じ取ったであろう羽月は顔面を蒼白にする。

 

 空気が、一変する。

 大地が震える。

 鳥や虫が、逃げるように羽ばたいていく。

 肌を突き刺すような強大な気配。

 体が石のように強張っていく。

 

「なに……なんなのこれ!?」

「いや……いやっ! ここに、いたくない!」

「こ、呼吸が、うまく、できな……」

 

 否応なしに引きずり出される。

 原始的恐怖が。

 いますぐ、ここから逃げろ。

 そう本能が告げている。

 

 パチパチ、と頭上から拍手の音が響く。

 

「美しい! 美しいわ! 感動的な戦いを見せていただきありがとう!」

 

 快活でありながら、どこか艶の混じった声が夜空に響く。

 俺たちの目線が一斉に、声の主に向く。

 

「それと半端者を片付けてくれて感謝するわ! なりかけの分際で第四等級を名乗るものだから、恥ずかしいったらなかったわ!」

 

 うふふ、と気品に満ちたご機嫌な笑い声。

 

「まったくもう。誤解されたら困るじゃな~い。第四等級の力があの程度と思われちゃ、私たちの誇りに傷がつくもの」

 

 雌鬼だ。

 ソイツの気配は、間違いなく雌鬼だった。

 なのに、その姿は……。

 

「あら、いけない。自己紹介がまだだったわね」

 

 ソイツは洋風のスカートを摘まんで、お辞儀をする。

 

「はじめまして。私は威刃羅(いばら)

 

 夜風に靡く、赤い長髪。

 猫のような金色の瞳。

 片目にバラの眼帯。

 ミルク色の艶かな肌。

 豊満な胸元が大胆に開いた、スリット入りの際どいドレス。

 

 そう。

 雌鬼であるはずのソイツは、どこからどう見ても……。

 

「そして──私こそが第四等級よ」

 

 人間の女性、そのものだった。

 

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