貞操逆転世界の退魔師   作:青ヤギ

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赤凪羽月は淑女である

    * * *

 

 

「雄護様……」

 

 ひとり残された私は、雄護(ゆうご)様が去った後もポツンと立ちつくしていた。

 

 まだ(ほの)かに温もりが残る両手を見つめる。

 やってしまった。

 ついつい手を握ってしまった。

 とつぜん触れられて不快に思ったかしら。

 思ったから振り払ったのでしょう。

 女性にいきなり触れられて殿方が嫌がるのは当たり前。

 雄護様は特に異性との触れ合いに繊細なお方だというのに。

 淑女らしからぬ振る舞いをしてしまった。

 

 淑女たれ。

 貞淑たれ。

 世の痴女のように男に発情するべからず。

 殿方の信頼を取り戻すべく、常に気品ある女であれ。

 幼い頃から、そう厳しく躾けられてきた。

 

 でも。

 雄護様の前では、私はどうしても冷静さを失ってしまう。

 彼の先ほどの勇姿が頭に焼き付いて離れない。

 

 月光に映える黒髪。

 狼のごとき威圧を放つ金色の瞳。

 純白のマントを翻しながら鬼哭刀をふるう華麗な剣技。

 そして、どんな退魔師も比肩できない圧倒的な強さ。

 

 なんと気高く、美しい。

 

 男性は守護すべき存在。雌鬼から救うべき、か弱き存在。

 幼少時にそう植え付けられた固定観念は、あのお方と出会って覆されてしまった。

 

 あのお方は特別だ。

 唯一の男性の退魔師にして、最強の退魔師。

 雌鬼(しき)に脅かされるこの世界において、もはや無くてはならない希望。

 だからこそお守りしたい。

 そう思っているのに……。

 

 雄護様の護衛となって、すでに半年。

 今夜も痛感させられてしまった。

 あのお方の背中はあまりにも遠いと。

 女として生まれながら、護衛でありながら、雄護様の実力に届かない。

 そんな自分が情けない!

 

 けれど同時に……惹かれてしまう。魅せられてしまう。

 何者も寄せ付けない、その高潔なお姿に。

 そして時折、不意に見せてくださる優しさに。

 

羽月(はづき)。怪我はないか?』

 

 雄護様……女性に対して、ましてや退魔師に、そんな言葉をかける男性がどれほどいると思いですか?

 雌鬼への恐怖を(こじ)らせた世の男性は、人間の女性相手にも冷たいものなのに。

 退魔師にいたっては雌鬼退治をする便利な道具程度としか思われていないのに。

 

 ──雌鬼を倒せ。俺たちを守れ。俺たちのために死ね。

 

 世の男性は私たち退魔師に、そう無慈悲に告げる。

 でも雄護様は、まるで違う。

 護衛に過ぎない私の身を案じてくださる。

 そしてなにより。

 雄護様はいつも私を「羽月」と名前で呼んでくださる。

 世の男性は女性の名前など普通は覚えない。呼ぶときはだいたい「おい」や「お前」とだけ。そもそも顔を識別しているかさえも怪しい。

 だから雄護様に初めて名前で呼んでいただけたとき、どれほど衝撃を受けたことか。

 

 それだけではない。

 雄護様が私に向ける眼差しには、いつも『()()()』が込められている。

 頭からつま先まで私の体を見ては、すぐに逸らしてしまうけれど……そこから嫌悪感といったマイナスなものを感じない。

 他の男性なら、こんなにも女らしく発育した体は穢らわしいものでも見るように睨むというのに。

 でも雄護様の視線には常に温もりめいたものがある。

 あの目線に込められた感情の正体まではわからないけれど、不思議と嬉しい気持ちになる。

 もっとその瞳で余すことなく見てほしいとまで思ってしまう。

 

 普段は素っ気ない言葉ばかり口にするけれど。

 雄護様自身は隠し通しているつもりかもしれないけれど。

 その善性は無意識に滲み出てしまっている。

 だってあまりにも女性に対する接し方が、他の男性と異なる。

 

 誰かが言った。

 黒井戸雄護は天より召された『男神(おがみ)様』だと。

 

 そう。

 雄護様は、私たち女性を人として扱ってくださる、この世でたったひとりのお方。

 

 だからこそ、もっとあのお方のお役に立ちたい。

 私の生涯をすべてあのお方に捧げたいと思うほどに。

 でも……足りない!

 いまの未熟な私では、あのお方のお隣に立てない。

 

『俺の隣に立つだと? 自惚れたことを抜かすな。第三等級ごときに遅れを取るような退魔師が俺と肩を並べられると思うな』

 

 雄護様の言い分はもっともだ。

 雄護様は決して取り繕うような言葉をおっしゃらない。

 けれど他の男性のように心ない暴言とはまったく異なる。

 お優しい雄護様の言葉の裏には、いつだって思いやりが宿っている。

 

『雌鬼は必ず俺の手で滅ぼす。羽月たち女の退魔師が出る幕はない。せいぜい安全な場所で一般人の護衛でもしていればいい』

 

 雄護様。羽月にはあなた様のお考えがわかります。

 あなた様は……私たちを危険な戦いから遠ざけようとしているのですね?

 敢えて厳しいお言葉で、突き放すように。

 本当に私たちのことを軽んじているのであれば『安全な場所にいろ』なんてお言葉は出てきません。

 しかも『一般人の護衛』という退魔師としての最低限の使命を果たせと、私たちのプライドを傷つけないような配慮までしてくださっている。

 

 ああ、雄護様。

 そんなあなた様だからこそ、羽月はあなた様のためにすべてを尽くしたいのです。

 だから、お願いです。

 どうか、ご自分ですべてを背負おうとなさらないで。

 

『何を言われようと俺の考えは変わらない。戦うときは俺ひとりでいい。必要以上に構うな』

 

 雄護様は過酷な戦いを一身に引き受けようとされている。

 きっと己に与えられたお力を、天より課せられた使命だと思っているのでしょう。

 過去の偉人、英傑たちがそうであったように『自分は為すべきことを果たすために生まれてきた』のだと。

 

 確かに雄護様なら、単独ですべての雌鬼を滅することができるかもしれない。

 それほどのお力を持っている。

 でも……それでは、あのお方はいつまでも孤独ではないか!

 

 いつだって雄護様は本心をさらしてくださらない。

 戦いの場で、その表情はいつも氷のように冷たい。

 でもきっと、その裏で悲鳴を上げているはずだ。

 雌鬼との孤独な戦いに、感情を押し殺しているはず。

 

 だから、必要なんだ。

 あのお方と肩を並べるほどの存在が!

 雄護様だけに世界の命運を背負わせない戦友が!

 

 なのに……悔しい。

 雄護様に過酷な決断を強いてしまう、己の弱さが恨めしい。

 

「雄護様……」

 

 あのお方を思うだけで体が熱くなる。

 心なしか、彼の手を握った両手を通して、霊力が活性化されているような気がする。

 もちろん、ただの錯覚だろう。

 でもいまだったら、先の戦いのようなみっともない真似はしないだろう。

 ああ、私はどうして肝心なときに力を発揮できないの。

 

『よくやった羽月』

『偉いぞ羽月』

『助けてくれてありがとう、羽月』

 

 いつか、あのお方にそう褒めていただきだい。

 もっと信頼されて、あのお方に近しい存在へなりたい。

 そして、互いに退魔師として役目を終えた暁には、残りの人生を共に……。

 

「っ!? いけない……いけないわ、羽月」

 

 護衛として、赤凪家の娘として、こんな不純な気持ちをいだいてはいけないのに。

 ……そう、これはあくまで忠義よ。

 決して邪な感情から来るものじゃない。

 だからお願い。

 これ以上、火照らないで、私の体。

 疼かないで、私の女の部分。

 

 私は淑女なんだ。

 あのお方にふさわしい大和撫子にならないといけないんだ。

 雌鬼を駆逐するという、あのお方の崇高なる夢を支えないといけないんだ。

 

 だから、ダメよ。

 万が一にも()()()()()()()()()()()()()を浮かべるのは。

 そう。せめて、あと4年。

 今年で16歳になる私と雄護様がせめて10代を終えるまでには、退魔師としての使命を果たさねば!

 

「……ふぅっ……ふぅっ!」

 

 私は退魔師なんだ。

 オスならば無条件に発情する雌鬼とは違う!

 思い出すのよ。あの過酷な修行の日々を。

 

『羽月! この程度の男性フェロモンで発情するな! 雌鬼の催淫能力はもっと強力だぞ!』

『ンオオオオオオオ♡♡♡ お母様もう許してぇぇぇ♡♡♡ このお部屋から出してェェェ♡♡♡』

『甘えるんじゃない! 赤凪の娘ならば耐えてみせろ! そらっ、男性フェロモンをたっぷり含んだお香の追加だ! 次はドS系イケメン上司に耳元で囁かれるASMRを聞きながら2時間耐えてみせろ!』

『ひぃぃぃぃん♡♡♡ そんにゃの無理ですぅぅぅぅ♡♡♡』

『堪え性の無い娘め! 罰として同人アダルトアニメも垂れ流す! 決して目を逸らすな! 私が気に入っている取っておきだ!』

『オオオオオオオン♡♡♡ こんな修行もうイヤァァァァ♡♡♡』

 

 生まれながらに性欲の強い私たち女は退魔師になる以上、いかなる催淫にも屈しない鋼の理性を手にしなければならない。

 幼い頃から繰り返された精神鍛錬のおかげで、私はそれを習得した。

 だから一般の女性たちのように道行く男性に無闇やたらと発情したことは一度もない。

 もちろん低級雌鬼の催淫にも……そして以前なら第三等級の魅了の幻惑だって振り払えた。

 

 ……なのに最近の私ときたら!

 雄護様お許しください!

 雌鬼の幻惑で淫らなあなた様を思い浮かべてしまった、ふしだらな私を!

 知らなかったのです!

 思い人に誘惑されるだけで、鍛えてきた鋼の理性がこうも脆くなってしまうなんて!

 

 なにより……あなた様の霊衣姿があまりにも過激すぎるのです!

 霊衣などもはや着慣れて、見慣れた装いでしかなかったのに。

 まさか男性が身につけるだけで、あれほど扇情的な衣装になるだなんて!

 

 ただでさえ雄護様は長身細身でありながら筋骨隆々という、まるでメスの欲望を詰め込んだような肉体美の持ち主。

 そんな殿方があんな薄着を身につけたら……。

 ああ、いけません! 処女には刺激が強すぎます~!

 

 そんな魅惑的なお体を雄護様は白マントで隠していますが……それ、逆にいかがわしさが増していますから!

 戦闘時にチラッと見える(たくま)しい胸筋!

 広い臀部!

 筋肉がたっぷり実った腿!

 そして、こんもりと盛り上がった股間!

 それらが不意打ちで見えたとき、まるで見てはいけないものを見てしまった気分になって……余計にムラムラするんですよ!

 あれがいわゆるお母様から教わったチラリズムというやつでしょうか!?

 

「ふぅぅぅぅ! い、いけない。忘れるのよ羽月。あの雄護様は雌鬼が魅せた幻。偽物なのよ」

 

 そもそも、するはずがないでしょ!

 あの貞淑の化身である雄護様がケダモノのように私を貪ろうとするだなんて!

 世の男性が敬遠するこの大きな乳房を揉みしだいて、まるで赤子のようにお口で……。

 

 か、かわいかったな♡

 

「はっ!? ああああああ! 不敬だわ! こんなの不敬よ! 違うんです雄護様! 羽月はハレンチな女ではありませぇぇぇん!!」

 

 負けてはダメよ羽月!

 雄護様にふさわしい護衛になるためにも、この煩悩に打ち克つのよ!

 

 赤凪羽月は、淑女なのだから!

 だから止まって鼻血!

 

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