貞操逆転世界の退魔師   作:青ヤギ

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禁華聖罰

 

 相手は第四等級だ。おっぱいに目を奪われている場合ではない。

 そうわかっていても「ばるんばるん」と大きく弾む膨らみから目を逸らせない。

 おのれ。何て恐ろしきおっぱいなんだ。

 だが、おっぱいにしか目が行かないというのなら、心臓を狙うまで。

 雌鬼に心臓があるかはわからないが、人の体を模したというのなら試してみる価値はある。

 

「うおおおおおお!!」

 

 刺突による連撃を繰り出す。

 並の雌鬼ならば一瞬で串刺しになっている猛攻であったが……。

 

「あぁん! いけないわ雄護! 乙女の肌にそんな乱暴に刀の先っぽを向けちゃ!」

 

 威刃羅は妖艶に体をくねらせて、容易く刺突を躱す。

 

「あっ! ダメっ! そんなに激しく突いちゃ……あんっ!」

 

 やめろ! いちいち色っぽい声を出すな!

 ちくしょう、戦いに集中できねえ!

 いくら見た目がエッチなお姉さんだからって、相手は雌鬼なんだぞ!

 頭ではそうわかっているのに、どうしてもムラムラの鎮まる気配がない。

 そこまで俺は節操なしだったのか? ……いや、原因はわかっている。

 

「(これが、第四等級の『魅了』か)」

 

 威刃羅から発せられる、芳しいバラの香り。この香りには催淫効果が付与されている。それが俺の理性をずっと削いでいる。

 さらには威刃羅の体表に浮かび上がる赤色の霊気。それを視認しているだけで、威刃羅を愛しい存在として錯覚しそうになる。

 

 何てやつだ。匂いを嗅ぐだけで、姿を見ているだけで、たちまちに魅了されてしまうだなんて。

 だが何より恐ろしいのは、威刃羅自身が意図的に魅了を使っている様子が無いことだ。

 きっと呼吸も同然なのだろう。

 

「くっ。刀が鈍るっ」

「アイツを八つ裂きにしてやりたいのに……戦いづらいっ!」

「雄護くん以外の生き物にこんな感情……屈辱ですっ」

 護衛の少女たちも俺と同様に、威刃羅の魅了で戦意が削がれているようだった。

 ただそこに居るだけで、どんな人間をも虜にしてしまう。

 第四等級・威刃羅。まさに真の魔性であった。

 

「ねえ雄護。争いは正しい選択ではないわ。私たちには交渉の余地がある」

 

 悠然とした顔つきで威刃羅は尚も話し合いを持ちかけてくる。

 

「あなたが私と婚約してくれれば、人間側は大きなメリットを得ることになるのよ?」

「メリットだと?」

「和平を結ぶのよ。血にまみれた戦いなんて、もう終わりにすべきだと思わない?」

 

 和平。雌鬼から出てくるとは想像もつかなかった言葉であった。

 

「こちらの条件を呑んでくだされば、我々雌鬼はもう人間を襲わないと約束するわ」

「何だ、と?」

 

 にわかには信じがたい。だが威刃羅は至って真剣な面持ちで話を続ける。

 

「それだけじゃない。人間側に我々が持つ力、技術も喜んで提供するわ。ずっと欲しかったのでしょ? 私たちの世界の情報が」

 

 威刃羅は友好的な笑顔を崩さない。

 

「無益な争いはやめましょう! 手と手を取り合って共生できる道が必ずあるわ! こちらの条件さえ呑んでくれれば、平和が約束されるのよ!?」

 

 本気で言っているのか?

 数世紀と続いた雌鬼との戦いに終止符を打つ、そんな魔法のような解決法があるとでも……。

 

「そうね、とりあえず……生贄の男たちは、年に50人まででいいわ!」

「……は?」

「もちろん苦しませることなく召し上がるつもりだから安心して? 下位の雌鬼たちは食い意地が悪いけれど、私たち第四等級が責任を持って管理するから!」

 

 それは、まったく悪意の無い笑顔であった。

 

「そして第四等級の夫となる殿方には特別待遇として命を奪わないと約束するわ! 不老長寿の術式をかけて半永久的に快楽を味わっていただくの! 嬉しいでしょ? 死ぬこともなく美しくなった私たちと交わり続けられるのだから!」

 

 夢のようね、と威刃羅は嬉々と腕を広げる。

 

「こうすれば下位の雌鬼たちも効率よく第四等級に至れるでしょうし、私たち第四等級も夫と『愛』についてじっくり学ぶことができるでしょ! これで雌鬼はより進化するわ!」

 

 輝かしい未来を思い描いてか、威刃羅は感涙を流す。

 

「人間の女性にも損はさせないわ! 私たちが選んだ権力者たちに第四等級に等しい力を与えましょう! 永遠の美しさ! 長き寿命! 強大な力! どれも女性にとっての理想でしょ!? 有能な人物が半永久的に社会を支配したほうが、あなたたち人間側にとっても得だものね!」

「おい」

「何かしら雄護?」

「人間に関わらないって選択肢は無いのかよ?」

「え?」

 

 俺の問いに、威刃羅はキョトンと首を傾げる。

 

「逆に聞くけれど」

 

 威刃羅は心底、不思議そうに聞く。

 

「あなたたち人間は、目の前に『理想の家畜と資源』があるのに無視できるの?」

 

 刃を向ける。

 今度こそは迷わずやつの心臓を狙えるだろう。

 

「理解した。どれだけ人を真似ようと、お前たちはやはりバケモノだ」

 

 安心した。滅ぼすべき存在が滅ぼすべき存在のままで。

 魅了を撥ね除けるほどの殺意が湧いてくる。

 

「もう大丈夫。心置きなくアイツを斬り刻める」

「ええ。必ず、あの邪悪を討ち滅ぼしましょう」

 

 護衛の少女たちが握る刀からも迷いが消えたのを感じた。

 

「雌鬼……貴様はこの世に存在してはならない!」

 

 先に動いたのは羽月だった。

 燃え盛る刀剣を手に威刃羅の背後を取る。

 

「……私がこの世で最も嫌悪するものは火なの。美しいバラを跡形も無く消してしまうから」

「っ!?」

 

 威刃羅の霊力が膨れ上がる。

 かつて感じたことのない規模の出力に危機感が募る。

 

「羽月!」

 

 ダメだ! 下がれ、と声を上げようとした瞬間……、

 

「艶術──【禁華聖罰(きんかせいばつ)】」

「え?」

 

 血飛沫が上がった。

 羽月の体から。

 

「アアアアアッ!」

「墨柘榴!」

 

 墨で羽月を包み、すぐに傷を癒す。

 何だいまのは!? 一瞬で羽月の体が八つ裂きにされた!?

 

「私に敵意を向け、斬ろうとしたわね? その時点で『種』は植え付けられたわ。もうその女は私を攻撃できない」

「何っ!?」

 

 墨柘榴で羽月の傷は消せた。

 そのはずだというのに……。

 

「うっ……体が……あぁっ!」

 

 バラの蔦だった。

 羽月の体から、トゲだらけのバラの蔦が生えてくる。

 

「私の艶術は『私に敵意を持って攻撃をしてくる者』に制裁を与える。その女の中に植え付けた『種』からトゲまみれの蔦が生え、その女自身を傷つけるのよ」

 

 種だと? そのような異物があるなら墨柘榴で消去できたはず! なぜ消せない!

 

「雄護。あなたの鬼哭刀は素晴らしい能力を持っているようだけど……第四等級の力を侮らないでいただけるかしら? そうあっさり消せるほど私の艶術は甘くない」

「っ!?」

 

 思いもしなかった。墨柘榴でも消しきれない艶術が存在しようとは。

 これが、第四等級。

 

「わかったでしょ雄護? 私と戦ったところであなた自身が傷つくだけなの! だから平和的に話し合いをしましょう!」

 

 ──墨柘榴・赤炎万象。

 

「なっ!?」

「無事か、羽月?」

「は、はい。申し訳ございません。今日だけで二度もお救いいただけるだなんて」

 

 威刃羅の言う『種』とやらは赤い墨で消すことができた。

 これならば、やつの艶術にも対応できる。

 

「……厄介な技を持っているようね、雄護」

 

 ここへ来て、初めて威刃羅が切迫した態度を見せる。

 やつが言うとおり、まだ俺は第四等級を侮っていたのかもしれない。

 出し惜しみをして滅ぼせるような相手ではないはずだ。

 手にしたばかりの新たな力。

 これを最大限に活かし、やつを討伐してみせる。

 

 再び墨柘榴の墨を赤い墨に変えて……。

 

「っ!?」

 

 できない。なぜ、変色しない?

 困惑していると、すぐに頭の中にイメージが浮かぶ。

 

 ……空っぽになっている。赤い墨が入っていたであろう瓶の中身が。

 まさか、赤い墨は使う回数が限られているのか?

 だとしたら、その供給方法は……。

 

 羽月との肉体的接触。

 考えられる方法は、それしかない。

 

 羽月に目線を配り、手を伸ばす。

 聡い羽月も何かを察して、俺に手を伸ばした。

 ……その瞬間を、敵は見逃さなかった。

 

「艶術──【戒めの薔薇】」

「きゃあああっ!」

 

 何本もの蔦が羽月に巻き付き、彼方へ連れ去っていく。

 いつのまにか生えていた巨大なバラが羽月を捕獲する。

 

「このバラを墨で消すのはやめたほうがいいわよ雄護。捕らえた女を巻き込んで自滅する術式が組まれているから」

「くっ……紅鳳蝶が、使えないっ……」

「無駄よ女。この艶術は捕らえた者の霊力を封じる。死にたくなければ大人しくしておきなさい」

 

 羽月に近づかせまいと、威刃羅が行く手を阻む。

 

「どうやら赤い墨を出すには、この女と何かしらの条件を満たす必要があるようね雄護?」

 

 わずかな視線のやり取り。

 それだけで威刃羅は赤い墨の発動条件に気づいた。

 何という洞察力か。

 

「不愉快な火はこれで無くなったわね♪ あとは……そこの女たちも話し合いの邪魔よ!」

 

 威刃羅は手から蔦を鞭のように振るって、ユアと七乃花を狙う。

 

「くっ!」

 

 やむを得ず二人を抱え、威刃羅から距離を取る。

 

「あ、ありがとう雄護。私じゃ、躱しきれなかった」

「何て攻撃速度……雄護くんが居なければ今頃……」

 

 俺も【金の魔眼】を使わなければ二人を助けられなかった。

 改めて次元違いのバケモノを相手にしていることを痛感する。

 

「無駄な抵抗はやめましょう雄護。あなたはただ『夫になる』と頷いてくれるだけでいいの。それですべて丸く収まるわ♪」

 

 威刃羅はあくまでも俺を夫にすることに拘っている。

 当然、頷くつもりはない。だが状況は芳しくない。

 恐らく、赤い墨を補給するためには羽月に触れる必要がある。その羽月は囚われの身。威刃羅が接触の隙を与えるとも思えない。

 

 ならば……解決策はひとつ。いや、正確には賭けか。

 

「雄護?」

「雄護くん?」

 

 俺の手はいま、ユアと七乃花の体に触れている。

 やはり、触れている箇所から仄かに霊力が活性化しているのを感じる。

 だが、羽月のときほどじゃない。現にユアと七乃花は違和感に気づいていない。神経を研ぎ澄ませなければわからないほどの刺激。

 

 墨柘榴の墨が変質する様子もない。

 何だ? やはり何か特別な条件があるのか?

 きっと羽月はその条件を満たしたのだ。

 羽月がやって、ユアと七乃花がしていないこと……。

 

 頭に浮かぶのはファーストキスの瞬間。

 ……原理は不明だ。

 だがこの状況を乗り越えるには、試すしかない。

 

「……ユア。七乃花。いまからすることはやつを倒すために必要なことだ。決して他意はない」

「え?」

「雄護くん? いったい何の話を……」

「だが最初に謝っておく。すまない」

 

 もう迷っている余裕もない。

 ロマンのカケラもなく、ユアを引き寄せて唇を重ねる。

 

「んむぅ!?」

「え? え?」

「……は?」

 

 ユアと七乃花だけでなく、敵の威刃羅すらも俺のとつぜんの行動に困惑している。

 俺は最低だ。

 生き残るためとはいえ、敵を倒すためとはいえ、女の子の大切なものを奪っているのだから。

 いつも嫌われ者ムーブをしている俺だけど、越えてはならない一線だけは守り通したかった。

 

 だが、おかげで……賭けに勝った。

 

「んふぅぅぅぅぅぅぅぅ❤❤❤」

 

 ビクンビクンとユアの体が跳ねる。

 俺の全身にも強烈な快感が駆け巡る。

 やはり……口付けがこの現象の発動条件!

 

「ぷはっ! 七乃花!」

「え? ゆ、雄護くん? ま、まさか私にも? 待って、私まだ心の準備が……んんんんんぅ❤❤❤」

 

 七乃花とも唇を重ね、刺激を共有し合う。

 

「わふぅぅぅぅ❤❤❤ にゃにこれぇぇぇ❤❤❤ 初めての感覚うぅぅぅ❤❤❤」

「ふにゃあああああ❤❤❤ 雄護くん見ないでぇぇぇ❤❤❤ こんにゃ乱れた顔見ちゃいやぁぁぁぁん❤❤❤」

 

 ユアの二の腕と七乃花の肩。霊気孔が露出した部分を手で触れてみる。すると霊力はより活性化した。

 こ、これだぁ! この感覚だぁ!

 

「……こっちが求婚しているのに目の前でイチャイチャするとかどういうつもり!?」

 

 威刃羅が地団駄を踏む。アスファルトが砕け、一瞬でクレーターができた。

 

「し、信じられない! 私を差し置いて他の女と口付けするなんて! どういう神経!? 美しくない! それは美しくないわよ雄護!」

「結構なことだ。お前の好感度が下がるなら、やった甲斐がある」

 

 そして、勝ち筋は見えた。

 

「疾走しろ──【墨柘榴】」

 

 飛沫の音が上がり、威刃羅の体を横切っていく。

 

 ──墨柘榴・白颯一閃(びゃくそういっせん)

 

 たちまちの内に、威刃羅の右腕は断ち斬れた。

 

「……は?」

 

 放たれたのは白い墨。

 肉眼では到底捉えられないほどの速度は、もはや音速の領域であった。

 

「……首を狙ったつもりだったんだがな。本能で躱せるとはさすがは第四等級か」

「な、なぜ?」

 

 威刃羅が驚きで冷や汗をかいている。

 その驚愕は右腕を奪われたことに対してではない。

 

「私に敵意を向けて攻撃したのに……なぜ無傷なの雄護!?」

 

 そう。威刃羅の艶術はいまも尚、展開されている。

 威刃羅に攻撃した以上、俺も羽月のように体からバラの蔦が生えて八つ裂きになっているはずだった。

 ならば、その術式を発動させなければいい。

 

「弾き返せ──【墨柘榴】」

 

 黄色い墨が、まるで虎模様のように俺の体に纏っていた。

 

 ──墨柘榴・黄鋼不動(おうこうふどう)

 

「そんな……【禁華聖罰】の『種』が、宿らないだなんて!」

 

 艶術の無効化。これが黄色い墨の能力だった。

 白の墨による超速の斬撃。

 黄色の墨による特殊防御。

 このふたつの能力があれば、相手が第四等級であろうと勝機はある。

 次は確実に急所に当てるべく【金の魔眼】を発動する。

 

「威刃羅、貴様の提案には乗らない。いまここで決着を……っ!?」

 

 視界に異変が起きた。

 いつものようにスローモーションに流れていく世界。

 だが俺の眼は、何か別のまで知覚していた。

 

「(何だ、これは?)」

 

 威刃羅の体に、無数の文字が浮かんでいる。

 文字のひとつひとつが、まるで水中を泳ぐ魚のように動き回っている。

 読めない文字ではない。どれも日常的に見る単語ばかりだ。

 だが動き回っているせいで、それが意味ある文章なのか、解読することはできない。

 

 眩暈がする。頭痛までしてきた。

 あの文字を見ていると、ひどく脳に負荷がかかる。

 

 くそっ。どういうことだ? いまの俺は能力が向上しているはず。ならば魔眼も強化されているはずなのに、なぜ不調が起きる?

 ……いや、強化されているからこそなのか?

 だとしたら、俺が視ているこの文字はいったい……。

 

「ちっ」

 

 結局、負荷に耐えきれず魔眼を解除する。

 その瞬間だった。

 

「ただいま黒井戸班と合流! 第四等級に総攻撃を仕掛ける!」

 

 退魔庁の応援要請で駆けつけたのだろう。

 数名の退魔師たちが現場に到着し、鬼哭刀を威刃羅へと向ける。

 

 このタイミングで応援は正直ありがたい。

 俺は彼女たちに黄色の墨を纏わせる。

 これで彼女たちも威刃羅の艶術は無効化。

 これほどの人数の総攻撃を仕掛ければ、さすがの威刃羅も……。

 

「艶術──【幻妖散華(げんようさんげ)】」

 

 無数の花びらが舞い、視界を奪われる。

 

「払え──【墨柘榴】!」

 

 白の墨で花びらを一掃する。

 開ける視界。

 そこにはすでに威刃羅の姿は無かった。

 逃げられた!

 

「邪魔者が増えたわね。今宵はここまでにしておきましょう」

 

 夜空に威刃羅の声が響く。

 

「また会いましょう雄護。それまでによく考えておいて。人間にとって最良の選択が何なのかを」

 

 威刃羅の気配が消えていく。

 すでに次元の向こうへ帰還したようだ。

 

「負傷者の無事を確認! 大丈夫? 立てる?」

「は、はい。何とか……」

 

 威刃羅が去ったことで羽月を捕らえていた巨大バラは消失していた。

 幸い羽月に怪我はないようだった。

 

「あなたたち大丈夫!? 魅了の幻惑がまだ解けていないの!?」

「何て蕩けきった顔! いったいどんな艶術を受けたというの!?」

「あへ~❤ 雄護~もっと~❤」

「ふにゃ~❤ 雄護様~❤ 七乃花もうダメれしゅ~❤」

 

 と、いけない。

 ユアと七乃花のケアをしなければ。

 

 それと……報告しないわけにはいかない。

 第四等級に持ちかけられた交渉の内容についてもそうだが。

 

 何より、調べてもらう必要がある。

 俺と護衛の少女たちに起きた、この謎の現象を。

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