貞操逆転世界の退魔師   作:青ヤギ

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やはり童貞は捨てられないらしい

 

 

    * * *

 

 

 ──最も信頼できる専門家を呼ぶ。

 事のあらましを聞いた倫子さんは、俺の生存に歓喜しつつそう言った。

 そして本当にとんでもない人を退魔庁に呼び寄せた。

 

「術式研究所所長、桃源橋未来(とうげんばしみらい)です。本日はよろしくお願いします」

 

 白衣を着た知的な雰囲気の女性が、眼鏡の角度を合わせながら挨拶する。

 

 桃源橋家。

 霊術研究のスペシャリスト。そして『霊符』という、とんでもない代物を開発した名家である。

 その桃源橋家の現当主にして、術式研究所で一番のお偉いさんがやってくるとは。

 

「お話は山吹総督から伺っております。身体的接触による霊力の強化……そして鬼哭刀の進化……たいへん興味深いです。喜んで解析に尽力させていただきたいと思います」

 

 きらんと眼鏡が反射する。凄まじい知的好奇心が宿った眼力を向けられる。

 

「ど、どうぞお手柔らかに……」

 

 倫子さんが信頼して呼んだ人だから何も心配ないとは思うが……やはり少しモルモットになったような気分だ。

 

 

     * * *

 

 

 幸い、分析はスムーズに終わった。

 護衛の少女たちと手を握ったり、彼女たちの霊気孔がある部分に少し触れる。

 その様子を特殊な機械で観測してもらう。

 やることは至ってシンプルだった。

 まあ、ただ不満点があるとすれば……。

 

「ひぃぃん❤ 体があちゅいですぅぅぅ❤」

「んおおおお❤ やっぱりこれ癖になりゅぅぅぅ❤」

「はにゃあぁぁぁ❤ こんなはしたない姿見ないでくださぁぁぁい❤」

 

 快感に悶えるところを大人たちに見られたことだろうか。

 

「ンンンンンンッ!!」

 

 もちろん俺も見られたよ。

 なるべく表に出ないように我慢したけどね。

 

「淑女でありながらあんな姿を大人の方々に見せてしまうだなんて……」

「新しい扉が開いちゃいそうだったね~」

「いまはユアちゃんのその前向きなところを見習いたいです……」

 

 霊力は漲っているが、精神的に消耗した俺たちだった(ユアは除く)。

 

「お疲れ様でした。おかげさまで解析が済みました」

 

 俺たちの体が落ち着いたところで、未来さんが解析結果を説明してくる。

 

「結論から申し上げますと……皆様に起きたあの現象は『霊核』の共鳴です」

「『霊核』?」

「我々、桃源橋家は霊力の退化を改善する方法を模索してきました。その研究の過程で判明したのです。霊力の源は長らく人間の魂と思われていましたが……正確には『霊核』という霊子の塊が大本だったのです」

 

 出産と加齢によって衰える霊力。当然、術式研究の専門である桃源橋家が解決法を探さないはずがない。

 

「なぜ霊力は衰えるのか? 原因はふたつ。そのひとつは『霊核』から発せられる霊力が有限であるためです」

「永続的、では無いと?」

「はい。ただし、その限界値は退魔師によって異なります。過去の退魔師は寿命が尽きても霊力が残り続けた例もあるようですが……近年の退魔師にはほとんどそんな人はおりません。一人を除いて」

 

 母さんの顔が浮かぶ。

 成人して出産しても尚、退魔師の力を失わなかった例外中の例外。

 

「雄護さん。あなたのお母様であるヒナタさんには、生前何度か研究にご協力していただきました」

「母が?」

 

 母さん、いつのまにそんなことを。

 だが考えてみれば当然か。

 母さんほどのイレギュラーな存在を桃源橋家が無視するはずがない。母さんも人類のためとあらば、進んで研究に協力するだろう。

 

「彼女のおかげで霊力の研究は大いに進みました。そして……ヒナタさんほどの退魔師であっても、いずれは霊力が衰えることも明らかになりました」

「母であっても? それは、なぜです?」

「霊力の源である『霊核』を、息子である雄護さんに移植したからです」

「移植? そんなこと、いったい、いつ……」

 

 いや、待て。まさか……。

 

「あ、あの。出産で霊力が衰えるのは、もしかして……」

 

 羽月がおずおずと口を開く。賢い羽月はすでに気づいたようだ。

 

「そうです。子孫を残す。この行為そのものが『霊核』を次世代に移植する儀式なのです。これが霊力の衰える原因のふたつ目です」

 

 男女の交配は霊的儀式。それは事実だったのだ。

 

「男女の交配時、ふたつの『霊核』は結合することがわかりました。それによって霊力の限界値は増加。そして、それが新たな命に移植されると、生誕と同時に衰えていた霊力が再活性化されるのです」

 

 そうして霊力は子々孫々と引き継がれてきたというわけか。

 

「ヒナタさんのように『霊核』を移植しても霊力が使えたのは、いわゆる霊力の『残り火』のおかげです。大昔の退魔師たちも、その『残り火』によって出産後も現役として戦っていたようですね」

 

 残り火だって? それであそこまでの強さを誇っていた母さんは、やはりとんでもない退魔師だったのか。

 

「え? ちょっと待って。それじゃあ人工授精で生まれた私たちの『霊核』って……」

 

 勘の良いユアが声を張り上げる。

 ここまでの話は自然受胎をしてきた退魔師に限ってのもの。

 では、人工授精で生まれた現代の退魔師たちの『霊核』はどうなるのか。

 

「『霊核』は本来、片割れの『霊核』と結合させてから移植すべきものです。ですが人工授精ではそれが成立しません。儀式を成功させるための片割れがいないのですから」

 

 強制婚が廃止されて以降、人類は人工授精で子孫を残すしか無くなった。

 だがそれは同時に、霊力を正しく引き継ぐための霊的儀式を、廃する結果に繋がってしまったのか。

 

「不完全な儀式によって引き継がれた『霊核』は、限界値が増えることもなく、それどころか劣化を重ねていった。現代の退魔師の霊力の衰えがあまりにも早いのは、このためです」

「そんな……それでは、このまま人工授精を続けていたら……」

 

 七乃花の不安げな声に、未来さんは深刻な顔で頷く。

 

「霊力の退化はより早まり、最終的には退魔師そのものが生まれなくなるでしょう」

 

 衝撃的な発言に、言葉を失う。

 それが本当なら、悠長に後世の育成などしている場合ではない。

 やはり俺たちの世代で、いますぐにでも雌鬼との決着をつけなければいけないのではないか!?

 

「混乱を避けるため情報開示は控えていました。ですが第四等級が新たな進化を果たして再来した以上、そうも言っていられません。このことは本日、山吹総督を始め、各退魔庁の総督にもお伝えしました」

 

 そういえば倫子さんは先ほど顔を真っ青にして総督室に駆け込んでいた。

 無理もない。こんな話を聞かされては。

 

「政府には強制婚の再開を提案していますが……実現は難しいでしょう。ただでさえ現代の男性は社会に非協力的です。国の決定でも恐らく従う者はほとんどいないでしょう」

 

 容易に想像できてしまう。

 自分の命、自分が生きている時代が安全なら、後世のことなど、どうでもいいと思っている連中だ。

 強制婚が可決されても、素直に子孫を残すとは思えない。

 

 何てことだ。俺が思っている以上に、この世界は緩やかに滅びに向かっていたのか。

 

「もう人類に後は無いと、我々も今日までは絶望視していました……ですが光明が見えました。雄護さん、あなたのその力があれば、すべてを覆せます」

「っ!?」

「奇跡を見ているようです。劣化していたはずの『霊核』が、この短時間で進化しているのですから」

 

 未来さんはそう言ってモニターを点ける。

 モニターには淡い光を放つ、四つの球体が表示されていた。

 

「こちらは解析を開始する前のあなたがたの『霊核』です。そして身体的接触後の『霊核』が、こちらです」

 

 画面が移り変わる。

 先ほどのよりも輝きを増した四つの霊核が映っていた。

 

「霊力の強化と限界値の増加。それだけでなく、鬼哭刀にも変化が起きています。雄護さんの鬼哭刀が新たな能力を発現したのも、そのためです」

「どうして、そんな現象が……」

「これが雄護さんだけが持つ特性なのか、それとも異性の退魔師同士だからこそ起きる現象なのか。そこまではわかりませんが……雄護さんと女性の退魔師が接触すると『霊核』は飛躍的に強化される。それは事実です」

 

 未来さんはどこか興奮気味に語る。

 

「経緯を聞く限り、恐らく口付けなどの粘膜接触が共鳴を開始させる条件なのでしょう。パスが通る、とでも申しましょうか。いまのあなたがたは見えない糸で繋がった状態なのです」

「見えない、糸……」

「何かそれって……」

「ちょっと……ロマンチックですね……」

 

 未来さんの説明を聞いて、護衛の少女たちは所在なさげにモジモジとしだす。

 

「パスが通りさえすれば、手を繋ぐだけでも『霊核』は強化され、変化を起こした鬼哭刀の能力も維持できる……ですが最も飛躍的に霊力が上昇したのは、霊気孔に触れたときです」

「霊気孔に?」

「霊力が最も出力される器官、ここに接触したときだけ明らかに霊力上昇の勢いが増しました。あなたがたの反応を見る限り、体に駆け巡った刺激も段違いだったのでは?」

「「「うっ」」」

 

 恥ずかしげも無く嬌声を上げたときのことを思い出してか、少女たちは気まずそうにした。

 

「あ、念のため言っておきますがからかっているわけではありませんよ?」

「ほ、本当ですか?」

 

 羽月が訝しげに聞く。

 

「至って真剣です。なぜなら男女の交合による霊的儀式も、実は性的快感が重視されているからです」

「せ、性的快感?」

「互いに深く忘我の境地に達することで『霊核』の結合を強めるという説があるのです。だから激しく相手を求め合うほど、優秀な退魔師が生まれるとされています」

 

 女性陣の視線が一斉に俺に向かう。

 ……強く愛し合った男女の間で生まれた存在。その生き証人がここにいる。

 

「雄護さんとの身体的接触は、いわば一種の擬似的儀式なのでしょう。だからこそ共に快感を与え合うほど、より『霊核』の強化は増し、新たな能力も発現されていく」

「それって……」

「……男性相手に、こんなことを言うのはたいへん心苦しく思いますが」

 

 未来さんは俺に向けて、深く頭を下げた。

 

「雄護さん。どうかご決断ください。雌鬼全滅のため、他の退魔師たちにも同じように、この疑似的儀式をおこなってはいただけませんか?」

「なっ!? ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 未来さんの提案を聞き逃せなかった少女たちが、立ち上がる。

 

「それって……雄護様に、他の女性と性的な接触をさせるということですか!?」

「じょ、冗談じゃないよ! つまり雄護が他の女ともチュウしたり、際どいところ触り合うってことでしょ!?」

「ふざけないでください! まるで雄護くんを都合のいい道具のように!」

「……お怒りはご尤もです。ですが『霊核』の強化無しに、あなたがたは第四等級相手に生き残れていましたか?」

「そ、それは……」

 

 誰も言い返せない。

 事実、俺が決断しなければ、あの状況を死者数ゼロで乗り越えるのは不可能だったろう。

 

「で、でも、あのときはそれしか方法が無かったから雄護様も苦渋の決断をしたのです! 今日の解析だって不安材料を無くすために、いやいや我々と……」

「そ、そうだよ。いくら私だって雄護に無理やりエッチなことはさせたくはないし……」

「私も本日は雄護くんが望んだから協力しただけです。ですが雄護くんに無理難題を押しつけるようであれば、護衛として黙っていられません」

 

 護衛の少女たちは、俺を守るように未来さんと向かい合う。

 

「……護衛として主人を思うのは立派ですが、まずはご本人の意思を聞くべきでは?」

「聞かずともわかります! 殿方が女性と触れ合うことが、どれだけ苦痛だとお思いですか!?」

「もちろん精神的ケアは欠かしません」

「そういう問題じゃないでしょ! 雄護みたいなイケメンと触りっこしてみ!? いくら精神を鍛えた退魔師でも、あっという間に理性がプッツンして雄護のこと襲うに決まってるじゃん!」

「対策はすでにしています。現にいまも、あなたがたの下着に『貞操帯』の術式をかけています。どうあっても性行為ができないよう、ロックがかかっています」

「い、いつのまに……で、でも、いくら行為自体をしなくとも意図的に雄護くんを女性と触れ合わせるなんて反対です!」

「これは雌鬼討伐のために必要なことです。退魔師であれば私情は控えるべきです」

 

 少女たちが俺のために言い争っている。

 だが、うまく耳に入ってこない。

 思考がグルグルと回っているせいで。

 

 雌鬼の全滅。

 それは俺がずっと望んでいたこと。

 そして、それを成し遂げられるかもしれない手段が見つかった。

 戦力の増強。新たな力の覚醒。

 退魔師の女の子たちとキスをし、触れ合うだけで、それが実現する。

 あまりにも効率的。あまりにも実用的。

 しかも合法的に女の子たちとエッチなお触りができると。

 前世の感覚を持つ俺にとっては役得極まりない。

 

 ……だが、これだけは確かめねばなるまい。

 

「……ひとつ、お尋ねしたい」

 

 幽鬼のように気落ちした声でも、女性陣は聞き取ってくれたようで、全員の意識が俺に向く。

 

「雄護様! こんな無茶な提案、承諾する必要はございません!」

「羽月。黙っていろ」

「しかし!」

「大事な質問なんだ。黙っていてくれ」

「っう……は、はい……」

「雄護……」

「雄護くん……」

 

 羽月に続いて声を上げようとしていたユアと七乃花も、俺の圧に呑まれて口を閉ざした。

 

「未来さん。正直に答えていただきたい」

「何でしょう?」

「……性行為が『霊核』の移植行為であるならば、やはり俺が純潔を失った場合、戦う手段も失うということでしょうか?」

「はい?」

 

 予想外な質問だったのか、未来さんは目を丸くする。

 

「そう、ですね……雄護さんほどの霊力の持ち主ならば、ヒナタさんのように『残り火』となって、しばらくは戦えるとは思いますが……それでも全盛期には及ばないでしょう。何より『霊核』の共鳴も起こらなくなるはずです」

「……避妊具を使った場合はどうなります?」

「……実は雄護さんが生まれる前に黒井戸夫妻に協力していただいて、検証は済んでいます」

 

 どうやら父も研究に協力していたらしい。

 

「結論としては避妊具を用いても『霊核』の結合は起こります。性行為そのものが『霊核』を結合させる儀式だからです。この場合、男性の『霊核』は女性側に移ります。結合をした『霊核』は女性が妊娠するまで、内部で留まることが判明しています」

「……そう、ですか」

「つまり、一度でも性行為をしてしまうと雄護さんは『霊核』を失ってしまうということです」

 

 だからこそ絶対に避けなければなりません、と未来さんは断言する。

 

「ご安心ください。先ほど申し上げたように『貞操帯』の術式をより強固なものにしていきます。雄護さんが懸念するような事態は、決して起こさないと約束しましょう」

 

 ……そうか。

 じゃあ、やっぱり、ダメってことなんだな。

 

「桃源橋家の総技術を持って、雄護さんをサポートいたします。ですので、どうか、すべての退魔師の『霊核』強化に尽力を……」

「……いやだ」

「え?」

「そんな生活いやあああああああ!!」

「雄護様!?」

「雄護!?」

「雄護くん!?」

 

 思わず退魔庁を飛び出す。

 逃げたかった。どこか遠くへ。

 だって、とても耐えられない!

 ただでさえ、童貞を守るために我慢してきたのに!

 さらなる苦行を俺に強いるのか!?

 

 ──本番エッチは禁止♪ でも美少女たちと熱いキスをして、気持ちよくペッティングしてね♪ 人類のためだよ♪

 

「そんなの生殺しだろうがああああああああ!!!」

 

 外に出ると大雨が降っていた。

 まるで俺の心を代弁するかのように。

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