「……この手紙の差出人が例の第四等級だと?」
「手紙から、やつと同じ気配を感じます。ほぼ間違いないかと」
「よもや雌鬼が
手紙の件は退魔総督である倫子さんに、すぐに報告した。
書かれていた内容は以下の通りだ。
決闘は3日後。
俺が敗北すれば、威刃羅に婿入りする。
威刃羅が負ければ、雌鬼の情報を提供する。
決闘に参加する雌鬼は威刃羅一体のみ。
だが人間側は俺を含みさえすれば退魔師を何名用意しても構わないとのことだった。
そして、
「『承諾すれば決闘が済むまで、自分以外の雌鬼は送り込まず、男や一般人を襲わない』と……信用できるのか?」
「手紙に『誓約』の術式が組み込まれています。俺が承諾すれば、自動的に文面通りの強制力が発動する仕組みになっているようです」
「……第四等級はそれほどの抑止力を行使できるということか。つくづく恐ろしい存在だな」
顔を険しくして倫子さんは手紙の隅々まで目を通そうとする。
「あっ、後半はほぼ俺へのくだらない愛の告白なんで読む必要ないです」
「ぬぁにぃ!? おのれ雌鬼の分際でけしからん! 果たし状なのか恋文なのかハッキリしろ! 何が『永遠に幸せにしてあげる❤』だ! キィィィ! キスマークまでつけおって!」
読むなって言ってんだろ。
「こほん。ともかく雌鬼の情報が手に入るまたとないチャンスです。俺はこの決闘を受け入れるつもりでいます」
「……勝てるのか? 第四等級相手に」
「そのために霊核を強化しました。同じく強化した護衛たちと、決着をつけます」
「4人だけで挑む気か。退魔師の人数に上限は無かったぞ」
「戦力が多いに越したことはありませんが……やはり犠牲者を増やしたくありません」
一度、威刃羅と渡り合って生存し、力を強めた俺たちが決闘に向かうべきだ。
護衛の少女たちも、すでにそのつもりで覚悟を固めている。
あの3人と一緒ならば、全員で生き残り、威刃羅を倒せると信じている。
「総督。決闘の許可を」
「……後見人としては肯きたくない。だが総督としては、信じて送り出す他ない」
絞り出すような声で倫子さんは言った。
「生きて帰ってきてくれ」
手紙を手に取る。手紙に刻まれた術式に向けて念を込める。
「威刃羅。決闘を受け入れる」
瞬間、手紙はバラの花びらとなって散った。
『誓約は成ったわ。これより決闘を終えるまで、我々雌鬼は男性、一般人に一切手を出さないと約束しましょう』
威刃羅の声が空中で響き渡る。
『では3日後に会いましょう雄護。愛しているわ。必ずあなたを夫にしてみせる』
* * *
「本当にこの2日間、雌鬼が一度も姿を見せないだなんて」
「何か不思議な感じだね」
羽月とユアが静かな夜景を眺めながら言う。
決闘前夜。威刃羅の宣告通り、あれから雌鬼が出現することは無かった。
人類は数世紀ぶりに、束の間の安息を享受していた。
普段は引き籠もっている男たちもすっかり浮かれ、生まれて初めての夜遊びに熱中しているらしい。
「こんな穏やかな夜を過ごすことができるだなんて……いつか、これが当たり前になるといいですね」
七乃花がお茶を淹れながら、祈るように言う。
「させてみせるさ。俺たちの手で」
威刃羅との決闘は、その平和を手にするための第一歩だ。
必ず示してみせよう。進化を果たした第四等級だろうと、我々は負けはしないと。
「皆。いよいよ、明日の夜が本番だ。今夜は無理せず、ゆっくりと英気を養うとしよう」
「ええ。羽目を外しすぎないよう、お休みいたしましょう」
「羽月は相変わらず真面目だな~。せっかく暇な夜なんだからパ~っと遊べばいいのに」
「拗ねないのユアちゃん。今夜のお茶はよく眠れるハーブティーですので、明日はすっきりと起きられると思いますよ?」
それから、と七乃花は一枚の霊符を俺に差し出す。
「『熟睡の霊符』です。未来さんが今夜のためにと造ってくれたようで。雄護くんはこちらをお使いください」
「未来さんのお手製か。効き目がありそうだな」
「はい。寝室に貼るだけで
「そうか。なら、ありがたく使わせていただこう」
決戦に挑むならポテンシャルは最大限にしておきたいからな。
「ほうほう。何が起こっても目覚めないと……イヒヒ。なら今夜は雄護にイタズラし放題というわけだね?」
「ユアさん! あなたという人はまたそんなこと!」
「……な~んてね。もうそんな真似する必要ないもんねウチらは。んっ」
そう言ってユアは不意打ち気味に口付けをしてきた。
「ちゃんと約束守ってよね? 平和な世界になったら、私たちにプロポーズするって」
「ああ。男に二言はない」
羽月と七乃花も羨ましそうな顔をしていたので、順番に口付けを交わす。
胸が熱くなるのは、霊核の強化だけが原因じゃないだろう。
「こんなこと言うのは気が早いかもしれないが……必ず全員で生き残ろう」
「はい。我々4人で勝利を掴みましょう」
「ウェディングドレス着るまでは死ねないもんね」
「ええ。誰一人欠けることなく、いつか素敵な結婚式を」
明るい未来への希望がきっと勝利へ繋がる鍵となる。そう信じた。
「今夜は早めに休む。お前たちも夜更かしするなよ」
少女たちにおやすみを伝え、俺は部屋に入った。『熟睡の霊符』を忘れずに貼る。
たちまち、強烈な睡魔がやってきて、深い眠りに落ちていった。
* * *
「雄護、寝た?」
「ええ。ぐっすりと。さすが未来さんお手製の霊符ですね」
「それはよかったです。雄護様、この頃は張り詰めたご様子でしたから、今夜くらいはゆっくりと……」
居間で穏やかに談笑していた少女たち。
その声が一斉に静まる。
3人とも視線だけでやり取りを交わす。
困惑と怒り。恐怖と哀愁。様々な感情が瞳に宿る。
やがて、全員の意識が愛しい少年が眠る部屋に向かう。
せめて、もう一度だけ顔が見たい。
だが、それは甘えだと己を叱咤した。
さっきも約束したのだから。
必ず全員で生きて帰ると。
その約束を、果たせばいいだけのこと。
「……行きましょう」
少女たちは屋敷の外へ出た。
雌鬼が居ないはずの夜の街を、霊衣を纏い、鬼哭刀を提げて。
* * *
桃源橋未来は言った。
霊核の強化の際、性別で格差が出る能力がひとつだけあると。
それは知覚能力。
羽月がそうであったように、知覚能力に限っては男性の雄護よりも女性のほうが上回る傾向にあるようだ。
だからこそ、少女たちは感じ取った。
他の退魔師では決して気づけなかったであろう微細な気配を。
その気配の持ち主から送り込まれたメッセージを。
少女たちは退魔庁に辿り着いた。
気配は上空。跳躍して、建物の屋上へと向かう。
巨大なバラが建物を侵蝕するように育っていた。
バラの中央には、亜空間【胎界】の入り口である空唇があった。
縦に伸びる空間の亀裂がくぱぁと横開きになる。
入ってこい、ということだろう。
少女たちは目を見合わせ、肯き返し、その入り口に突入した。
そこは幻想的な花畑だった。
桃色に輝く空の下で、赤いバラが生い茂っている。
甘い香りを漂わせて、無数の赤い花びらが宙を舞う。
その中央で、威刃羅は踊っていた。
「私の『念話』は届いたようね。嬉しいわ。ちゃんと約束通り、誰にも知らせずに来てくれたのね」
威刃羅は機嫌を良くしながら、バラと戯れるように舞う。
「もしも一人にでもこのことを知らせたら、この下にいる退魔庁の職員の皆さんを始末しているところだったわ。うふふ。平和な夜が続いて、よほど気が緩んでいたようね。こうもあっさりと私の艶術でぐっすり眠ってしまうのだから」
「……話が違うわ。決闘は明日の夜のはずよ」
「ええ。雄護との決闘は明日ね」
でも、と威刃羅は笑みを浮かべて、
「
心底、虚仮にしたように言い放った。
「……決闘が終わるまでは、一般人に手を出さないんじゃなかったの?」
「あら? 何か勘違いしてない? 私はこう言ったのよ? 『男性、一般人に手を出さない』って」
威刃羅の口元が、三日月のように裂ける。
「誰も『退魔師と退魔庁の人間にも手を出さない』なんて言った覚えはないけど?」
ここに来るまで、少女たちは見た。
退魔師たちが居るであろう建物のすべてに、巨大なバラが育っていたのを。
「救援は期待しないことね? この街一帯に居る退魔師はすべて私が眠らせたわ。そしてその命も、私の掌の中にある」
「……最初から、こうするつもりだったのですね」
「ええ。『雄護一人だけで決闘に来るように』って指定したら、あなたたち絶対に止めるでしょ? だから退魔師を何名でも呼んでいいってことにしたけど……せっかくの雄護との決闘よ? やはり二人きりで楽しみたいもの。だからお邪魔虫は今夜で片付けるわ!」
少女たちは悔いる。
雌鬼の提案、誓約など、最初から信用してはならなかったのだと。
だが、もう後には引けない。
それに、これは逆にチャンスでもあった。
「いまここで、私たちの手でやつを滅ぼしましょう」
「はは、雄護は拗ねるだろうな~。自分の手で決着つけられなくて。……でも、ここで勝って生き残らないと」
「はい。雄護くんを悲しませるわけにはいきません」
最愛の少年との約束を果たすために、少女たちは鬼哭刀を構える。
いまこそ、護衛としての役目を果たす。
少女たちの心は、ひとつに重なった。
「私たちは、黒井戸雄護様の護衛! 威刃羅! 貴様のような外道に、雄護様は渡さない!」