貞操逆転世界の退魔師   作:青ヤギ

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進化した力

「意気込みだけは美しいわね、お嬢さんたち。その威勢がどこまで保つか、見せていただこうかしら!」

 

 威刃羅の足下に鮮血のごとき赤色の光が生じる。

 光はバラ模様の形を取り、膨大な霊力を放つ術式と化す。

 

「艶術──【禁華聖罰】」

 

 威刃羅に敵意を向ける存在に、自傷を強制させる。

 難攻不落にして、必殺の艶術が即座に発動された。

 並の退魔師であれば、この時点で決め手は封じられ、敗北を余儀なくされるであろう。

 

「さあ、頼りになる雄護は居ないわよ? どうやって私の【禁華聖罰】を攻略なさるおつもり……なっ!?」

 

 悠揚に微笑んでいた威刃羅の顔が驚愕に染まる。

 3人の娘たちが躊躇無く威刃羅に斬りかかってきたがために。

 刃を躱しつつ、威刃羅はさらに目を見開く。

 

「バカなっ! なぜ『種』が植え付けられない! なぜ艶術が発動しない!」

 

 威刃羅に斬りかかった時点で、3人の娘からはトゲまみれの蔦が生え、その身を八つ裂きにしているはずであった。

 ところが少女たちの体は無傷である。

 

「決闘まで時間があったのよ? 対策をしていないはずがないでしょ」

 

 揺らぎ無い敵意を向けつつ、羽月が語る。

 

 艶術無効化の霊符。

 桃源橋未来が対威刃羅のため急遽製造した代物を、少女たちは懐に忍ばせていた。

 墨柘榴の黄色い墨による能力【黄鋼不動】をベースに造られた霊符は、オリジナルと遜色なく威刃羅の艶術を封じていた。

 ただし、その効力は永続ではない。

 桃源橋未来の技術力をもってしても、その持続時間は3分までが限度であった。

 

 しかし少女たちにとっては、それだけの時間があれば充分であった。

 雄護との度重なる霊交練成によって進化した力を、いまこそ発揮する。

 

「羽ばたけ──【紅鳳蝶】!」

 

 爆音と共に、炎の斬撃が威刃羅の真横を過ぎ去った。

 

「(は、早い! 何なの、この機動力!)」

 

 紙一重で回避した威刃羅は炎の怒濤を眼で追う。

 炎の尾を引きながら、羽月が宙を飛翔していた。

 羽月の剥き出しの背中からは、赤く輝く巨大な蝶の羽が生えていた。

 

「(まさか、空気を熱することで浮遊、飛行をしているというの!?)」

 

 高熱によって発生する上昇気流を利用した浮遊術。

 そして羽月の足下では小さな蝶が繰り返し炎を噴き上げ、それを推進力として飛行を可能としていた。

 

「雄護様のおかげで手にした新たな力……思い知れ雌鬼!」

 

 羽月の鬼哭刀、紅鳳蝶は無数の炎の蝶を操る。

 その特性上、精密な操作が必要とされるため、羽月本人の動きが止まりがちになる傾向があった。

 だが雄護との霊交練成によって、一匹の蝶でも凄まじい火力を引き出せるようになった。

 背中、両脚、そして刀剣に蝶を宿すだけでも、充分な戦闘力を発揮できる。

 おかげで、これまでは不得意であった機動戦が可能となった。

 超加速による凄まじい炎の一撃。

 第四等級であろうと、一発でも当たれば深刻なダメージは避けられないであろう。

 

 立て続けに、風の刃が威刃羅を襲う。

 

「パワーアップしたユアちゃんのお披露目だ!」

 

 ユアの目にも留まらぬ連続斬り。

 それによって生じる無数の鎌鼬が威刃羅に向かって飛来する。

 

「ふん。どこがどうパワーアップしたというのかしら?」

 

 空間を引き裂く刃の群れを、しかし威刃羅は容易く躱す。

 並の雌鬼ならば一瞬で細切れになっているであろう斬撃の嵐。

 だが威刃羅の目からすれば呑気に揺蕩う枯れ葉も同然であった。

 

「甘く見られたものね! この程度の小技で私を追い詰められるとでも……かはっ!?」

 

 だが、軌道を変えて背後を狙う刃には不意を突かれた。

 一方向に駆け抜けていくはずだった風の刃が次々とUターンする。

 

「(斬撃そのものが、動き回っている!?)」

 

 あたかもカラスの群れのごとく旋回する風の刃が、威刃羅を包囲した。

 

 ユアの鬼哭刀、銀天狗は強力な風を起こす。

 だがユア本人の性格もあってか、大技に頼るあまり、霊力の消耗が激しい上、狙いが大雑把になる欠点があった。

 だが雄護との霊交練成により、出力の調整、精密な操作が容易となった。

 

「その風の刃は相手に当たるまで消えないよ? どこまでも追い詰めてやるから」

 

 不敵に笑うユアを、威刃羅は冷ややかに睨む。

 

「小娘……よくも美しい私の体に傷をつけてくれたわね」

 

 風の刃は威刃羅の(うなじ)に直撃したものの、致命傷には至らず、瞬く間に再生してしまう。

 だが威刃羅のプライドには深い傷がつけられた。

 一発でも格下の不意打ちを許してしまったこと。何より己の美貌を害されたこと。

 その屈辱は憤怒の暴力と化す。

 

「貴様から消してくれるわ!」

 

 威刃羅の右手にトゲのついた蔦が出現する。

 蔦を鞭のようにしならせると、その先端が空気を裂きながらユアを襲う。

 

 音速で動く蔦は、しかし瞬く間に弾かれた。

 威刃羅の次の一手を予期していたがごとく発生した、金色の壁によって。

 

「なっ!?」

 

 同じ物質は威刃羅の足下にも生じた。

 金色に輝く粒子。それがいくつも集まり、流砂のごとく威刃羅の体を呑み込んでいく。

 

「(これは、砂? ……違う! 粉状に分解された鉱物!)」

 

 密集した粒子は金色の鉱物と化して、威刃羅の身動きを封じる。

 

「ああ、雄護くん。感謝いたします。私の力がこんなにも自由自在に動かせるようになるだなんて」

 

 恍惚とした顔を浮かべながら鬼哭刀を操る七乃花。

 鉱物を発生させる鬼哭刀、金色明王は使い方次第では脅威となるが、やはり応用が利きにくいデメリットがあった。

 だがその鉱物を粉状にして流動性を与えることで、たちまち最も汎用性のある鬼哭刀となった。

 面として展開すれば防壁に。相手の体に纏わせれば拘束具に。

 そして、剣に、槍に、斧に、鈍器に……あらゆる形状の武器となって、威刃羅の首に向けて投擲される。

 

「小賢しい!」

「っ!?」

 

 だがやはり第四等級の秘めたる力は計り知れない。

 霊力の放出だけで金色明王の拘束を砕き、投擲された武器をも弾き飛ばす。

 

「小細工をしている、美しくない霊符はソレかしら!」

「くっ!」

 

 さらには艶術を無効化している霊符の隠し場所すらも看破した。

 恐るべき知覚能力によって探り当てられた3枚の霊符は、霊力の波動によって破壊される。

 

「頼みの綱は無くなったわよ。さあ、この後はどうするおつもり?」

「……それも想定範囲内よ」

「何っ!?」

 

 霊符を失ったにもかかわらず、羽月は迷わず火球を撃ち放った。

 血迷ったのか、と疑念をいだきつつ威刃羅は火球を回避する。

 ……だが羽月の体からトゲまみれの蔦が生えることはなかった。

 

「どういうこと! なぜまた【禁華聖罰】が発動しない!」

「当然よ。あなたに向けた攻撃ではないもの」

「な、に?」

「ユアさん! 初めて会ったときから淑女らしからぬ、あなたが気に食わなかったわ!」

 

 威刃羅が躱した火球の行く先。

 そこではユアが一撃を放つ準備を整えていた。

 

「こっちだって口うるさい羽月に散々注意されて鬱憤が溜まってるっての!」

 

 火球を打ち消すほどの暴風が放たれる。

 ユアと羽月の間で挟まれている形の威刃羅は、真っ先に暴風に巻き込まれる。

 威刃羅は間一髪で躱すも、すぐに追撃が来る。

 

「では私もこの機会にご遠慮なく。雄護くんと二人きりでいるとき狙ったように割り込んでくる羽月ちゃんとユアちゃんに何度か殺意が湧きました♪ えいっ」

 

 天使のような笑みを浮かべながら恐ろしいことを平然と口にする七乃花。

 笑顔を維持しながら、尖らせた鉱物を弾丸のごとく飛ばす。

 

「このっ! あなたたち、いったい何の真似を!」

 

 絶え間ない攻撃を回避しつつ、威刃羅はただ混乱する。

 やはり少女たちに【禁華聖罰】の強制自傷が発動する様子がない。

 術式は間違いなく継続しているはずだというのに、なぜ効果が現れない?

 

「あなたの自傷を強制する艶術は『敵意を向けた場合』のみに発動するもの。だったら、敵意を向ける対象を変えればいい」

「っ!?」

 

 羽月の指摘に威刃羅は息を呑む。

 己の艶術に思わぬ抜け道があったことに気づいて。

 

「そう。私たちは、もうあなたに向けて攻撃していない。狙いはユアさんと七乃花さんだもの」

 

 3人の少女たちは威刃羅を囲う形で互いを攻撃し合っていた。

 矛先を身内に変える。ただそれだけで、威刃羅の艶術は封じられた。

 

「アンタはただ私たちの喧嘩に巻き込まれているってわけ」

「ご愁傷様です♪ 身内争いによる流れ弾で、あなたは滅びるんです♪」

 

 少女たちは一切の遠慮も無く、仲間に向けて大技を放った。

 それは相手の力量を信じているからこそ、できることだった。

 

「さあ、せっかくですから言いたかったことを言ってやります! 雄護様にふさわしいのは真の淑女たるこの私です!」

「むっつりスケベが何言ってるのさ! 雄護から本心を引き出した私こそが正ヒロインじゃわい!」

「立場には拘りませんが……雄護くんを一番愛しているのは間違いなく私です♪」

 

 三つ巴に衝突し合う力の奔流。

 霊交練成によって強化された一撃は凄まじい爆発を起こし、中心に居る威刃羅を巻き添えにしていく。

 

「おい。貴様ら……」

 

 威刃羅にとって、それは冒涜に他ならなかった。

 よりにもよって第四等級である己を、くだらない悶着のついでに滅ぼすと言ったのだ。

 下等な女ごときに許してはならない所業であった。

 

「私を無視するなァ!!」

 

 ──術式解除!

 

 怒りのあまり、威刃羅は衝動的に術式を解いた。

 ……それが少女たちの真の狙いであった。

 

 少女たちは一斉に威刃羅に向けて突撃する。

 

 プライドの高い第四等級が、このような決着に甘んじるはずがない。

 再び自分に意識を向けさせるため、どこかで必ず【禁華聖罰】を解除する。

 その読み通りの展開となった。

 

 ──この一撃で、決める!

 

 全開に霊力を纏わせた渾身の刺突を繰り出す。

 

「……お見事」

 

 決着はついた。

 

 

 少女たちの敗北によって。

 足場のバラ畑から、無尽蔵の花びらの刃が噴き上がり、少女たちを一瞬で斬り刻んだ。

 

「いい作戦だったわ。でも忘れてないかしら? ここは私の【胎界】。私の力を十全に引き出せる空間なのよ?」

「かはっ!」

「そん、な……」

「こんなにも、霊核を強化してきたのに……」

 

 少女たちが油断していたわけではない。慢心もしていなかった。

 ただ厳然たる力量差があっただけ。

 霊交練成で霊核を強化しても尚、届かない領域に威刃羅が座している。

 ただそれだけの絶望に他ならない。

 

「雄護、様……」

 

 最愛の少年を思って、羽月は涙する。

 最も描いてはならない結末になってしまった。

 こんな悪魔を雄護のもとへ向かわせてはならなかったはずなのに。

 自分たちの死で、彼の心を傷つけてはならなかったはずなのに。

 彼に直接詫びることすら、もう許されない。

 

「あはは! 頼りになる雄護は来ないわよ! 霊符を使ってぐっすり眠っているようだったしね! より深く眠ってもらえるように私の艶術もオマケにかけてあげたわ! どうあっても明日の決闘まで目覚めることはない!」

 

 倒れ伏す少女たちを眺めながら、威刃羅は高らかに笑う。

 

「ああ、楽しみね明日の決闘が! 安心なさい! あなたたちの死に様はちゃんと詳しく雄護に聞かせてあげるわ!」

「ぐっ……うぅっ!」

「いったいどんな顔をするかしらね! さぞかし私に深い憎悪を向けてくるんだわ~! そんな雄護に敗北を味わわせて、心を折って、いずれ私無しでは生きられないように染め上げるの! その瞬間が待ち遠しいわ!」

「うわあああああ!!」

 

 雄護への侮辱を口にする無礼者に斬りかかることもできない。

 悔しさと惨めさに苛まれ、羽月は叫ぶことしかできなかった。

 

「私はより進化する! より強く、より美しく、さらなる高みへ至ってみせる!」

 

 毒々しいバラ色の世界で、魔性の笑い声が響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 その世界に、一点だけ、翳りが生じた。

 すべての色を染め尽くす──墨の黒色が。

 

 羽月は目にする。

 胎界の空がヒビ割れ、砕けた穴から、いつも目で追っていた姿が現れるのを。

 

「(ああ……)」

 

 流していた涙は、悲哀から別のものへと変わった。

 

「(やっぱり、あなたは私たちの希望です──雄護様)」

 

 純白のマントを翼のように翻して、黒井戸雄護は降り立った。

 

「【墨柘榴】」

 

 墨が飛散する。

 負傷した少女たちの体は優しく包まれ、一瞬で治癒が完了する。

 威刃羅へは墨の斬撃が放たれる。

 

「そんなっ! どうして!」

 

 慌てて射程距離から逃れた威刃羅は、困惑の顔を浮かべる。

 

「なぜ目覚めているの雄護! ありえない! 霊符と艶術の重ね掛けを解けるはずがない!」

「そうだな。夢も見ないくらいに、ぐっすりと眠らせてもらっていたよ。だが……どうしてか胸騒ぎが止まらなかった」

 

 心地いい眠りの中で、本能に語りかけるものがあった。

 いますぐ目覚めろ。手遅れになると。

 

「何度も目覚めようとした。だが、さすがは未来さんの霊符だ。なかなか意思の力だけじゃ術式が解けなかったよ。そんなとき、お前の甘ったるい艶術の匂いがしてきた。その不快感に耐えきれないあまり……現実で墨柘榴の墨を部屋に撒き散らしていた」

 

 霊符と艶術の効果は、その瞬間に解け、雄護は覚醒に至った。

 護衛の少女たちは不在。そして街中に巨大なバラが生えているのを見て、雄護はすべてを察した。

 

「まさか、念には念と思った睡眠の重ね掛けが(あだ)になるとはね……」

「求婚するなら、ひとついいことを教えてやろう。俺は香水の匂いのキツい女が嫌いだ」

 

 威刃羅の出方を窺いながら、雄護は愛しい少女たちに意識を向けた。

 

「遅れて済まなかった。よく頑張った」

「雄護様……ごめんなさい。私たち、結局何も……」

「いいんだ。あとは俺に任せろ」

 

 傷は完治しても、もはや少女たちに戦える余力は残っていない。

 3人まとめて墨柘榴の墨で包み、防壁の結界を造る。

 これで巻き込むことなく戦える。

 

「いけないわ雄護。私たちの決闘は明日よ。ここで私に刀を向けることは盟約に反することになる」

「いまさらそんなことを言われて刀を納めるとでも?」

 

 大切な少女たちを傷つけられたのだ。

 雄護の憤怒の炎は、もはや言葉などで鎮められない。

 

「盟約を破棄するなら、私に勝ったときに雌鬼の情報を引き出せなくなるわよ?」

「貴様の口から語られることなど、もはや信用できない。たとえそれが真実だとしても」

「そう。残念だわ」

 

 威刃羅がパチンと指を鳴らす。

 

「盟約は破棄よ! よってこの瞬間、街中に雌鬼が襲来してくるわ! それを放置して私と闘うのかしら雄護!」

「想定済みだ。お前に眠らされた退魔師たちも、退魔庁の職員たちも、ここに来るまで全員起こしてきた。すでに胎界の外では迎撃態勢は敷かれている」

「……本当に隙が無いわね。ああ、そんなあなただから、私の力で屈服させたいの!」

 

 胎界そのものが激震を起こす。威刃羅の闘争欲を物語るように。

 

「盟約が破棄されても私の目的は変わらない! 雄護! 私が勝って、あなたを私のモノにする!」

「決着をつけるぞ、第四等級」

 

 天すら貫かんほどの力がふたつ。

 凄まじい衝撃波を放ちながら、いま激突した。

 

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