* * *
結局、家に着くまでムラムラが限界値に達した。
途中、よく利用するコンビニへ立ち寄り、あるものを購入してからトイレを借りる。
「ふぅ」
よし、なんとか落ち着いた。
トイレを出て再びレジに向かう。
「こちらの手配をお願いします」
先ほど購入した保冷バッグとその中身を店員のお姉さんに渡す。
「は~い、かしこまりまし……っ!? ご、ご利用ありがとうございます。すぐにご手配しますね~」
店員のお姉さんがおずおずと保冷バッグを受け取る。
さっき会計したときも気まずそうにしていたが、2回目のいまはもっと顔が赤い。
まあ中身が中身だからこの反応は仕方がない。
「こ、こちらに必要事項のご記入をお願いします」
声を潜めながら差し出された紙にペンを走らせる。
「……お、お兄さん。今夜も退魔師としてのお仕事帰りですか?」
「ええ。大した任務ではありませんでしたが」
「あ、ありがとうございます。いつも街の平和を守ってくださって」
「いえ、退魔師としてとうぜんのことです」
初めてこのコンビニに来たとき「男の人が夜に出歩いて大丈夫なんですか?」とお姉さんに心配されたので、あらかたの事情は説明している。
このお姉さんとも、すっかり顔馴染みだ。
世間話をしつつ、最後の項目を書き終える。
精子提供者、
「で、では早朝に『精子バンクセンター』に回収させますので、こちらはお預かりしますね~」
「よろしくお願いします」
オナニーなんて本来なら無駄打ちに過ぎないが、この世界ではこんな形で有効活用できる。
顔見知りをオカズにする罪悪感も「社会貢献のため」と思えば幾分か和らぐ。
この店は搾精キット一式が揃っているから、いつも手配がスムーズに済んで助かるぜ。
「……あ、あのお兄さん。余計なお世話だったら申し訳ないんですが」
「何か?」
「その……お体のほうは大丈夫なんですか? 精子提供、もう今週で4回目だったと思うんですけど」
お姉さんはモジモジとしながら俺の体調を案じる。
「あ、あの、セクハラとか思わないでくださね!? 私もあまり詳しいわけではないんですが1回出すだけでも男性の肉体に相当な負担がかかるんですよね? だから心配で……」
この世界の男はそうらしいな。
人の良さそうなお姉さんなので、下心というよりかは本当にただ純粋に心配しているだけなのだろう。
だがお姉さんの心配は杞憂である。俺の精力は前世と同じく元気全開だから。
「自分は平気です。鍛えていますから」
「いや、それにしたってこの回数はさすがに体に悪影響があるんじゃ……」
「『精通した健康な男性は精子の提供が義務づけられる』……自分は国の法に従っているだけですが何か?」
「月1回でいいんですよ!?」
月1回じゃすぐに精子バンク尽きない?
それに忠実に提供している男性なんてほとんどいないって聞いたぞ。
3回破ったら罰金だっていうのに。
「お兄さんはどう考えても提供頻度が多すぎますって!」
しょうがねえだろ。こちとら毎日ムラムラしてるんだから。
それもこれも、この世界が美人で乳のデカい女性で溢れているからいけないんだ。
もちろん目の前の店員のお姉さんもめっちゃ美人で乳がデカい。制服が突き破れるんじゃないかってくらい胸がパツパツだ。
こんな爆乳美人が前世の深夜コンビニで働いてたら絶対に柄の悪い連中にナンパされまくっているぞ。
改めて驚いてしまうな。
こんな美女だらけの世界なのに、恋愛結婚がほぼ廃れているだなんて。
まあ無理もない。
なにせ性的に興奮するだけで雌鬼が襲来する世界なのだ。
俺でさえ勃起するたびに警戒するというのに、牙を持たない一般人の男性にとってはどれほどの恐怖だろうか。
遺伝子レベルで刻まれた雌鬼に対する恐怖心は男の性欲を減退させ、恋愛すらも困難なものにした。
いまや男女の恋愛は都市伝説ものとなっており、結婚が成立した際には大々的ニュースになるほどだ。
大昔は強制的に婚儀を結ばせていたようだが、男性の尊厳を守るためとかで廃止された。
とうぜん、そのままでは人類は滅び行くばかりである。
そのため定期的な精子提供が義務づけられ、人工授精によってこの世界の人類は繁栄している。
……そう。だから俺がこうして精子を提供しまくることは人類の未来に繋がるのだ。
むしろ褒められるべきでは?
「いいですかお姉さん。ただでさえ雌鬼による被害で男女比が偏っているんですよ? 精子バンクだっていつ尽きるかわかりません。俺のような健常者が可能な限り精子を提供しなければ人類はいずれ絶えてしまう。おわかりですね?」
「ひっ! は、はい……おっしゃる通りかと……」
「俺は世界で唯一の男退魔師として雌鬼の脅威を退けるだけでなく、繁栄の面でも尽力せねばならないのです」
「た、たいへんご立派かと!」
「そう思われるのであれば今後は黙って精子を受け取っていただきたい」
「は、はい! そうさせていただきます!」
人の良さそうなお姉さん相手に気後れはするが、毎回こうして体調を案じられては精子の手続きがやりづらくなる。
ここは圧を強めて押し切っていくことにする。
「あっ、一応決まりですので中身を確認させていただきますね……って量多っ!? いつも多いけど今回は特に多っ!! え!? いまさっきだよね!? これ何回分!?」
しょうがねえだろ。
また何か言われる前に、俺はそそくさと退店した。
* * *
ムラムラを解消したことで、やっと落ち着いて帰宅できる。
発情した状態でこの世界の夜を歩くのは本当に危険だからな。
雌鬼が精気に引き寄せられて襲来してくるのもそうだが……俺にとって一番怖いのが痴女の存在だ。
退魔師の女性たちは雌鬼の催淫に対抗するため強靱な理性を持つように鍛えられるが、一般女性はその限りではない。
男が繁殖への欲求が薄まった反面、女性の性欲はとにかく強い。
まるで種を残す本能が暴走したかのように、男を見れば見境なく発情する。
いまみたいに男がひとり夜を歩いていれば襲われても文句は言えない。
もっとも退魔師として鍛えている俺ならば一般人の痴女くらい簡単に撃退できるのだが……。
問題はコンビニのお姉さんがそうだったように、痴女ですらスタイル抜群の美人ばかりということだ。
いくら俺でも合意無しの行為はごめんだ。
だが、さすがにムラムラした状態でエッチなお姉さんたちに「うっふ~ん♪ 私と気持ちいいことしましょう~♪」と襲われようものなら「是非お願いしましゅ~!」と本能に負けてしまうかもしれない。
そうなれば童貞と共に霊力も喪失。俺は雌鬼から身を守る
……まあ退魔師はたくさんいるのだから「戦う力が無くなったら素直に守ってもらえばいいじゃん?」と葛藤したことは何度もある。
でもさ。
それで女の子たちが死ぬかもしれないんだぞ?
戦う力があったのに。才能にも恵まれていたのに。実力もあったのに。
いっときの気の迷いで霊力を失って「引退するので命がけで守ってください」って言えるか?
もしそれで誰かが死んだら俺は一生自分を許せないし、一生引きずり続けると思う。
成人したら自然と霊力を失う以上いずれは俺も戦えなくるが……現時点では雌鬼を滅ぼせる手段があるんだ。
だったら、やれるところまでやるべきだろ。
そういうわけなので俺にとってムラムラの解消は決して欠かせない。
そこら中で童貞喪失の爆弾が控えている以上、常に賢者タイムでいなければならない。
「……」
さて、そうこう考えている間にさっそく童貞喪失のピンチ到来だ。
やっぱり尾行されているな、ずっと後ろから。
……感じる、感じるぞ!
尻に向けられるネットリとした視線が!
前世では女性が「やらしい視線には気づく」と言っていたが、この世界に転生してからはそれがよくわかる。
露骨に俺の尻を舐め回すように見てきているぞ、背後のヤツは。
……というか手をワキワキさせて揉もうとしてきてないか!?
「ふんっ!」
すかさず背後を振り返り、下手人の腕を掴む。
「観念しろ、この痴女め」
「あらら、ざ~んねん。今回も失敗か~」
「……って、ユアか」
銀色のロングストレートヘアの少女が赤い瞳を爛々と輝かせながら含み笑いをしていた。
退魔名家、白風家の娘であり、俺の護衛のひとりだ。
「いい加減にしろユア。護衛対象に
「護衛として雄護の危機感を鍛えてあげてるんだよ~。だって雄護ってばあんまりにも無防備に歩いてるんだも~ん」
「そう言って毎回セクハラされかける身にもなってみろ」
「おかげでこうして成果が出てるじゃ~ん? 私ってえら~い……ふぎゃっ」
屁理屈を言うユアの脳天にチョップをお見舞いする。
「……わざわざ女の子の体に触れるようなお仕置きをするだなんて。雄護はやっぱりおもしろいね~」
叩かれたのにユアは「イヒヒヒ」となぜか嬉しそうに笑った。
相も変わらず変な女だ。
護衛のくせにセクハラ三昧してくるし。
本当にどうしてこんな娘が俺の護衛に選ばれたんだ?
ユアも退魔師なら淑女としての教育を受けているはずだが、そんな振る舞いをこの半年で見たことは一度もない。
「ん~やっぱり雄護に触られると霊力が跳ね上がる気がするな~。気のせいかな?」
頭をさすりながらユアは首を傾げた。
気のせいだろ。
まさかエロゲーみたいに「お触りしたらパワーアップ!」するわけじゃあるまいし。
この話題にのったら調子こいたユアが「もっと触ってみて~?」と迫ってくるだろうからスルーする。
「羽月はどうした? 一緒じゃないのか」
「置いてきた~。後始末面倒だったし」
「仕事を押しつけるヤツがあるか」
「それは雄護もでしょ~? それに私には夜道を歩く雄護を見守る任務があったしね~。ちゃんとお仕事してますよ~」
やっぱりずっと尾行してたのはユアだったか。
「雄護を襲おうとした痴女が何人かいたけど、ちゃ~んと牽制しておいたよ? ほ~んとに雄護ってば危なっかしいんだから」
うお、マジか。
珍しく痴女見かけないと思ったらユアの手柄だったか。
「ね、ね、私偉い? 雄護のこと守ったよ? 偉いでしょ~?」
瞳をキラキラさせて「褒めて褒めて~」と頭を振るユア。
本来なら「ああ! 俺の童貞を守ってくれてありがとな!」って素直に礼を言いたいところだが……。
「調子に乗るな。そんなのは護衛として当たり前の仕事だ。いちいち褒めることでもない」
ユアと距離を縮めないためにも俺は嫌われ者ムーブを徹底する!
なんせユアは美人だらけの貞操逆転世界でも特に際だった美貌の持ち主。同じ人間かと疑うくらいの超絶美少女だ。
しかも羽月にも匹敵するドスケベボディ!
こんなスタイル抜群の美少女と親しくなったら、あっという間に童貞喪失コースだ。
「そもそも護衛対象にお触りしようとする女を褒める道理があるか。むしろ罰を与えるところだ」
「罰か~。そっか~。じゃあ、どうせお仕置きされちゃうなら開き直ってもいいよね?」
いや、なんでだよ。
再び俺の尻に手を伸ばすそうとするユアの手をバシンっと払おうとしたが……、
「イヒヒヒ」
うまいこと回避される。
こら、躱すな!
ユアは宙返りして俺から距離を取り、挑発的な笑みを浮かべる。
「……今夜は随分と反抗的のようだなユア」
「そうだよ。だから久しぶりに躾けが必要だよ。
ユアは白い首元に巻かれたチョーカーをちょんちょんと指差す。
「私はまだ忘れてないよ? あなたとの戦いに負けて、この首輪をつけられて『犬』にされたときの屈辱を」
笑みの中に鋭い闘志を宿してユアは言う。
……いや、違うんですよ?
女の子に首輪をつけて犬プレイを強いているとか、そんな特殊な趣味があるわけじゃないんですよ?
仕方なかったんだよ。だって出会った頃のユアがあまりにも反抗的だったんだもん。
『実家にうるさく言われて仕方なく護衛を引き受けたけどさ~……私って自分より弱いヤツに従うつもりはないんだよね~?』
そんな生意気なことを言うので、一度徹底的にボコボコにしてやった。
ついでにチョーカーをつけて「お前は今日から俺の犬だ。返事をするときは『ワン』だ」と命令した。
ムシャクシャしてやった。いまは反省している。
思えば、いまのユアはまだ丸くなったほうだ。
任務のときは一応指示に従ってくれるしな。
……だが、ときどきこうして隙あらば俺に牙を剥こうとする。
日頃のセクハラ行為もある意味では俺に対する反抗か。
「今夜は私、戦えてないからとっても体が疼いてるの。雄護だって、手応えの無いヤツらが相手で不完全燃焼でしょ?」
顔を上気させて蠱惑的に体を撫で回すユア。
エロすぎるから
「このまま帰ったら、寝てる雄護に何するかわからないよ?」
このバトルジャンキーめ。
完全にスイッチが入った目してるじゃねえか。
まったく。これは確かに躾けが必要のようだ。
「いいだろう。相手になってやるよ」
「イヒッ!」
互いに霊衣を展開。
跳躍で人気の無い河原に移動し、結界を張る。
「ねえ、約束忘れてないよね?」
「何をだ?」
「一度でも私が勝てば、雄護を好きにしてもいいんだよね?」
そういえばしたな。
ユアがあまりにしつこいんでテキトーに承諾した覚えがある。
貞操逆転世界の女子相手にそんな提案を飲むなんて、純潔の危機でしかない。
だが問題はない。
負ける気は一切しないし。
「約束は守るさ。そんな日は永遠に訪れないけどな」
「イヒヒヒ。おもしろいね。やっぱり雄護はおもしろいよ。だから……力ずくで私のモノにしたくなるの!」
ユアの霊力が膨れ上がる。
さて、聞き分けの悪いワンちゃんには熱いお灸を据えてやろう。