貞操逆転世界の退魔師   作:青ヤギ

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護衛との共同生活

 

    * * *

 

 

 前世の記憶は曖昧なところも多い。

 日本で生まれ、恵まれた暮らしをしていたことまでは覚えている。

 だが家族や友人といった人間関係や、自分の死因はあまり思い出せない。

 だからだろう。

 今世の母の存在を、すんなり『親』として受け入れることができたのは。

 

 俺の母、黒井戸(くろいど)ヒナタは最強の退魔師だった。

 文字通り、規格外の存在だった。

 なにせ10代を終え、俺を出産したにもかかわらず、霊力を失わなかったのだから。

 正確には全盛期と比べれば半減してしまったのだが……それでも充分に前線に出れるほどの実力を誇り、現役の退魔師で母に敵う者はいなかった。

 俺はそんな母と並んで、全国各地に赴き、雌鬼退治の旅を13歳になるまで続けた。

 

『力を持って生まれた者には責務がある。その力を(はぐく)まず、宝の持ち腐れにすることを私は許さない』

 

 この世界の母親は息子が生まれたら甘やかしまくって溺愛するそうだが、俺の母は例外だった。

 性別を理由に特別扱いすることは決してしなかったし、弱音を吐けば厳しく叱ってきた。

 けれど、そこには確かな愛情があった。

 世の母親のように、ただ過保護に甘やかすのとは違う。

 息子の未来を思う強い気持ちが込められていた。

 

『雄護。お前のように強い霊力と生命力を持つ男は雌鬼にとって格好の獲物だ。だから選べ。雌鬼を撃退する(すべ)を身につけるか。地下シェルターで生涯怯えて暮らすか』

 

 母は俺に、この世界で生きる上での選択肢を増やしてくれた。

 それをわかっていたから過酷な修行生活も乗り越えることができた。

 

 子として、退魔師として、心から尊敬していた。

 だから許せなかった。

 そんな母の命を奪った雌鬼たちを。

 

 3年前。

 旅から帰郷して、母さんはとてつもない強大な気配を感知した。

 

『何だ、この圧は?』

 

 空に巨大な裂け目が生じ、闇よりも深い渦の向こうから咆吼が上がった。

 

『いけない……()()をこの世界に顕現させてはいけない!』

『母さん!』

『雄護! お前は来るな! 他の退魔師と協力して一般人を守れ!』

 

 母は迷うことなく、次元の裂け目へと飛び込んだ。

 空に激震が走るほどの衝撃が立て続けに起こった。

 まるでそれから逃れるように、かつて見たことのないほどの大量の雌鬼がこちらに侵攻してきた。

 残された俺たちは雌鬼の大群を全滅させることで手一杯だった。

 

 一夜明け、次元の裂け目は閉じられた。

 帰還した母は、もう手遅れの状態だった。

 

『侵攻は防いだ。だが……()()はいずれ復活する。それまでに私以上の退魔師を……』

 

 その先は言わず、血だらけの手で母は俺を抱きしめた。

 

『ひとりにすることを許せ、雄護……お前は私の宝……愛している』

 

 そう言い残して、母は退魔師としての役目を終えた。

 

 俺が雌鬼の全滅を目論むのは、身の安全のためだけじゃない。

 母の仇討ちのためでもある。

 息子の俺が成し遂げなければならない。

 母ですら滅ぼしきれなかった謎の存在がいる以上、女にうつつを抜かしている暇などない。

 もっと強く、強く、強くならなければ。

 

(母さん。任せてくれ。俺が雌鬼との戦いを終わらせてみせるから)

 

 あの夜以降、俺は関東にある実家に留まり、謎の存在の復活に備えた。

 残された広い屋敷。

 あちこち旅をしていたので帰るのは稀だったが、母と過ごした思い出がここには詰まっている。

 常に貞操の危機に悩まされるこの世界で、この屋敷だけが俺にとって唯一安息の場所……だったならよかったのだが。

 

「すぅ、すぅ……ん?」

 

 自室で気持ちよく眠っていると、扉がそっと開く音で目が覚めた。

 気配を殺した侵入者が俺のベッドに近づいてくる。

 

「くくく。雄護め、呑気に寝ちゃって。隙あり……ぷぎゃっ!?」

「甘いぞユア。邪念でバレバレだ」

 

 すかさず起き上がり、ユアを撃退する。

 

「うぅ、奇襲も成功しないとは、さすがは雄護~」

 

 寝間着姿のユアはひっくり返った状態で目を回している。

 まだ俺に勝つことに固執しているのか、性懲りもなく寝込みを襲ってきたようだ。

 まったく、これじゃちっとも安眠できん。

 

「ご無事ですか雄護様!? いったい何事です!?」

 

 騒ぎを聞きつけて羽月(はづき)までやってきた。

 下着姿で。

 

「……ぶっ!?」

「あっ! 白風(しらかぜ)ユア! またあなたですか! 護衛でありながら雄護様の寝込みを襲うとは何事ですか!?」

 

 羽月こそ下着姿でうろつくとは何事だ。

 エロすぎるから早く何か着てくれ。

 

「誤解しないでよ羽月。私は雄護の危機察知能力を鍛えてあげてるんだよ」

「屁理屈を言うのはおやめなさい! 殿方の部屋に無断で忍び込むだなんて! 淑女として恥を知りなさい!」

「そういう羽月だってブラとショーツだけで男の部屋に来るのどうかと思うよ~?」

「着替えてる途中だったのよ! あっ、申し訳ございません雄護様! このような見苦しいお姿をお見せしてしまって!」

 

 見苦しいどころではない。眼福過ぎて勃起が止まらんわ。

 だから下着姿で頭を下げるな。白ブラに包まれた爆乳が揺れるわ、ふっかい谷間が見えて股間が痛いねん。

 

 これだから護衛の少女たちとの共同生活なんて御免だったんだ。

 こんな股間に優しくない生活がすでに半年も続いている。

 前世だったら小躍りしたくなるようなシチュエーションだったが……禁欲を強いられている身からすれば生殺しもいいところである。

 

(母さんが生きていれば、こんなことにはならなかったのに……)

 

 雌鬼に狙われやすい男は、退魔師との共同生活が義務づけられている。

 特に霊力値の高い男は優先的に庇護される。

 そう、男は霊力が使えないというだけで、決して無いわけではない。

 霊力は魂を源としたエネルギー。

 それは生命力にも直結した、雌鬼にとっての栄養源だ。

 とうぜん放置するわけにはいかない。

 

 こればっかりは男性側にも拒否権は無く「女と暮らすなんてイヤだ!」というワガママは通らない。

 俺の場合は最強の退魔師である母さんの庇護下にいたから、これまでは必要なかったが……母さん亡き後は、さすがに護衛不在というわけにはいかなくなった。

 俺の身の回りのお世話も兼ねて、1年に1回、新しい護衛が入れ換わりにやってくるようになった。

 

 もちろん抗議はした。

 俺には雌鬼に対する自衛能力があるのだから、わざわざ自宅にまで護衛を置く必要はないと。

 ところがお偉いさん側の主張はこうであった。

 

『あなたは生ける国宝であり、ヒナタ様の忘れ形見です。万が一何かあっては、英傑として散ったヒナタ様に合わす顔がございません』

 

 などと言って、次から次へと護衛を派遣してきた。

 

 あのですね? その国宝とやらは女相手にムラムラするんですよ。

 それなのに、こんなに美少女を揃えないでください。

 いっときの気の迷いでエッチしちゃったら霊力失って国宝としての価値が無くなるんですけど!?

 俺まで母さんのように、いつまでも霊力を保持できるような例外とは限らないのだから!

 

 ……まあ、ときどき考えちゃうけどさ。

 息子の俺も純潔を失って10代でなくなっても、霊力が半減する程度で済むんじゃないかって。

 だから物は試し! 思い切ってエッチしてみよう!

 そう悪魔が囁く。

 

 でもそれで本当に霊力すっからかんになったらどうすんだよ!?

 そんな取り返しのつかないギャンブルなんて誰がやるか!

 

 だから家に美人な護衛がいても俺は耐え凌いできた。

 幸い、これまで派遣されてきたのは任務に忠実なお姉様たちばかりだったから間違いは起こらなかった。

 向こうも俺に気を遣ってか、一線を引いた距離感で接してくれた。

 

 ところが今年はダメである。

 まず同年代の爆乳美少女ってのがよくない。こんなの意識せざるを得ない。

 というか本来なら退魔師として最年長の18~19歳のベテランお姉様が派遣されるはずなんだよ。

 なのに羽月のような退魔師としてはまだ発展途上の娘だったり、ユアみたいな明らかに護衛向きではない問題児が寄越されている。

 

 おおかた退魔名家の圧力がかかって強引に決められたのだろう。

 各名家の目的まではわからんが、きっと俺という稀少な男退魔師と何かしらの縁を作るために娘を差し向けたに違いない。

 大人って汚い!

 しかも、よりによって俺の好みに合致するような娘ばかり送り込みやがって!

 

 天然で際どい姿を見せる黒髪正統派美少女の羽月。

 自由奔放で危うげな色香を放つ銀髪赤眼のユア。

 そして最後のひとり……。

 

「あらあら。皆さん朝から元気ですね」

 

 騒々しさを瞬く間に落ち着かせる柔らかな声。

 プラチナブロンドのサラサラロングヘアーを揺らしながら、色白の少女が現れる。

 

「おはようございます雄護くん。よく眠れましたか?」

 

 彼女は黄泉路(よみじ)七乃花(なのか)

 護衛専門の退魔名家、黄泉路家の娘であり、わざわざ京都から派遣されてきた退魔師だ。

 そして……俺が最も警戒している護衛である。

 

 羽月のように天然でムラムラさせてくるわけでもない。

 ユアのように妖艶的に絡んでくるわけでもない。

 そんなふたりと比べれば七乃花自身はいたって人畜無害。

 ではなぜ危険か?

 だって……。

 

「……? っ♪(にこっ)」

 

 ズッキューン!

 笑顔を向けられただけで心臓を射貫かれる!

 ……かわいい。やっぱり、この娘かわいすぎる!

 男心を全力でくすぐってくるかわいさ!

 

 羽月やユアだって美人だらけの貞操逆転世界の世界でも特に美人だ。

 だが七乃花の美しさは……とにかく一線を画している!

 腰まで届くプラチナブロンドの髪はよく手入れされていて常に光沢を放ち、肌も健康的で清潔なミルク色。

 目尻の下がった青色の瞳は見る者の心を穏やかにするような優しさに満ちていて、桃色の薄い唇はいつも笑顔が崩れない。

 退魔師としては随分と華奢で背丈も小さいが、出るべきところは出ており、なんなら護衛の少女の中で一番スタイルがいい。

 その肉付きすらも決して下品な印象は与えず、女性としての魅力をより引き立てている。

 

 まさに一点の曇りもない完成された美貌。

 顔面国宝? 傾国の美女?

 そんな言葉が大袈裟にならないくらいの美貌の持ち主。

 そもそも顔面偏差値の高い美少女たちの間で「滅茶苦茶美人」と称されている時点で彼女の美貌のヤバさがわかる。

 女嫌いのはずの男たちですら、七乃花の美しさを前に一瞬目を奪われるんだとか。

 

 そんな超絶美少女と同じ屋根の下で暮らしてみろ。

 もたねえよ理性が!

 今日までお猿さんになっていない自分を褒めてやりたいよ!

 

「さあさあ、元気なことは結構ですがそろそろ朝ご飯にしますよ? ユアちゃんも羽月ちゃんも着替えてらっしゃい」

「はいは~い」

「し、失礼いたしました。ただちに着替えてまいります」

 

 まるで母親のようにユアと羽月を自室に向かわせる七乃花。

 まあ、この屋敷の家事は七乃花が一任しているのでマジでお母さんのようなポジションになりつつある。

 

「おやおや? 雄護くん、あまり顔色がよろしくないですね?」

「っ!?」

 

 七乃花がひょいっと顔を近づけてきて、俺の様子をうかがう。

 やめろ! 俺の傍に近寄るな! 好きになっちゃうだろ!

 

「目の(くま)はないようですが疲労が抜けてない感じですね……さては雄護くん、また『圧縮睡眠の霊符』を使いましたね?」

「……悪いか? 睡眠時間が限られている退魔師にとっては必要なものだ」

 

 雌鬼が夜にしか出現しない以上、退魔師の睡眠時間は必然的に削られる。

 圧縮睡眠の霊符は、その解決策として作られた特殊な御札だ。

 霊符を貼った室内で睡眠を取ると、御札に刻まれた術式が発動して、短時間でも長時間睡眠を取った状態になれる。

 昨晩も遅くまで活動していたので、たいへん重宝したのだが……。

 

「いけませんよ、雄護くん。圧縮睡眠はあくまで非常時に使うべきもので日常的に利用するものではありません。脳疲労は取れますが、体の疲れまで取れるわけではないですから」

 

 そうなんだよな~。

 眠気は無くなるが、後からドッと疲れが押し寄せてくるんだよな。

 

「ですから圧縮睡眠の霊符があっても変わらず『交代制シフト』が強く推奨されているでしょ? 雄護くんは毎晩任務に出撃しすぎなんです。いい加減にお休みしてください」

「いや、それはだな……」

 

 だってな。一日でも早く雌鬼を全滅させたいんだもん。

 

「まさか今晩も雌鬼退治に出向くつもりじゃないでしょうね?」

「いけないか?」

「だ~めっ。今夜は外出禁止です」

 

 七乃花は指を交差させてバッテンマークを作る。

 ちくしょう。そんな仕草までかわいいな。

 だが俺は屈しないぞ!

 

「護衛の分際で俺の行動を制限するつもりか?」

「護衛だからこそ言うんです。雄護くんの体調管理も私のお仕事の内ですから」

「頼んだ覚えはないぞ」

「はい。私がそうしたいから、そうしているだけですよ♪」

 

 にっこりと毒気のない笑顔を浮かべる七乃花。

 まるで後光が射すような表情を前に心が浄化されてしまいそうだ。

 くっ。七乃花相手にも嫌われ者ムーブをして溝を深めないといけないのに!

 

「退魔師として使命感に燃える雄護くんも素敵ですが、どうかお体も大事にしてください。今夜だけでもゆっくり休みませんか?」

 

 やめて! 首をコテンと傾げないで! かわいすぎるから!

 

「今晩は久しぶりにケーキを焼いてさしあげますから。よく眠れるハーブティーもご用意しますよ?」

 

 なにっ!? 七乃花のあの激うまケーキを!? 思い出しただけでいまにもヨダレが出てきそうだ。

 

「あ~、けれど雄護くんが今夜も任務に出られるようでしたら食べる暇がありませんね~。傷むといけませんし、その場合は作らないほうがいいでしょうね~」

 

 チラッと流し目を送る七乃花。

 ……仕方ない。今日のところは俺のほうが折れてやるよ。

 だって俺、甘いものに目がないんだもん。

 

「ふんっ。言われなくとも今日は休養日にするつもりだったさ。わざわざ指図されるまでもない」

「まあ、そうでしたか。いらぬお節介をかけてすみません♪」

 

 ち、ちくしょう。

 まるで反抗期の子どもを微笑ましく見守るような顔しおって

 

「お節介ついでですが、朝食の前にお風呂はいかがですか? こんなこともあろうかと沸かしておきました。少しでもお疲れが取れてスッキリすると思いますよ?」

「沸かしたなら入るしかないだろ。水道代とガス代が勿体ない」

「はい♪ 勿体ないので、どうぞゆっくり浸かってください♪」

 

 風呂好きの俺のために朝風呂の用意までしてくれる七乃花。

 なんて気配り上手なお嬢さんなんだ!

 美人でスタイル抜群で優しくてお料理もできて家事もパーフェクト。

 本当に何、この娘? 理想の嫁なの?

 いや、もはや天使? 女神? 聖女?

 もう男の理想の詰め込みパックじゃん!

 母さん助けて! このままだと俺、七乃花に求婚しちゃいそう!

 

 俺は逃げるように朝風呂に向かった。

 

 

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