貞操逆転世界の退魔師   作:青ヤギ

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彼女は天使?

 

    * * *

 

 

 朝風呂って最高だね。

 おかげで意識が冴えてきた。

 いまなら七乃花のあまりにも強烈な美貌と魅力を前にしても、振り回されることはないだろう。

 

 そもそも忘れてはならない。

 七乃花だって所詮は貞操逆転世界の女子だってことを。

 いかにお清楚オーラを振りまいても、その内心ではどんな肉欲が渦巻いていることか。

 

 そう、年頃の性欲を侮ってはいけない。

 他でもない、前世の感覚を持つ俺だからこそわかる。

 

 確かに退魔師たちは護衛対象に不埒な真似をしないよう鍛えられている(ユアは例外だが)。

 しかし修行僧だって完全には性欲を断ち切れないのだ。

 彼女らの理性がどこでプッツンするかだなんて、わかったものじゃない。

 だから貞淑の塊みたいな七乃花だって俺は警戒している。

 

 天使みたいな笑顔を浮かべてるけど、どうせ頭の中はお猿さんなんでしょう!?

 俺のことエッチな目で見て、いろいろ妄想してるんでしょ!?

 貞操逆転世界の女の人っていつもそうですよね! 男の子のこと何だと思ってるんですか!?

 

 だから俺は騙されない。

 いかに七乃花が男心をくすぐるような振る舞いを見せてきても。

 俺は決して心を揺さぶられたりはしない!

 

 リビングに入る。

 テーブルにはホカホカの朝食が並んでいた。

 

「あら、雄護くん。サッパリしましたか? そろそろ上がる頃かなと思って、朝ご飯用意しておきましたよ♪」

 

 長い髪をひとつに結び、桃色のエプロンを身につけた七乃花がニッコリと微笑んだ。

 ……あれ? やっぱり天使かなこの()? 結婚しよう。

 

「雄護くんはやはり長風呂ですね~」

「ふん。せっかくの朝風呂だ。堪能しないと損だろう」

 

 危うく口に出そうになった求婚の言葉を呑み込んで席に着く。

 用意されていた朝食は俺の分だけだった。

 

「他の連中は?」

「先に召し上がっていただきました。羽月ちゃんは『護衛が先に食事を済ますだなんて!』って渋ってましたけど」

「そうか」

「……ふふ♪」

「何がおかしい?」

「いえ。やはり雄護くんは怒らないなと思って」

「怒る? なぜだ?」

「他の男性だったら激怒しますよ? 女性が先に食事を済ませて自分が後回しにされたら」

 

 むっ。そういうものなのか。

 せっかくの嫌われ者ムーブをする機会を逃したか。

 いや、でもこっちが長風呂していたのに食事を待たせるのはさすがに罪悪感がね……。

 

「非効率だ。有事の際に空腹で動けなかったらどうする? 護衛なら常に万全の状態でいるべきだろ」

 

 うん、こういう言い方ならキツい上司っぽく聞こえるよね?

 きっと好感度は下がったことだろう。

 

「さすが雄護くん! おっしゃるとおりです! 私もずっと非効率だと思っていましたから。賢明でお優しい殿方の護衛になれて、七乃花は幸せ者です♪」

 

 あれれ~?

 逆に感心されてしまったぞ~?

 

 くっ。やはりこの娘、手強いな。

 俺の身の回りをお世話をしてくれる分、七乃花とは一緒に過ごす時間が多い。

 そんな七乃花には念入りに傍若無人な振る舞いをしてきた。

 だが羽月やユアと同じく、その好感度が下がる様子はまったく見受けられない。

 なんなら俺の口にすることすべてを前向きに受け取って、全肯定する勢いだ。

 マジでこの娘、天使か何かなの?

 

「ささ、お料理が冷める前に召し上がれ?」

「あ、ああ。いただきます」

 

 一度、料理にケチをつけて好感度を下げることも考えた。

 いくら温和の七乃花でも一生懸命に作った手料理に文句を言われたら俺に悪印象をいだくに違いないだろうと。

 だが……。

 

 テーブルに並んでいるのは和の朝食のフルコース。

 どの一品もまるで高級旅館でしか見ないような出来映え。

 味噌汁を一口。ズズズ……うまぁ!

 相変わらずうますぎる!

 だ、だめだ。

 やはり、こんな絶品料理に嘘でもケチをつけるなんて俺にはできない!

 

「いかかですか? 本日のお料理はお口に合いますか?」

「くっ……ま、まあまあだな」

 

 辛うじて出せる悪態はこれが精一杯だった。

 ああ! こんな高級料亭でもやっていけるような手料理を「まあまあ」と評価するだなんて!

 俺ってなんて最低な男なんだ!

 さすがに七乃花の顔もこれで曇ることだろう。

 

「まあまあですか~。うふふ。では、もっと精進しないといけませんね。雄護くんのお口に合う料理が作れるように♪」

 

 だから、どうしてそこで怒らないで嬉しそうなんだお前は!?

 あと、もう精進しなくてもいいんだよ!?

 これ以上おいしいお料理作られちゃったら「うま~♪」って顔に出ちゃうから!

 

「ごちそうさま」

 

 今日もなんとか仏頂面を維持したまま食べ終える。

 本当なら「この飯を一生、俺のために作ってくれ」とか言いたいよ。

 

「お粗末様でした。まあ♪ 今朝も全部食べてくれたんですね? 嬉しいです♪」

 

 ん? 人様に作ってもらったものを食べきるのは当たり前だろう?

 べつに体調が悪いわけでもないのだから。

 

「偉いですね、雄護くん。ちゃんと『いただきます』と『ごちそうさま』も言えて、毎日残さず食べて♪」

 

 子ども扱いされてる?

 まさか赤ちゃんプレイで俺をダメ人間にしようという試みか?

 ふん。舐めてもらっちゃ困るな。

 俺がそんな特殊プレイで陥落するとでも……うん、するな。

 七乃花のその母性全開オーラと慈愛がたっぷり詰まったふわふわボディで甘やかされたら勝てる自信がありません。

 だから絶対にそんなことしないでねママ?

 

 ちくしょう。なんだか悔しくなってきたぞ。

 どうにか七乃花に一矢報いることはできないものか。

 

「こほん。おやおや。おい、七乃花」

「はい? どうされました?」

 

 テーブルに指をツーっと滑らせる。

 実に古典的ではあるが嫁姑の嫌がらせの典型例「(ほこり)が溜まっていてよ?」を決行する。

 

「見ろ、こんなにも埃が……溜まってない! ツッルツルだぞ!」

「はい♪ 雄護くんには快適に過ごしてほしいですから。掃除は隅々までやってますよ♪」

 

 隙が無い!

 この護衛、あまりにも嫁スキルが高すぎる!

 ならば次の手だ!

 

「七乃花。頼みがある」

「はい、なんなりと」

「洗濯物は男女別に洗ってくれ」

 

 前世の家庭でよく見られた「お母さん、お父さんの洗濯物と一緒に洗わないでよ!」というワガママな要求。

 それと同じことを言ってやる!

 どうだ面倒くさいだろう~?

 さあ下がれ好感度!

 

「? 言われるまでもなく雄護くんと私たちの洗濯物は分けて洗ってますよ?」

「そうなの!?」

「当たり前じゃないですか~」

「当たり前なんだ!?」

「以前この屋敷にいらっしゃった護衛の先輩がたも、同じようにしていたと思いますけど?」

「か、家事は任せっきりだったからな。よくは覚えてないが……」

 

 そういえば洗濯カゴが2個あった気がする。

 あれって洗濯物をわざわざ男女別に分けてくれていたのか。

 

「世の中の男性はみんな嫌がりますからね。女性の衣類と一緒に洗濯するだなんて」

「だ、だからって。水道代や電気代が勿体ないと思わないのか?」

「それは思いますけど」

「思うんだ!?」

「だって汚れが他の洗濯物に移ることはないですからね~」

「そ、それは俺も聞いたことがあるが……」

「でもしょうがないですよ。生理的な問題ですからね」

「そ、そうだな」

「もっと潔癖症な男性は『同じ洗濯機すら使わないで欲しい』ということで2台用意している家もありますからね」

 

 マジで?

 それは流石に潔癖すぎない?

 

「さらに拗らせた男性は『女の手が触れた服はもう着たくない』って言って毎日新品を用意させるそうですよ?」

 

 貴族かよ。

 現代社会でそのノリは引くわ。

 

「雄護くんはそういうワガママをおっしゃらないので私としてはすっごく助かってます♪」

 

 俺の要求はワガママの内に入らないらしい。

 というか女性に衣類を洗わせている時点で、かなり寛容な男と思われているようだ。

 元の世界で言えば、女物の下着を異性に洗濯させているようなものだからな。

 ……あれ?

 そう思うと、もしかして俺ってかなり刺激的なことを七乃花に毎日させているのでは?

 

「(じ~っ)」

「? どうしました雄護くん?」

「七乃花」

「はい」

「俺の下着を洗っていて変な気持ちになったりしないのか?」

「え?」

 

 もうこの際、直球で聞いてみる。

 七乃花の曇りなき(まなこ)

 その瞳の奥で肉欲の翳りが見えるか、試させてもらう。

 

「う~ん。もう慣れました♪」

「慣れたんだ!?」

「まあ最初のうちはドキドキしましたけど」

「してはいたんだな!?」

「でも毎日やってたら、もうただの単純作業ですから。いちいち変な気持ちを起こしたりしませんよ」

 

 七乃花の笑顔には一切の邪念の色はない。

 まっさらで純真そのもの。

 あっ、これアレだ。

 手のかかる妹の下着を毎日洗ってくれる家庭的で優しいお兄ちゃんと同じ感じだ。

 

 なるほど。

 そもそも俺は、七乃花に異性として意識されていないってことだな!

 安心したぜ!

 

 ……そう思うと逆にすっげー悲しくなってきたな。

 いや、いいんだけどね? 貞操の危機が減るならそれはそれで。

 でも、男心って複雑なの。

 

「ハァ~……洗濯物、別に分けなくていいぞ」

「え?」

「気が変わった。汚れは移らないんだろ? だったら一緒に洗え。そのほうが効率的だ」

 

 恐らく七乃花は俺のことをふしだらな目で見てくることはない。

 だったら無理に嫌がらせを続ける理由もない。

 とはいえ俺のほうが七乃花の美貌に負けて、理性が崩壊する危険はある。

 なので引き続き、これ以上は親しくならないように自制はしていく。

 

「……やっぱり、雄護くんは違いますね。他の男性と全然」

 

 ふと七乃花の声色に熱が宿った。

 七乃花は何かに祈るように手を組んで瞳を閉じる。

 

「私、いまの生活がとても幸せです。京都にいた頃よりもずっと」

 

 心から嬉しそうな笑顔で、七乃花は言った。

 

「どうした急に」

「いま改めて思ったんです。ここに来なければ、私はずっと心から笑えない人間のままだったんだろうなって」

 

 真っ直ぐな瞳を向けて、七乃花は微笑む。

 

「雄護くんには感謝しています。あの日、あなたがくれたお言葉のおかげで、私は立ち直れたのですから」

 

 初めて出会った頃の話だろうか。

 ……ん~、俺としては結構黒歴史なんだけどね。

 だって、かなり自己満足な行為だったと思うし。

 というか初対面相手の七乃花のデリケートな部分に土足で踏む込みすぎていたし。

 いま思うとかなり冷静さを欠いていた。

 

 ただ。

 やはり、どうしても我慢できなかったんだよな。

 

 虚ろな瞳で。

 貼り付けたような笑顔で。

 人形のように振る舞う七乃花の姿が。

 

 意図的に嫌われ者ムーブするまでもなく、本気で七乃花に嫌われるかと思っていた。

 だから、いまこうして七乃花に感謝されていることに、かなり戸惑っている。

 

「……べつにお前のためを思ってやったわけじゃない。ただ俺が気に食わなかっただけだ」

「ふふ。それならそれでも構いません。私が勝手に救われただけですから」

 

 だからこそ、と七乃花は間を置いて、

 

「あなた様のために、私は退魔師として、より強くなろうと覚悟ができました」

 

 そっと俺の手を取って、七乃花は恭しく頭を下げた。

 

「どうか今宵はこの七乃花に雌鬼退治をお任せください。あなた様のために磨き上げた力を存分に奮ってまいります」

 

 少女としてではなく、退魔師としての顔つきで、七乃花は断言した。

 

「いかなる脅威からも、あなた様を守ってみせます──ですので、今夜は安心して休んでくださいね、雄護くん♪」

「お、おう。まあ、怪我しないようにな……」

 

 ……何だろう?

 途中、七乃花からすっげー圧を感じた。

 邪念とは程遠い、清く透き通ったもののように思えたけど……。

 

 どうも『ズッシリ』と重い感じがしたが、気のせいかな?

 

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