貞操逆転世界の退魔師   作:青ヤギ

7 / 17
黄泉路七乃花は崇拝者である【前編】

 

 

    * * *

 

 

 逢魔時。

 青い残光を引いて、豹のごとき異形が街を疾走していた。

 

(待ちわびたぞ! ついに夜がやってきた!)

 

 その雌鬼は第三等級に成り立てだった。

 あと一段階で最上位の第四等級となれる。

 その喜びで満ちあふれていた。

 ゆえに次なる獲物は極上の霊力と生命力を持つ男と決めていた。

 小物でちまちまと力を集めるつもりはない。

 

(なるのじゃ! 妾は今宵、必ず第四等級へと至る!)

 

 目当ての獲物まで間もなく。

 俊足が自慢の女豹型の雌鬼は、常人の肉眼ではとらえられないスピードで目的地に辿り着く。

 

 獲物の男が住まう屋敷。

 そこは厳重に結界が張られている。

 だが関係ない。

 結界を突破するための力は第三等級になった時点で身につけた。

 さあ、狩りの時間だ。

 そう思った矢先……

 

(む)

 

 屋敷の入り口に立ち塞がる小柄な影。

 プラチナブロンドの長髪を白いリボンでポニーテールに結んだ娘が行く手を阻んだ。

 霊衣に鬼哭刀。

 間違いなく退魔師であった。

 

「退け、小娘」

「いいえ。そういうわけにはいきません」

 

 退魔師は「ニコッ」と場違いな微笑みを浮かべて鬼哭刀を構えた。

 

(なんじゃこの退魔師は。随分と弱そうじゃの)

 

 女豹型の雌鬼は鼻で嗤った。

 これまで多くの退魔師を相手にしては、逃走を図って生き延びてきた。

 だが目の前の退魔師は逃走するまでもなく倒せそうであった。

 金色に輝く刀身の鬼哭刀は、大刀に分類できる大きさだ。

 だが小柄で華奢な娘が、自由に扱えるようには思えない。

 

 霊衣のスリットは両肩周り。

 胸の谷間まで大きく開いている。

 恐らく霊気孔はその部分のみ。

 霊気孔が多ければ苦戦を強いられたかもしれないが、あの程度ならば大した障害にはなるまい。

 

「瞬殺してくれるわ!」

 

 両手の五指から鎌のごとき爪を伸ばして、雌鬼は疾走した。

 狙うは死角。

 瞬時に後ろに回り込み、隙だらけの急所に一撃を叩き込もうとした。

 

「立ち塞がって──【金色明王(こんじきみょうおう)】」

「っ!?」

 

 雌鬼の目前に突如、金色の塊が出現した。

 一撃は防がれた上に、パキンと爪が音を立てて砕ける。

 

(何じゃ!? この物体は!)

 

 驚愕している間に、雌鬼の頭上に影ができる。

 雌鬼は本能的に距離を取った。

 

「ぬおおおおお!?」

 

 頭上から立て続けに金色の塊が、雌鬼を追うように降り注ぐ。

 いずれも長方形の、人の身の丈ほどある、金色の鉱物であった。

 アスファルトに無数に埋まる鉱物の隙間から、退魔師の娘──黄泉路七乃花はやはり場違いな微笑みを浮かべていた。

 

「逃げ足が速いようですね」

「ふ、ふん。そういう貴様は随分と扱いにくそうな鬼哭刀じゃのう。鉱物を出現させる能力か」

 

 雌鬼は一瞬焦りはしたものの、すぐに余裕の態度を取り戻す。

 砕けた爪もすぐに再生する。

 

「大した硬度。そして即死は免れぬ重量のようじゃが……要は触れず、当たらずにいれば良いだけの能力じゃ」

 

 繰り出される一撃は確かに脅威ではある。

 だがこれまで見てきた鬼哭刀の能力と比較すれば、対策は用意だ。

 女豹型の雌鬼は嘲りの笑みを浮かべる。

 

「小娘。いわゆる『ハズレ能力』というやつじゃな?」

「ええ。よく言われます」

 

 雌鬼の挑発にも七乃花は涼しい顔で返す。

 もう言われ慣れたとばかりに。

 

 鬼哭刀は退魔師の霊力を結晶化させたもの。

 その形状と能力は術者によって左右される。

 生まれ持った容姿と肉体と同様に、その力の在り方を自由に選ぶことはできない。

 

「炎や風のように自由に形を変えながら大きな一撃を叩き出すことはできない。墨で塗り潰した万物を消滅させるような特殊能力もありません」

 

 重い塊で攻撃を防ぎ、相手に叩きつけるだけの単純な能力。

 雌鬼からすれば、何とも融通の利かない、地味極まる鬼哭刀であった。

 

「おかげで実家ではよく落ちこぼれ扱いされました。ふたつ上の姉さんが優秀だったぶん、よく比較されたものです」

「ほほ。気の毒なことじゃの。そんな地味な鬼哭刀を引き当てたせいで、ここで妾に殺されるのじゃから」

 

 雌鬼は再び疾走する。

 鉱物の隙間をくぐり抜け、再び死角を狙う。

 鉱物という障害物が増えた分、こちらの姿もとらえにくいはずだ。

 

(バカめ! 自ら不利な状況を作り出しおって!)

 

 落ちこぼれ扱いされるのも無理はない。

 それほどに使い勝手の悪い能力だ。

 背後を取り、今度こそ急所を狙う。

 だが。

 

「なっ!?」

 

 雌鬼の斬撃は、またしても出現した鉱物で防がれる。

 

(なぜ気づけた!? 完全に死角を狙ったはず!)

 

 思えば、先ほどの一撃もなぜ防げたのか?

 あれほど絶妙なタイミングで鉱物を出現させるなど、可能なのだろうか。

 

「『与えられたカードはうまく使いこなせ』……雄護くんのお母様がそうおっしゃったそうです」

「っ!?」

「彼の護衛となって、やっと私も自分のカードの使い方をわかってきたところなんです」

 

 地面から鉱物が槍のごとく突き出される。

 

「うおおおおお!!」

 

 どれだけ距離を取っても鉱物は的確に雌鬼の移動先へと現れる。

 

(なぜじゃ!? なぜここまで狙い澄ましたように鉱物を出現させられる!?)

 

 まるで俯瞰からこちらの動きを見ているかのように。

 

(俯瞰から……ま、まさか!?)

 

 雌鬼は七乃花の瞳を見る。

 七乃花の両眼が青い光を放っていた。

 

「貴様……【青の魔眼】の持ち主か!?」

 

 三大魔眼のひとつ【青の魔眼】。

 その能力は遠視と透視。

 360度の視界の確保。特定の物体を透かして、その先を見通す。

 ゆえに、どれだけ雌鬼が死角を狙おうと、障害物の影に隠れようと、距離を取ろうと無意味。

 すべての動きを七乃花の眼は常にとらえている。

 

「【青の魔眼】はその性質上、三大魔眼の中でも最も扱いが難しいとされる魔眼……落ちこぼれの私では使いこなすことができず、宝の持ち腐れでした」

 

 夜闇の中で青い眼光を灯しながら七乃花は語る。

 

「でも己の非才を理由に言い訳をすることはやめたんです。だって……強くならなければ、最愛の人を守れないでしょ?」

「っ!?」

 

 底知れぬ恐怖が雌鬼を襲う。

 

「穢らわしい……よりによって雄護くんを狙おうだなんて。ああ、なんて穢らわしい」

 

 巨大な鬼哭刀を引きずりながら、七乃花は距離を詰めてくる。

 

「掃除しなくては。雄護くんに近づく汚物は……すべて掃除しなくては」

 

 気配が豹変した七乃花に、雌鬼は本能的に「まずい」と悟る。

 

(な、なんだ? この娘の圧は? 本当にさっきまでの娘か?)

 

 逃げよう。

 この女は、何かが異質だ。

 いつものように逃げ延びて、次の機会を狙おう。

 そうだ。

 いつもそうして確実に生命力を奪い、成長してきた。

 ここまで来たのだ。

 なんとしても第四等級となる。

 だからいまは逃げる。

 逃げさえすれば、いつかきっと……。

 

 逃げ道はどこか?

 

「え? あ?」

 

 雌鬼は気づく。

 いつのまにか無数の鉱物によって、壁ができていた。

 どこまでも高く伸びる鉱物の壁。

 退路は、すでに塞がれていた。

 

「ごほっ!?」

 

 重い一撃が雌鬼を叩きつける。

 

「健脚が自慢のようですが、所詮は縦横にしか移動できないようですね」

 

 振り下ろされた鉱物は雌鬼の体を串刺しにする。

 雌鬼の体はそのまま地面に固定された。

 

「見たところ第三等級のようですが……戦い方が稚拙すぎます。第二等級から進歩していない、いかにも成り立てですね」

「き、貴様……よくもぉ……ぐわあああ!!」

「では、誅戮のお時間です」

 

 鬼哭刀の刀身が鉱物で包まれる。

 たちまち鈍器と化した大刀を、七乃花は軽々と雌鬼に向けて振り下ろす。

 

「悔い改めなさい。雄護くんを狙ったことを。悔い改めなさい」

「図に乗るな小娘……コハァァァア!!!」

 

 最後の抵抗とばかりに雌鬼は口から桃色の吐息を吐き出す。

 

「ふははは! 第三等級となった妾の幻惑の魅了をとくと味わうがいい!」

 

 見たところ、この娘にはよほど思い入れの強い男がいる様子。

 その男の淫らな幻を見れば、たちまち戦意が削がれるに違いない。

 串刺しにされた肉体もいずれ再生する。

 このまま返り討ちにしてくれる。

 

(勝った!)

 

 雌鬼が勝利を確信した途端。

 

 凄まじい殴打が炸裂した。

 

「ごほぉぉぉぉぉ!!?」

 

 七乃花は再び、鬼哭刀を振り下ろし始めた。

 肉の叩き潰れる音が響き渡る。

 

「なっ!? なぜ、魅了の幻惑が効いていない!?」

「解釈違いです」

「……は?」

「雄護くんは、あんな品の無い誘惑などしてこない」

「ぎぎゃああああ!!?」

 

 アスファルトがヒビ割れるほど重い一撃が振り下ろされる。

 

「……穢しましたね? 幻といえども、雄護くんを穢しましたね?」

「ひっ!? ひ、ひぃぃぃ!?」

 

 雌鬼は戦慄した。

 修羅だ。

 目の前に、修羅がいる。

 花を愛でるような娘の面影は、もはやそこには無い。

 憤怒の形相を浮かべた、女傑の姿があった。

 

「悔い改めなさい」

「がひっ!?」

「悔い改めなさい」

「ギイィィィ!?」

「悔い改めろ悔い改めろ悔い改めろ悔い改めろ悔い改めろ悔い改めろ悔い改めろ」

 

 何度も何度も鬼哭刀が振り下ろされる。

 再生も間に合わないほどに、雌鬼の原形が崩れていく。

 

 薄れ行く意識の中で雌鬼は後悔した。

 

 ──ああ、こんなことなら最初から逃げていればよかった。

 

 

    * * *

 

 

 日が昇り始める。

 雌鬼の気配が無くなったことを確認して、破損した周囲を霊子で再構築。

 これで、すべて元通り。

 今夜の任務はこれにて終わりです。

 

「ふぅ。やはり私の鬼哭刀は重たいですね」

 

 屋敷に戻った私はまずシャワーで汗を流し、朝食の下準備をします。

 雄護くんには毎日、ちゃんとしたお料理を食べて欲しい。

 だから、これだけは任務があった夜でも欠かすことはできません。

 

「こんなところでしょうか」

 

 あとはオカズを火にかけるだけ。

 ご飯が炊ける前に、お洗濯を済ませてしまいましょう。

 

『ハァ~……洗濯物、別に分けなくていいぞ』

『え?』

『気が変わった。汚れは移らないんだろ? だったら一緒に洗え。そのほうが効率的だ』

 

 雄護くんに言われたとおり、男女別に分けず一緒に洗います。

 一度で洗濯物を終えられて、とても楽ちん。

 

「……ふふ♪」

 

 思わず笑みがこぼれてしまう。

 雄護くんは、本当に変わった男の子です。

 毎日、思わぬ一面を知っていく。

 それがとても楽しく、嬉しい。

 

「(雄護くん。もっと怖い人だと思ってましたのに)」

 

 世界で唯一の男性の退魔師。

 失礼を承知で言えば、もっと力を誇示して威張り散らかすような人だと思っていました。

 ところが実際一緒に過ごしてみると、想像していたのとは真逆。

 

 雄護くんは食べ物を粗末にしません。

 世の中の男性は女性が作った料理を「何が入っているかわからない」と警戒してインスタント食品やパンばかりで済ませているというのに。

 雄護くんはいつも完食してくれるどころか「いただきます」「ごちそうさま」と言ってくれます。

 料理への感想は残念ながら「まあまあ」としか言われませんけど。

 ……でも、私は気づいてますよ雄護くん?

 ケーキを食べるときとか、凄く幸せそうな顔をしてますよね?

 いつか思わず「うまい!」って言ってしまうような、ご馳走を用意しますからね?

 

 洗濯物もこうして女である私に任せてくださいますし、お風呂にも毎日入るのでとても清潔です。

 雌鬼を恐れる男性はほとんど部屋に籠もりきるので、不衛生なことが多いのですが、雄護くんは毎日身嗜みを整えています。

 

 悪態をつくところは他の男性と同じですけれど……。

 でも雄護くんの場合は、可愛らしいのです。

 まるで素直じゃないワンちゃんのように、見ていて微笑ましくなってしまうんです。

 男性に対して、そんな印象をいだく日が来るだなんて思いもしませんでした。

 

「(まさか護衛としての生活が、こんなにも楽しくなるだなんて)」

 

 京都にいた頃では、想像もできませんでしたね。

 黄泉路家の娘として落ちこぼれだった私が、こうして護衛としてお務めを果たしていることも。

 

 本当に驚きです。

 だって。

 

「一生、人形として生きるつもりだったのに」

 

 私の壊れた心を戻し、再び感情を蘇らせてくれた。

 すべて、雄護くんのおかげ。

 ああ、だから私は。

 

 すべてを、あの御方に捧げたい。

 

 




 思いのほか長くなったので前編後編に分けます。
 後編は日付変更と同時に更新します。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。