貞操逆転世界の退魔師   作:青ヤギ

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黄泉路七乃花は崇拝者である【後編】

 

    * * *

 

 

 私の生家である黄泉路(よみじ)家は代々、男性の護衛を専門に請け負ってきました。

 身嗜み、振る舞い、礼節。

 護衛対象に不快感を与えないため、幼い頃から徹底した教育が施されます。

 

 ──黄泉路家の娘は、男性のいかなる理不尽にも耐えなければならない。

 

 それが黄泉路家の教えでした。

 

 私は、そんな教えがずっといやでした。

 穏やかな気性の持ち主が多い黄泉路家の中で、私は珍しく感情的で、怒りっぽい娘でした。

 そんな私に家の人たちは特に厳しい指導を行いました。

 

 家には『過去にあった男性からの仕打ち』をまとめた資料のようなものがあり、よく読まされました。

 項目のほとんどに苦い顔を浮かべるたびに、私は叱られました。

 そんな反応をしてはいけない。我慢しなくてはならないのだと。

 それでも幼い私にとって、資料の内容はあまりにも目を背けたくなるようなものでした。

 

 食べ物を粗末に扱われても注意してはならない。

 洗濯を拒否された場合は毎日新品の衣服を用意しなくてならない。

 何日も入浴せず不潔になっても顔に出してはならない。

 暴行を受けても抵抗してはならない。

 

 酷すぎる。

 これではまるで、私たちは奴隷ではないか。

 どうしてこんな礼儀に欠けた行為を容認せねばならないのか。

 どうしてこんな人たちを雌鬼から守らねばならないのか。

 

 ──そうしなければ、人類は滅んでしまうからです。

 

 疑問を投げかけるたび、そう説得されました。

 そして決まって続けてこう言うのです。

 

 姉を見習いなさい、と。

 

 私の姉さん。

 淑女としても、護衛としても、退魔師としても優秀な姉さん。

 護衛先で、どれだけ理不尽な扱いをされても、姉さんは穏やかな笑顔を崩しませんでした。

 黄泉路家にとって、まさに理想的な娘でした。

 

『殿方の皆さんは、ただ怖がっているだけなのよ。真摯に向き合い続けていれば、きっといつかわかり合えるはずだわ』

 

 姉さんはいつもそう言って、任務を全うし続けました。

 

『七乃花には七乃花の良さがあるわ。大丈夫、護衛任務は私が引き受けるから。七乃花は雌鬼退治に専念なさい』

 

 結局、感情の抑制がうまくできない私は護衛任務に宛がわれることは一度もありませんでした。

 不甲斐なさはありました。

 でも内心、安堵もしていました。

 とてもではないですが、男性との共同生活に耐えられる自信がありませんでしたから。

 姉の言うとおり、私は雌鬼退治に心血を注ぐことにしました。

 

 ……もっとも戦いの場でも、姉さんのほうが実力は上でしたが。

 嫉妬していなかった、と言えば嘘になります。

 でもそれ以上に、尊敬していました。

 家中の人が私を「落ちこぼれ」と叱る中、姉さんだけは味方でいてくれたのですから。

 

『安心して七乃花。私が次の当主になって、きっと黄泉路家を変えてみせるから』

 

 姉さんならば本当に黄泉路家の歪な伝統も変えることができるかもしれない。

 私は、そんな姉を隣で支える存在になろう。

 そう密かに誓いました。

 

 優秀な姉さんは、1年ごとに各地の護衛任務に繰り出されていました。

 次なる護衛先は、関東に住まう、世界で唯一の男性の退魔師とのことでした。

 

 ……そう。雄護くんの護衛は、本来なら姉が務めるはずでした。

 

『男の人で、退魔師!?』

『そうなの。びっくりね。いったいどんな人なのかしら』

『……大丈夫なの、姉さん? 霊力を使える男の人に暴力なんてふるわれたら……』

『心配ないわ。姉さんだって強いもの!』

 

 姉さんはそう言って朗らかな笑顔を浮かべました。

 私の不安をいつも打ち消してくれる、大好きな笑顔。

 

『私、思うの。その人と仲良くなれたら、きっと世の中の男女の関係を変えることができるんじゃないかって』

 

 男性の退魔師だなんて、どうあっても世間で注目されます。

 そんな男性と打ち解けることができたと知れ渡れば……。

 確かに、世の中の変化を起こすきっかけになるかもしれません。

 

『いま護衛している御方とも、少しずつだけど打ち解けることができたもの。やっぱり、ちゃんとわかり合えるのよ私たち』

『姉さん……』

『その人の護衛も残り3ヶ月。最後まで護衛として役割を果たすわ』

 

 そして新しい場所でも頑張ってみせると、姉さんは断言しました。

 

『七乃花。またしばらく離ればなれになるけど……必ず無事に帰ってくるからね?』

『うん。応援してるね、姉さん!』

 

 姉さんは何があっても帰ってきた。

 だから今度もきっと大丈夫。

 疑念もいだくことなく、そう思っていました。

 

 

 

 

 

 だから、信じられませんでした。

 

 そんな姉さんが、謎の雌鬼に殺されるだなんて。

 

 新しい護衛先に向かう、1カ月前の出来事でした。

 

 

 

『嘘……嘘です! 姉さんが殺されるはずがない!』

 

 数々の強力な雌鬼を屠ってきた姉さん。

 たとえ相手が第三等級だとしても、姉さんが遅れを取るはずがありません。

 

 即ち、考えられる可能性はひとつ。

 

 第四等級。

 ここ20年。

 まったく出現を確認されなくなった雌鬼の最上位。

 その再来を匂わすこの一件は京都だけでなく、全国の退魔師に広まる一大事となりました。

 

 退魔師たちが騒然とする中、私は姉さんの死を受け入れられず、ただ困惑するばかりでした。

 ポッカリと胸に穴が空いたような喪失感。

 この感情の矛先をどこに向ければいいのか、わからなくなっていました。

 

 姉の死は、護衛先の男性に伝えねばなりませんでした。

 その役割は私が引き受けました。

 姉さんが「少しずつだけど打ち解けることができた」という男性。

 もしかしたら信じたかったのかもしれません。

 そんな人となら、姉を失った傷を共有できるのではないかと。

 

 ところが。

 

『はぁ? あの女、死んだの? おい、ふざけんなよ! 強いって聞いてたから少しは優遇してやってたのに! 使えねえ女だな! さっさと新しい護衛寄越せよ! 次はもっと強いやつにしろよな!!』

 

 パリン、と音を立てて、私の中で何かが壊れました。

 

 理解したのです。

 ああ、私たちは『消耗品』なんだって。

 どうあっても、この生き物(男の人)たちとわかり合うなんて、不可能なんだって。

 

 

 

 姉の代理をどうするかで家は揉めました。

 世界で唯一の男性の退魔師の護衛。

 責任の重いこの任務に、いったい誰を向かわせるべきかと。

 私はそれに立候補しました。

 

『私、心を入れ替えました。本日から黄泉路家に恥じない娘として護衛を務めてみせます』

 

 私はまるで生前の姉さんを模倣するように振る舞い始めました。

 家事を完璧にこなし、いかなる理不尽にも動じず、淡々と雌鬼を屠る。

 これまでできなかったことが、驚くほどにすんなりとできるようになったのです。

 それを見た家の人たちは、あっさりと私に護衛の任を命じました。

 

 もう、この世界に姉さんはいない。

 そんな世界で生きていたって意味はない。

 一度は本気で自害することも考えました。

 でも、それはきっと天国にいる姉さんが悲しんでしまう。

 だから私は、この命が尽きるまで、心を殺した人形になることにしました。

 そうすれば、もう傷つかなくて済むから。

 

『黄泉路七乃花と申します。退魔師としてはまだ未熟ではございますが、家事は得意ですので、どうぞご都合よくお使いください』

 

 黒井戸雄護様との初対面。

 以前の私なら決して口にしないような言葉が、実にあっさりと機械的に出てきました。

 鏡の前で練習した笑顔も問題なく浮かべられました。

 

 うん。これならきっと大丈夫。

 どれだけ理不尽に扱われても、きっと感情を殺したままお務めを果たせると。

 

『何だその貼り付けたような笑顔は。気味の悪い。いますぐ()めろ。できないなら帰ってくれ』

『……え?』

 

 それが雄護くんの第一声でした。

 私の偽の笑顔は、あっさりと彼に見破られてしまいました。

 

『それはアンタなりの処世術なのかもしれないが……腹の内で何を考えているかわからないような女を家に上げることはできないな』

『あの……その……私は姉の代理として……』

『そちらの事情はだいたい聞いている。本来ならその姉が来るはずだったらしいな』

『はい……ですから私が責任を持って……』

『……まずは、お悔やみ申し上げる。最期まで退魔師として戦い抜いたお前の姉に、敬意を表する』

 

 信じられない言葉を耳にした。

 

 男が、姉の死を悼んだ?

 ありえない。

 そんな男なんて、この世にいるはずがないのに。

 何?

 目の前にいるこの人は、いったい何?

 

『……やっと人間らしい反応を見せたな』

『え? あっ、違……これは、その……』

 

 必死に練習した笑顔は、いつのまにか崩れていました。

 そんな私に向けて、彼はそっと扉を開けました。

 

『いまのお前なら家に上げてやってもいい。そして話を聞かせろ。そんな振る舞いをする原因を』

 

 気づけば私は、すべてを打ち明けていました。

 命令されたのだから素直に答えるしかない。

 そう思っていたけれど……私の口は語る必要もないことまでこぼしていました。

 

 落ちこぼれだったこと。

 姉が唯一の味方だったことを。

 そして、そんな姉の死を侮辱されたことを。

 

『そうか。よくわかった』

 

 話を聞き終えると、雄護くんは席を立って、

 

『ソイツの住所を教えろ』

『え?』

『いまからソイツを殴りに行く』

『え? え?』

『ユア。お前は護衛として付いてこい』

『え~急だな~。まあプチ旅行みたいなもんだしいいか。お土産買ってくるね~』

『……え~?』

 

 姉さんの元護衛対象の住所を聞くと、彼は護衛を伴って、本当にそこへ直行したのでした。

 

『見て見て~。写真撮ってきたよ~。雄護ってば本当に容赦なくてさ~。いや~でもアレは殴られてもしょうがないクズ野郎だったね。「ママにも殴られたことないのに!」って泣き喚いていたよ』

 

 護衛として同行した白風ユアちゃんは、私にスマートフォンを向けました。

 スマートフォンの画面には涙目で顔を腫らした、あの男の写真が写っていました。

 

『女が男に手を上げるのは御法度らしいが……男同士なら問題ないだろう?』

『で、でも、こんなことをしたら、その……』

『お前の実家には迷惑をかけない。俺が勝手にやったことだ。万が一のとき責任は俺がすべて背負う』

『そ、それが問題なんです! 護衛対象の御方にそんな真似をさせるなんて!』

『……俺の母も雌鬼に殺された』

『え?』

『もしも母の死を誰かが侮辱したら、俺は絶対にソイツを許さない』

『っ!?』

『黄泉路七乃花。お前も、怒るべきだったんだ』

『あ、ああ……』

 

 ……そうだ。

 私も、あのとき本当は。

 

 許せなかった。

 姉の死を、侮辱されて。

 殴ってやりたかった。

 どうして、そのときに限って我慢してしまったのだろう。

 それだけは、絶対に許してはならないことだったはずなのに。

 

『お前がやらなかったから、代わりに俺がやった。それでこの話はおしまいだ。まったく胸糞の悪い話を聞かされたもんだ』

『……あ、うぅ』

『俺の護衛になるなら、その取り繕った態度はいますぐ()めろ。見ていて不愉快だ』

『私はっ……ああぁっ……』

『……いいから我慢するな。身内が亡くなったときは、泣いていいんだ』

 

 もう、心の無い人形ではいられませんでした。

 嗚咽を上げる人形が、いったいにどこにいましょう。

 

 

    * * *

 

 

「雄護くん。起きていらっしゃいますか? 朝ご飯できましたよ?」

 

 朝ご飯ができたので雄護くんを起こします。

 ノックをしますが返事がありません。

 ……これは仕方ありません。

 淑女としてはいけないことですが、入室するとしましょう。

 

「失礼しま~す」

 

 雄護くんのお部屋。

 雄護くんの匂いでいっぱいのお部屋。

 まるで、彼に包まれているみたい。

 部屋に入っただけで、途方もない多幸感に満たされていきます。

 

「すーすー」

 

 ベッドの上で雄護くんは気持ちよさそうに眠っていました。

 よかった。昨晩はぐっすりと寝れたようです。

 

「雄護く~ん。朝ですよ~。起きてくださ~い」

「むにゃむにゃ」

 

 ああ、なんて愛らしい寝顔でしょう。

 起こさないといけないのに、いつまでも眺めていたい。

 もう少しだけ、堪能させていただきましょう。

 

 ……本当に、綺麗なお顔。

 なんて美しい御方なのでしょう。

 堪え性のない女性がこの場にいたら、思わず襲いかかってしまうかもしれません。

 でも、私はそんなこと絶対にしません。

 

 そんな不敬な真似が許されるはずがありません。

 この世で最も尊き御方に対して。

 

「……感謝いたします。今日も雄護様と同じ時を過ごせることを」

 

 カーテンの隙間から朝日が射し込み始めた部屋で、私は祈りを捧げるように手を組んだ。

 

「雄護様。七乃花は今日も、あなた様のためにすべてを捧げます」

 

 様付けはやめろ、と言われたので「雄護くん」と呼んでいますが。

 本当は羽月ちゃんと同じように呼びたい。

 でも、彼がイヤがるのであれば、私はそれに従う。

 彼の言葉は絶対だから。

 

 もちろん、お体を壊されるようなことがあれば、さすがに咎めますけれど。

 だって彼にはいつまでも長生きしてほしいですから。

 だから彼の食事は私が作る。

 私の作るものが彼の栄養となり、健康に繋がっている。

 こんな名誉なことはありません。

 考えるだけで卒倒してしまいそう。

 

 彼と出会って、私はひとつの真理に至りました。

 私たちが出会ってきた男は、男であって男ではなかった。

 

 雄護くんこそが、真の男なのだと。

 それ以外はただの雑種。

 私、黄泉路七乃花はこの先、そんな雑種の護衛を務める気はありません。

 実家からはいろいろ言われるでしょう。

 でも構いません。

 もともと嫌いな家でしたから、喜んで縁を切ります。

 もう決めたんです。

 私の生涯は、すべてこの御方に捧げると。

 

 姉さん。

 あなたなら、こんな生き方を間違っているとおっしゃる?

 でもね、私やっと見つけたんです。

 私が私らしく生きられる居場所を。

 真にお仕えするべき殿方を。

 彼のために生きることが、とても幸せなの。

 

 だからお願い。

 どうか天国で見守っていて。

 そして、どうか許して。

 黄泉路家の娘としてではなく。

 七乃花という、ひとりの女として生きることを。

 

「ああ、雄護様……愛しております……」

 

 辛抱効かず、思いの丈が溢れてしまう。

 こんな気持ちを伝えてしまったら、きっと彼には迷惑でしょう。

 

 ……でも。

 万が一。

 本当に万が一、彼のほうから求めてくることがあるのなら。

 

 ええ。もちろん、喜んで差し出しましょう。

 私の身も心も、すでにこの御方のものなのですから。

 

 





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以下、キャラクタープロフィール。


黒井戸(くろいど)雄護(ゆうご)

 誕生日 9月25日 天秤座 血液型 O型
 T180cm/B(ムキムキパツパツ)/W(腹筋三段割れ)/H(引き締まっていてドッシリ)

・鬼哭刀:墨柘榴(すみざくろ)
・霊気孔:眼 口 耳
・趣味:カードゲーム
・習慣:長風呂 自家発電
・好きな食べ物:鶏の唐揚げ、ケーキ
・好きなタイプ:お淑やかで清楚な娘


赤凪(あかなぎ)羽月(はづき)

 誕生日 4月21日 牡牛座 血液型 A型
 T161cm/B120cm(Q cup)/W57cm/H96cm

・鬼哭刀:紅鳳蝶(くれないあげは)
・霊気孔:二の腕 脇周り 背面
・趣味:折り紙 将棋
・習慣:書道 日記
・好きな食べ物:抹茶スイーツ
・好きなタイプ:高潔で凜々しい人


白風(しらかぜ)ユア

 誕生日 6月2日 双子座 血液型 AB型
 T156cm/B122cm(R cup)/W56cm/H89cm

・鬼哭刀:銀天狗(しろがねてんぐ)
・霊気孔:二の腕 前胸部 腿
・趣味:戦闘 対戦ゲーム
・習慣:雄護へのイタズラ
・好きな食べ物:イチゴ
・好きなタイプ:おもしろい人


黄泉路(よみじ)七乃花(なのか)

 誕生日 8月30日 乙女座 血液型 O型
 T149cm/B124cm(T cup)/W54cm/H85cm

・鬼哭刀:金色明王(こんじきみょうおう)
・霊気孔:両肩周り 胸の谷間
・趣味:家事 雄護のお世話
・習慣:雄護の体調管理
・好きな食べ物:あんころ餅
・好きなタイプ:雄護
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