貞操逆転世界の退魔師   作:青ヤギ

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4/14に少し内容を改稿しました。


艶術(えんじゅつ)【改稿済】

 

 

    * * *

 

 

 ソレは見ている。

 次元の向こう側から。

 己の舌を満足させる、極上の獲物を。

 生半可な肉と精では、もはや物足りない。

 だからソレは徹底した値踏みをする。

 さらなる愉悦と進化を求めて。

 

 ──……ふふ。

 

 そして、ソレは見つける。

 この世で唯一の至高の一品を。

 ソレは歓喜する。

 ああ、この身を満たすのは、もはやあの男しかいない。

 必ず、我が物にしてみせる。

 

 ──それでは、行くとしましょうか。

 

 ソレは優雅に歩みながら。

 しかし、その内に毒々しい肉欲を滾らせながら。

 次元の壁を越えた。

 

 

     * * *

 

 

 骨の砕ける音が夜空に響いた。

 

 霊衣を纏った少女が空中で静止している。

 意識はなく、白目を剥いている。

 握られていた鬼哭刀が手元から離れる。

 本来ならば真下に向かって落ちるはずの鬼哭刀が……。

 

 空に向かって上昇した。

 鬼哭刀は少女の頭とちょうど同じ高さで静止する。

 まるでそこに見えない壁でもあるかのように、ガシャンと鉄の音を響かせる。

 奇怪な光景であった。

 あたかも少女の周りだけ重力が反転したかのようである。

 

 ──術式解除。

 

 少女の体と鬼哭刀は、急に自然の摂理を思い出したかのように地に向かって墜落する。

 ビルの外壁に流れ落ちる黒い人影。

 グシャッと生々しい音を立てて、退魔師の少女はアスファルトに叩きつけられた。

 

「……くくく。これで3人目じゃ」

 

 少女の無惨な姿を見て邪悪に嗤う異形。

 逆関節の足が特徴的なバッタ型の雌鬼であった。

 その背後には、先に犠牲になったであろうふたりの退魔師が倒れ伏している。

 

「お、応援要請! 現在、第三等級と交戦中! 被害甚大! 繰り返す! 応援を求める!」

 

 残った2名の内、ひとりは通信用の霊符で本部と連絡を取っていた。

 

「敵は【艶術(えんじゅつ)】を使用! その能力は……」

 

 ──艶術(えんじゅつ)【反転落下】。

 

「うわああああ!?」

「ひっ!?」

 

 少女が通信を取っている間に、目の前の退魔師が空に向かって上昇した。

 ……否。

 ()()()()()()()()()()

 

 ゴキッ、と再び空に響く骨の砕ける音。

 

「4人目」

 

 首が歪に曲がった少女がアスファルトに叩きつけられる。

 

「あとは貴様だけじゃ。退魔師の小娘」

「あ、あぁ……」

 

 ひとり残された少女の戦意はとうに削がれていた。

 

(む、無理だ。私だけじゃ。先輩がたですら勝てなかったのに!)

 

 自分がこれから辿る運命を悟って少女はただ絶望した。

 

(これが……雌鬼の艶術(えんじゅつ)!)

 

 艶術(えんじゅつ)

 雌鬼の中でも特に秀でた個体のみが使う異能。

 その能力は雌鬼によって千差万別であり、場合によっては対処が不可能なまま敗北を喫する。

 そして、ひとり残った少女には対処の(すべ)が無かった。

 

(先輩たちは斬りかかる前に空に投げ出された。私の鬼哭刀じゃ、どうすることもできない!)

 

 強制的に体を空に投げ出される艶術。

 そんな能力に、どう対抗しろというのか。

 

「ほほ。退魔師のくせに涙ぐむとは愛らしいのう。安心せい。苦しむ間もなく一瞬で終わらせてやろう」

 

 バッタ型の雌鬼がまた艶術を発動しようとする。

 恐怖で少女はぎゅっと目を閉じた。

 

(だ、誰か……助け……)

 

「消し去れ──墨柘榴(すみざくろ)

 

 少女が天に祈った瞬間、男の声が響く。

 この世界の夜では本来、場違いであるはずの男の声が。

 

「っ!? 何じゃ!?」

 

 雌鬼に向けて、波状に飛び散る黒い液体。

 バッタ型の雌鬼は、その姿に恥じない脚力で跳ね飛び、攻撃を躱す。

 

「おのれ! 新手か!」

 

 雌鬼は空中で旋回しながら、後方へと下がり距離を取った。

 

「チッ。すばしっこい雌鬼だな」

「あ、あなたは……」

 

 少女は目を見開く。

 

 黒い髪。

 金色の瞳。

 漆黒に輝く鬼哭刀。

 筋骨隆々の肉体。

 足下まで届く白いマント。

 

 噂通りの存在が、そこにいた。

 この世で唯一の男の退魔師。

 

黒井戸(くろいど)雄護(ゆうご)様っ」

「応援要請により参上した。あの雌鬼は俺が仕留める。が、その前に……」

 

 倒れ伏した4人の退魔師に向けて墨がかかる。

 

「癒せ──墨柘榴」

 

 墨が弾ける。

 少女たちの歪に曲がっていた首と体が、たちまちに修復していた。

 

「っ!? 傷が、一瞬で!?」

 

 奇跡のような光景に少女は驚愕する。

 

(こ、これが雄護様の鬼哭刀、墨柘榴!)

 

 あらゆる事象を打ち消す鬼哭刀、墨柘榴。

 それは雌鬼によって与えられた『負傷』という事象すらも無かったことにする。

 噂には聞いていたが、まさに別次元の能力を前に少女は動揺を隠しきれなかった。

 

「救護班は呼んでいる。到着するまで負傷者を安全な場所に匿っていろ」

「は、はい! あ、あの! 敵の艶術は……」

 

 少女は『空に落下する』艶術の詳細を語る。

 

「……把握した。あとは任せろ。決して前に出るな。戦いの邪魔だ」

「こ、心得ました」

 

 冷徹な一言に萎縮する少女であったが、その瞳は輝いていた。

 

(なんて、凜々しく、お美しい姿……)

 

 女でありながら、退魔師でありながら、男に戦いを委ねるなど、本来ならば恥じ入るべきところだ。

 それでも少女は魅入ってしまった。

 この世でただひとり、雌鬼相手に果敢に向かっていく偉丈夫の後ろ姿に。

 

 

    * * *

 

 

 今夜の任務はとうに終え、一度は護衛たちと帰宅したが。

 緊急の応援要請が入ったとのことで、急遽再出撃した。

 護衛たちには黙って出てきてしまったが、まあいつものことである。

 今頃は俺が家に不在であることに気づいて慌てて追ってきていると思うが、到着を待っている余裕はない。

 

 なにせ、相手は艶術使いだ。

 

 艶術を使う個体とやり合うのは久しぶりだ。

 第三等級といっても、その内枠では10段階ほどの格差が存在する。

 目の前のバッタみたいな雌鬼は、その中でも上位の個体と見ていいだろう。

 

「なんと!? 貴様、男でありながら退魔師なのか!? しかも、なんという芳醇な霊力と精力! 欲しい! 欲しいぞ貴様の体! 妾のモノとなれ!」

「断る。俺、虫は特に嫌いなんだ」

「ならば死なない程度に壊してから犯してくれるわ! 艶術【反転落下】!」

 

 俺の体が空に向かって上昇する。

 ……いや、これは重力の反転か。

 恐らく、特定の対象の重力の向きを逆さまにする能力。

 足場を失った俺は、空に向かって落下している状態というわけか。

 

 そして、このままだと空に張られた見えない壁のようなものと衝突。

 俺の首も、あの少女たちと同じ末路を辿るだろう。

 

 空に張られた壁……それもあのバッタ型雌鬼の艶術なのか?

 いや、違う。

 俺は長年の経験から、別の可能性を見出す。

 

 空に向けて、墨柘榴の先端を突きつける。

 重力の反転。

 むしろ好都合だ。

 落下のエネルギーを加えた一撃を放てるんだからな。

 

「砕け──墨柘榴」

 

 墨を纏わせた突きの一撃。

 障害物などないはずの空に、刀の切っ先が突き刺さる。

 

 ──……ピキッ、パシッ……。

 

 文字通り、空がヒビ割れる。

 もっとも、このビル街に広がる空だけだが。

 

 パリン、と音を立てて空が砕ける。

 表面に夜空が描かれたような破片が飛び散る。

 割れた空の向こう側には……本物の空があった。

 そして、

 

「ぐあああああああ!!?」

 

 もう一体のバッタ型雌鬼の悲鳴が轟いた。

 

「やはり二体目が空に隠れ潜んでいたか」

 

 墨柘榴に刺し貫かれた二体目が俺に憎悪の目を向ける。

 

「き、貴様ァ! なぜ我の存在を見抜けた!?」

「重力の反転。空に壁を張る。一体の第三等級がこんな多様に能力を使えるわけがない。別個体がいることを予想するのが普通だろう?」

 

 第三等級は強力だ。

 それでも、いくつも能力を持っているわけではない。

 

「お前たちのように連携して戦う雌鬼とは何度かやりあった。そして片割れが敗れた瞬間、戦術が脆くなることも知っている」

「ぎゃああああああああ!」

「あ、姉者ぁ!?」

 

 刺し貫いたまま雌鬼の全身を墨で包む。

 瞬く間に、バッタ型雌鬼の片割れはこの世から消滅した。

 

 空の壁は無くなっても、俺の体は宙に浮いたままだった。

 そして、これ以上、空に向かって上昇していく様子はない。

 

「……なるほど。空に壁を張っていたのはこういうわけか。()()()()()()()()()()()()()?」

 

 思えば不自然な戦い方だった。

 このまま大気圏まで飛ばして焼き尽くすほうが、戦術としては凶悪のはずだ。

 即ち、それができないからこそ別の必殺手段を用意しなくてはならなかった。

 

「艶術の効果が及ぶ範囲は限られているんだろう? 実に中途半端な能力だな」

「くっ!」

「所詮は第三等級か。姉と協力しなければ狩りもできないか?」

「な、なめるな退魔師! 姉者の仇じゃ! そのまま叩き落としてくれる!」

 

 艶術の効果が解除される。

 俺の体は本来の重力に従ってアスファルトに向かって落ちていく。

 まあ、全然問題ないがな。

 

「足場を作れ──墨柘榴」

 

 密集させた墨をクッション代わりにして衝撃を緩和。

 そのまま雌鬼に向けて墨の斬撃を飛ばす。

 

「がふっ!? お、おのれぇ……姉者と共に、第四等級になるはずがぁ……」

 

 四肢を切断され倒れ伏すバッタ型雌鬼。

 勝負はこれでついた。

 無事に地上に降りる。

 雌鬼に近寄り、鬼哭刀をかざす。

 

「始末する前に聞いておく。正直に答えれば楽に終わらせてやる」

「な、なに?」

「お前たちはどうやって増えている? なぜそこまで第四等級になることに拘る? お前たちを束ねる群れの長のようなものはいるのか?」

「……そんなことを聞いて、どうする?」

「滅ぼすべき敵の情報を探るのは当たり前だろう」

 

 雌鬼にはまだ明かされていない謎が多い。

 もちろん退魔師たちは過去に情報を集めていた。

 だが、まだ肝心な情報を掴むには至っていない。

 

「過去のデータでわかっていることは、お前たち雌鬼は位が上がる毎に『知識』を自動的に得る、ということだ」

「っ!?」

 

 第一等級の知能が低いのは、ほぼ『知識』が無いため。

 第二等級になって初めて思考ができるだけの『知識』を身につける。

 原理は不明だが、これが現状判明している雌鬼の生態情報だ。

 

「艶術を使うほどの第三等級ならば、何か知っているはずだ」

 

 俺は艶術を使う雌鬼を相手にするたび、こうして新たな情報を探っている。

 少しでも雌鬼駆逐のヒントを集められるように。

 

「……ふん。言うと思うか? 我々にも誇りがある。敵にわざわざ情報を与えるとでも……」

「そうか。残念だ」

「ギャアアアアアア!!?」

「拷問には慣れているんでな。どこを突けば激痛が走るか、よく知っている」

「わ、わかったぁ! 言う! 話す! だ、だが妾も肝心なことは知らない! 気づけば生まれていた! 共に生まれた姉者と本能のままに男を襲っていただけだ!」

 

 激痛に悶えながら雌鬼はそう叫ぶ。

 嘘を言っている様子はないな。

 

「位が上がれば下位の雌鬼を従えられる! 『知識』も増える! だから第四等級になりたいのじゃ! 何か知っているとすれば……恐らく第四等級だけじゃ! だ、だから……ひと思いに終わらせてくれぇぇぇ!」

「……今回もハズレか」

 

 これ以上、有益な情報は手に入りそうにない。

 雌鬼の首を斬り落とし、絶命させる。

 

「第四等級。やはり鍵を握るのは、その雌鬼か」

 

 ここ20年、姿を現していない雌鬼の最上位。

 そして最も向こう側の『知識』を持つ雌鬼。

 過去の退魔師たちは、もちろんそんな第四等級から情報を探ろうとした。

 ……だが現在に至っても、やつらの正体の手掛かりは掴めていない。

 

 第四等級が、あまりにも強すぎるからだ。

 会話も、拷問も、そもそも成立しない。

 出会えば最後。

 生きるか、死ぬか、その二択しか無い次元違いの敵。

 

 母さんがちょうど退魔師として前線に出る頃に、第四等級は姿を見せなくなったという。

 母さんであれば、第四等級が相手でも情報を引き出せる余裕もあったかもしれないというのに。

 

 近年、京都でそれらしき存在が出現したと仄めかされているが、正確な情報はない。

 

 ……いずれにせよ、停滞状態が続いている現状はよくない。

 襲来してくる雌鬼を、ただ迎え撃つだけ。

 そんな受け身のままでは、いつまでも雌鬼との戦いは終わらない。

 

 やはり、こちらから攻め込む必要があるんじゃないのか?

 母さんが向こう側の次元に飛んだように。

 

「もう一度、具申するか。あの人に」

 

 すべての退魔師を束ねる存在。

 そして……現在の俺の後見人。

 

 退魔総督、山吹倫子(やまぶきりんこ)

 定期報告も兼ねて、顔を合わせるとしよう。

 

 ……と、その前に。

 面倒事を片付ける必要がありそうだ。

 

「雄護様ぁ!? また無断で出撃して! お願いですから護衛を帯同なさってくださ~い!!」

「ありゃりゃ。マッハで走ってきたのにもう戦い終わってるし。護衛の立場がないねこりゃ」

「雄護くんなら第三等級程度に遅れを取ることはないとは思いますが……でも私たちに声をかけなかったので、お説教ですよ♪」

 

 泣き喚く羽月。不満げなユア。笑顔だが圧が凄まじい七乃花。

 無断で出撃したぶん、彼女らの説教が長引きそうだ。

 

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