転生したらフェンリルだった件   作:ぐちロイド

14 / 17
第14話 暴走 別れ

静寂に包まれていたはずの夜が、突如として焦熱の波動に叩き起こされた。

村の外れ、ドワーフたちが整備を始めたばかりの広場付近から、天を衝くような紅蓮の火柱が上がる。

 

連「……ッ!? ナビ、何が起きた!」

 

白銀の巨狼、連は、誰よりも早くその異変を察知し、疾風となって現場へ急行した。背後からはシルフィエッタとホウリンが、主の放つ殺気に呼応するように続いていた。

 

現場に到着すると、そこには既にリムルと、腰を抜かしたカバル、エレン、ギドの三人組がいた。

中心にいるのは、シズ――。

いや、かつての彼女の面影は、内側から噴き出す禍々しい炎によって塗りつぶされていた。彼女の肉体を依り代(依り代)にして、最上位精霊『イフリート』がその醜悪な真の姿を現そうとしていた。

 

連「リムル! 状況は!」

 

リムル『連か! マズい、シズさんの中にいたイフリートが暴走してる! このままだとシズさんの精神が焼き切れる……!』

 

リムルの声には、かつてない焦燥が混じっていた。

連の紅い瞳が、炎の中で苦しげに顔を歪めるシズを捉える。昼間、家族としての絆を確認し合ったばかりの、大切な「親類」が、今まさに化け物に食い破られようとしている。

 

連(……ふざけるな。運命(シナリオ)だか何だか知らねぇが、俺の家族に勝手にデバフかけてんじゃねぇぞ……ッ!!)

 

連の首元の鎖が、真っ赤に、そしてどす黒く脈動し始めた。

 

連「ナビ、リミッター解除! 『縛る者(グレイプニル)』出力25%!! ターゲットをシズさんの中から『炎の精霊のみ』に固定(ロック)しろ!」

 

『了解。……承認。25%限定解除。権能:強制分離・因果切断(セパレーション)を起動します』

 

連が咆哮を上げると、影の中から無数の赤黒い鎖が飛び出した。

それは実体を持たない精霊すらも縛り上げる、神の拘束具。鎖はシズの体を傷つけることなく、彼女の肌に張り付くように展開されていた炎の術式を、力ずくで引き剥がしていく。

 

連「ガアァァァッ!! 剥がれろ、化け物がぁ!!」

 

「ギ、ギャァァァァァッ!!」

 

シズの口から、彼女のものではない、不快な精霊の悲鳴が上がる。

グレイプニルの鎖がイフリートの魔素構造を雁字搦めにし、彼女の肉体という「檻」から強引に引きずり出した。

 

連「今だ、リムル! 飲み込め!!」

 

リムル『了解! ユニークスキル『捕食者』――発動!!』

 

連が引き剥がしたイフリートの本体を、リムルの蒼い体が巨大な口となって包み込む。

一瞬の閃光。

あれほど周囲を焼き尽くそうとしていた焦熱の嵐が、嘘のようにリムルの体の中へと消えていった。

 

---

 

静寂が戻った。

だが、その静寂はあまりにも冷たく、重かった。

 

連「……シズさん!」

 

連は人型へと戻り、力なく地面に崩れ落ちたシズへと駆け寄った。

イフリートを切り離したことで、彼女の命を辛うじて繋ぎ止めていた魔力の供給源が消失したのだ。

彼女の体は、召喚されてから数十年という長い月日の重みを、今この瞬間に一気に引き受けていた。

 

黒かった髪は雪のように白く変わり、若々しかった肌は、死の間際にある老人のように枯れ果てていく。

 

シズ「……連、さん……。……リムル、さん……」

 

シズが、微かに、本当に微かに目を開いた。

 

連「バカ言うな、シズさん! 今、フルポーションを……ナビ、最高純度のを……!」

 

連は震える手でインベントリを開こうとしたが、シズの冷たい手が、それを優しく制した。

 

シズ『……いいのです。……ポーションでは、この「呪い」は治せません。……私は、もう……十分に、生きましたから』

 

連「……シズさん。……俺、まだあんたにポテチ食わせてねぇぞ。……母さんの話、もっと聞いてくれるって……」

 

連の瞳から、大粒の涙が溢れ落ちた。異世界に来てから、どんな強敵を前にしても崩さなかった「攻略者」の顔が、そこにはなかった。ただ、目の前の大切な人を失いたくないと願う、一人の少年がいた。

 

シズは、潤んだ瞳で連を見つめ、それからリムルを見た。

 

シズ『……最期に、わがままを……言ってもいいですか?』

 

リムル「……ああ。……何でも言ってくれ」

 

リムルが、悲しみを押し殺した声で応じる。

 

シズ『……私を、食べてください。……この世界は、私にとって……残酷すぎました。……けれど、あなたたちに会えたこの数日間だけは……本当に、幸せだった。……だから、最後くらいは……この世界の土に還るのではなく……大好きな、あなたたちの一部になりたいのです』

 

その願いは、この世界に対する彼女の、静かな、しかし最大の抗議だった。

自分を喚び出し、利用し、弄んだ世界。せめて肉体だけでも、その因果から連れ去ってほしい。

 

連「……わかった。……約束する。……あんたの想いも、あんたの呪いも、全部俺たちが引き受ける」

 

連がシズの手を握りしめる。

 

シズ『……ありがとう、連さん。……あなたは、私の自慢の……子孫です。……リムルさん、……お願い、します』

 

シズは満足げに、そして穏やかに微笑んだ。

その瞳から光が消え、握りしめていた連の手から力が抜ける。

 

連「……シズさん……ッ!!」

 

連の慟哭が夜の森に響き渡った。

リムルは静かに、彼女の遺体を『捕食者』で包み込んだ。

それは食事ではない。魂の約束を果たすための、神聖な儀式だった。

 

---

 

数刻後。

連とリムルは、シズが愛用していた『抗魔の仮面』を手に、丘の上に立っていた。

 

リムルの姿が、ゆっくりと変貌していく。

蒼いスライムの体が収束し、そこから現れたのは……。

シズによく似た、けれど中性的な美しさを湛えた、銀髪の子供の姿だった。

 

連「……似てるな。……シズさんに」

 

連が掠れた声で呟く。

 

リムル「ああ。……彼女の『擬態』を継承した。……これからは、俺がこの姿で、彼女が生きた証を背負っていく」

 

リムルは、手に持っていた仮面を顔に当てた。

それが、後の魔国連邦の盟主、リムル=テンペストのトレードマークとなる。

 

連は、シズの最期の思念をナビを通じて反芻していた。

彼女を召喚し、イフリートを植え付け、彼女の人生を狂わせた張本人――魔王レオン・クロムウェル。

そして、彼女がイングラシア王国で心残りにしていた、自分と同じ「異世界人」の教え子たち。

 

連「……リムル。……決めたぜ」

 

連の紅い瞳が、決意の炎を宿して燃え上がる。

 

連「俺たちの『攻略目標』を追加する。……イングラシアの子供たちの救済。……そして、魔王レオンの元へ、シズさんの『一言』を届けに行く。……あいつに、彼女がどれだけ苦しみ、どれだけ強く生きたか……その横っ面をぶん殴って教えてやるんだ」

 

リムル「……ああ。……同感だ、連」

 

リムルが仮面の奥で、静かに頷く。

シズの死は、二人にとってただの悲劇ではなかった。

それは、自分たちがこの世界で「何をなすべきか」を明確にする、魂の継承だった。

 

連「シルフィ、ホウリン。……聞け」

 

背後に控えていた二人の配下へ、連が命じる。

 

連「俺は、この世界の『不条理』をぶっ潰すことに決めた。……シズさんのような悲劇を、二度と繰り返させない。……俺たちの『国』は、誰もが、笑って『いってらっしゃい』と言える場所に作り変えるぞ」

 

シルフィエッタとホウリンが、その主の凄まじい決意に、かつてない深い敬礼を捧げた。

 

シルフィエッタ「……御意。我が主、連様。……あなたの歩む道が、シズ様の遺した希望の道となるならば……私はこの命、火に焼かれようとも捧げましょう」

 

ホウリン「……主の敵。……世界の理。……全部、斬る」

 

夜明けの光が、地平線から差し込み始めた。

シズを失った悲しみは消えない。けれど、その悲しみは、今、最強の「変革の意志」へと昇華した。

 

連は、自分の首元でカチリと音を立てる鎖に手を触れた。

リミッターを外したその力で、いつか必ず、魔王の座にまで辿り着いてみせる。

 

連「……待ってろよ、レオン。……最高の『バッドエンド』を、俺たちが『ハッピーエンド』に書き換えてやるからな」

 

銀髪のリムルと、白銀の気配を纏う連。

二人の転生者の物語は、一人の女性の遺志を燃料にして、さらなる激動の渦中へと突き進んでいく。

ジュラの大森林を渡る風は、シズへの鎮魂歌のように優しく、そして未来への狼煙のように熱く吹き抜けていった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。