洞窟の出口へと続く、蒼く冷たい回廊。
レンは『貯蔵者(ミタスモノ)』という最高に便利な「倉庫」を手に入れ、ホクホク顔で歩を進めていた。人間形態に戻った彼の足取りは、前世の登校路とは比べものにならないほど軽い。
連「なあ、ナビ。さっきみたいに、戦力を一定以上……例えば20%とかに解放して戦えば、新しいスキルがポンポン手に入るのか? もしそうなら、常にフルパワーで暴れまわった方が効率的な気がするんだが」
レンは、首元で静かに脈動する赤黒い鎖――『縛る者(グレイプニル)』を指先で弄りながら問いかけた。
『回答。スキル獲得のトリガーは多岐にわたりますが、出力の解放そのものが直接的な獲得条件ではありません。出力解放はあくまで「魂の格」や「演算能力」の一時的な引き上げに過ぎず、新スキルの発現は「強い意志」「必要性」、そして「経験の蓄積」が閾値を超えた際に発生します』
連「ふーん、つまり『レベルアップで覚える』ってよりは、『特定の行動や状況をトリガーにした実績解除(アチーブメント)』に近いってことか」
『肯定。ただし、出力解放状態であれば、世界の法則(システム)への干渉力が高まるため、獲得の確率は「稀に」上昇します。基本的には運要素が強いとお考えください』
連「運ゲーかよ。……まあ、ガチャよりはマシか。ドロップ率1%を回し続けるよりは、自力でフラグを立てる方がゲーマー冥利に尽きるしな」
レンは苦笑しながら、戦術演算が映し出すナビゲーションに従って進む。
すると、通路の壁面が、これまでの蒼い氷とは異なる「鈍い輝き」を放っている場所に差し掛かった。
連「……ん? なんだ、あの壁。テクスチャが違うな」
『報告。壁面に高濃度の魔素を含んだ鉱石反応を検知。解析中……。名称:魔鉱石。この洞窟の特殊な環境下で、長い年月をかけて魔素が結晶化したものです。純度は極めて高く、人間社会では国家予算レベルの取引対象となる「高級品」に分類されます』
連「……国家予算? おいおい、初期ダンジョンに配置していいアイテムのランクじゃないだろ、それ」
レンは目を輝かせた。前世のRPGでも、序盤で手に入るはずのないレア素材を見つけた時の興奮は別格だ。
彼は壁に近づき、右手に氷のツルハシを形成した。
連「よし、採掘(マイニング)開始だ」
キンッ、と澄んだ音が洞窟に響く。
氷のツルハシが魔鉱石の根元を叩くと、まるで熟した果実が落ちるように、輝く鉱石の塊がポロリと外れた。
連「インベントリ、起動。……自動回収(オートルック)モード」
レンが手をかざすと、足元の影から伸びた触手のような闇が、次々と鉱石を飲み込んでいく。
『魔鉱石を獲得しました。……個数:1。……個数:5。……個数:12』
連「ハハッ、これ止まんねーな! 見える範囲、全部根こそぎ持ってってやる」
レンは無心でツルハシを振るった。
普通の人間なら重機や大勢の作業員が必要な作業だが、フェンリルの力を宿したレンにとっては、岩を削るのも粘土を捏ねるのも変わらない。
壁一面を埋め尽くしていた魔鉱石は、数分のうちにレンの『貯蔵者(ミタスモノ)』の中へと消えていった。
連「……ふぅ。これで装備(武器)を作る時の素材には困らなそうだな」
『補足。魔鉱石は魔導武器の素材以外にも、魔素の蓄積媒体として非常に有用です。これを媒介にすれば、より強力な魔法触媒や、前世の「バッテリー」に近い運用も可能かと推測されます』
連「バッテリーか。ゲーム機制作の夢がまた一歩近づいたな」
レンは満足げに頷き、さらに奥へと進む。
通路は徐々に広くなり、どこからか入り込む微かな光が、氷の地面を照らしていた。
そこには、氷の隙間から逞しく芽吹く、青紫色の美しい花々が群生していた。
連「今度は植物か。……これもただの雑草じゃないんだろ?」
『解。名称:ヒポクテ草。魔素の濃い場所にのみ自生する薬草です。抽出方法次第で、傷を瞬時に癒す「回復薬(ポーション)」の主原料となります』
連「薬草(ハーブ)だな。基本中の基本だ」
『追加情報。個体名:レンの解析能力と『貯蔵者』内の「時間停止」による鮮度保持を組み合わせれば、理論上、純度100%の「完全回復薬(フルポーション)」の生成が可能です。これは欠損した肢体すら再生させる、神の領域の霊薬です』
連「……フルポーション? 雑草扱いの花からエリクサーが作れるのかよ。この世界、バランス調整ミスってないか?」
『否定。ヒポクテ草そのものは一般的ですが、純度を極限まで高めるには高度な錬金術か、膨大な魔素による精製が必要です。現在のレンであれば、それは「作業」に過ぎません』
連「なるほどな。持ってる奴が持てば、雑草も宝の山ってわけだ。……よし、これも全回収だ!」
レンは腰を下ろし、丁寧にヒポクテ草を摘み始めた。
一輪、また一輪。
だが、ゲーマーの「効率重視」の血が騒ぎ出す。
連「……まどろっこしいな。ナビ、インベントリの『空間操作』を使って、この群生地ごと『座標指定回収』できないか?」
『可能ですが、根を傷めずに採取するには精密な魔素操作が要求されます。……思考加速を併用しますか?』
連「ああ、やってくれ。最速で終わらせる」
レンが右手を地面にかざすと、空間がわずかに歪んだ。
ヒポクテ草の根元の土、あるいは氷が、ミリ単位の精度で切り離され、次々と虚空へと吸い込まれていく。
まるで掃除機で吸い込むかのように、一帯の青紫色の花が消えていく光景は、側から見ればシュール極まりない。
数秒後。
そこには、ヒポクテ草が一本も残っていない、文字通り「根こそぎ」にされた地面だけが残った。
『ヒポクテ草、計482株の収納を完了しました。フルポーション換算で約100本分の素材となります』
連「100本か。これだけあれば、どんなレイド戦でもゾンビアタックが可能だな」
レンは立ち上がり、パンパンと服の塵を払った。
手元には莫大な魔鉱石、そして大量の最高級薬草。
転生して数時間も経っていないというのに、彼の『インベントリ』の中身は、小国の国庫を凌駕する価値に達していた。
連「魔石に薬草……。あとはまともな飯と、面白い暇つぶしがあれば完璧なんだがな。出口はこの先か?」
『肯。前方150メートル地点に、地上への出口を確認。……ただし、出口付近には先ほど以上の魔素の揺らぎを感じます。おそらく、この洞窟の「主」がいた場所、あるいはその痕跡があるかと』
連「主、か。……ヴェルドラとか言ったっけな。ナビ、そいつの気配は感じるか?」
『いいえ。強大な魔素の残滓はありますが、生命反応は確認できません。……消失、あるいは封印が解かれた可能性があります』
連「いなくなってるなら好都合だ。……いや、ゲーマーとしては、ボスドロップの取り残しがないか期待しちゃうけどな」
レンは不敵な笑みを浮かべ、洞窟の出口――眩い光が差し込む大孔へと、一歩を踏み出した。
銀髪の少年が影から現れるとき、異世界の歴史は、一人の「遊戯者」によって大きく書き換えられようとしていた。