転生したらフェンリルだった件   作:ぐちロイド

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第6話 紹介と手合わせ

洞窟の冷たい空気とは対照的な、生命力に満ち溢れた緑の香りが鼻腔をくすぐる。

一歩、外へ踏み出した瞬間、レンの視界にはどこまでも続く深い樹海――ジュラの大森林が広がっていた。

 

連「……はえー、これが外の世界か。グラフィックの解像度がバグってるな」

 

フェンリルの姿のまま、レンは感嘆の声を漏らした。

隣に立つシルフィエッタは、主君となった銀狼を見上げ、穏やかな微笑を浮かべている。

 

シルフィエッタ「我が主、先ほどお話しした件ですが……。この森の奥に、私の親友が待機している家がございます。彼女もまた、私と共に真の強者を求めてきた者。もしよろしければ、彼女もあなたの配下として加えていただけないでしょうか?」

 

連「親友、か。シルフィが認める奴なら、会ってみる価値はありそうだな。案内してくれ」

 

シルフィエッタ「ありがとうございます! では、背中に失礼いたしますね」

 

シルフィが慣れた手つきでレンの白銀の背に跨る。

レンは力強く地を蹴った。

 

連(――ッ、なんだこれ。めちゃくちゃ気持ちいい……!!)

 

風を切る感覚。足裏から伝わる大地の確かな手応え。

前世の原付バイクや電車とは比較にならない、圧倒的な加速感と躍動感。

フェンリルの強靭な筋力は、複雑な森の地形を平地のように駆け抜けさせ、木々の間を縫うように走るスリルは、どんなレースゲームよりも脳汁を分泌させた。

 

連「ははっ! 最高だな、狼の姿で走るの! ナビ、今の時速どれくらいだ?」

 

『解。現在、出力12%の状態での巡航速度は時速約120km。地形の凹凸を考慮した実効速度としては極めて高速です。個体名:レンの多幸感(アドレナリン)の上昇を確認。……楽しんでいるようで何よりです』

 

連「楽しいに決まってんだろ! これぞ異世界の醍醐味だ!」

 

背後でシルフィが「ふふ、レン様は意外と無邪気なのですね」とクスクス笑う声を聴きながら、レンは一時間ほど森を駆け抜けた。

 

やがて、巨木の影にひっそりと佇む、レンガと石、そして木材を巧みに組み合わせて作られた一軒の家が見えてきた。

質素ながらも手入れが行き届いており、住人の几帳面さが伝わってくる。

 

レンは家の前で足を止め、シルフィを下ろすと、そのまま狼の姿で中へと入った。

玄関をくぐると、そこには一人の女性が立っていた。

 

黒髪に鮮やかな紫のメッシュ。ハーフアップにまとめられた髪の間から覗く瞳は、鋭いライムグリーンのシルフィとは対照的な、愛らしくも意志の強い「桃色(ピンク)」。

背中にはハーピィ特有の翼があり、引き締まったアスリートのような肢体を、実戦的な軽装鎧で包んでいる。

 

ホウリン「……シルフィ。……おかえり」

 

短く、しかし温かみのある声。

彼女がホウリン――シルフィが語っていた、100年来の相棒だろう。

 

シルフィエッタ「ただいま戻りました、ホウリン。紹介します。こちらが、私が一生を捧げると決めた御方……神獣・フェンリルのレン様です」

 

ホウリンの桃色の瞳が、じっとレンを見つめる。

彼女は一歩前に出ると、深々と頭を下げた。

 

ホウリン「……ホウリンだ。……よろしく」

 

挨拶は短かった。

だが、その直後。彼女から放たれる「気」が一変した。

穏やかだった空気が、研ぎ澄まされた刃のように鋭く変質する。

 

ホウリン「……レン様。……一つ、お願い。……手合わせ、願いたい」

 

連「……は?」

 

レンが呆気にとられる間もなく、シルフィが「はぁ……」と深い溜息をついた。

 

シルフィエッタ「申し訳ありません、レン様。この子、極度の武道狂(バトルジャンキー)でして……。強そうな方を見ると、挨拶代わりに手合わせを申し込む悪い癖があるのです。ホウリン、初対面の方に失礼でしょう?」

 

ホウリン「……強い。……わかる。……だから、知りたい」

 

ホウリンは表情をほとんど変えないが、その瞳には隠しきれない「闘志」が爛々と輝いている。

 

連(手合わせ、か。……断る理由なんて、あるわけないだろ?)

 

レンは狼の口元を吊り上げた。

前世で格ゲーの対戦台に乱入された時の、あのジリジリとした昂揚感が蘇る。

 

連「いいぜ。受けて立つ。ナビ、フィールドの選定は?」

 

『解。家の裏手に十分な広さの平地があります。障害物も少なく、初期のPvP(対人戦)のテストには最適です』

 

連「よし。シルフィ、やらなくていいなんて言うなよ。俺もこいつの実力が知りたいんだ」

 

シルフィは困ったように微笑みながらも、「……承知いたしました。では、私が審判を務めさせていただきます。ただし、お二人とも、家を壊すような真似だけはなさらないでくださいね?」と釘を刺した。

 

---

 

家の裏手。

西日が木々の隙間から差し込み、長い影を作る広場。

白銀の巨狼と、翼を持つ戦士が、一定の距離を保って対峙した。

 

ホウリン「……ルールは?」

 

連「……どちらかが戦闘不能、あるいは降参するまで。……死なない程度に、やる」

 

ホウリンが右手を虚空にかざした。

魔力の粒子が収束し、そこには一本の、禍々しいまでに鋭利な大剣が召喚された。

 

ホウリン「……武器召喚(ヨリシロ)。……いく」

 

連「こっちは魔法(スキル)メインで行かせてもらうぜ。……準備はいいか、バトルジャンキー」

 

シルフィが広場の中央で右手を振り上げた。

 

シルフィエッタ「――試合、開始(レディ・ゴー)!!」

 

合図と同時に、ホウリンの姿が消えた。

 

連(速い! 思考加速――起動!)

 

レンの視界が数千倍に引き延ばされる。

スローモーションになった世界の中で、ホウリンは翼を羽ばたかせ、驚異的な加速でレンの懐へと飛び込んできた。大剣が横一文字に振るわれる。

 

「ガアッ!」

 

レンは最小限の跳躍でそれを回避。

直後、ホウリンは大剣を放り投げた。

いや、捨てたのではない。

 

連(サイコキネシスか!)

 

宙に浮いた大剣が、まるで生き物のように軌道を変え、空中のレンを追撃する。

それと同時に、ホウリンの手には新たに二本の短剣が召喚されていた。

 

ホウリン「……多段攻撃(コンボ)。……逃がさない」

 

連(面白い! まさにレイドボスのギミック攻略だな。……なら、こっちは『弾幕』で返す!)

 

レンは着地と同時に、口角から魔素を漏らした。

 

連「『幻氷狼(フェンリル)』――氷結支配、座標固定弾!」

 

レンの周囲に数十発の氷の弾丸が生成される。

それは『戦術演算』によって導き出された、ホウリンの回避ルートをすべて塞ぐ「完全ハメパターン」の配置だった。

 

ヒュンッ、と空気を切り裂く音と共に、氷弾が放たれる。

ホウリンは空中で大剣を盾にしつつ、二本の短剣で飛来する氷を叩き割っていく。

その剣捌きは、まさに「全武器精通」の名に恥じない、無駄のない洗練されたものだった。

 

ホウリン「……すごい。……でも、まだ」

 

ホウリンはさらに武器を召喚する。今度は槍。

それをサイコキネシスで自律飛行させ、自分自身は短剣で肉薄する。

物理攻撃の波。レンはそれを『思考加速』で見切りながら、時には影の中に潜むように『空間跳躍』で立ち位置を変え、翻弄する。

 

連(いい動きだ。……だけど、ここからは俺のターンだぜ)

 

レンは、首元の鎖――『縛る者(グレイプニル)』の魔素の溜まりを意識した。

まだ12%の制限下だが、スキルの習熟度は上がっている。

 

連「『氷結支配』――氷晶迷宮(アイシクル・ラビリンス)!」

 

地面から突如として巨大な氷の柱が何本も突き出し、ホウリンの視界と退路を遮断する。

ホウリンが槍で氷柱を砕こうとした瞬間、レンはその背後――影の中から跳躍した。

 

連「チェックメイトだ!」

 

フェンリルの大きな前足が、ホウリンの眼前に迫る。

だが、ホウリンは無表情のまま、わずかに口元を緩めた。

 

ホウリン「……待ってた。……これ、本命」

 

彼女の周囲に、一度に十数本の剣が召喚された。

それは防御の壁となり、同時にレンの四肢を狙う「罠」として展開されていた。

 

連(カウンターか! ……だが、甘いな)

 

レンは空中で無理やり体を捻り、氷の礫を自身の真下に射出。その反動で、物理法則を無視した二段ジャンプを敢行した。

 

ホウリン「……!? ……ありえない」

 

連「格ゲーじゃ基本だろ、二段ジャンプは!」

 

レンは着地と同時に、広場全体を凍てつかせる波動を放った。

「神獣の覇気」をわずかに混ぜた、威圧と凍結の混合攻撃。

 

ホウリンの足元が凍りつき、一瞬だけ動きが止まる。

そのコンマ数秒の隙を、ゲーマーが見逃すはずがなかった。

 

連「終わりだ!」

 

レンの鼻先が、ホウリンの喉元でピタリと止まった。

彼女の背後には、数百の氷の針が展開され、彼女の全身を包囲している。

 

沈黙。

 

やがて、ホウリンは召喚していた武器をすべて光の粒子へと戻し、すとんと地面に座り込んだ。

 

ホウリン「……負けた。……完敗。……すごい」

 

彼女の桃色の瞳には、敗北の悔しさよりも、強者と全力で戦えたことへの、深い満足感が宿っていた。

 

連「はぁ、はぁ……。やるな、ホウリン。あのサイコキネシスの武器操作、マジで回避パターン組むの大変だったぞ」

 

レンも狼の姿のまま、荒い息をつきながら笑った。

 

シルフィエッタが歩み寄り、パチパチと拍手を送る。

 

シルフィエッタ「お見事です、レン様。……そしてホウリン、満足したかしら?」

 

ホウリン「……満足。……レン様。……一生、ついていく。……盾になる」

 

ホウリンは立ち上がり、レンに向かって再び深く、深く頭を下げた。

その仕草には、シルフィと同じ、あるいはそれ以上に重い「忠誠」が込められていた。

 

(よし。これで『魔法職』と『前衛職』が揃ったわけだ。パーティバランスも完璧だな)

 

レンは満足げに鼻を鳴らした。

 

連「歓迎するよ、ホウリン。……さて、それじゃあ祝杯……といきたいところだが、俺のインベントリには生肉と魔石しかねぇ。……ホウリン、お前料理が得意なんだってな?」

 

ホウリン「……任せて。……今夜は、ご馳走」

 

ホウリンがわずかに頬を緩め、家の中へと小走りで戻っていく。

 

ジュラの大森林の小さな家。

そこは、後に世界を震撼させる最強の遊撃隊「プレデターズ」の、最初の拠点となる場所。

白銀のフェンリルと、二人の美しき従者の物語は、ここから加速していくことになる。

 

連「……さて。次は、この辺りに住んでるっていう『ゴブリン』とかいう奴らに会いに行ってみるか」

 

レンは夕陽に照らされる森の奥を見つめ、不敵に笑った。

 

 

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