転生したらフェンリルだった件   作:ぐちロイド

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第7話 主人公と接触

静まり返ったジュラの大森林。木々の隙間から差し込む木漏れ日が、白銀の毛並みを斑に照らし出す。

レン、シルフィエッタ、そしてホウリンの三人は、小高い丘の陰に身を潜め、眼下に広がる小さな集落を凝視していた。

 

そこは、シルフィエッタが「この界隈では一番弱小な部類」と評していたゴブリンの村だった。しかし、今そこにある光景は、彼女たちの常識を根底から覆すものだった。

 

シルフィエッタ「……ありえない。何ですか、あの光景は……」

 

シルフィエッタが、信じられないものを見たと言わんばかりに細い指先を口元に当て、愕然と呟く。

彼女のライムグリーンの瞳が捉えているのは、本来なら天敵であるはずの「牙狼族(ガロウゾク)」と、食われる側の「ゴブリン」が、肩を並べて――いや、牙狼の上にゴブリンが跨り、親密そうに資材を運搬している姿だった。

 

ホウリン「……牙狼族。……誇り高い種族のはず。……ゴブリンに従う? ……理解不能」

 

ホウリンもまた、無表情ながらも桃色の瞳に強い動揺を滲ませている。彼女の手は、いつでも武器を召喚できるよう、腰のあたりで微かに動いていた。

 

だが、二人の動揺とは対照的に、フェンリルの姿のレンは、その紅い瞳を面白そうに細めていた。

 

連(……見つけた。あれが、この世界の「主人公(メインプレイヤー)」か)

 

村の中央。

粗末な柵が整えられ、焼けた家々が片付けられている現場の真ん中で、ポツンと、しかし異様な存在感を放つ「青い塊」が跳ねていた。

それは、どこからどう見ても、ただの「スライム」だった。

 

だが、そのスライムが「ポヨン」と跳ねるたびに、周囲のゴブリンや牙狼たちが一斉に頭を下げ、指示を仰いでいる。

 

連「……ナビ。あのスライム、どう見える?」

 

レンは念話で問いかける。

 

『解析中。……種族:スライム。……驚愕すべき事実を検知。当該個体は、通常の魔物を遥かに凌駕する高密度の魔素(マナ)を保有しています。また、周囲の魔物たちには「名付け」による進化の痕跡が確認されます。現在、あのスライムを中心に、新たな「勢力(ギルド)」が形成されていると推測されます』

 

連(「名付け」……。一度にあの数に名前をつけたのか? 正気じゃねぇな。リセマラでもしてMP無限の初期バフでも持ってんのかよ)

 

レンは狼の口元を吊り上げた。

あそこで指揮を執っているスライム。彼もまた、自分と同じ「異界の魂」を持つ存在であることは、直感的に理解できた。

 

連「シルフィ、ホウリン。作戦会議だ」

 

レンは声を潜め、二人を呼び寄せた。

 

シルフィエッタ「……主、どうされますか? あのスライム……見た目は無害そうですが、纏っている空気は『天災級』に近い。牙狼族をあそこまで手懐けるなど、並の魔王でも困難です。……私が『魔術創造』で一気に焼き払い、安全を確保しましょうか?」

 

シルフィエッタの瞳から光が消え、冷徹な魔術師の顔が覗く。彼女にとって、主であるレンの安全を脅かす可能性のある不確定要素は、即座に排除すべき「バグ」でしかない。

 

ホウリン「……斬る。……隙は、多い」

 

ホウリンもまた、短剣を召喚し、一瞬でスライムを両断するイメージを構築している。

 

連「待て待て、お前ら。せっかくの『イベントシーン』をスキップする奴があるか」

 

レンは前足で地面を軽く叩き、二人を制止した。

 

連「いいか、よく見ろ。あのスライムがやってるのは『破壊』じゃない。『建設』だ。壊れた村を立て直し、種族間の壁を超えて組織化(パーティ編成)してる。……あいつは、この世界を『攻略』しようとしてるんだよ。俺たちと同じか、あるいはそれ以上の規模でな」

 

レンは丘の下で忙しなく動くスライム――リムルを見つめながら、ゲーマーとしての分析を続ける。

 

連「あそこには、俺たちが持ってない『資源(リソース)』がある。例えば、あの統率力。そして、多種族を融合させる特殊なスキル。……ここで潰すのは簡単だが、それは最高に面白いコンテンツを自ら捨てるようなもんだ」

 

シルフィエッタ「……つまり、交流(コミュニケーション)を図るということですか?」

 

シルフィエッタが意外そうに眉を寄せる。

 

連「ああ。対人戦(PvP)を仕掛ける前に、まずはチャットを送って様子を見るのが基本だろ。……幸い、あいつは話し合いができそうなタイプだ。なんせ、スライムの姿で一生懸命ゴブリンの世話を焼いてるんだからな」

 

レンは立ち上がり、白銀の毛皮を震わせた。

 

連「戦略方針(ミッション・ポリシー)を変更する。目的は『接触と情報交換』。ただし、向こうの護衛……特にあの牙狼族の連中には、俺が『フェンリル』だってだけで、過剰に反応される可能性がある。……ホウリン、お前は俺の左側に。威圧感を出さずに、いつでも防御に回れるようにしとけ。シルフィ、お前は右だ。万が一、向こうに話の通じない『脳筋』がいたら、魔法で牽制してくれ。殺すなよ?」

 

シルフィエッタ「……御意。……盾になる」

 

 

ホウリン「……承知いたしました。我が主の仰せのままに」

 

二人がそれぞれのポジションにつく。

シルフィエッタは依然として警戒を解いていないが、レンが「楽しそうにしている」こと自体が、彼女にとっての最優先事項だった。

 

連「よし。じゃあ、まずは軽く挨拶(ジャブ)から行くか。……ナビ、俺の『神獣の覇気』を最小限に。相手を気絶させず、『あ、なんか凄いのが来た』って気づかせる程度に調整しろ」

 

『了解。出力調整……0.01%まで低下。広域散布モードで実行します』

 

レンがゆっくりと丘を降り始めた。

一歩。また一歩。

彼の足が地面を踏むたびに、微かな、しかし絶対的な「格」の差を示す波動が、ゴブリンの村へと波及していく。

 

作業をしていたゴブリンたちが、ピタリと動きを止めた。

牙狼族たちが、一斉に耳を立て、尻尾を下げてレンのいる方角を凝視する。

村全体を包んでいた活気が、一瞬にして緊張の静寂(しじま)へと変わる。

 

「……あ」

 

村の中央。

青いスライムが、こちらに気づいて向き直った。

その表面が「ピクッ」と震えたのを、レンの『魔力感知』は見逃さなかった。

 

連(……驚いてるな。無理もない、初期エリアにレベルキャップ外のボスキャラが降りてきたようなもんだからな)

 

レンは、村の入り口まで十数メートルの位置で足を止めた。

背後のシルフィとホウリンも、レンの動きに合わせてピタリと静止する。その統率された動き自体が、見る者には軍隊以上の圧力を与えていた。

 

連「おい、そこのスライム。……いや、リムル=テンペスト、だったか?」

 

レンは『魔力感知』を通じ、周囲の空気を震わせて語りかけた。

 

連「――少し、話をしないか? 悪いようにはしない。……同じ『外(あっち)』の空気を持ってる者同士としてな」

 

その言葉を聞いた瞬間、スライムの体が「ビクッ」と大きく跳ねた。

周囲のゴブリンたちが「リムル様を侮辱するな!」と、粗末な武器を構えようとするが、それよりも早く、牙狼族のリーダー格――ランガが、本能的な恐怖でその場に伏せた。

 

リムル「……皆、待て! 下がっていろ!!」

 

リムルが、慌てたような声(念話)を出し、部下たちを制止した。

そして、その小さな体でピョン、ピョンと、レンの前まで跳ねてくる。

 

リムル『……お、驚いた。……フェンリル? いや、その横にエルフとハーピィ? ……ええと、今の言葉……「あっち」って、まさか……?』

 

連「ハハッ。その反応、確定(ビンゴ)だな」

 

レンは狼の姿のまま、不敵にニヤリと笑った。

 

連(シルフィ、ホウリン。……案の定、こいつは『当たり』だ。……しばらくここで、このスライムの『建国シミュレーション』に混ざってみるのも悪くないな)

 

レンの紅い瞳と、リムルの蒼い体。

二つの異界の魂が、ジュラの大森林の小さな村で、歴史的な邂逅を果たした瞬間だった。

 

連「……あー、とりあえず。俺はレン。……こっちは俺の頼もしい配下たちだ。……リムル、お前……その姿で村長(ギルドマスター)やってるのか? なかなか面白いプレイスタイルじゃないか」

 

リムル『……え、ええー……? なんだこの狼、めちゃくちゃフレンドリーなんだけど……。っていうか、オーラがヤバすぎて心臓……ないけど、心臓止まりそうなんだけど!?』

 

狼の姿で優雅に佇むレン。

内心でパニックを起こしているスライム。

そして、その後ろで「いつでも主のために戦える」と殺気を微調整している二人の美女。

 

ゴブリンの村の運命は、今、爆発的に加速し始めていた。

 

 

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