転生者とTS聖女とTS悪役令嬢と追放系ハズレスキルが集まった結果。   作:RGN

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転生者と令嬢の邂逅

 ラガン・ゼムは転生者であったが、しかし何かを為すつもりは微塵も無かった。

 転生チート……とまでは言わないが異世界産である自らの肉体は魔法の行使こそできなかったもののこの世界基準では突き抜けた強度を誇っており、その気になればドラゴンすら殴り殺せるほどの力を持っていたし、この世界の文明レベルであれば『世紀の大発見』に相当するであろう科学知識も幾つか保有していた。

 

 しかし、それらを全力で活用して今の己の生活が良くなるかと考えればきっとそうではない。

 むしろ逆だろう。巻き込まれなくてもよかった争い事やら政治に巻き込まれ、面倒な事になるに違いない。

 しかもこの世界にはラガンが元いた世界と同じような宗教が存在しており、ともすれば神の定めた摂理に反するだの何だのと言われ、異端者として追われる身になるかも知れない。

 そうなれば処刑だってあり得る話だ。まぁ、その程度で殺されるような肉体でも無いが。

 ともあれ面倒である事に違いは無い。

 

 だからラガンは特に何を為すつもりもなかった。

 冒険者として、自分の命を全く脅かさないレベルの怪物共を安全に殴っているだけで、この世界基準で言えば『裕福な暮らし』ができるのだ。

 

 不満という不満も特に無い。

 文明の利器たるウォッシュレットが無い事だけは死ぬほどストレスだったが、『水の魔石』を用いれば似たような事が出来ると知ってからはそうしているし、街がバカみたいに不衛生な事も、慣れたらなんか平気になった。

 流石に道端に人糞やら馬糞が放置されているのは嫌だったので、無駄に溜まる私財を用いて清掃隊を結成させたりはしたが。

 

 何にせよ、今のラガンは今の生活にもこの世界にも不満は無かった。

 むしろ前世があまりにも複雑すぎたので、ただ怪物を殴っていれば読書なり木の彫り物なりの趣味を楽しみながら生きる事の出来る今の暮らしはとても充実して有り難いものであった。

 

 だから、ギルドの掲示板を興味深そうに眺める、明らかに高貴な生まれの美人を見つけても、絶対に話しかけに行くつもりは無かった。

 

「ラガンさんラガンさん、あの人すごい美人さんですね……どこぞのお嬢様でしょうか……?」

「だろうな」

 

 何故かラガンを師として慕っている若手パーティのリーダーが彼女に見惚れながら言った言葉に、ラガンは苦虫を噛み潰したような顔で答えた。

 

 ボロっちいローブを被った彼女であるが、どうやらその身に染み付いているらしい立派な所作とフードから覗く美貌までは隠せない。

 立派な所作は十分な教養の表れで、輝くような美貌は美容に金を使うだけの余裕の表れ。

 ラガンは普段から礼儀もクソも無く、美容どころか現代日本では最低限とされていた身嗜みにすら気を遣っていない野蛮人どもと毎日顔を合わせているのである。

 本人としてはあのボロっちい布切れ一枚でそれを隠したつもりになっているらしいが、ラガンからすれば、何なら他の冒険者からしても一目瞭然もいいところであった。

 

「ラ、ラガンさん、俺ちょっとあの人に話しかけてみます! あわよくばパーティにも……」

「そうか……まぁ、頑張れ。俺は帰る」

「はい!」

 

 と、顔を真っ赤にして意気込んだ少年を見送り、肉体年齢22歳というこの世界基準だと結構なオッサンであるラガンはなるべく何気ないように見えるよう退散した。

 

(あんなのと関わってたまるか)

 

 とんでもないお転婆か、そうで無ければ勘当され、追放されたか。

 何であれ死ぬほど面倒臭い身分であることは間違いないし、それにこの世界の貴族という連中は男女問わずテンプレみたいな庶民見下し野郎しかいない。

 無駄に関わってストレスを溜めたくはない。

 とっとと他所に行って欲しい。

 そんな事を考えながら、ラガンは己の家への帰路を辿った。

 

(うわアイツ絶対ネームドじゃん。関わらんとこ)

 

 そんなラガンを内心でそう考えながら横目で見送ったのは、バレバレ令嬢ことグレイ・エル・サムタート・エイン……もとい、グレイである。

 元々ラガンと同じく日本生まれの男児であった彼……彼女が何だってこんな所にそんな姿でいるのかと言えば、それが彼女がいわゆるTS悪役令嬢というやつだからであった。

 

 作品名が長すぎて本人も覚えていないのだが、とにかく何らかの作品においてグレイ・エル・サムタート・エインという女はラスボスであった。

 主人公に悪辣の限りを尽くしつつ、自分は圧倒的な魔法の才能と自身に魅了された周りの男どもを利用して好き放題。

 最終的には復讐されて獄中に繋がれるんだかどこぞの奴隷として身を落とすのだか、その辺も忘れたがとにかくそういう最期を迎える悪女である。

 グレイはそれを前世での妹による熱心な布教の一環で知った。流し読みしただけなので細かい内容は一切覚えていなかったが。

 

 しかし何にせよ、そういう人間に憑依転生……というのだろうか?

 そういう形でこの世界に生を受けたグレイは、いくらか過ごした後にこう決意した。

 

(よし、全部捨てて逃げよう)

 

 仮にも一作品のラスボスがそんな事していいのかと問われれば勿論そんなわけがない。

 ジャンル的には復讐モノに該当するであろうグレイの登場した作品であるが、グレイへの復讐のためには主人公が紆余曲折したルートを通る必要があり、その中で戦争寸前だった隣国と和平だの友好条約だのを結んだり、貴族内に蔓延していた腐敗をどうにかしたり、国内に潜んで国王に対して邪な術を施していた組織を壊滅させたり、ジャンヌダルクよろしく旗を掲げて軍を率いたりするわけである。火刑には処されないが。

 何にせよ、それらの一連のイベントがグレイの離脱により全部オジャンになるわけであるから、当然国は滅亡まっしぐら。主人公もイケメン王子様もみんな処刑されるか慰み者になるかどちらかであろうその選択は、原作既読勢からすれば悲鳴の出るような話であろう。

 しかし当のグレイはこう思った。

 

(知るかよンな事。むしろ滅べ)

 

 当初はグレイとて原作既読勢の身。

 流石に顔や性格を知っている人達が可哀想な目にあうのも気が咎めると、あまり酷くなり過ぎない程度に悪女ムーブをかまそうとした。

 が、そのために色々と学ぶ過程でそんな気持ちはゴミクズのように吹き飛ぶことになる。

 

 まず最初に衝撃を受けたのは、あまりにも不衛生すぎる宮廷・屋敷事情である。

 上の方を向いて歩く分にはいいが、下を向けば泥だらけの糞まみれ。

 用を足すのは廊下の端に置いてある『おまる』で、衝立すらなくフルオープン。

 そして庭には糞の山。

 衛生管理舐めんじゃねぇと叫び出したい気分であった。

 そりゃあペストだって大流行する。

 匂い消しのために無理矢理死ぬほど香りの強い香草や香水を利用していて、それが人糞の臭いと混ざって死ぬ程臭いのもゴミだった。

 

 だがまぁ、そこは良かった。

 いや全然良くは無かったのだが、当世ヨーロッパの衛生環境の酷さは事前知識として保有していたし、この世界には浄化魔法なんて神魔法が存在する分、まだ耐えられた。

 ……尤も、浄化魔法なんぞ卑しい下男、下女が習得するものだとされていたので人目を避ける必要があり、頻繁には使えずかなり我慢する必要があったのだが。

 

 次に現貴族の腐敗っぷりである。

 贈収賄は序の口で、汚職、税の徴収量の無断引き上げに中抜き、暗殺やに脅迫に証拠の偽造に……免罪符まで教会と結託して売っているときた。

 それを当時4歳程度であったグレイにさも当然の処世術のように教え始めたのだからグレイは耳を疑った。

 しかしグレイはその程度ならまぁいいだろうと飲み下した。

 だって現代でも似たような事はどっかで起きているのだろうし。

 

 ただどうにも我慢ならなかったのが、自身の立場と扱われ方であった。

 現代日本でこそ男女平等が叫ばれ、女性の社会参画が推し進められていたが、貴族社会ではそうではない。

 男が上で女が下。男尊女卑万歳。政治は男だけが回す。女は世継ぎを作るための孕み袋か、政略の為の道具。

 現代社会なら死ぬほど叩かれるであろうその社会構造も、当世であれば改めようのない常識。

 そこは仕方がないから受け入れよう。……そう思っていた。当初は。

 

 しかしグレイの中の人は現代的な思想に染まった男である!

 元々そうして生まれ、そうあれとして育てられた彼女らとは違い、日々の生活が苦痛オブ苦痛!

 

 油ぎった臭いオッサンからは「貴方のような美しく才能のある方に子を産んでいただければ、我が家も安泰なのですがな」とセクハラをかまされ。

 視覚からの情報と嗅覚からの情報が一致しないイケメン共からはさらに酷いセクハラをされる。

 何が「私の子はあなたに産んでほしい」だの「あなたと私の子ならばきっと素晴らしい子が生まれる」だの……そんな文句で口説き落とされるわけねぇだろ殺してやろうか。

 そう叫びたい気持ちをグッと堪えながら接するが、連中はどうにもしつこく、もっと言えば距離が近い。

 ベタベタ触ってくるし臭いし無駄にイケメンだし臭いセクハラだし。

 

(あ、無理だこれ)

 

 グレイがそう理解して逃げたのも納得である。

 面倒臭いとかそういう次元の話ではなく、普通に無理。

 そう思って身をやつし、隣国まで逃げたグレイは冒険者としての活動を始め、そしてこう思った。

 

(快適すぎんか?)

 

 そもそも大前提として、グレイ・エル・サムタート・エインという女はラスボスである。

 肉体的スペックはともかくとして少なくとも頭脳的、魔法的才能は最上級。……まぁ、頭脳の方は現代日本の庶民が支配している以上、優れているとは言い難いモノになったが。

 とにかく、魔法使いとして見るなら最強格。それがグレイの肉体であり、それを駆使すれば冒険者としての生活は余裕も余裕。

 

 後衛職ではあるが敵は自らが魔法を使えば一撃で吹き飛ぶから、死ぬほど簡単に荒稼ぎできるし、宮廷生活から宿生活に移っても、むしろ大手を振って浄化魔法を使える上にクソ貴族共も居ないから超快適。

 

(俺、逃げてよかったぁ〜!)

 

 心の底からそう思った。

 ……が、どうしても順風満帆には行かないことが一つあった。

 それは他の冒険者達との付き合いである。

 

 本人とて自覚しているが、グレイは美人である。

 少なくとも作品での描写を鑑みれば、少なくともその代の女性の中では一番の美人であるとされていた。

 貴族の中でも類い稀なる美貌であるのだから、下民にすれば数千年に一人レベルの超美人。

 

 そんなのがむさ苦しい冒険者達の中にいきなり現れたのである。

 オタサーの姫どころの騒ぎではない。

 男共は皆魅了され、女衆からは凄まじい嫉妬を集め……彼女は全く関わっていないはずなのに彼女のせいで崩壊したパーティが幾つも出て、果ては噂を聞きつけた貴族さえも訪れる始末。

 そんな人物、ギルドとしては当然何処かに去って欲しいわけであるが、それでいて冒険者としてこれ以上なく優秀だからタチが悪かった。

 だからギルドはこう言った。

 

「冒険者としての身分は剥奪しないでやるから何処か辺境の土地にでも行きやがれボケ」(意訳)

 

 そうして幾つかのギルドを転々としてノータッチ無自覚天然パーティクラッシュをかました後、現在のギルドに辿り着いたわけであるが、彼女は現在迷っていた。

 それは、ここのギルドに腰を据えるべきか否かである。

 

 彼女はここに訪れて初日であるが、もう既にこの街を気に入っていた。

 理由は単純、この街が綺麗だったからだ。

 

 なんだそんな事かと侮るなかれ。

 普通、こういう街はその辺に人糞馬糞その他の家畜の糞が落ちているものであり、何なら窓から糞尿を道端に捨てるという文化がある以上壁まで糞まみれであることも普通なのだが、しかしこの街はそうで無かった。

 少なくとも、今まで彼女がいた場所のどこよりも清潔であると言える。

 ここなら怖かったペストもそこまで気にしなくて良さそうだ。

 こんな街、他所にはないだろう。

 だったらここに住むのが一番いいはずだ……と、そう思っていた。ギルドに入るまでは。

 

「ラガンさんラガンさん、あの人すごい美人さんですね……どこぞのお嬢様でしょうか……?」

「だろうな」

 

 ヤベェのがいる。

 興奮した様子で喋る方はともかく、話しかけられてる奴、アイツは絶対にヤバい。

 

 グレイはここ数ヶ月で学習したのだが、基本的に冒険者というのは不潔だ。

 貴族の四男、五男だったり商人の家を継げなかった息子だったり、そういうのはある程度の清潔感を保っているものだが、しかしそれ以外は粗暴で野蛮もいいところ。

 

 しかし、アイツは商家の子供でも貴族の出でも無いはずなのに、清潔感がある。

 何故彼の出自を商家でも貴族でも無いと断定できるのかというと、彼の髪と瞳である。

 グレイにとっては前世で死ぬほど見慣れた黒目黒髪に黄色の肌。なんの特徴もない平べったい顔。

 東洋人の特徴である。

 そしてこの世界において、この辺りに存在する東洋人と言えば奴隷か、そうでなくとも卑しい身分の人間のみ。

 となれば、少なくとも彼が清潔感を気にするような出自で無いことは察せた。

 

 故に、異質。

 その真っ黒な装束も相まって、明らかに周囲と浮いていた。

 そこで、グレイは察する。

 

 さてはネームドか? と。

 

 彼が自分の出典である作品と似たような、或いは同じ作品のスピンオフ的な作品のネームドキャラと考えれば、あの異質さにも納得が行く。

 

「ラ、ラガンさん、俺ちょっとあの人に話しかけてみます! あわよくばパーティにも……」

「そうか……まぁ、頑張れ。俺は帰る」

「はい!」

 

 と、そう言って彼が立ち上がったことで、その疑念はほぼ核心にまで近づいた。

 痩身に長身、しかもどうやら筋肉もしっかりとついているらしい。

 顔立ちもどことなく整っている気がする。

 これはもうネームドだ。絶対にネームドだ。

 コイツと関わった結果色々とイベントに巻き込まれるに違いない。

 こっちの国の貴族やら王族に目をつけられたり、そこから自分が逃げた国の連中に気付かれる可能性もある。

 

 出来れば逃げたい。…………が。この街を捨てるのも惜しい。

 

「あの、すみません! 少しお話よろしいでしょうか?」

「……えぇ、まぁ」

 

 顔を真っ赤にして話しかけてくる少年の肩越しに、去ってゆくあの男を眺める。

 ……少なくとも今は向こうもこちらに接触する気は無いらしい。

 であるのなら、暫くはここに滞在してもいいか。どうするかは、それから考えよう、と。

 彼女は結論付ける。

 

 こうして彼らの初邂逅は、見事なすれ違いで終わったのだった。

 

 

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