転生者とTS聖女とTS悪役令嬢と追放系ハズレスキルが集まった結果。 作:RGN
ラガンの朝はそこまで早くない。
むしろ同業の者と比べればかなり遅い方になる。
その理由は単純、急ぐ必要がないからだ。
同業の者達にとって、冒険者稼業は命懸けだ。
最も簡単で最も安いと言われるゴブリン退治とて、命を落とす可能性は決して0ではない。
更にその確率は、装備と道具の準備で変動する。
安全に冒険をするには金がいるが、金を用意するには危険を冒さねばならない。
その二律背反を背負うからこそ、彼らは数多ある依頼の中からも出来る限り割りの良い仕事を欲する。
だが悲しいかな、依頼の受注は早い者勝ち。
故に彼らは早く起き、誰よりも早く掲示板の前に急ぐ訳である。
しかし、ラガンは強かった。
多少危険であったとして、想定外の事態が起こったとして。
その上で、なんとか出来てしまうのがラガンであった。
要するに、適正レベルが違うのである。
レベル30が適正のステージに、レベル100のプレイヤーがいるようなものだ。
実は敵のレベルが40でした、という話だろうと。レベル60の乱入が発生しようと。
ラガンであれば倒せてしまう。
だから、競合する他者がいない。
だから、争う必要がない。
だから、彼はのんびりギルドへと向かう。
そして、現在のギルドにはその理屈にもう一人、当てはまる人物がいた。
「あ」
「ん?」
ラガンが掲示板を眺めていたところに横から声が聞こえ、そちらを向いたら目が合った。
そして互いに一瞬で逸らした。
なんと言う日本人仕草か。気まずいことこの上ない。
(なんでコイツが居るんだ……!)
お互いの心の声が完全に一致した。
特に示し合わせたわけでもないが、たまたまと言うわけでもない。
ラガンはこのくらいの時間に丁度ギルドから冒険者があらかた出ていく事を知っていたから。
グレイは自分の宿泊している宿の窓から、ギルドから大体の冒険者たちが出発し終えたのを見たから。
要するに、互いに人を避けつつも出来る限り早い時間を求めた結果だった。
(……仕方ない。さっさとこの場を離れるのが先決だ)
ラガンは目の前にあったゴブリン討伐の依頼書を剥がし、受付まで持って行く。
そうすれば、いつもの受付嬢がいつも通り、幾つかの手続きを手早く済ませて……そして、ズイとラガンの方へ顔を近づけた。
「ラガンさんラガンさん、あの人すっごい美人さんですよね、絶対どこかのご令嬢ですよね」
そう小さな声で言ったのは、どこかで聞いた事のあるような台詞だった。
と言うか、昨日聞いたアイツの台詞とほとんど一緒だった。
やはりあの女を見れば誰でもそう思うらしい。
「……まぁ、そうだろうな。で、心当たりは?」
と、ラガンがそう聞いたのは受付嬢が格式ある家の生まれであると知っていたからである。
詳しい話は聞いた事がなかったが、底辺貴族の四女だか五女だかで嫁ぎ先があるかどうか怪しく、修道院に入るかそうで無ければどこぞの家の家政婦かとなった時、同じような境遇の人からこの職に誘われたらしい。
文字の読み書きを習っている女性は重宝され、有り難がられると聞き、だったらと決めたようだ。
受付嬢には整った顔と美しい所作が見て取れたので、話に嘘は無いのだろうと判断できた。
それ故に、どこぞのパーティか何かで彼女の顔を見ていないか、と。そういうニュアンスでラガンは質問したのだ。
「いえ、それが全くと言っていいほど無くてですね……でも、絶対に私なんかのところより素晴らしい血統の生まれだと思います」
「そう見えるか」
「はい。パッと見の雰囲気というか、オーラと言うか。屋敷にいた頃、お姉様の付き添いで行ったパーティで遠くからお見かけした事のある方々が、ああ言う雰囲気であらせられました」
成程、と。ラガンは頷いた。
正直なところ貴族という人種をほとんど見たことがないラガンはそのオーラとやらがサッパリ理解出来なかったが、しかし彼女ほどの人物が言うのならそうなのだろう。
「……でも、何でそんなお方がこのような所で、あのようなお姿を……?」
「そういうのは詮索すべきでない事だ。とんでもない厄ネタが埋まってる気がする」
「…………まぁ、そうですね」
触らぬ神に祟りなし。
知られたからには消す、勘付かれたからには消す、と言うのは実際に起こり得る事だ。
それが貴族や教会関係ならば特に。
連中はメンツとプライドで生きているような人種だ。
受付嬢の家のような元々地位の低い騎士上がりの小領主のような家は、彼女を見れば分かる通りそこまでそこに重きを置かないものの、上になればなるほどその傾向は顕著になる。
自分に不都合な事を知られたのなら、消さねばならない。そうでなければ生き残れない。
……どこのヤクザだよと言う話である。
「では、そろそろ行って来るが……」
「はい、ではどうか、お気を付けて」
そう言って、未だに掲示板を見続けている彼女を横目に、外へ。
(……ってかアイツが今日、この時間に一人でここに居るってことは、フラれたのかアイツ)
と。自分の事を師と慕う少年の事を思い浮かべながら。
「……」
その後ろ姿をじっと見つめるのは、やはりグレイ。
彼女は掲示板を見つつも、彼と受付嬢の会話に聞き耳を立てていた。
あわよくば彼の事を探れないかと思ってそうしたものの、結局何を言っているかまでは聞き取れずに終わってしまったが。
(……ゴブリン討伐)
グレイが気になったのはその部分である。
最も簡単で最も安い依頼。そう言われる仕事であるそれは、駆け出しの初心者が好んで受けるものだった。
だと言うのに、彼はそれを受けた。
(そこまで実力は高くないのか? いや、にしては雰囲気が明らかに
彼女は元々、この辺境の街のギルドよりも大きな都市のギルドに属していた。
そこには高位の冒険者たちも数多く集まっていたので、彼女はそんな彼らの雰囲気を覚えていた。
そんな中で、やはりあの男はあまりにも異質だった。
受付嬢さんに話を聞いてみれば何かわかるのだろうか。
そう考えたグレイは適当な依頼────どこぞの街の外れに出現したレッサードラゴンを倒して欲しいというものだった────を剥がし、先程男が訪れた人の前へ。
「お願いします」
「はっ、はい! 喜んで!」
そうして依頼書を置けば、彼女はひどく緊張した様子で、しかしテキパキと手続きを済ませた。
成程、どうやら優秀な人らしい、と。グレイは理解する。
「……あの」
「はい!? な、なんでしょう!?」
「さっきのあの人についてなのですが……」
「さっきの……あ、ああと、ラガンさん……じゃ、なくて、とにかく黒い人の事ですよね?」
「はい、そうです。ちょっと、知っている事を教えて頂きたくて……」
「そ、それは……ええと、その……」
グレイがそう問えば、受付嬢は困った様子を見せる。
何か言いにくいことでもあるのだろうか? と、グレイがそう思った直後。
「ギルドの規則がありまして、冒険者の個人情報は……」
「……ああ」
納得した。
それはそうだ。
プライバシーの保護は大切である。
いくら文明レベルが日本のそれと比べ物にならないレベルで低いからと言って、その辺りの倫理観が緩いというわけではないらしい。
「言える限りで結構ですので……」
「えぇ、あぁ、ではまぁ……お名前と等級くらいなら大丈夫ですかね。ええと、あの方はラガン・ゼムさんと言いまして、金等級の冒険者さんです。この辺りでは最強なんて呼ばれてますね」
金等級!? なんでそんなのがこんな所に!?
グレイは心の中でそう叫ぶ。
実際のところ、金等級の冒険者と言うのはそのレベルでヤバかった。
冒険者の等級は下から粘土、黒曜石、鋼、銅、銀、金、白金、宝石の8つ。
そのうち鋼までを下位等級、銅より上を上位等級と言う。
何故そこで別れているのかと言うと、鋼等級までは『依頼の成功数』で認定されるのに対し、銅等級以上はギルド側の審査を突破しなければならず、明確な実力と、それ以上にギルド側からの『信用』を必要とするからだ。
そして基本的に、冒険者という存在は教育を満足に受けていない人間がなるもので、極めて自己中心的な思考をしている人物が多く、また戦いに明け暮れる生活ということもあって性格が粗野で野蛮になりやすい。
だから問題行動なんて起こしまくりで、喧嘩もしょっちゅう。
グレイが数週間ほど滞在しただけでパーティ崩壊が幾つも起こったのも、元々の冒険者の気質が荒く我慢が効かないというところも大きかった。
まぁ何にせよ、そんな連中が長く生き残れるかと聞かれれば当然NOで。
仮に生き残った所で信用なんてロクに得られるわけもない。
故に、上位冒険者の数はその絶対数がそもそも非常に少なかった。
そんな上位冒険者の、3段階目。
グレイがかつて居た規模のギルドでようやく銀等級が2人か3人居るか居ないか。
グレイがかつて居た王国内のギルドという話になっても、金等級なんて国全体で3、4人。
そういうレベルの人物である。
……まぁ、実力という点だけで言えば、国の魔法使いの中でも最高峰であるグレイは白金か、ラスボスという立場も考えれば宝石にも届きうるかも知れないのだが。
しかし依頼の達成回数が足りていないため、現在のグレイの階級は黒曜石である。
何にせよ、彼がこんな所でゴブリン討伐の依頼なんて受けていて良いような人物でないことは確かである。
(何だってそんなとんでもないのがここに……?)
絶対に実力と場所が噛み合っていない。
もっと大きな都市の、もっと高難易度の依頼が集まるギルドに行くべき人材だ。
しかし、何故だか彼はここに居座っており、どうにも動くつもりはなさそうだった。
(……やっぱり只者じゃないよなぁ。ってなると、ネームドって考える方が自然か)
彼に起こるイベントで考えるなら、その実力を聞きつけたギルドマスターがやって来るとか。
貴族が直接スカウトに来て、そのまま立身出世、だとか。
まぁその辺りであろうか。
いずれにせよ、彼の近くにいると面倒なイベントが起こる可能性はありそうだ。
……今になって思い返してみれば、彼のムーブはなんかそういう乙女ゲーとかの攻略対象のように見えなくも無かった。
最初は冷たく無視ばかりされるが、何とかコミュニケーションを取ろうと努力しているうちに……みたいな。
金等級なのにこんな所にいるのは、悲しい過去があって……だとか。
……うん、やっぱり関わり合うのはやめておこう。乙女ゲー的に考えれば、自分から関わりにいかなければ大丈夫なはずだ。きっと。多分。メイビー。
そんな事を考えるグレイは、そういう類のゲームを前世で一回も遊んでいなかった。
「……有り難うございました。それでは、行ってきます」
「は、はい! お役に立てたようなら何よりです! どうかお気を付けて!」
受付嬢の声を背中に受けつつ、外へ。
(っていうかあの受付ちゃん、可愛かったな……)
と、密かにこの街のお気に入りポイントを増やしつつ。
彼女は依頼状に示される目撃地点へ移動を開始するのだった。