転生者とTS聖女とTS悪役令嬢と追放系ハズレスキルが集まった結果。 作:RGN
やはりグレイにとって、怪物退治は全く苦にならない。
後衛職単独など自殺行為とされているが、しかしグレイの魔法の才はそんな常識を容易く覆す。
一発攻撃を喰らえば終わり? だったら向こうが攻撃して来る前に殺せばいいじゃない。
そんな野蛮なマリーアントワネット理論を至極真面目に振り翳し、それをその通りに実行できる以上、グレイにとって怪物退治はコンビニでおにぎりを買うよりも容易い事だった。
むしろ当人にしてみれば、散歩のついでに怪物を討伐して来るくらいのテンションであって、そうするだけで結構な額の金が手に入るのだから最高であった。
しかし、だからと言って冒険者として活動する上で全く苦がないかと言えば、決してそうではなかった。
「なぁ、金なら払うからよ。一晩だけ、どうだ?」
あー、また始まった。
グレイはそう思わずにはいられなかった。
こう言った手合いはグレイが冒険者稼業を始めてから今日に至るまで、いつだってグレイに付き纏って来た。
かつて居たどのギルドでも、同じような誘いをされた事がある。
まぁ、こういう手合いの気持ちも、元男であるグレイには分からんでもない。
男なら美人なら抱いてみたいものであるし、それが命の危機と常に隣り合わせで、いつ死ぬかも分からない冒険者であるのなら、そう言った欲求がより強くなるのもまた道理だろう。
しかしそんなのは知ったことでは無い。
宮廷の汚いイケメン連中ですら無理だったのだから、それ以上に汚い連中はもっと無理である。
性病だって怖いし、っていうかゴムが無いから万が一も怖い。
あと普通に男に抱かれるっていうのが嫌だった。
グレイとて元は男であるし、そう言った方面に全く興味の欠片も無かった以上、今世の肉体が女性のそれであるからと言って嫌悪感は拭えないのである。
だからグレイの答えは常に決まっていた。
「お断りします」
キッパリと。自分に出せる中で最も冷たい声で。
誰の目から見ても明確な拒否であると理解できるように、力強く発言する。
「そんなつれねぇこと言うなよ。ちょっとくらい良いだろ? 金だって払うんだからさ」
何も良くねぇよ。
グレイは心の中で吐き捨てる。
金を払うんだから良いだろ、の理屈が通用するのは娼館のみだ。
本人がそれを了承するのならその限りではないが、少なくともグレイに自らを売るつもりは無かった。
「お断りします。そう言った事がしたいのなら、娼館へどうぞ」
事実、この街にも娼館はあった。
人が集まる以上、そう言った建物はやはり必要なのであろう。
……まぁ、教会の教義的にはアウトとされているので、街の隅の方に数件あるだけだが。
しかしそれでも、そういう人たちのために、そういう場所があるのは間違いなかった。
「あそこの連中、高い上にブサイクだから嫌なんだよ。アンタが望むんなら、連中の料金の2倍払ってやってもいいぜ?」
何で上から目線なんだコイツ。
しかも高い上にブサイクって、十分可愛いだろうがよ。
グレイはこの街を散策する中で客引きをしている娘の顔を見た事があったが、普通に良かった。
まぁ、現実の日本と創作世界の女子の顔面偏差値があまりにも違いすぎるだけかも知れないが、しかし冒険者風情がそこに文句をつけるというのもおかしな話である。
運動部の部員がマネージャーに対し、「アイツら何もしてなくね?」と言うのと同じようなものだ。
自らの立場を弁えろ、と言う話である。
(全く、どうしてこうも冒険者ってのは自己中心的な思考の連中ばっかりなのかね……)
と、自己中心的な思考に基づいてラスボス悪役令嬢としての役割から逃げ出した人間が何か言っているわけであるが、何であれグレイに男の誘いを受けるつもりは無かった。
「とにかく、お断りします。それでは」
そう言って、グレイはその場から立ち去ろうとする。
現在地はギルドから少し離れた横道で、人通りの少ない場所だった。
だから大通りへ戻れば、彼とて何も出来ないはずである、と。
そう考えての行動であった。
「待てよ」
当然、そんな事を許す冒険者ではない。
ガシリ。
グレイの細腕を、冒険者の不潔な手が掴む。
こんな事を衛兵に通報されれば、或いはギルドに報告でもされれば、男にとって都合の悪い事態が起こるのは明らかである。
男としては、グレイがこのままこの場から逃げる事、そして誰かにこの事を伝える事は、何としても防がねばならなかった。
……そんな事を理解できるのなら、こんな短絡的な事はするなと言う話であるが、しかしそこは安定の冒険者クオリティ、と言ったところだろう。
「お前、何逃げようとしてんだよ」
「……離してください。人を呼びますよ」
「俺は鋼等級だぞ? お前が人を呼ぶ前にお前を殺してやることも出来る。それに俺には仲間だっているんだ。逃げたところで、絶対にお前を殺してやるぞ」
……いや、脅し下手すぎか?
グレイは内心で呆れ返っていた。
鋼等級だから何だって話であるし、仲間が居たとしても何だという話である。
むしろ抜け駆けしようとしたとして、男こそがその仲間に殺されるのではなかろうか。
……しかし何であれ、面倒な事になってしまった。
こうなってしまった以上は穏便に事は終わらないだろうから、こちらも魔法を使わざるを得ない。
普通は魔法を人に向けて使うのは犯罪であるが、このような状況で、睡眠魔法のような相手を傷付けたり精神操作したりしない魔法であれば、まぁ問題ないだろう。
というか、実際に今までもそれで問題なかった。
だから今回も大丈夫だろう、と。グレイが睡眠魔法を唱えようとして、男が自分の腕を掴む力が酷く弱くなっている事に気づいた。
「……?」
振り払おうと腕を動かせば、すんなりと抜ける。
一体何が起きたのだと彼を見てみるが、何や、もう既に彼はグレイのことすら見ていないようだった。
額からは脂汗がダラダラと流れ、顔色は真っ青を通り越して真っ白。
全身はブルブルと震えている。
(何だ……? 何を見ている……?)
と、グレイが男の視線を辿る。
すると、そこに居たのは漆黒の偉丈夫にして、グレイが今最も警戒している男。
ラガン・ゼムであった。
「い、いや、違うんですよ、ラガンさん」
「……」
「これはその、先達として、新人に色々と……ほら、あるじゃないですか。ね? この街のこととか、ギルドのこととか……だ、だからその、決してやましい事じゃあ……」
先程の威勢はどこへやら。
ブルブルと震える唇で、男はみっともなく弁明の言葉を並べ始める。
(どの口が言うんだ、どの口が……)
あまりにも保身的な嘘まみれで、グレイはほとほと呆れてしまう。
しかしそれ以上に気になるのは男の態度の変化だ。
確かに金等級と鋼等級には天と地ほどの差があるが、それにしたって怯えすぎだ。
「な、なぁ!? そうだよなぁ!? おい!?」
と、そんな事を考えていたら、いきなりガシリと肩を組まれ、同意を求められた。
臭い。汚い。やめて欲しい。っていうか嘘に同意を求めるな。
このまま魔法でぶっ飛ばしてやろうか。
そう考えたグレイだったが、彼女の視界に興味深いものが映った。
「……」
ラガンである。
正確には、ラガンの表情だ。
男がグレイと肩を組んだ瞬間、僅かではあるがラガンの表情が歪んだのだ。
それを見て、グレイはこう考えた。
(ま、まさか……コイツ、俺の事が好きなのか!?)
あまりにも思考が飛躍しすぎているが、しかし今まで自らの顔が無駄に良すぎるせいで散々苦労して来たグレイからすれば、あり得ない話とも思えなかった。
ラガンはグレイの事が好きになってしまい、奪われないよう他の冒険者達に圧をかけていたが、そこをこの男が抜け駆けし、結果としてこうして見つかった。
そんなシナリオがグレイの頭の中で組み上がる。
もしもラガンが本当に乙女ゲーの攻略対象なら、そういう事になっても何らおかしくはない、と考えながら。
しかし当然、ラガンの思考は違う。
(余計なことしてんじゃねぇよカス! 上の貴族に目をつけられたら面倒なんだぞ!)
グレイに絡んでいる冒険者とて、ラガンの知らない人物ではない。
素行は悪いわ女癖は悪いわ金遣いは荒いわと、典型的な冒険者のタイプとも言える彼であったが、しかし同じギルドの冒険者と言う仲間意識はラガンにあった。
だからこそ、彼がこの横道にグレイを連れ込んだのを見た時は冷や汗が流れたものだ。
余計な事をしてどこかの力を持った人間の逆鱗に触れれば、ただでは済まないのは彼だけでないのである。
肩を組みやがったのも最悪だ。
基本、貴族の連中は下民の事を卑しく穢らわしい存在として扱っており、近付く事さえ許さない。
そんな存在にああもベタベタ触るなど、街ごと切り捨て御免されても仕方ないレベルの不敬であった。
どうにも当人は自らの出自を隠しているらしいので今のところそうはならないだろうが、今頃心の中で不快ゲージがモリモリ溜まっているはずである。
さっさと引き剥がさねば。
そう思った。
その次の瞬間であった。
「
男が眠らされ、地面に転げ落ちる。
「ごめんなさい」
そうしてグレイはラガンに一礼すると、すぐに何処かへ去ってしまった。
(恩を売るのはまずい、ここは拒絶の意を伝えつつ早急にこの場から離れなくては……)
グレイはそういう思考に基づいて行動したわけであるが、そんな事は知らぬラガンにしてみれば、あまりにも唐突すぎる出来事だった。
(上の連中が考える事、全くわからんすぎる)
しかしとにかく、未だに目を付けられたわけではなさそうだ。
どうにかこうにか、嵐には去って貰いたいものである。
そう思って、ラガンはギルドに向かうのだった。