ソル&ヴァルキリー:かませ騎士に転生した俺、破滅回避のため落ちこぼれヒロインを育成していたらいつの間にか天才と呼ばれてしまう   作:マテリ-AL

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第18話:『天才』はバッドエンドを超える①

 時は、少し巻き戻る。

 

 洞窟の分かれ道を右に進んだイリスとミタマは、これ以上ないほど順調にダンジョンの踏破を進めていた。

 

「ふっ」

 

「ギャッ!」

 

 イリスは襲い来るコボルト達を氷漬けにしてなぎ倒し、ずんずんと洞窟の奥へ進んでいく。だが、そんな順調な進捗とは裏腹に、ミタマの表情は浮かないものだった。

 

(うーん。魔石拾い以外何もできてないなー。どっかで、イリスにアピールとかしたいんだけど……)

 

「下らないわね」

 

「うん?」

 

 ミタマがイリスの顔を見る。イリスはいつもの仏頂面のままだったが、眼はギラリと光り、まるでミタマの内心を見通しているようだった。

 

「未熟なあなたに何ができるって言うの? 凄い人と比較して勝手に焦るより、今自分にできることをやり遂げなさい」

 

「……ぐぅ」

 

 イリスの容赦ない言葉を浴びされ、ぐうの音が出てしまうミタマ。

 

「ほら、余計なことを考える前に、早く魔石を拾い集めなさい」

 

「にひひ……。ありがとね、イリス」

 

「なんでお礼を言うのよ。……ふん」

 

 嬉々として魔石を集め始めるミタマを呆れたように見守るイリス。ミタマが魔石を拾い終わったの確認すると、ほんの少しだけ嬉しそうに鼻を鳴らし、イリスは歩き出した――瞬間、イリスの体の中で、黒い何かが脈動した。

 

 

「――っ!? けほっ、けほっ……!?」

 

 その反動に耐え切れなかったのか、咳き込んだイリスの体勢が崩れ、片膝をつく。

 

「――イリー!?」

 

「やめ、て……」

 

 ミタマが膝をついたイリスへ駆け寄る。イリスは手のひらをミタマへ向け、接近を拒絶しようとした。しかし、ミタマはそれを無視し、イリスの下にたどり着く。

 

「イリー。大丈夫……痛っ!?」

 

 ミタマが、見るからに調子の悪そうなイリスの背中を撫でた瞬間――ミタマの手が、氷に侵食され始めた。イリスとの接点を起点に、ミタマの手が凍り付いていく。

 

「――――っ!?」

 

 それを見たイリスの表情が大きく歪む。眼は瞳孔ごと見開かれ、歯の根が嚙み合わず、乾いた衝突音が鳴る。そんな不穏なイリスの様子を察したのか、ミタマは凍った方の手を反対側の脇に挟みながら、笑顔でイリスへ語りかけた。

 

「だ、大丈夫だよイリー! わたし、体温高い方だから。こんなんすぐ解けちゃうって! それより、体は――」

 

「――触らないで!」

 

「きゃっ!?」

 

 ミタマが、励ましの言葉と共に、再びイリスの介抱を試みるため、手を伸ばす。だが、ミタマがイリスに触れるより先に、イリスがミタマの手を振り払った。

 

「いたた……」

 

「あ……」

 

 イリスに突き飛ばされたミタマが、地面に尻餅をつく。振り払われた腕にも、氷が張っていた。その氷が自分のものだと自覚したイリスの表情が更なる絶望に歪む。

 

 イリスは顔面中を冷や汗まみれにしながら数秒間強く目を瞑ると……何か意を決したかのように眼を見開き、ミタマへと背を向けた。

 

「……ミタマ。今すぐ戻って、スカイやルシアスと合流して」

 

「え? なんで……」

 

「――いいから!!」

 

 その叫ぶと共に、イリスはミタマを振り切り、洞窟の奥へ走り出した。イリスが踏みつけた地面に足跡型の氷が張っている。

 

「イリー……」

 

 残されたミタマは、座り込んだままダンジョンの奥をじっと見て、イリスの行動の意図について考え込んでいた。

 

「…………いや!  わたしは、師匠みたいな凄い魂導者になるんだ! だから、こんな所で止まってちゃだめだ!!」

 

 考えた結果、自分の思考に意味がないことを自覚したミタマは、勢いづけて立ち上がり、イリスの後を追って走り出す。

 

 その瞳には、強い意志が宿っていた。

 

 

 イリス――本名イリスフィア・アダマス・フィンブルは、フィンブル侯爵家の長女として生まれた。愛はあるが厳格な両親のもとで育ったせいか他人に素直に甘えるのが苦手で、幼い頃から『折羽姫』を愛読し、その流れで本を読むこと自体が好きになった……。

 

 ……普通の、女の子だった。

 呪いが、彼女に憑くまでは。

 

 

 ……ダンジョンの一番奥には、ダンジョンの核魔石を有したボスが存在している。イリス達のいるダンジョンも、その例外ではない。

 

 地下であるはずなのに、天井が見えないほど広大な空間に『それ』はいた。常人の数倍はある体長に、岩肌と見まがうほどゴツゴツした筋肉質な肉体。体長と同じくらいの長さの金棒を携え、猛牛のような立派な牙と角を持つその魔物の名は――Bランク魔物、ハイオーガ。

 

「ヴロアァッ!」

 

「ギャヒァッ!?」

 

 今、金棒で叩き潰したコボルトの魔石を喰らっているそれが、このダンジョンのボスだった。

 

「はぁ、はぁっ……!」

 

 そんな空間に繋がる道から少女――イリスが蒼髪を散らしながら飛び出る。イリスの呪いは奥に引っ込んでしまったようで、もう、体から冷気は放出されていない。イリスが飛び出てきた道のすぐ隣に、もう一つ道が通っている。スカイとイリスが分かれた道は、どちらもこの空間に繋がっていたのだろう。

 

 精神的動揺で息を切らせるイリスと、ハイオーガの眼が合う。ハイオーガはコボルトの魔石を地面へ吐き捨て、口からよだれを垂らしながら金棒を振り上げた。

 

「ウ゛ロオオオッ!」

 

 その体勢のまま、イリスへ向かって巨体に似合わない速さで走り出し、イリスを叩き潰さんと巨大な金棒を振り下ろす。顔中に冷や汗を垂らし、明らかにまともな状態ではないイリスに、強大なる質量の塊が叩きつけられる――。

 

氷鏡障壁(フリージングミラー)

 

 寸前、氷でできたドーム状の壁が金棒での一撃を阻んだ。ハイオーガは不機嫌そうに氷の障壁に金棒を何回も叩きつけるが、障壁はびくともしない。

 

氷鏡凍波(フリージングウェーブ)

 

「ウ゛、ガアッ!?」

 

 イリスが無機質な詠唱をした瞬間、障壁から魔力波が放たれ、直撃したハイオーガの体が凍り付き始める。氷の浸食は急速にハイオーガの全身に行きわたり、瞬く間に、ハイオーガは指一本動かせなくなってしまっていた。

 

「――ふっ!」

 

 その隙を見逃さず、イリスはハイオーガへ飛び掛かり、手に持っている杖でハイオーガの頭を粉々に砕く。残されたハイオーガの体が黒い靄に変わり、人の頭ぐらいの大きさで、半分が黒色もう半分が灰色の魔石が地面に落ちた。

 

「ふぅ……」

 

 ハイオーガの魔石を溜息と共に両手で拾い上げるイリス。ダンジョンのボスを倒したというのにその表情は全く晴れていないどころか、余計に暗くなっている。

 

「ダンジョンから出たら、この魔石を手切れ金にしてミタマとの契約を切ってもらいましょう」

 

 イリスは未来への算段を立てながら魔石を強く握りしめ、眼をぎゅっとつむった。

 

「あと、スカイにも近づかないように言いつけないと。……私は、()()()だから。そもそも、仲良くなるのが間違っていたんだってっ……!」

 

 絞り出すような声で、今にも泣きだしそうな顔で、決別を誓うイリス。

 

 ここまでが、イリスルートの本来の流れ。秘められた呪いが偶発し、ミタマを傷つけてしまったことで、イリスのトラウマが再発してしまう。その後、彼女は誰も傷つけないために、自分と関わる全ての者との縁を切って学園から去ろうとしてしまう。

 

 だが、ミタマはイリスを引き止め、呪いに対抗できるくらいに強くなろうとする。その暖かい心に触れたことで、凍り付いていたイリスの心は溶けていく……。

 

 そう、()()()()()()()イリスルートはそのまま進んでいく。

 

 

 

「よし。()()()がくれた情報通りだな」

 

 ――魔石の黒い部分が割れ、中から渡り鴉が出てきさえしなければ。

 

「……え?」

 

「よっ、別嬪さん。アンタに恨みはねえけどさ。魂導者(ソル)二人、巻き添えにして死んでくれや」

 

 一瞬呆気にとられたイリスの腕に、黒鴉の羽根が突き刺さる。羽根から黒い魔力がイリスへ流れ込み――イリスの中の呪いが大きな脈動を始めた。急激な呪いの活性化にイリスは耐えられず、うめき声をあげながら片膝をつく。

 

「う、ぐ、あ、あぁっ……!」

 

「さっ。パイセンが出てくる前にオレは逃げるか。巻き添えになって死んだら本末転倒だからな」

 

 鴉が飛び去った十秒ほど後に、イリスの体を起点として極凍の寒波が放たれる。寒波はダンジョン全てを氷で侵食し、絶死の氷獄へと染め上げていく。

 

 同時に、イリスの中に押しとどめられていた呪いが受肉を始めた。膨れ上がった呪いはイリスの決して多いわけではない魔力を容赦なく吸い上げ、形づくっていく。

 

 イリスは弱々しく震える体を押さえつけ、懐に手を入れた。

 

「アイツは、魂導者(ソル)を、ルシアスとミタマを巻き添えにするって言ってた。それに、このままだと、スカイも巻き込まれて――()()、誰かを傷つけちゃう!」

 

 懐から取り出したのは、一本の短剣。こういう時のため、()()()にイリスが常に持ち歩いていたそれから、鞘を取り外そうとする。

 

「……っ!?」

 

 だが、イリスの手が恐怖と強引な魔力の吸い上げで震えているせいで、短剣を鞘から引き抜くのが上手く行っていない。

 

 数秒後、ようやく短剣が取り出される。銀色の刀身が魔氷から放たれる光を反射し、青白く光った。

 

「早く。呪いが、完全に出てくる前に――」

 

 ――結論から言えば、イリスの覚悟は全くの無駄なもの。利敵行為と言っていい。既に呪いの顕現は確定しており、ニーズヘッグは人間の死体を餌として好んで食らう性質を持っている。ここでの自害は、空腹のニーズヘッグに餌を用意するだけだ。

 

「これでやっと……誰かを傷つけることは、なくなるのよね」

 

 だが、そのことを知らないイリスは、イリスの家――フィンブル家の紋様が入った柄を両手で握りしめ、短剣の先を自分の胸へ向けた。

 

『近づくな、化け物め!』

『……ここで、仕留めさせてもらうわ』

 

 イリスの脳裏によぎったのは、初めて魂に秘められた呪いが暴発し、自らの家が絶凍の冷気に包まれたその時に。父親から向けられた絶対の拒絶と、()()()()()()()()()()に母親から自分へ向かって放たれた刃の魔法。

 

「お父様、お母様。みんな――」

 

 イリスは、一筋の涙と共に――。

 

 

「生まれてきてごめんなさい」

 

 

 短剣を、胸へ向かって――突き刺した。

 肉が裂ける音と共に、赤黒い鮮血が滴り落ちる。

 

 

 

「――イリー!!」

「…………え?」

 

 

 だが、短剣はイリスを傷つけることはなかった。

 ならば短剣が裂いた肉は、垂れ落ちる鮮血は、誰のものか――?

 

「ぐ、うぅっ……!」

 

 それは、ギリギリでイリスと短剣に割って入ったミタマのものだった。

 短剣とイリスの間に差し込まれた右腕に短剣が深々と刺さったことで、鮮血が容赦なく吹き出し、その半身を赤に染め上げている。

 

「何があったかは分からないけどさ! それでも、それでも――それだけは、ダメ! ダメだよ、絶対に!!」

 

「ミタマ、なん、で……?」

 

「――なんで、も、なにも! イリーの魂導者(ソル)だから!」

 

 ミタマは苦痛に歪む顔を無理やり押さえつけながらも、イリスを守るかのように、抱きしめるかのように、イリスの体へ手をまわした。

 

 それと同時に、呪いが――十数メートルの長さを持ち、体の節々が魔氷で覆われた、羽の生えた白き大蛇龍の形を為して完全に顕現した。顕現した呪いは宙に浮いたかと思えば、大きく口を開きこれ以上ないほどの大笑いをまき散らす。

 

「ぎ……ぎゃははははははっ! どこの誰かは知らねえが、やってくれたなぁ! 俺様を……この、大災厄ニーズヘッグを! こうして復活させるとはなぁ! しかも、女の肉まで用意してくれてるなんざ、用意がいいじゃねえか!」

 

 口から冷気を振りまきながら、辺りを見渡すニーズヘッグ。すぐにミタマとイリスの二人を見つけたニーズヘッグは、更なる大笑いをして体を揺らした。

 

「あれが、イリーを苦しめてたんだね!」

 

「ご、ごめん。ごめん、ミタマっ……! 私の、私のせいで……!」

 

「イリー、大丈夫。わたしが……守っちゃうからさ!」

 

 恐怖と絶望で表情が歪むイリスと、そんなイリスを守るように両手を大きく広げるミタマ。だが、よく見るとミタマの方も恐怖と極寒、腕を刺された苦痛で足が生まれたての小鹿のように震えており、その足も凍り付き始めている。

 

「――来いっ! 化け物っ!!」

 

 だが、それでも、ミタマは、恐怖の感情を一切表情に出さず、ニーズヘッグへ虚勢を張り続ける。そんな彼女を見て、ニーズヘッグは再び下品な笑い声をあげた。

 

「化物だってぇ!? じゃあ、化け物らしく、肉厚なお前から食ってやるよ!」

 

 ニーズヘッグは自身の周囲に氷塊を展開し、ミタマへ向かって投げつけた。ミタマの数倍はある氷塊が、ミタマへ向かって降り注ぐ。

 

(あっ、ダメだコレ。勢いに任せて前出たけど、どうにもできないや)

 

 足元が凍り付き、動けないミタマにとってそれは不可避の死だった。死が近づいたせいか、ミタマは自分へ迫る氷塊の動きが鈍く見えてしまう。

 

 氷塊の影が、ミタマを覆う。

 潰れるまで、あと一秒もかからないだろう。

 ミタマの皮膚からにじんだ冷や汗が、目の端から僅かにはみ出た涙が、氷獄の冷気で凍り付く。

 

(やばい。死にたくない。誰か……助けて……)

 

 

 

「――らっ!」

 

 瞬間――超速で動く白色の影が氷塊へ激突。衝突された氷塊は破砕音と共に粉々に砕け、ミタマに傷一つ負わせることがなく消えた。

 

「え? ……あれっ?」

 

 氷塊を砕いた白い影が、地面に着地する。

 その正体は――白シャツを着用したルシアスだった。

 同時にスカイも、ボス部屋に続く通路からミタマへ駆け寄ってきた。

 

「……師匠、スカイちゃん! 助けに来てくれたんだ!?」

 

「ああ。だが、あまりいい状況じゃなさそうだな」

 

 庇うように前に立ったルシアスが、横目でミタマ達の様子を確認する。手から血を垂らし、膝下まで凍り付いて明らかにボロボロなミタマの様子に、ルシアスは眉をひそめた。

 

「スカイ、ミタマ達にも炎を」

 

「わかった! 炎竜さん、ミタマとイリスを寒さから守ってあげて! ――竜炎球魔法(ファイアボール)!」

 

「ほわっ……あったかい……」

 

 炎球から飛び出た炎竜が、ミタマとイリスへ寄り添う。ミタマの足元の氷が溶け始めたのを確認したルシアスは上空を向き、ニーズヘッグを睨みつけた。

 

 視線がかち合い、ニーズヘッグは不快そうに表情を歪める。

 

「……うぇ、男かよ。男の肉は固くて不味いから嫌いなんだよなぁ……。

 ――そうだ! 男を先に食らって、女の柔肉三人分で口直しすりゃいいじゃねえか! 流石俺様、頭がいいなぁ!」

 

 楽しそうに笑いながら、氷の魔力を纏い始めるニーズヘッグ。

 ルシアスは表情一つ変えず、拳を構え、スカイに目配せをした。目配せに応じたスカイが魔力を展開したことで、その身から氷獄の冷気に対抗するかのような熱気が溢れ出す。

 

「――やるぞ、スカイ」

 

「うん! イリス達を、守り切るんだ!」




明日は2話投稿です。(朝と夜の8:18)
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