ソル&ヴァルキリー:かませ騎士に転生した俺、破滅回避のため落ちこぼれヒロインを育成していたらいつの間にか天才と呼ばれてしまう   作:マテリ-AL

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第20話:『天才』

「――行ってくるねっ!」

 

「ああ、行ってこい!」

 

 戦乙女闘装(ヴァルキリードレス)によって、背中から竜翼を生やしたスカイが、地面を蹴り、翼を大きく広げ、飛翔する。そこからさらに炎を噴射することで、空高く舞い上がった。

 

「わ、とっ……」

 

 初めての飛行のため、バランスを若干崩すスカイ。

 

「ここが、空。らーちゃんの見てる景色……!」

 

 だが、ラーミアが問題なく空を飛んでいたことを思い出すと、すぐに体勢を持ち直し、同じく空を舞うニーズヘッグへ向き合った。

 

「やっと、これで並んだんだね!」

 

「下らねえ! とっとと落ちやがれ、聖竜!」

 

 見るからに苛立った様子のニーズヘッグがスカイに向けてオーロラ纏う凍結ブレスを放つ。

 

「あっぶない!」

 

 スカイは、ぎこちなく翼を動かしながらブレスをどうにか回避し、そのまま赤色の魔法陣を複数展開し始める。一種類だけとはいえ魔法を同時に複数展開できている辺り、戦乙女闘装(ヴァルキリードレス)によって、色々な能力が向上しているようだ。

 

「今度はこっちの番だよ!」

 

 複数展開された魔法陣から、ニーズヘッグという一点へ向けて炎竜が放たれる。

 

竜炎槍魔法(ブレイズスピア)!』

 

「――遅えんだよぉ!」

 

「えっ……?」

 

 だが、ニーズヘッグは自分へ襲い来る複数匹の炎竜を悠々とくぐり抜け、スカイへ自身の尾を叩きつけた。

 

「ぐぁっ……!?」

 

 重々しい尾に弾き飛ばされたスカイの軽い体が、大型馬に撥ねられたかのような勢いで凍った壁へ叩きつけられる。甲高い氷の破砕音と共に壁に大きなクレーターができ、スカイの頭から赤色の液体がどろりと流れだした。

 

 被害はそれだけに収まらず、両耳の鼓膜が破れたのかスカイの世界から音が消え、脳が大きく揺れたせいか視界もひどくぼやけてしまっている。

 

「ついさっき飛べるようになったチビクズ聖竜がぁ? 俺様に空での戦いで勝てると思ってんなら随分と舐められたもんだなぁ? あ゛ぁっ!?」

 

「う、うぅ……!」

 

(空での戦いでも勝てないのなら、どう、すれば……!)

 

 ニーズヘッグは空から人々を蹂躙し続けたS級災厄で、スカイはついさっき空が飛べるようになったばかりの()()()()。空中での動き方に文字通り天と地程の差があることを思い知らされたスカイは、鉄の味がする口の中を強く噛みしめた。

 

「辛いかもしれないが、それでも翼を広げ続けろ! 絶対に、落ちるな!」

 

 そんな絶望的な状況で、スカイは無意識のうちにルシアスへ眼を向けていた。ルシアスは何かを叫んでいたが、声がスカイへ届いていないことを察した、刹那――。

 

「……!」

 

 右手の人差し指を、ボス部屋の上空――果ての見えない無間の闇へ向けて突きつけた。炎竜がルシアスを照らし、その姿勢がスカイの眼に入った瞬間。スカイの口から小さな感嘆の声が漏れる。

 

「あ……」

 

『空まで届く大天才に()()()()()()()()()、頑張ってついてきてね!』

 

 スカイがルシアスへ自己紹介した時のそっくりな()()が、意味するのは――。

 

「てっぺんから――叩き潰せ」

「……っ! うん!」

 

 ルシアスの言葉無きアドバイスにより、スカイの眼に力が宿る。体へ魔力を込め、壁を蹴ってクレーターを脱出すると、背中の竜翼から真っ赤な炎を噴射し、上へ、上へ、とにかく上へ征くことのみを目的として、突き進み始めた。

 

「う、ぉおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 狙うは、誰も追いつけないほどの最高到達点(てっぺん)。小さな聖竜は、咆哮と共に流星もかくやという勢いで闇をかき分け、飛翔を続ける。

 

「――待てぇ!」

 

 当然、ニーズヘッグもスカイを仕留めんと追うが、スカイがしているのは膨大な魔力を後先考えず圧縮し、燃料とする超速の飛翔。単純な速さ勝負には千年を越える経験すらも意味がなく、ニーズヘッグは段々と引き離されていく。

 

「着いた、てっぺん! ここで決める!」

 

 無間の闇の果てへたどり着いたスカイは、これ以上ないほど丁寧に、魔法陣を展開し始めた。

 

竜炎球魔法(ファイアボール)!』

 

 竜となり、より高まっているスカイの魔力をふんだんに使った炎球は、みるみるうちに大きくなり、ついには、太陽と見まごうほどの大きさとなった。炎球の輝きが眩すぎるせいか、ルシアスやニーズヘッグの――下からの視線ではスカイの姿が捉えられなくなる。

 

 炎球が割れると、ニーズヘッグと同等の巨体を持つ大炎竜が生成され、天を目指すニーズヘッグを堕とさんと食らいかかった。

 

「オオオオオオオオオオッ!!」

 

「くっだらねえ! ただでかくなっただけじゃねえか!」

 

 呆れたように体をしならせ大炎竜を躱すニーズヘッグ。炎竜を躱すのに慣れが出たせいか、それともスカイを追うのを第一としているせいか、回避行動は最小限。炎竜との距離を、あまり離さなくなり始めている。

 

 ――そこを見逃す、スカイではなかった。

 

「――ばぁっ!!」

 

「はっ!?」

 

 大炎竜から、スカイが飛び出す。闘装(ドレス)を装着したことで更に魔法制御技術も向上し――炎竜の中に空洞を作れるようになっていたのだ。

 

「ぐっ――」

 

竜炎牙魔法(ブレイズファング)ッ!!』

 

 ニーズヘッグがアクションを起こす前に、赤髪の戦乙女より再現(ラーニング)した魔法――真っ赤に燃える竜腕が、ニーズヘッグへ叩き込まれる。

 

「お、ごおおおおおおおおおおっ!?」

 

 スカイの竜炎を纏った会心の一撃(クリティカルヒット)が、ニーズヘッグを地面に叩きつける。超巨体の邪龍が超高度より叩きつけられたことにより、地面が脈動し、世界が揺れた。

 

「――炎竜さんっ!!」

 

「オオオオオオオオオオアッ!!」

 

「ぐあああああああああああああっ!?」

 

 願いにも似た叫び。それに応えるように大炎竜は空中で軌道を変え、地面に墜落したニーズヘッグの首へ食らいついた。大爆発にも近い炎の奔流がニーズヘッグを包み込み、その身を燃やし尽くしていく。

 

「やった、やった……よ……っ!?」

 

 力を使い果たしたのだろう。『戦乙女闘装』が解除され、スカイの服装は元のジャケットに戻り、超高度からの墜落を始めた。このままでは地面に叩きつけられてしまうだろう。

 

「……あ」

 

 そんなスカイを跳躍したルシアスが、空中で受け止める。ルシアスはそのまま、スカイを体が痛まないよう、優しく着地した。

 

「……頑張ったよ、ボク」

 

「ああ、よくやった」

 

 短い言葉と共に、安心したように意識を失ったスカイ。ルシアスは最小化した聖結界にこれ以上ないほど丁寧に、スカイをミタマとイリスの横に詰めた。聖結界の中に入った瞬間、ボロボロだったスカイの体が癒えていく。

 

「…………」

 

 それを確認したルシアスの表情が、僅かに綻ぶ。しかし、その一瞬後には、より鋭い、敵を見据える眼となり――ニーズヘッグのいる方角を貫いた。

 

「ぐ……ぎ、ぎぎ……」

 

 聖竜の炎に巻かれたニーズヘッグは、呻き声をあげ、苦しんで――。

 

 

「ぎゃははははははっ! やっとくたばりやがったなァ! 聖竜ゥウウウ!!」

 

 は、いなかった。全身が焼け焦げたニーズヘッグは炎から抜け出し、これ以上ないほど口を大きく開けて笑っていた。人を馬鹿にしたかのような汚い笑い声を浴び、ルシアスの口の端がわずかに歪む。

 

「……倒しきれなかったか」

 

「当たり前だろぉ!? 俺様を誰だと思ってやがる! ラグナロクを生き延び、聖竜共の浄滅すらも生き延びた絶対強者――氷獄邪龍(ニーズヘッグ)だぞッ!!」

 

 その咆哮と同時に、氷獄に烈風が吹き荒れ始めた。冷気を巻き込んで荒れる嵐は地獄の冷気を纏った死神が鎌を振り回しているかのような猛吹雪となり、ニーズヘッグへ集約する。吹雪に黒色の魔力が混ざったことで、世界は闇に覆われた。

 

俺様が神たる無間氷獄(ニブルヘイム・バッドエンド)ォ!』

 

 闇が僅かに晴れ、ニーズヘッグの姿が再び現れる。その外皮は魔の本性を表したかのようにどす黒く変質し、傷は最初からそんなものなかったかのように癒えていた。

 

 これこそが、ニーズヘッグの()()()()。氷獄にニーズヘッグの命と魔力をリンクさせ、氷獄を維持し続ける限り無限に肉体を再生させ続ける。世界を支配し、敵には災禍を、自身には恵みを与える。S級災厄が災厄たり得るための象徴魔法。

 

「……再生能力か」

 

「これで手前らのしてきたことはぜェえええええんぶ、無駄になったなァ! 俺様の氷獄(せかい)で戦ってる時点でェ! 初めからァ! 手前らに勝ち目なんてなかったんだよォおおおっ!」

 

 大きく高笑いするニーズヘッグの眼が、聖結界へ向いた。

 

「ただよォ。この魔法、腹減ってる時に使うとキツいんだよなァ。だから、いい餌を食わねえとなァアアアアア……!」

 

 もうすぐ消えそうな聖結界に包まれた三人の少女を見たニーズヘッグの口から、どろりと黒色のよだれが垂れる。

 

 「――さァ、メシの時間だ」

 

 *

 

 同刻。スカイ達がいる氷獄化したダンジョンの外。ニーズヘッグの力によって氷山と化した山のふもとにて、一人の白銀の羽を生やした戦乙女が結界をこじ開け、氷獄に立ち入らんと試行錯誤を重ねていた。

 

「開いて! 早く、開いてよ!! ……っ!?」

 

 こめかみに冷や汗を垂らしながら銀色の魔法陣を展開する戦乙女――聖レギンレイヴ女学園、学園長のすぐ近くに、黄金色の雷が落ちる。雷によって立った土煙が晴れると、そこにいたのは黄金色の髪と同色の鎧、ラーミアだった。

 

 ラーミアは到着するや否や、雷を氷獄結界へぶつけ、魔力干渉を始めた。ラーミアの魔力をぶつけられた瞬間、結界が大きく揺らぐ。

 

「聞いたぞ。S級災厄が顕現したんだって?」

 

「ええ。この結界の中に、S級災厄、ニーズヘッグが顕現しているの。だから早く結界を割って、助けに入らないと……」

 

 歯を食いしばりながら魔力干渉を続ける学園長に対して、ラーミアの眼がギラリと光った。

 

(ワタシ)が呼ばれた理由は分かる。S級災厄の撃退実績があるしな。だが何故、先生が?」

 

「何故って、当然でしょ! 大事な生徒が命の危機に瀕しているんだから!」

 

「…………」

 

 学園長が反論をしてもラーミアは探るような眼をやめず。ついに学園長は深いため息と共に、ぽつりぽつりと語りを始めた。

 

「……実はね。ニーズヘッグが出てきた原因は、私にあるのよ。イリスちゃんが自害しちゃったら、ニーズヘッグは呪いとして逃げ出すだけ。そうなるくらいなら私の魔法でニーズヘッグを強く封じて、イリスちゃんが強くなるのに呼応して封印がより強まるようにした。それで、解呪の方法が見つかるまで耐えられる……はずだった」

 

「見込み違いか。もしくは……何か、外からの干渉でもあったか?」

 

  辺りを見渡すラーミアの眼が、金色の眼を持つ渡り鴉を捉える。数秒後……渡り鴉は黒き羽を広げ、停まっている木から悠々と飛び去った。

 

「中には、イリスちゃんの他に、ミタマちゃんと、ルシアス君とスカイちゃんもいる。早く、助けないと……!」

 

「……ほう?」

 

 ()()()を聞いたラーミアの眼が僅かに見開かれ……結界への干渉を止めた。急な干渉停止に動揺したのか、学園長の魔力干渉精度も粗くなった。

 

「な、何してるの!?」

 

「別件に行く。そっちでも格のある魔族が出て、村がいくつか滅びかねないらしいからな。こっちで(ワタシ)が出る必要はなくなった以上、優先すべきはそっちだ」

 

「なんで――!」

 

 ラーミアは学園長の反論を聞かず、金色の天使羽を大きく広げた。

 

「学園長も、もう少し肩の力を抜いていいと思うぞ? どうせ『天才』がどうにかするまで、この結界は壊せんだろ」

 

「『天才』って、ルシアス君のことでしょ? 確かに、スカイちゃんはあの子のお陰で凄まじい速さで強くなったけど、災厄と戦わせるには荷が重いんじゃ……」

 

「ああ、いや。確かにカイちゃんは天才だがそうじゃない。ただ、これだけの惨事であっても……」

 

 ラーミアが金色の羽をまき散らしながら大空へ飛び立つ。ある程度の高度になった頃、金の長髪が風にたなびくと同時に振り向き、怪訝な顔をする学園長へ爽やかな笑顔を見せた。

 

「くくっ。『白銀の光』が全部どうにかしてくれるだろう、ってだけだ」

 

「…………?」

 

 *

 

 イリスは、剣聖を慕っていた。

 

 剣聖は、この世界で唯一、人の身で化け物を倒した英雄。

 戦乙女(ヴァルキリー)である母親に殺意を向けられた彼女にとってはもう、戦乙女(ヴァルキリー)は自分を救ってくれる存在ではなくなっていたから。

 

 イリスは、『剣聖伝説』の七章、災厄断つ神閃が一番好きだった。

 剣聖が世界を侵す災厄をその剣で断ち、災厄に囚われていた少女を助けるお話。

 その少女へ深く感情移入をしたイリスは、その本を常に持ち歩き、寝る時には枕の下に置いた。自分の元へ、剣聖という救世主が現れて欲しかったから。

 

 イリスは、剣聖の一番でありたかった。

 もし剣聖が今、この世界にいたのならば。最初に、自分の中にいる化け物を殺してほしかったから。

 

 ()()()、助けてほしかったから。

 

 …………。

 

「ん……」

 

 春の陽気のような暖かさを持つ聖結界に包まれ、イリスは眼を覚ます。

 

「くかー……」

 

「すぅ……すぴー……」

 

 目の前には、可愛らしい寝息を立てるミタマとスカイ。それを見たイリスは、これ以上ないほど優しい顔を――。

 

「――初めからァ! 手前らに勝ち目なんてなかったんだよォおおおっ!」

 

「っぁ……!」

 

 する寸前。ニーズヘッグの叫びがイリスの耳を貫いた。イリスの表情が絶望で染まり、叫び声すら出ないまま、眼の端に涙が溜まる。

 

「――さァ、メシの時間だ」

 

(……いや、違う。ミタマが、生きてていいって言ってくれたんだから……ただ食べられて終わりなんて嫌だ。戦わないと!)

 

 だが、イリスは、すぐに震える手で涙をぬぐい、聖結界へ近づいてくるニーズヘッグへと対抗しようと杖を掴む。

 

 そのニーズヘッグの行く先を、ルシアスが遮った。

 

「やるしかない、か。……恨むぜ」

 

「……あぁ?」

 

 その呟きと共に、ルシアスは腰から剣を抜き、正中線を隠す体勢で構える。アルスター家の紋入り長剣は、氷獄に舞う黒い吹雪にも負けず、白銀の刃を輝かせていた。

 

 それを見たニーズヘッグの眉が、わずかに動く。

 

「うぇ……。手前、騎士だったのかよ。俺様、騎士は嫌いなんだよなァ。簡単に食えるところはいいんだけどさ、肉が固くて不味いのがどうにもダメでよォ」

 

「……簡単に食える?」

 

「ああ。だって、あいつら、災害起こしたら人命救助とか言って、勝手に()()()()()()()()じゃねえか。そんな、無駄な努力するくらいならもう少し肉を柔らかくしてくれねえかなァ!」

 

(…………っ! コイツッ!)

 

 勝ちを確信しているためか、ニーズヘッグは朗らかにルシアスと言葉を交わしている。その内容の外道さに、イリスは表情を恐怖から怒りへと変化しさせ、杖を強く握りしめた。だが、ルシアスは眉一つ動かさず、ただニーズヘッグを見据えている。

 

「まァ、いいや。こんなんでも今は貴重な餌だ。とっとと食っちまうか」

 

 その言葉と共に、ニーズヘッグはルシアスを殺さんと、その巨腕をルシアスへ向かって振り下ろした。

 

(ダメ、逃げて……!)

 

 イリスにとってルシアスは剣聖について自分と話の合う同士であり、それ以上に友であるスカイの大恩人でもある。

 

 そんな彼を殺させまいと、無理やり体を起こそうとするイリス――の眼は、確かに捉えた。

 

『アルスター流剣聖道――』

 

 巨腕に潰される寸前、ルシアスの姿が消え――。

 

 

『第一章・無銘剣抜刀』

 

 ――()()()()が、ニーズヘッグの胴をぶち抜いたのを。

 

 

「ぐぎゃあああああああああっ!?」

 

 いきなり体をぶち抜かれ、驚愕と苦痛が混じった叫び声をあげるニーズヘッグ。消えたはずのルシアスはいつの間にか元の場所に立っており、無様なニーズヘッグの姿を無感情に眺めている。

 

「…………え?」

 

 目の前の光景があまりにもあり得なさ過ぎて、イリスは驚愕より先に困惑を覚えてしまった。

 

「てめえええええええっ!」

 

 ニーズヘッグが苦し紛れのブレスを放とうとする。だが、放たれる前に再びルシアスの姿が消え、ニーズヘッグの口の中を、閃光が貫いた。

 

「おごぼぉおっ!?」

 

 汚い叫び声をあげ、ニーズヘッグがのたうち回る。

 そこから先は、最早一方的な蹂躙だった。

 

「ぎゃぱぁっ!!」

 ニーズヘッグが魔法を使おうとしても。

 

「ぐおおおおおおぉっ!?」

 空を飛ぼうとしても。

 

「ごぽぉっ!!」

 息をしようとしても。

 

 行動を起こす前に白銀の光がニーズヘッグを断ち、穿ち、何も起こさせない。再生能力を持っているのがむしろ不運と思わざるを得ないほど、ニーズヘッグは白銀の光に嬲られ続けた。

 

(あれ? あれって、もしかして……?)

 

 そうしている間に、体を硬直させたイリスは、二つのことを発見した。

 

 一つ目。ニーズヘッグをぶち抜いている白銀の光。あれは――ルシアスの剣閃だ。ルシアスの一挙手一投足があまりにも神速すぎて、白銀の剣がニーズヘッグを攻撃した余韻以外を、その眼で捉えることができないのだ。

 

 二つ目。こっちの方がイリスには重要だった。残滓以外見えないはずのルシアスの太刀筋を見破れた理由。イリスは、ルシアスの剣を――()()()()()のだ。

 

(ルシアスの剣は、『剣聖伝説』の第一章を、完璧に再現している……!?)

 

 ルシアスの剣術は、活字で書かれた『剣聖伝説』、その第一章を映像化したかのようで。暗記しているイリスにとっては、ルシアスの身体能力が高すぎることによっての誇張表現はあれど、見惚れるほどに素晴らしい()()となっていたのだ。

 

 そこで、イリスは思い出した。ルシアスが、自分の家――アルスター家のことを、『剣聖様の剣を現代に再現する』のを目標にしていると語っていたことを。

 

 それを聞いた時のイリスは、ただ、剣聖っぽい騎士を作るだけだと思っていた。だが、もし、アルスター家が、ルシアスが――本気で、剣聖伝説(しんわ)の剣を再現しようとしていたのならば?

 

「ルシアスは――現代に再現された、剣聖?」

 

「ぐぎぃいいいいいいっ!!」

 

「……!」

 

 熱に浮かされ、無意識のうちに言葉をこぼしていたイリスだったが、ニーズヘッグの汚い叫びによって意識を現実に引き戻される。叫び声がした方を向くと、ルシアスが体長が十数倍以上の体躯を持つニーズヘッグを、壁際に追い詰めていた。

 

 再生するための魔力すら喪ったニーズヘッグの体には無数の傷口ができており、そこから黒い靄が漏れだしている。当然、ニーズヘッグとリンクしている氷獄を象っていた魔氷にも無数の亀裂が入っており――まさしく、崩壊寸前と言わんばかりだ。

 

「魔力が尽きたな。これで殺れる」

 

「がァッ……! ぐォァッ……! て、てめえはッ! てめえ一体、何者だ!? 聖竜の、おまけの、ゴミがッ! なんで、こんな力を……!?」

 

 何者か。と、問われたルシアスは、僅かに首を傾げた。

 

「何者と言われても。どこにでもいる、ただの凡人としか――」

 

「んなわけあるかボケェッ!!!! 手前みたいなヤツがァ!! どこにでもいるわけねえだろうがァ!!!!」

 

 顔を福笑いのように歪め、目の前に佇む理不尽へ怯えと怒りの感情を爆発させるニーズヘッグ。瞬間、邪龍は気づいた。泥のように濁っていたはずのルシアスの眼に――()()()()が現れていることを。

 

「逆に聞くけどよ。俺が戦乙女より……羽を生やして空飛べる奴より『特別』な存在に見えるか? その戦乙女が世界にそこそこの数がいる以上、俺みたいな凡人なんざ、どこにでもいるだろうよ」

 

「は、はァ!? な、なにッ、なにを、言ってんだッ……!?」

 

「そもそも、スカイがいなけりゃ空を浮かぶアンタに剣は届かなかったしな。

 だって――()()()()()()()()()んだから。分かるだろ? 空を飛べるアンタなら」

 

「分かんねえ!! さっきからなに言ってるかぜんっぜん分かんねえよォ!! ヒトの言葉で話してくれッ!! 頼むからッ!!」

 

 地を這うニーズヘッグと、地に立つルシアスの視線がかち合う。

 ルシアスの瞳に宿る銀星が放つ光は、誰も解せないほど冷たく真っ直ぐで。

 星光に貫かれたニーズヘッグの表情に差す恐怖の色が、更に濃くなった。

 

「結界も消える。そろそろ、楽しいおしゃべりも終わりにしようぜ」

 

 ルシアスが、一歩一歩足を進め始める。ニーズヘッグは壁にその身を貼り付かせ、静謐に氷獄を照らす銀星に怯えることしかできていない。

 

「ひ、ひィっ……! やめろッ! 来るなッ、来るなァッ!! 来るなバケモノォオオオオオオオッッ!!」

 

「は? ……何言ってんだ。化け物は、お前だろ?」

 

 困惑混じりの星光が、邪龍を貫く。

 言葉の通じない化け物に蹂躙されるという、絶対強者として生まれたが故に、千年以上生きても味わったことのない恐怖に晒された邪龍は――発狂した。

 

「ぐ、ぎ、があああああッ!! もう、嫌だあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!」

 

 知性を投げ捨てた獣の咆哮と共に、ニーズヘッグは壁をよじ登り、遠くへ、遠くへ――剣が届かないほど遠くまでの逃走を試みている。

 

『アルスター流剣聖道――』

 

 だが、銀色の星がそれを許す訳もなく。再びルシアスの姿は消え――。

 

 

『第七章・災厄断つ神閃』

 

 

 ――白銀の光が、ニーズヘッグの頭から尻尾まで一閃に走った。

 

「あ……」

 

 それは災厄を断ち、少女を救うための剣。

 イリスは、その剣を知っていた。待っていた。誰よりも。何よりも。

 

「ギィイイイイイイイイイイイヤァアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 断末魔の叫びが、氷獄を揺るがす。真っ二つに裂かれたニーズヘッグの巨体は、大量の黒い靄となって崩れていき……やがて、世界に一片も残らず消滅した。

 

 ニーズヘッグが消滅した刹那、氷獄と聖結界が同時に割れる。氷獄が割れたことで、冷気に満ちた世界が元の暗がりへと戻った。

 

「……ふぅ」

 

 剣が鞘へ収まると同時に、息を吐くルシアスの瞳に宿る銀星が泥に吞み込まれて消える。世界が静寂に満ちているせいか、軽い息遣いであってもイリスの耳には易々と届いた。

 

「これで……あっ!」

 

 ルシアスは黒い靄のなかで何かを探すようにきょろきょろと見渡すと……急に、その身体を硬直させた。

 

「――やっべ、この倒し方だと魔石でねえじゃん!」

 

 そう。魔石は余剰魔力の塊。魔力切れ状態の敵を倒すと魔石を得ることができないという鬼畜要素が『ソルキリー』にはあることを、ルシアスは失念していた。

 

「このままだと金が足りねえ。……どうする?」

 

 スカイの食費をどうするかに頭を悩ませるルシアス。だが、目線が先程仕舞った剣に向くと――何かを思いついたように、その表情が明るくなった。

 

「そうだ。()()この剣売ればいいじゃねえか」

 

(え? 剣を、売る? ……また!?)

 

 ルシアスの言葉を聞いた瞬間、つい先ほどまで余韻に浸り、放心状態だったイリスの胸の中に――噴火寸前の脈動するマグマのような、じゅわじゅわした熱いものが噴き出始める。

 

「そうと決まれば計算だ。この剣の売値が確か……」

 

「――売るなッッ!!」

 

「――!?!?」

 

 クール系ツンデレをかなぐり捨て、静寂を裂くようにイリスが叫ぶ。急な一喝にルシアスが身体を仰け反らせて驚くが、それだけでは熱情の噴火は止まらなかった。

 

「お金なんて、私が無利子無担保期限無限で、いくらでも貸すから! なんなら、ここのボスの魔石渡すから! それだけは、そんな素晴らしい剣の腕を捨てるような真似だけはやめて――!!」

 

「お、おう? …………っ!?」

 

 イリスの熱量に困惑するルシアス。だが、()()()に気づいた瞬間、その顔色がみるみるうちに青くなっていく。

 

「…………イリス、見てたのか?」

 

「うん?」

 

 困惑混じりの言葉に、イリスは一旦落ち着き、ルシアスの様子を観察する。ルシアスの額からは、蒸し風呂に入っているかのような冷や汗が出ていた。

 

「はぁ……」

 

 イリスの反応から見られたことを察したルシアスは、数秒間眉の間に指を当てると……深く眉を困らせて、口の前で人差し指を立てた。

 

「悪い。さっきまで見てたものを、スカイやミタマに――いや、誰にも話さないことって、できるか?」

 

「え? 二人共、ルシアスの剣のこと知らないの?」

 

「ああ。まあ、事情があってな」

 

(つまり、ルシアスの剣の腕を知ってるのは()()()――?)

 

 イリスがそう自覚した瞬間。心の奥底にあったじゅわじゅわした熱いものが抑えきれず噴出。激情が、魂から全身へ向かって溢れ出した。

 

 

「~~~~っっ!!!!」

 

 

 魂を焼く熱が肉体にまで浸透したことで生まれた多幸感を無理やり発散させるように、イリスがその体を震わせる。だが、それでも熱は止まらず、イリスはせめて今のだらしない顔をルシアスに見られないよう、とっさに後ろを向いた。

 

「……どうした?」

 

「……ぅ……っ! なんでもないっ!」

 

 その返答とは裏腹に、イリスの顔は溶岩が侵食を行うようにじわじわと朱に染まり始めており。その脳は考えが纏まらないまま、過剰な熱情で茹だっていた。

 

「……わかった。誰にも()()()()()。その代わり、これからもスカイやミタマをお願いね」

 

 だが、それでも、イリスは最後の理性を引き絞り、平常心のような声色でルシアスへの返答を行うことができた。

 

「ああ。ありがとう、イリス」

 

「……別に。命救われたんだし、当然でしょ」

 

 会話を打ち切り、少しルシアスとの距離をとったイリスは。

 

(ええ。絶対、誰にも()()()()。やっと見つけた)

 

 胸に手を当て、ルシアスを視界の真ん中に入れ――。

 

 

「――私だけの、剣聖様」

 

 

 誰にも聞こえない声量で、確かにそう呟いた。

 その眼には、強く激しい――熱を帯びた執着が浮かんでいた。





ここまで読んでいただきありがとうございます。流行などを意識せずに書いた拙作ですが、意図せずとても多くの人に読んで頂け、本当に感謝が尽きません。


その上で、
ここからが本番です。

残り31話、約20万字。
ルシアスを核とした、激重感情と才能が織りなす執着劇の閉幕まで、
楽しんで読んでいただけたら、幸いです。
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