ソル&ヴァルキリー:かませ騎士に転生した俺、破滅回避のため落ちこぼれヒロインを育成していたらいつの間にか天才と呼ばれてしまう 作:マテリ-AL
薄暗い森の中、ゴブリンやオークといった魔物が束となって進軍している。向かう先は森の中にある村。先導していたゴブリンが村へ入ろうとしたその瞬間――村の中から赤色の鉄鎧を着用した騎士が飛び出した。
「――おらっ!」
「ギャッ!?」
騎士の剣がゴブリンの首を突く。ゴブリンは首から黒い靄を噴き出し、消滅した。
「よっしゃ、行ける!
赤色の鎧を着た騎士が意気揚々と次のゴブリンに斬りかかろうとした時、どこからか飛来した紫色の炎球が着弾。騎士は鎧が赤熱しながら紙くずのように吹き飛んだ。
「ギャヒヒヒヒ……」
炎球の飛来元にはしゃがれた老ゴブリンが杖を構え、不敵な笑みを浮かべて佇んでいた。
「なにっ!? よくも――ぐぅっ!?」
「…………!」
青い鎧の騎士が、老ゴブリンに飛び掛かろうとする。だが、その前に、木々の陰から現れた巨大オークが騎士を弾き飛ばした。木にぶつかった青鎧の騎士は、うめき声をあげて静かになる。
その勢いのまま、巨大オークが地面をぶん殴った。地面が脈打ち、岩が騎士達を巻き込んで舞い上がる。
「ぐあぁあああああああああ……っ!」
高位の魔物は魔法は使えるが、魔族と違って知性がない。魔法が使えるだけの獣なのだが……それでも、剣で戦う騎士では太刀打ちができない程の戦力差があるのを痛感させるほど、その二体の魔物の活躍は戦況をひっくり返すほどのものだった。
「ギャヒヒヒヒヒヒヒッ……!」
老ゴブリンが耳を引き裂くような笑い声を上げながら、空中に数十個の魔法陣を展開する。倒れ伏す騎士たちの表情が、絶望に染まった。
「――立ち上がれ! 耐えるぞ!
騎士隊長だけが無理矢理体を起こし、老ゴブリンへ向き合う。破壊された兜から見えるその眼には、命を賭ける覚悟が見えた。その覚悟に応じるように、他の騎士達も震える手で剣を掴むが……。
「ヒヒィッ!」
それより早く、老ゴブリンが詠唱を終えた。数十個の魔法陣から人間の顔を模した紫色の炎球が放たれ、騎士達の命を刈り取らんと襲い掛かる――。
『――
寸前、炎竜が老ゴブリンを紫炎球ごと食らいつくし、老ゴブリンは何があったか理解する前に焼滅した。それを見た巨大オークが炎竜の術者である銅髪の少女への反撃のために、地面へ槌を振り下ろす。
『
「…………!?」
だが、振り下ろす寸前に氷が張ったことで、地面は脈打つことがなく。振り下ろされた槌を伝って氷は浸食。巨大オークは言葉を発することもなく氷漬けになった。
「――さっ、残ったのもやっちゃおうよ。イリス!」
「……ないと思うけど、足は引っ張らないでね。スカイ」
二人の
倒れた騎士の一人が、その姿を仰ぎ見ながら呟いた。
「これが……
*
「とりあえず、この村へ襲ってきてた分は全部やっつけてきたよ!」
「よくやった。死者もでなかったし、上々だ」
ルシアスの眼が、負傷した騎士達が運ばれた広間の方を向く。ルシアスが村に運び込んだ騎士達は村人に介抱され、薬草やポーションなどで治療を受けていた。
「壁作っといたし。そろそろ次行くわよ」
「わかった! でもさ……びっくりだよね! まさか、ボク達が前線に出て戦うことになるなんてさ」
スカイの言葉の通り、招集を受けた学園の
「…………ああ、そうだな」
「どうしたのルシアス?」
若干上の空気味なルシアスを怪訝に思ったスカイが顔を覗き込む。
「いや、何でもない」
首を振って事もなげを装ったルシアス。その頭の中は、スタンピートへ出向く前、学園長から言われた忠告で満たされていた。
『可能な限り多くの人を救うために、あなた達は前線に出てもらう。けれど、気を付けて。脅威はスタンピートだけじゃないかもしれないから』
(本来スタンピートは、ただ魔物を倒していくだけの稼ぎイベントのはずなんだが……なんか、嫌な予感がする)
思考の渦から無理矢理抜け出したルシアスは、まず周囲を見渡し――その眼を鋭く細めた。
「――ミタマは?」
「ミタマは騎士の方見に行くって言ってたよ」
「またあの子は勝手に……」
スカイの言葉を聞いたルシアスは、数秒間眉の間に指を当てて悩んだ後――騎士達がいる広間へ走り出した。
「悪い、ちょっと見に行ってくる!」
「え、あ、ルシアス……!?」
(的中しないでくれよ……!)
*
こっそり離脱したミタマは、負傷した騎士達が休養している広場に来ていた。
(イリーは『まだミタマの力は必要ない』と言ってたけどさ。わたしは色んな人と繋がりを作りたいんだよね)
繋がりを求める想いと共に広間を歩むミタマ。一番最初に彼女に気づいたのは、騎士隊長だった。
「……君は?」
「わたしはミタマ! イリーの
ミタマが
やがて、赤鎧の騎士が、吐き捨てるように口を開いた。
「……で?
それに、青鎧の騎士が続く。
「知っているよ。どれだけ善良を気取っていても、
「君たち。静かにしてくれ」
騎士隊長が怒気を放つと、二人を含めた、騎士全員が身をすくめた。
静かになったのを確認した騎士隊長は、すぐに怒気を納め、優しそうだが、心を許していないような口調でミタマへ語りかけ始めた。
「済まない。非礼を詫びよう。ただ、彼らが言ったことも間違っているわけではない。騎士と
「……めっちゃ嫌ってくるじゃん。
ミタマが疑念と驚愕を帯びた眼で騎士隊長の方を見やる。騎士隊長は兜を外し、王子様系の整った顔を露にしながら、ミタマへ語りかけ始めた。
「自分でいうのは恥ずかしいけれど、騎士は人々の安全を守るのが役目だ。ただ、力不足で
「でも……?」
「それを、前線で働く
「それは……そう、かも」
(師匠だって、『捨て駒』って言われちゃってたし……)
ルシアスへ向けて放たれた罵声を思い出したことで、ミタマは騎士の言い分に納得してしまう。それでもミタマは、一歩前に出た。
「でも、その傷は治した方が……」
「――
騎士隊長の眼が鋭く光り、相手を威圧するための怒気が放たれる。
「……っ! そんな意地張って、知らないからね!」
気迫に押され、反論の言葉が出てこなかったミタマは、捨て台詞を吐きながら逃げ出すように走り出した。
(クソッ、悔しい! 反論できなかった! もしわたしが天の御子や師匠みたいな凄い人だったら、きっとあいつらを納得させられたのに……っ!)
悔しさを嚙み締めながら、ミタマはルシアス達の所へ戻るために走り続けた。
「はぁっ……! はぁっ……! ……ん? あれ? なんで誰もいないの?」
――はずが、いつの間にか村の反対側、人のいない区画まで走り抜けてしまっていた。まるで、何者かによって方向感覚が狂わされたかのように。
息を切らすミタマの眼に映ったのは、うつ伏せに地面に倒れている、子供ぐらいの大きさの人型。その衣服は、牙や爪でできたような傷でボロボロになっていて――。
「――だっ、大丈夫!?」
ミタマは考えるより先に、倒れている子供に駆け出していた。
「意識はある!? 怪我は……えっ?」
ミタマが、倒れている子供に寄り添おうとする。すると、子供の大きさをした人型は地面に溶け――残った影から生えた無数の黒い手が、ミタマへ襲い掛かった。
「うわっ、なにこれ……っ!? 気持ち悪っ!?」
黒い手が、パニックになっているミタマへ触れる。
その瞬間、ミタマを守るように設定されていたイリスの魔法が放たれ、黒い手の九割がパキンッ! という音を立て、一気に凍り付いた。
だが、残った一割で十分と言わんばかりに、黒い手はミタマを抑え込み始める。
「い、嫌だっ! 離せっ!」
黒い手は、ミタマの脚、腰、胸、肩を掴み、ミタマを影の中に引きずり込む。ミタマも抵抗はしているが、黒い手は、たった数本でも万力のような力強さを持っており、全く抗えていない。
「
ミタマが聖属性魔法を発動しようとした瞬間、黒い手が口と喉を制圧した。
耳までが影に浸かり、ミタマの世界から音が消える。
(このまま……死ぬ? 嫌だ、助けて、イリー! スカイちゃん……師匠!!)
もう抗う術がないと知ったミタマの表情に絶望が混ざり、眼の端に涙が浮かんだ。
「――ミタマ! 平気……じゃ、なさそうだな!」
だが、ミタマが完全に取り込まれきる直前。ルシアスが沈みかけのミタマを発見した。
「……! その、影は……!」
風よりも速く影罠へ駆け寄ったルシアスを見たミタマの眼が一瞬安堵のものになるが、すぐに不安で濁る。
(師匠! 来てくれたのはめっちゃ嬉しいんだけどさ……どうやって助けるの!?)
今すぐにでも影に完全に飲みこまれてしまいそうなミタマ。ルシアスは、遠方にいる自分を追いかけてきたスカイの方を向き、右手にある
「――ミタマが敵の罠に捕まった! 俺が助けに行く! スカイはイリスに体を冷やしてもらいながら、他の村を救いに行け! だが、絶対に無理はするなよ!」
「ぇ……ぁ……! わ、分かった! 気を付けて!」
(師匠、まさか……)
スカイが頷いたのを確認したルシアスは――迷わず影へ飛び込んだ。どぽんっという音と共に、ルシアスの姿が影に消える。ミタマの眼が、驚愕で見開かれた。
(やりやがった!? わたしの師匠が怖いもの知らずすぎる!)
だが、それによって、影に沈むミタマの眼から絶望の色が消え去った。
(……でも、なんか、大丈夫な気がしてきた。ありがと。師匠)
影はミタマを引きずり込み終えると消滅し、元の何でもない土の地面へと戻った。
残されたスカイが、影が消えた場所に駆け寄り、手を当てる。
「……っ!」
だが、魔力の残滓以外何も感じられなかったようだ。
スカイが歯を強く食いしばる。
「ミタマもルシアスも――絶対、生きて帰ってきてね!」
スカイは数秒間そのままの体勢を維持した後――強く拳を握りしめて歩き始める。
同時に、金色の眼をした渡り鴉が村から飛び立った。
(まさか二人共釣れるとは。とんだラッキーだ)
ほくそ笑みながら、渡り鴉は悠々と羽を広げる。
彼はまだ、天才を知らない。