ソル&ヴァルキリー:かませ騎士に転生した俺、破滅回避のため落ちこぼれヒロインを育成していたらいつの間にか天才と呼ばれてしまう   作:マテリ-AL

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第38話:『天』抱くほどの『想い』

 五年前、まだ10歳のラーミアは、苦しんでいた。

 

「……くそっ!」

 

 光一つ差さない闇に満ちた夜の森。先日の雨で濡れた地面に這いつくばり、小さな体を震わせて悪態をつくラーミア。辛うじて指先は動くが、身体は全く動かせそうもない。

 

 それも当然だろう。ラーミアはこの百日間まともな睡眠と食事をとれず、その黄金の羽で国中を飛び回って格の高い依頼をこなし続けていたのだから。そのため、空を飛ぶ魔力も気力も尽きてしまい、森の中に墜落してしまったのだ。

 

(ワタシ)は、こんなところで這っている場合じゃないんだ……!」

 

 なぜ、まだ10歳の子供がこのような無謀な働きをしているのか。それは、生まれの悪さをばらまかれてしまい、その悪評を実績でねじ伏せるためであった。

 

『随分な活躍しているけれど、所詮野良犬だったのね』

『やだわぁ。卑しい野良犬なんかに依頼を頼んだら、うちの名が汚れちゃうわ』

『そんな低い身分で我ら貴族と対等に話ができると思うな、恥を知れ!』

 

「やめろ、やめろっ! (ワタシ)を……見下すなぁ!」

 

 耳鳴りと幻聴が頭の中でガンガンと鳴り響き、ラーミアは錯乱したように首を大きく振る。だが、やがてその元気もなくなったのか、地面に倒れ伏した。べちゃ、という泥水の跳ねる音が静かな森に鳴り響く。

 

 泥にまみれ、いくらもがいても抜け出せない。それはまさしく、今の戦乙女(ヴァルキリー)としてのラーミアの状況そのものだった。

 

 もがき続けたラーミアの体の向きがうつ伏せから仰向けに変わる。すると、ラーミアの眼に木々の隙間から漏れる星の光が、奇跡的に映った。

 

「ぐ、うぅ……!」

 

(必ず、あの星のようになってやる! あんな天辺の存在に――)

 

 ラーミアが、震える手で星に手を伸ばす。それは憧れで、夢想で、決意だった。焦がれたように手を伸ばすラーミアだったが……。

 

「グルルルル……」

 

「……っ」

 

 獣のうめき声で、現実に引き戻された。身体の向きを変え、声のする方を向いたラーミアが見たのは……Aランクの凶悪な魔物、黒魔鉱熊(オブシディアンベアー)だった。

 

 ラーミアは気づいていなかったが、ここは『魔の森』と呼ばれる危険地帯。ダンジョンが増えすぎたせいで魔物が溢れだし、貴族でさえも所有を放棄し、国の管轄となった今でさえ頭を悩ませている――要するに魔に占領された土地だったのだ。

 

「グルォオ……」

 

「くっ……!」

 

 黒熊は倒れ伏すラーミアを丁度いい餌と見定めたのか、口から唾液を垂らしながらゆっくりと近づいてきている。ラーミアは魔法で応戦しようとするが、何もかもが限界なせいか、上手く魔力を溜められていない。

 

「グルォオオオッ!」

 

 黒い魔鉱で出来た鋭い歯を持つ大きな口が、ラーミアを食らわんと迫りくる。まともに動けないラーミアは、それでも抵抗しようとするが、上手く行っていない。

 

(まだ(ワタシ)は、何も……! カイちゃん……!)

 

 黒き牙が、ラーミアの頭を嚙み砕かんとしたその瞬間――。

 

 

『アルスター流剣聖道――第一章・神託の無銘剣』

 

 

 ()()()()が、黒熊を貫いた。

 一閃によって黒熊は数十の肉片に分かれ、黒色のチリと魔石に変わる。

 

「ふぅ……」

 

 軽い息遣いと共に、白銀の光が消える。白銀の光の正体はラーミアと同じくらいの年齢な白髪の少年。少年は刻印の入った白銀の長剣を鞘にしまうと、魔石を拾おうとして……ラーミアと眼が合い、驚いたように後ろへ跳んだ。

 

「うん!? なんでこんな所に子供がいるんだ!?」

 

 眼を見開き、自分に返ってくる言葉を呟く少年。

 その眼には銀色の星が浮かんでいる。

 

「大丈夫か? 怪我とか……」

 

「…………」

 

「えーと……?」

 

 少年が恐る恐るラーミアへ声をかける。だが、ラーミアはまるで反応をしないため、少年の困惑は増すばかりだ。

 

 一方のラーミアは、少年をじっと眺めていた。その頬は紅潮しており、瞬き一つもしていない。まさしく、()()()()いるようだ。

 

(これだ! これが、(ワタシ)の求めた……天辺の景色だ!!)

 

 さっきまで泥にまみれていたことを忘れるほど、ラーミアは白銀の光に眼を奪われていた。

 

 *

 

 黄金の天使羽とクリーム色の妖精羽。異なる美しさを持つ羽を持つ戦乙女が、青空の下、対峙している。黄金の天使羽を持つ戦乙女――ラーミアは自己を顕示するようにその羽を大きく広げ、クリーム色の妖精羽を持つ戦乙女――イリスは、最小限の動きでラーミアの動きに対応しようとしている。

 

「すぐに終わらせよう」

 

 ラーミアが、叫びと共に黄金の羽を意図的に大きく振る。すると、羽毛が辺り一面に舞い散る。ふわふわと空に浮かぶ羽毛にラーミアが雷を当てると、その形が銃弾型となった。

 

天雷の裁き(ライトニングジャッジメント)

 

 そう呟くと同時に、銃弾型の羽毛――雷弾がイリスへ向かって発射。岩をも砕けそうな速度で放たれた無数の雷弾に対し、イリスは――。

 

氷鏡凍盾(フリージングシールド)

 

 自分の周りに氷の盾を展開。雷弾を受け止めようとした。

 

「甘い」

 

「――っ!?」

 

 雷弾が氷盾に着弾すると、ドンッ、という雷が落ちたような音と共に炸裂。その勢いでイリスは盾ごと大きく弾き飛ばされた。イリスが羽を広げてどうにか体勢を立て直していると、イリスの耳付近に取りつけてある小さな宝珠――決闘場という短距離でのみ使える支給品から、焦りを帯びたミタマの声が飛び出した。

 

『大丈夫!? イリー!?』

 

「平気……まだ」

 

「お、一発では沈まないか。感心感心」

 

 ラーミアが羽を広げると、再び数百発もの雷弾が、空を覆い隠すように放たれた。流星のような速さを持つそれから、完璧には逃れられないことを察したイリスは、歯をぐっと食いしばり、自分へ向かい来る黄金の銃弾へ向かい合った。

 

「――はっ!」

 

 イリスは空に浮かぶ氷盾を斜めに動かし、雷弾を勢いのままに()()()。受け流された雷弾は、炸裂することなく当てもない方向へ突き進んでいる。

 

 こうしてイリスは、迫りくる雷弾を避けたり、流したりし続けることによって、ラーミアの放った雷弾のうち、彼女の下へ来た十数発をいなすことに成功した。

 

 耐えきったイリスを見たラーミアは笑みを浮かべ、イリスの周りに展開された氷盾を指した。

 

「その盾。(ワタシ)の攻撃をそれだけ受けても砕けないとは、なかなかだな。褒めてやろう」

 

「あなたに褒められても、何も嬉しくないわ」

 

(それに、砕けないんじゃなくて……)

 

 イリスが展開している氷盾を注視する。すると、青白いそれにクリーム色の線が入っていた。そう、イリスの氷盾は砕けないほど固いのではなく、砕けそうになるたびに陶器を金継ぎするかのように聖魔力で補修していたのである。

 

『ねえイリー。なんで聖天の絆(セイントボンド)って言ってくれないの? わたしとイリーの、絆の魔法なのに!』

 

(……うるさい)

 

 魔法名を言わないことに不満そうなミタマを無視しながら、イリスは氷盾で雷弾を弾き続ける。埒が明かないと判断したのか、ラーミアは雷弾の展開を止め、新しく魔法陣の展開を始めた。

 

「ならば、正面から砕かせて貰おうか」

 

 ラーミアの展開する魔法陣から、黄金の光が溢れ出す。眩く、神々しく光るそれは、放たれる魔法の絶対性を表しているようだった。

 

(――来た!)

 

 それを見たイリスの眼光が鋭くなる。イリスは、そのまま杖を振り上げると……氷盾を叩き砕いた。砕かれた氷盾は元々接合されていた分が解除された分も相まって、一つ一つが目視も難しいほどに細かくなる。

 

 氷盾が砕かれる甲高い音に反応し、ラーミアがイリスの方を向く。砕かれた氷の粒は、太陽の光に反射しているのか、聖魔力で破片そのものが光っているのか、白色の光をその身に纏わせ、舞い輝いている。

 

 だが、ラーミアはそれを意に介さず魔法陣の展開を続ける。今にも魔法が放たれんとする、その時――魔法陣ごと、ラーミアの身体が凍りついた。

 

「……あ?」

 

 いきなりのことにラーミアが戸惑っている間にも、氷はどんどんラーミアの体を侵食している。両腕が凍り付いた頃、ラーミアは自分へ降りかかる災厄の正体に気づいた。

 

(……あの光か!)

 

 ラーミアを襲ったのは、イリスが砕いた氷盾の欠片の一部。目にも映らないほど細かい氷の粒――ダイヤモンドダストとも言い換えられるそれが、空気によって舞い上がり、ラーミアへ浸食を始めていたのだ。

 

氷鏡凍塵(フリージングダスト)

 

「ぐ、うぅ……!」

 

 イリスが詠唱を唱えると、氷の浸食はさらに勢いを増し、ついには羽にまで到達。ラーミアは飛行状態を維持できなくなり、墜落を始めた。

 

『行け、イリー!』

 

氷鏡凍波(フリージングウェーブ)

 

 イリスが、墜落するラーミアを覆うように氷の波動を放つ。その魔法には、ラーミアがどこに逃げたとしても絶対に仕留めるという強い意志が見えた。

 

 波動がラーミアを覆い、その姿が見えなくなる。

 

『っしゃ! 行けたでしょコレ!』

 

「……ふぅ」

 

 通信用の魔石からミタマの声を聞き、安堵の息を吐くイリス。イリスが波動に覆われたラーミアを見るために顔を下に向けた、その瞬間――。

 

 

「――その程度で、(ワタシ)を見下せるとでも?」

 

 

 ラーミアの声。同時に、膨大な魔力を湛えた黄金の光の塊が波動を突き破った。黄金の光は眼にもとまらぬ速さで上昇を続け、イリスを優に抜き去る。

 

「誇るがいい。(ワタシ)の戦闘用形態を引き出したことをな」

 

「…………っ」

 

(『それ』を出させる前に落とすつもりだったのに……!)

 

 黄金の光が晴れる。そこにいたのは相変わらず体の半分が凍り付いたラーミアだった。だが一点だけ、これまでと違う部分がある。それは――背中から生える黄金色の羽が六枚になっていたこと。

 

『戦乙女闘装・頂雷熾天(カルミエル)

 

 ラーミアが詠唱を行う。すると、その身体に黄金の雷が流れ、凍り付いていた真ん中の二枚羽と腕の氷が割れ落ちた。ラーミアが自由になった指を弾くと、六枚の羽が大きく羽ばたき――そこから溢れた羽毛が雷弾となった。

 

「さあ、どうする?」

 

「なによ……この数は!?」

 

 単純計算で数百の三倍の物量を持つ雷弾による制圧掃射。それも上中下三層の羽が本体狙い、逃げ道潰し、攻撃潰しという明確な役割を持って放たれているため、これまでのような隙も見出せそうにない。

 

 それでもどうにか、イリスは再展開した氷盾と共に抵抗を続けていたが……ついに盾は修復不可能なほどに砕け、イリスは無防備な状態で空に投げ出された。

 

「……っ!」

 

(まだ、こんな所で終わるわけには……!)

 

 歯を食いしばるイリスの八方から雷弾が襲い掛かる。一発一発明確な殺意が込められた雷弾が数十発着弾し、轟音と共に炸裂。たとえ羽が数百枚束ねられていても焼き尽くすような黄金の光がイリスを覆う。

 

 光が晴れるとそこには……クリーム色の魔力障壁に守られ、傷一つついていないイリスがいた。

 

「……え?」

「……ほう?」

 

 空を飛翔する二人の声が重なる。困惑するイリスの通信用魔石から、か細い吐息が漏れてきた。

 

『ひゅぅ……ひゅぅ……』

 

「! ミタマ……」

 

『あとは……まかせた』

 

「……っ!」

 

 その一言を最後に、通信は繋がったままミタマの声は消えた。聞き終えたイリスは通信用宝珠を耳から取り外し、呆然と眺め始める。

 

「空まで魔法を届けるとは、素晴らしいな――で、どうやって勝つつもりだ?」

 

 ラーミアは口では称賛しているが、その実冷静に雷弾を放ち続け、容赦なく聖魔力障壁を破壊しようとしている。イリスは、一瞬ぎゅっと眼を瞑ると通信用の宝珠を耳に戻し、両手を広げて障壁へ手を伸ばした。

 

「……こうやってよ」

 

 クリーム色の障壁に手を付けたイリスは、水色の魔力を送り込み、障壁そのものを凍らせ始めた。聖と氷、本来、交わらないような二つの属性魔法が、『イリスを守る』という目的を定めたことで少しずつだが確実に混ざり始める。

 

(私の魔法でもミタマの魔法でも。一人だけの魔法じゃ、ラーミアに届かない。でも、完璧に二人の力を合わせることができれば、きっと――!)

 

 イリスが詠唱すると同時に、聖魔力障壁は淡い光を放ち、球形へ変質した。

 

聖氷鏡御魂球(フリージング・ソウルスフィア)!』

 

 それは、氷で再現された聖なる魂。害あるものを拒み、中にいる聖なる者を守護する球形の結界。聖氷球は、雷弾が当たっても傷一つつかないどころか逆に、雷弾を凍らせてしまうほどの威を誇っていた。

 

「……そうか。ならば、こういうのはどうだ?」

 

 雷弾が通じないのを悟ったラーミアが、再び魔法陣を展開し始める。だが、魔法陣に使う魔力の供給は一対の羽にのみ任せており、他の四枚羽は相変わらず雷弾を放射し、イリスが攻撃へ転じられないよう封殺している。

 

 黄金の羽を通じて、再び魔法陣へ光が溜まっていく。

 二枚羽の時とは違い、羽が保有する魔力の全てを魔法陣へ与えられているせいか、見違えるほどの速さで魔法陣へ魔力が供給されていた。

 

「素晴らしい魔法だが――それでも、(ワタシ)が上だ」

 

 魔法陣から極光が溢れ出す。極光の輝きは魔法陣そのものが見えなくなるほどまで高まり、今にも限界が来て崩れ落ちそうだ。

 

天雷の罰光(ライトニングネメシス)

 

 魔法陣から黄金色の雷魔力砲が放たれる。

 それは、S級災厄さえ退けた――空の青を貫く超高倍率の魔力放出。

 

 黄金雷光砲と、聖氷球がぶつかりあう。まるで世界が矛盾を拒否しているかのような異音が辺り一帯に鳴り響き、地平線の果てを飛ぶ鳥たちすら墜落させる。だが、そんな超音波の中でも、イリスとラーミアの両者は耳を塞ぐことなく自分の魔法に集中をしている。

 

 数十秒の拮抗を破ったのは、ラーミアだった。いつの間にか六枚羽全ての魔力を注ぎ込んでいたラーミアの黄金雷光砲は、確実にイリスの聖氷球にヒビを入れ始めている。

 

「決着の時だ。ルシアスは(ワタシ)が立派な騎士にしてやるから――安心して沈め」

 

「ぐ……う……」

 

 うめき声をあげながら、砕けゆく聖氷球に魔力を供給しどうにか耐えようとするイリス。だが、抵抗虚しく刻一刻と崩壊の時が近づいている。

 

(ここまでやったのに、届かないの……!?)

 

 目の前の敗北を直視できないかのように、イリスは歯を食いしばって眼を強く閉じている。そんなイリスの耳に取りつけてある通信用の宝珠が淡い光を放った。

 

『はっ、はっ……! イリー、聞こえてる!?』

 

「ミタマ……」

 

『聞こえてるんだね! じゃあ、行くよ! 驚きすぎて魔法止めないでね!』

 

「……え?」

 

 ミタマがそう言い終えると、宝珠から風を切る音が聞こえてきた。イリスがその音の正体をミタマが宝珠を投擲したことによるものだと気づくのと同時に、魔石から壮年の男女の声が聞こえてくる。

 

『イリスフィア! あと、少しだ!』

『耐えて、イリスフィア!』

 

「――――っ!?」

 

 その声を聞いたイリスの眼が大きく見開かれる。

 イリスはその声を、覚えていた。忘れられなかった。忘れられるわけがなかった。

 魂に、刻まれていたからだ。

 

(……お父様、お母様?)

 

 それは、イリスの父母の声。ニーズヘッグの呪いによって害し、永遠に和解できない程の溝ができたと、少なくともイリスはそう思っていた相手が、イリスの戦いを見ていた。今はまだ選手と観客という遠い立場であっても確実に――『繋がり』は再びでき始めていたのだ。

 

 パシッ、という手に収まる音と共に、再びミタマの声が宝珠から聞こえてくる。

 

『どう!? 驚いたでしょ!』

 

「……どうやって」

 

『お金貰った手紙のお礼からやり取りして。案内は学園長! サプライズしたからどうって訳じゃないけどさ――勝ってよ、イリーッ!!』

 

「…………!!」

 

 喉から血が出そうなほどの叫びを聞いたイリスは、魂が弾けたような感覚に襲われた。そのまま魂から手足へ魂を震わせる熱が伝わっていく。それは衝動で、繋がりで、()()()()だった。

 

「う、あああああああああああぁっ!!」

 

 咆哮と共に、魂の底から湧きだす力を手に集めるイリス。すると、魂を模したような聖氷球の輝きはさらに増して――。

 

「……耐え」

『きった!』

 

「……馬鹿な!? 我が最強の一撃を、防ぎ切っただと!?」

 

 ついに黄金雷光砲が消滅するまで、聖氷球はその形を維持しきった。それを確認したイリスはすぐに魔法の展開を始めた。

 

氷鏡凍獄(ニブルヘイム)!』

 

 詠唱と共に聖氷球より霧が放たれ、世界が真っ白になる。その霧は鈍重なる冷気を帯びており、羽が包まれれば数秒も経たず凍りつき飛行能力を喪失、地面へ落ちてしまうだろう。

 

 逃れる方法はただ一つ、冷気の範囲から逃げること。当然、イリスもそれは想定した第二の魔法、絶凍の光線を展開していた。

 

 ラーミアは冷気から逃げるため、六枚羽を広げこの大きな空を超速で飛び回るだろう。そんな彼女を光線で打ち抜くという行為は、まるで大空を流れる流星を弓で撃ち抜くような、無謀な行為かもしれない。

 

 だが、無謀であっても不可能ではない。

 何より、イリスの眼は、その自信を表すかのように強い光を帯びている。

 

 魔力を溜め終えたイリスは、その手を光線を放つのに最適な形にした。皮肉にもそれはある邪龍がブレスを放つ口のような形だったが、イリスは構わなかった。

 

「――外しは、しない!」

 

 イリスが魔法の展開を終え、冷気の外にいるラーミアを捉えようとした、その瞬間――イリスの眼が、限界まで見開かれた。

 

「逃げると思われていたとは――随分と、安く見られたものだな!!」

 

 ラーミアは迫りくる氷獄から逃げないどころか、絶凍の冷気を突っ切り……聖氷球の真ん前にまで辿り着いていたのだ。

 

 当然、ウェーブのかかった金髪、豊満な体、黄金の六枚羽、その全てが凍り付き、今にも落下を始めてしまいそうだ。だが、それら全てを厭わず、ラーミアは六枚羽のうちの四枚を身体へ戻した。

 

『天雷駆動』

 

 羽の展開に使われていた膨大な魔力を無理矢理身体へ戻したことでラーミアの体に黄金の雷が迸り、その顔が苦痛で歪む。だが、雷が通ったことにより、ラーミアのほぼ全ての筋肉が魔法によって制御される状態となった。

 

 身体の中で荒れ狂う自らの力の奔流をある一点、右腕に集約したラーミアは――腰に下げた蒼銀の剣へ、手をかけた。

 

 

『アルスター流剣聖道――第四章・破天寓話、飛龍薙ぎ』

 

 

「………………え?」

 

 蒼銀の閃光が、聖氷球に走る。

 

 ルシアスのそれより明らかに鈍いそれは、いくら劣っていたとしても魔法で再現された『剣聖の剣』で。ヒビの入った聖氷球は乾いた音を立ててあっけなく砕けた。

 

 聖氷球が砕けたことで、冷気の放出が止まったことを確認したラーミアは四枚の黄金羽を再展開。大きくはためかせて霧を払い、黄金の羽毛を割れた氷球の内へ散らせた。

 

 羽毛が銃弾形に丸まり、黄金色に輝く。逃げ場所はなく、絶凍の光線は間に合わない。イリスは悟った――詰み(チェックメイト)に陥ったのだと。

 

 だが、イリスには自身の敗北を悔やむよりも、何よりも先に、ラーミアへ問い詰めたいことがあった。頬を痙攣させながら、イリスはゆっくりと口を開く。

 

「……なんで、剣聖道を?」

 

「何故か? ふふっ。そんなの――()()()()に、決まってるだろう?」

 

 ラーミアがチロッと舌を出すのと同時に、その羽から雷弾が射出される。雷弾は聖氷球内を跳ね回り、イリスへ着弾。雷撃音と黄金の光を以って炸裂した。

 

 声も出せないまま羽が焼け落ち、全身黒こげになったイリスが重力にその身を任せ、墜落を始める。ラーミアはそんなイリスを米俵でも持つような姿勢で雑に拾い、降下を始めた。

 

『戦闘不能により決闘終了! 勝者、ラーミア・カルミナント!』

 

 決闘終了の宣告が響く。だが、勝者への歓声はなかった。それも当然だ。冷気に遮られ、ラーミアの剣が見えなかった大多数の観客からすれば、イリスが反撃の魔法を展開したと思ったら負けていたという訳の分からない試合の流れだったからだ。

 

 地面に降り立ったラーミアがミタマの方を見ると、ミタマは犬歯をむき出しにしてラーミアへ威嚇をしていた。

 

「……次は勝つ!」

 

「くくっ。楽しみにさせてもらおうか」

 

 楽しそうな笑みを浮かべながら、ラーミアはイリスの身をミタマへ返す。

 そのやり取りの間も、観客席から歓声も罵声も飛ぶことはなく静寂のままで。

 

 

「……ふざけた事してんじゃねえぞ、ラーミア」

 

 ただ、ルシアスだけが。

 炎と泥が混ざった眼で、ラーミアの腰に携えられた蒼銀の剣を見つめていた。

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