ソル&ヴァルキリー:かませ騎士に転生した俺、破滅回避のため落ちこぼれヒロインを育成していたらいつの間にか天才と呼ばれてしまう   作:マテリ-AL

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第39話:『天才』へ手を伸ばす

 これは、赤髪の戦乙女――エンリエッタがまだ小さい子供だった頃。彼女を含めた同年代の戦乙女(ヴァルキリー)候補生達はその日、王都にある大聖堂へ集められていた。

 

 目的は一つ。神の力を以って戦乙女(ヴァルキリー)としての能力を覚醒させる、『目覚めの日』の儀礼だ。戦乙女(ヴァルキリー)として生まれてきた中には魔力と魂の波長が合わず上手くその力を引き出せない子もいるため、一定の年齢になったらこうして集められるだけ集め、神の助力で魂と魔力の波長を合わせるのだ。

 

風刃魔法(うぃんどかったー)!』

 

「おお! この年齢でこれだけの魔法を……!」

「エアリエ家は最近戦乙女(ヴァルキリー)事業に参入したと聞いていたが……。 これは、期待ができるぞ!」

 

 エンリエッタから放たれた風の刃が魔物を模した小さな的に当たり、その身体が切り裂かれる。それを見た大聖堂にいる戦乙女候補生や儀式を見に来ていた観衆から拍手と歓声が上がった。

 

「……ふふっ!」

 

 大きく胸を張り歓声を背で受け止めてエンリエッタは、大聖堂の上層、儀式の祭壇や的が見渡せる貴族専用の特等席へ小走りで向かう。エアリエ家の専用席に着くと、そこには彼女の母親がいた。

 

「お母様、見てくれた!?」

 

 エアリエ家の当主であり、家から初めて輩出された戦乙女であり、何より、エンリエッタにとっての自慢である母親がエンリエッタの方を向こうとした――瞬間、バチバチバチバチッ!!という万雷の拍手のような爆音が聖堂全体に響いた。

 

 聖堂にいる人間全員の視線が爆音の発生源へ向かう。そこでは、エンリエッタと同年代のボロを身に纏った金髪の少女が――爆音と共に電流を身体に迸らせ、目が潰れるほどに輝く黄金の天使羽を、大きく広げていた。

 

「……なんだこれ」

「え、らーちゃんから生えてるこれ、羽だよね? すごくきれい」

 

 その傍らにいた、銅髪の少女の言葉が皮切りとなり――。

 

「どういうことだ!? 魂導者との契約なしで羽を生やすなど……!?」

「あの魔力量、現役の戦乙女と比べても遜色がない。どれだけの才能なんだ!?」

「今すぐ勧誘をかけなさい! あの少女をこっちの派閥に勧誘できれば、今の戦力図など、容易に書き換えられるわよ!!」

 

 聖堂中の人間が、金髪の少女を中心として動き出した。

 

「あ、あの……お母様」

 

 何が起こっているのか分からない混乱と騒々の中。エンリエッタは、目の前にいる母親への助けを求めて手を伸ばし――振り払われた。

 

「ごめん。今あなたに構っている場合じゃなくなった。あの才能、どうすれば手に入るかしら……?」

 

「……あ」

 

 背を向け、周囲の大人たちに紛れた母親を見失ったエンリエッタは……伸ばしたその手を、震わせながら引っ込めた。

 

 

 3年が経ち、10歳となったエンリエッタ。彼女は鍛錬を重ね、最低位とはいえダンジョンを攻略したりと、まだ子供ながらひとかどの戦乙女候補となっていた。

 

 そんな彼女に、魂導者との契約の話が舞い込んだ。相手は同格の伯爵家出身で――なんと、一気に五人もの戦乙女に羽を生やしたという伝説を持つ魂導者の息子だった。

 

(やっと、頑張ってきた成果が実り始めたのね!)

 

 腐らず努力を積み重ねてきたエンリエッタは、あの時魔法を放った時の手応えを思い出すかのように、胸を張って揚々と歩いていた。

 

「……うん?」

 

 だが、母親の寝室を通り過ぎる際、エンリエッタは部屋の中から聞こえてくる会話を聞き、その動きを止めてしまった。

 

「なあ、ハニー。やっぱり、エンリエッタをあの家の魂導者と契約させるのは止めないか?」

 

「あら、ダーリン。何の不満があるのよ」

 

(お父様、お母様……?)

 

 部屋の中から聞こえて来たのはエンリエッタの両親の会話。お互いの呼び方が愛称であることから、二人以外その部屋にいない事はすぐに分かった。だが、どうやら雰囲気はあまり良くないようだ。剣吞な雰囲気の中、先に声を上げたのは父親だった。

 

「確かに、あの家には戦乙女を輩出してきた歴史があるし、当主には伝説がある。だが、最近は碌な実績がないんだ。その癖、将来有望な魂導者を何人も潰してるっていう悪評だけはあって……そんな家の魂導者に愛娘を預けたくない」

 

(……そう、なの?)

 

 それは、父親による娘と契約を行う魂導者を危険視した言葉だった。だが、その言葉に対して、母親は嘲るように鼻を鳴らした。

 

「別にいいわよ。あの子を契約させるのは、最近戦乙女事業に参入した私たちが権力に取り入るためだし」

 

「――は? じゃあなんだ! ハニーは最初からあの子が戦乙女として活躍するって思ってないってことか!?」

 

 ガタンという音がする。父親が椅子でも蹴って立ち上がったのだろう。母親は大きくため息をついてゆっくりと語りを始めた。

 

「ラーミアって言ったっけ。数年前見た、魂導者なしで羽を広げた子。その子今何て呼ばれてるか知ってる? 野良犬よ、ノ、ラ、イ、ヌ。ということはつまりね、あの子がどれだけ頑張ってもラーミアに勝てなければ野良犬『以下』なのよ」

 

「だったら、あの子がラーミアに勝てるよう我々が支援すれば――」

 

「無理よ。()()()あの子はラーミアに勝てない。才能が足りないのよ」

 

「――あの子がしてきた努力を馬鹿にする気か!!」

 

 ついに喧嘩を始めてしまった両親を見たエンリエッタは、喉がきゅっと締まって息ができなくなり、廊下を逃げるように走り出す。

 

 そうして、自分の部屋にたどり着いたエンリエッタ。崩れ落ちそうになる身体を支えるために伸ばした手は、空を切り――。

 

「う……ぅ……あ、あぁ……!!」

 

 少女は、地面に頭を擦りつけて、嗚咽した。

 

 

 それからさらに、数か月が経っただろうか。エンリエッタは、ある訓練校の廊下を歩いていた。だが、その表情からは不満がありありと伺える。

 

 何故なら彼女が訓練校を訪れたのは、彼女の魂導者の命令によるもの。新しく導入されたものの、訓練校では使いこなせない訓練用具を使ってみて、効果がありそうならお金と共に引き取るという小間使いの役割を押し付けられていたのだ。

 

 それ以外にも、エンリエッタの魂導者は狼藉を繰り返している。しかし、家の格はエンリエッタより向こうの方が上なので逃げることも逆らうこともできない。

 

『あのさあ、僕が指導してるのになんで羽を生やさないの?』

『この新しい訓練やっといて。危険? 知らないよ。お金貰えるからやれよ』

『うわ! 僕にチリがかかったじゃないか! お前、本当にダメな戦乙女だな!』

 

「……はぁ」

 

 暴言の数々を思い返し、エンリエッタがため息をつく。俯いたまま土煙けぶる訓練場で、鍛錬をしている訓練生を視界に入れようとせず、彼女は隅っこにある訓練用具が収容されている倉庫へ足を進める。

 

「――うわっ!」

 

「うん? ……!」

 

 すぐ近くで叫び声と衝突音がしたため、ほんの僅かだけ視線を動かしたエンリエッタは、その眼を見開いた。音の正体は、数年前の儀式の際、ラーミアと共にいた銅髪の少女――スカイだったのだ。

 

 スカイはすぐに立ち上がり、魔力を手に集め始める。だが、その手から魔法が放たれることはなかった。それを見た周囲の訓練生が、クスクスとスカイを嘲り始めた。

 

「魔法が使えないのにご苦労な事ね」

「いい加減諦めたらどうかしら?」

「よくあんなので、野良犬に追いつくなんて言えるわね、恥ずかしい」

 

「……っ! らーちゃんを野良犬って言うのはやめて!」

 

 陰口の中に看過できないものがあったのか、スカイは拳を握りしめて反論を始める。だが、逆に癪に障ってしまったようで周囲からスカイへの視線がいっそう厳しいものとなった。

 

(『野良犬』、『らーちゃん』……ラーミア!)

 

 同時に、ラーミアの話をしていると知ったエンリエッタの心の中に、どす黒いもやのようなものが溜まっていく。そんなことを知る由もないスカイは、その指を天へ突きつけた。

 

「それに、ボクはいつか、らーちゃんに届くよ。届いてみせる! だってボクは――天才だから!」

 

 ぱん!

 そんな軽い音が訓練場に響いた。

 エンリエッタがスカイを、ビンタした音だった。

 

「え……?」

 

 不意打ちでビンタされたことで地面へ倒れ、何が何やら分からないように目を泳がせてスカイは動けなくなる。エンリエッタはそんなスカイを見下ろして――。

 

「アンタ如きが、ラーミアに届くわけない! そんな妄言吐く前に現実を見ろ!!」

 

 喉が枯れそうなほどの声量で、スカイへ激情を叩きつけた。

 

「うぅ……ひっぐ……えっぐ……」

 

「……はっ」

 

 激情を吐き出したエンリエッタは、怯えきった涙目を地面へ向けるスカイを見ると正気に戻ってしまった。してしまったことを自覚したエンリエッタの顔が青くなる。そのまま、スカイへ謝ろうと一歩前へ足を踏み出した彼女だったが――。

 

「すごいわね。一発であの落ちこぼれを黙らせた」

「流石伯爵家、やる事が違いますわ」

 

「…………!」

 

 自分の行いを()()されたことで、その足は止まってしまった。

 気づいてしまったのだ。伯爵家という家名と見下せる弱者がいれば、周囲からの称賛を幾らでも手に入れられることに。

 

 今、エンリエッタの前には二つの道がある。

 

 一つは、このままスカイへ謝罪し手を差し伸べ、魂導者が無能のクズであることも親から期待されていないことも全てを跳ね除けて、ただ天を目指す――高潔の道。

 もう一つは、ここで振り返って周囲へ同調。スカイを見下し、ラーミアの羽を見て以降自分へ向けられることのなかった称賛を体いっぱいに浴びる――堕落の道。

 

 エンリエッタは三秒間その身体を硬直させ、そして――。

 

 肩をすくめながら振り返った

 

「ま、私にかかればこんなもんよ。またコイツがうるさくなったら私を呼んでいいわよ。黙らせてやるから」

 

「おぉ……頼りになる」

「伯爵家ってだけでちょっと怖い印象持ってたけど、意外と話分かるじゃん」

 

「……ふふっ」

 

 周囲から優しく迎え入れられ、得意げに鼻を鳴らすエンリエッタ。

 彼女はこの時、忘れてしまったのだろう。

 

 空を飛ぶためにはまず、上を向かなければならないことを。

 

 *

 

 準決勝第二試合直前。決闘場の裏側、出場者控えにて。ルシアスは何か待ち合わせをしているかのように、一人壁にもたれかかっていた。

 

 そんなルシアスの視線の先から、彼へ銅色の長髪を揺らして小走りで寄ってくる人影が一人、スカイだ。その姿を捉えたルシアスは、口を開いた。

 

「イリスは無事だったか?」

 

「うん! 怪我はミタマが治したし、すぐ起きるだろうってさ。あとね、イリスの両親にもちょっとだけ会ったよ。厳しそうに見えるけど優しい人だった!」

 

「……そうか」

 

 ふぅ、と息を吐くルシアス。そんな彼の横顔を見て、スカイはおずおずとしていたが……やがて、ぐっと体に力を籠めると一歩前に踏み出した。

 

「ねえ、ルシアス。その、さっきはなんで怒ってたの? らーちゃんがイリスに勝ったから?」

 

 スカイの言葉にルシアスは一瞬その眼を見開く。しかし、直ぐに元の表情に戻すと首を横に振った。

 

「いいや、結果は結果だ。それに怒ったりはしねえ。それより、そろそろ――」

 

 ルシアスが部屋に備え付けられている、魔石照明へ眼をやると、照明は待ってたと言わんばかりに輝きだした。

 

「出番だ、行くぞ」

 

「……うん!」

 

 ルシアスに並び、控えから決闘場へ歩いているスカイ。

 

(……()()()怒ってないってことは、それ以外の何かには怒ってるってことなんだよね? ルシアス、なんでらーちゃんに怒ってるんだろう)

 

 その心の中には、僅かながらに灰色の雲が顔を見せていた。

 

 

 二人が土煙の舞う決闘場へ出る。すると、先程までの困惑を吹き飛ばすかのように大歓声が彼らを迎え入れた。対面からも、赤髪の戦乙女――エンリエッタと、金髪の魂導者が裏から出てきた。

 

 四人が一堂に会したその時、エンリエッタが自らの服に手をかけ――脱ぎ去った。

 

「……っ!?」

 

 スカイが服を脱いだエンリエッタの姿を見て息をのむ。エンリエッタは真っ黒で布地の少ないボンテージを着用し、その過激な格好が何の障りもなく衆目へ露わになってしまっていた。だが、それよりも一番眼につくのは……その背中から生える、不気味で不格好な、黒い蝉の羽だった。

 

「……ふんっ」

 

 エンリエッタが羽を広げ、動かす。すると、ブブブブブ……、という耳障りな羽音が決闘場中に響いた。

 

「下らない駆け引きはなしよ。アンタも引っ込んでて」

 

「おい、僕に指図するな」

 

 エンリエッタに促され、金髪の魂導者は不機嫌そうに安全地帯へ入っていく。

 

「じゃあ、ボクも――」

 

「待った、スカイ」

 

 それを見たスカイは、呼応するように魔法陣を展開しようとして……ルシアスが制止した。そのままルシアスが、エンリエッタへ向きあう。

 

「なあ、アンタの羽。それ……本当に戦乙女闘装か?」

 

「……。それ、なんか関係ある?」

 

『10秒後に決闘を始める。自陣内で移動をしておけ』

 

 エンリエッタが返答すると同時に、先生の言葉が決闘場に響く。それを聞いたルシアスは相手から見えないように、スカイの耳へ口を近づけた。

 

「気を付けろ、スカイ。あの羽、無理矢理外付けしたみたいな違和感がある」

 

「……分かった。何か変なことをしたらすぐに知らせるね」

 

 ルシアスの言葉に頷いたスカイは魔力を巡らせ、魔法陣を展開し始めた。

 

『戦乙女闘装・灼翼聖炎竜(ブレイジングドラゴン)!』

 

 詠唱と共にスカイの身体は赤色の魔力で覆われて衣装は変質、大きく真っ赤な竜翼を背負った。竜翼を視界に入れたエンリエッタは、対抗するかのように蝉羽をさらに強く羽ばたかせた。

 

『――決闘開始!』

 

「らっ!」

「はぁっ!」

 

 決闘開始の宣告と共にスカイとエンリエッタの二人共が、地面を蹴り真っ青な空へ向かって飛翔する。風を切って飛び上がったスカイはある程度まで上昇すると敵の様子を確認するために空中で静止した。

 

風獣空衝撃(ウィンドインパルス)!!』

 

――そこへエンリエッタが急接近、赤色の風を纏わせた腕をビンタのようにスカイへ叩きつけた。

 

「っと! 流石に同じような攻撃に、二回も――」

 

「甘い!」

 

「――っ!?」

 

 難無く避けたスカイだったが、瞬間、エンリエッタの手に纏われた赤色の風は破裂したかのように急膨張。烈風に巻き込まれたスカイは竜巻に飲みこまれた布切れのように旋回し、大きくバランスを崩した。

 

「わぁああっ!?」

 

『炎吹かせスカイ! 何かに激突したら場外負けだぞ!』

 

「わ、わかった!」

 

 ルシアスの助言で持ち直したスカイは、背中の竜翼から炎を噴射。とにかく上へ上へ飛ぶことで風が吹き荒れる領域を強制突破した。スカイはそのまま短いアクションで魔法陣の展開を始める。

 

炎竜槍魔法(ブレイズスピア)!』

 

 詠唱と共に魔法陣から数体の炎竜が放たれる。エンリエッタは蝉羽の羽ばたきをさらに強くして炎竜から避けようとしたが――。

 

「オオオオオオオオッ!」

 

「――っ! ぐぅうううううっ!」

 

 空を覆うように食らいかかる炎竜を全て躱しきることはできなかったようで。エンリエッタはうめき声と共に炎竜に飲みこまれた。

 

風獣排斥(ウィンドパージ)!』

 

「オオァッ!?」

 

 だが、エンリエッタはその身体から赤色の烈風を噴射。赤き風は炎竜を内側から突き破り、形を保てなくなった炎竜は消滅した。

 

「炎竜さんが、倒された……!?」

 

「よそ見している場合?」

 

 今まで正面から炎竜が打ち破られた経験のないスカイが驚きで目を見開いている間に、エンリエッタは手へ魔力を込めて巨大な魔法陣の展開を始めた。

 

風獣(ウィンド)――大暴災乱(スタンピート)!!』

 

 魔法陣から赤色の風獣が山のように飛び出し、空を駆けてスカイへ向かって襲い掛かる。スカイは自分へ襲い来る風獣へ向かって指を突き付け、炎竜へ号令を行った。

 

「――炎竜さん!」

 

「行け! 風獣!」

 

「オオオオオッ!」

 

「ガァアアアアッ!」

 

 赤く燃える炎の竜と赤い風でできた獣が正面からぶつかり合う。だが、そもそもの魔法の格が違う。炎竜は風獣を突き破った――瞬間、風獣は破裂しその身を暴風へと変化。炎竜は暴風に弾き飛ばされ彼方へとすっとんでいった。

 

「……うん?」

 

 風獣と炎竜が引き分けたその様を見たスカイが、その眼を僅かに細める。

 

「そんなアホ面してる場合!? 獣はまだたくさんいるんだけど!」

 

 だが、エンリエッタの言葉の通り、赤色の風獣はまだ数十体が残り、スカイを食らわんとその牙を誇っている。

 

「――食らい尽くしなさい!」

 

「グオォオオッ!」

 

 風獣がスカイを嚙みちぎり、地へ落とさんと食らいにかかる。一方のスカイは、魔法陣自体は展開しているが、何故か詠唱を行っていない。

 

 そんなスカイの耳元へ、通信用の宝珠からルシアスの声が届いた。

 

『大丈夫か。どっか痛めたりしてないか?』

 

「違う。でも、ごめんルシアス。ちょっとだけ待って。正面からぶつかると、あっちに――ということは、左上だとあそこで――よし、理解(わか)った!!」

 

『……何かはわからんが、掴んだみたいだな』

 

「うん! 行くよ炎竜さん! 『炎竜槍魔法(ブレイズスピア)』!」

 

 なにかを理解したかのように眼を見開いたスカイが詠唱を行う。すると、魔法陣から炎竜が飛び出し、風獣の左耳へ食らいついた。

 

「はっ! 何か特別な魔法を使うかって思ったけど、所詮一時凌ぎね!」

 

 エンリエッタの嘲りと共に、食らいつかれた風獣は爆散。烈風に弾かれ、炎竜は勢い良く吹っ飛ばされた。

 

 ――エンリエッタへ向かって。

 

「……え?」

 

 元々持っている推進力に風獣が破裂した余波が文字通り追い風となり、二重の加速をした炎竜がエンリエッタを急襲。その蝉羽は、眼を剥く間もなく爆炎に包まれた。

 

「な、あああああああっ!? ぐっ! 風獣排斥(ウィンドパージ)ッ!」

 

 驚きと苦痛が混ざった叫び声を挙げながら、烈風を噴射して炎竜を突き破るエンリエッタ。そんな彼女の下に――もう二匹、超加速した炎竜が食らいかかった。

 

「ぐぅううううううあああああああっ! 排斥(パージ)ッ!  排斥(パージ)ッ! 風獣(ウィンド)排斥(パージ)ィイイイイッ!!」

 

 エンリエッタは急流で溺れているかのように無様に腕を振り回し、空気を破裂させて乱気流を形成、どうにか自分を取り巻く炎竜を拒絶する。だが、その背中に生えている黒蝉羽は既に半分以上燃え尽きてしまっていた。

 

「あ、凌がれちゃった。じゃあ()()()()、行こうか炎竜さん!」

 

 スカイの号令により、炎竜が()()()()()()風獣へ襲い掛かる。それを目の当たりにしたエンリエッタは気づいてしまった。

 

(もし次に、あの炎竜がぶつかったら、私の羽は――燃え尽きるっ!?)

 

 絶体絶命の窮地の中、エンリエッタが選んだ選択肢は――。

 

「に、逃げてっ! 逃げてええええええっ!」

 

 スカイへ襲い掛かる風獣を退かせることだった。風獣の力がなければ、炎竜が超速で向かうことはない。エンリエッタが号令すると、風獣は炎を怖がる獣の本能を思い出したかのように炎竜から逃げ始め……やがて、消滅した。

 

「はっ、はっ、はっ、はっ……!」

 

 攻撃の手を緩めたエンリエッタは、息を切らせたまま自分より遥か上空でその翼を広げて鎮座するスカイへ顔を向けた。その表情はこれ以上ないほど引きつっており、まるで怪物でも見たかのようだ。

 

「……どうして」

 

「うん?」

 

「どうして、あんな……炎竜を風に乗せるなんて、できたの!?」

 

 攻撃を止め、対戦相手へ質問を行う。そんな決闘の作法も誇りもない行為を全く気にしないかのように、スカイはエンリエッタへ笑いかけた。

 

「あの風獣さん、倒し方によって破裂の仕方が変わるんだよね。だから、調整すれば炎竜さんを更に速く飛ばせるなって」

 

「それはなんで分かったの!? 私でも、そんなこと知らなかったのに……!?」

 

「? 魔力の流れとかで、なんとなく……」

 

「はぁああっ!? なんとなくって、何それ!? そんな、そんな……っ!!」

 

 当たり前の事実を言うかのような……スカイの無感情の返答に、エンリエッタの顔がさらに歪む。

 

 エンリエッタは長い間、下を見て過ごしてきた。だからこうして上を向いたのは本当に久しぶりで、それ故に覚えていなかった。

 

 

――この世界には、天に届く才を持つ者がいることを。

 

 

「認めない! 認めて、たまるか!!」

 

 スカイの才能を見せつけられたエンリエッタは狼狽し、持てるだけの魔力を乱雑に腕へ溜め、傷ついた羽に追い風を乗せ、スカイへ無謀な特攻を始めた。

 

「私はまだ! ラーミアに! 届いていないんだぁあっ!!!」

 

 全ての力を以って、エンリエッタが飛翔する。犬歯を剥きだし、赤色の魔力を身に纏い、残像を残すような勢いと共に天を目指すその姿はまさしく、一体の獣であった。

 

「ボクもまだ、らーちゃんに届いてない。だから勝つよ、炎竜さん!」

 

「オオッ!」

 

 獣に対してスカイが指を突きつけると、スカイの傍に控えていた炎竜が一体、また一体と食らいにかかる。直進し続ける獣に避けるという選択肢はなく、炎竜に正面から突っ込んだ。

 

「が、ぁああっ!」

 

 獣は雄叫びをあげながら炎竜を食い破り、上へ、さらに上へとスカイを目指して突き進む。だが、一体食い破るたびにその代償を払うかのように身体が焦げ付き、黒蝉羽が焼け落ちていく。

 

「う、あああああああああっ!!」

 

 それでも獣は止まらない、止まれない。一体、また一体と獣は炎竜を突き破っていき――三体目の炎竜を破った時、上昇が止まった。

 

「あ……」

 

 黒蝉羽が焼け落ちた。たったそれだけの事実を認められないエンリエッタは、スカイまでの残り少しの距離(十メートル程度)を僅かでも埋めるかのように右手を伸ばした。

 

「嫌だ! まだ! まだ私は――!」

 

 

 

『もういいや、()()()()

 

「――え」

 

 ぱんっ!

 そんな軽い音が、青空に響いた。

 

 エンリエッタの右手が、爆散する音だった。

 

 何故か、血は出なかった。その代わり魔物を倒した時のような黒色の靄のような辺りに大きく飛散。空を埋め尽くし、すぐにスカイの元へ――。

 

『絶対、それに触れるな!』

 

「う、うん!」

 

 辿り着く前に、スカイは竜翼から炎を噴射させ、遠くへ飛び退こうとする。

 

「あ……あぁ……!」

 

(いやだ。わたしひとりで、おちたくない……)

 

 自分から離れていく天才を目の当たりにしたエンリエッタの絶望を汲むかのように、エンリエッタの身体の中で黒色の魔力が躍動する。黒色の魔力は、行き場のなくなったエンリエッタ自身の魔力を巻き込みながら、左手へ集約した。

 

「う゛ぁ……!」

 

 集められた魔力が弾け飛び、烈風が放たれる。その反動で左手は爆散し、エンリエッタ自身も、地面へ向かって勢い良く射出される。

 

 だが、血の混じった風だけは空を巡り――塵をさらに高く舞い上げてしまった。スカイが触れてしまう程の高さまで。

 

「う、しまっ……――げほっ、げほっ!」

 

 塵は戦乙女闘装に触れた瞬間、黒く発光しスカイへ浸食。

 黒色の魔力に侵食されたスカイは咳と共に苦しみ始めた。

 

闘装(ドレス)を解除しろ! 着地は俺がやる!』

 

「わ、わかった……!」

 

 ルシアスの命令によってスカイが戦乙女闘装を解除し、重力に身を預ける。当然、そのまま墜落すると大怪我が免れないだろうが……落下途中、白色の影――ルシアスが空中で受け止めて着地することで、傷一つなく地面へ降りることができた。

 

「けほっ、けほっ。あ、ありがと……ルシアス……っ」

 

「礼より先に、身体はどうだ?」

 

 ルシアスの問いかけに対し、スカイは赤ん坊のように弱々しく彼の腕を掴むことで自らの体調を伝えた。

 

「……キツイか」

 

『――場外接地により決闘終了! 勝者、スカイ・ルシアスペア!』

 

「よし、決闘は終わったな。早くミタマに見せて――」

 

 スカイを抱えたルシアスが、決闘場から出ようとする寸前――黒色で半透明の結界が決闘場全体をドーム状に覆った。

 

「……なんだ、これ」

 

 急な異変に眉をひそめるルシアス。

 振り返ると、そこには安全地帯から出てきた金髪の魂導者が、余裕そうな笑みを浮かべて立っていた。

 

茶番(あそび)は終わり。ここからは僕の、いや――オレの時間だ」

 

 金髪の魂導者、否、『魂導者堕とし(フギン)』の身体からは闇の魔力が満ち溢れていた。

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