ソル&ヴァルキリー:かませ騎士に転生した俺、破滅回避のため落ちこぼれヒロインを育成していたらいつの間にか天才と呼ばれてしまう   作:マテリ-AL

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第40話:『太陽(ソル)堕とし』

 決闘祭準決勝、二回戦。スカイとルシアスは勝利が確定した後も決闘場から出られないでいた。原因は一つ、黒色半透明な結界が決闘場を覆っているためだ。

 

 その原因と思わしき金髪の魂導者は今、闇の魔力を滾らせながら決闘場の真ん中に立っている。その視線の先には、闇の魔力に侵され苦悶しているスカイを抱えたルシアスがいる。静寂を破るようにまず、ルシアスが口を開いた。

 

「……仕込んだのは手前か。スカイは無事なのか?」

 

 ルシアスの問いかけに、金髪の魂導者は眉一つ動かさなかった。

 

「うん? ああ。致死量ギリギリってところだな。すぐ殺すより、生かして足手纏いにした方が効果的だろ?」

 

「……そうか。じゃあ次、誰だ手前」

 

 金髪の魂導者はルシアスに問いかけられると……深いため息をこぼした。

 

「……はぁ、やだやだ。敵の正体より先に戦乙女の心配かよ。ほんっとーに、魂導者という生き物は罪深いなあ。ま、いいや。自己紹介行きましょ。オレはフギン。アンタらには……『魂導者(ソル)堕とし』の方が通りがいいかな?」

 

「魂導者堕とし……!」

 

 『魂導者(ソル)堕とし』の名を聞いた瞬間、ルシアスと学園長、司書の表情が大きく歪む。

 

「『魂導者(ソル)堕とし』って何……?」

「何か分からないけどあれ、魔族だよね……!? なんでここに……!?」

 

 その動揺が観衆へも伝わり始めたのを確認したフギンは、手を大きく二回叩いて自分へ視線を集めた後、語りを始めた。

 

「オレがこうして魂導者(ソル)を堕とすようになった理由。それには、聞くも涙、語るも涙の悲しき過去が――」

 

「ふざけるなフギン! 僕の息子をどこやった!!」

 

「……あぁ?」

 

 が、それはすぐに観客席からの怒号によって中断させられた。フギンが声をした方を見ると、そこには腹に贅肉をたらふく蓄えた金髪の中年男――フギンが肉体の元としている金髪の魂導者の父親が眼を白黒させて立っている。

 

 ――それを見たフギンの口元が、大きく歪んだ。

 

「あ、()()()()。アンタの子供の肉体、有難く使わせて貰ってるぜ。パパ♪」

 

「おのれぇっ!」

 

「……え? 久しぶり?」

「あの人、魔族と知り合いなの……?」

 

 二人のやり取りを聞いた周囲が、その内容の不審さに気づき始める。それを聞いたフギンが金色の眼をギラリと光らせた。

 

「あ、うん。僕のパパは一度に五人もの戦乙女を育て上げた天才ってのは周知の事実だが。実はそれ、オレが裏から手を回してたんだよね」

 

「えぇっ!? なんで、魔族が……!?」

「いや、そもそも魔族と貴族が繋がってたなんて……!?」

 

 衝撃のカミングアウトに、決闘場中が騒然となる。いきなり自分の功績が虚飾だということを暴露された金髪の中年男は狼狽しながら観客席からの身を乗り出した。

 

「ふざけるなっ! そんな証拠がどこに――!」

 

「状況証拠でいいのであれば、オレが去った後、パパはただの一人ですら戦乙女を空へ飛ばすことができなかったってのが……あ! そういや、パパの書斎で一番デカい本棚の裏に隠し部屋あったっけ。物的証拠ならそこに――」

 

「もう黙れぇっ!!」

 

 金髪の中年男が怒号と共に黒色の結界へ拳をぶつける。すると、結界の黒魔力が拳を通じて男の腕へ侵食を始めた。

 

「ぐあぁあああああああっ!?」

 

「――ああもう!」

 

「ぎひぃっ!」

 

 叫び声をあげる中年男へ学園長が飛来し、男の腕に自身の魔力を叩きつけることで、侵食を止めた。学園長はそのまま、結界へ魔力干渉を始めたが……。

 

「ダメね。司書さん、解析任せた。私は避難誘導を行うから!」

 

「……ああ」

 

 結果は芳しくないようで、司書へ解析を任せて動揺する観客をまとめ始めた。

 そのやり取りを視界の端にとどめながら、ルシアスはフギンへ一歩、足を進める。

 

「なんでわざわざ、そんな手間かかることしてんだ」

 

「貴族製の魂導者を潰すためだな。ああいう権力はあるけど中身のないブタに実績を与えると、プライドを肥大化させて貴族社会を腐らせたり、将来有望な魂導者を潰してくれるんだ。面白いだろ?」

 

「で、その息子はコンプレックス拗らせてアンタに魂を売ったと」

 

「おっ、察しがいいねえ。親子二代、オレの供物にさせてもらったよ」

 

 ここでフギンが一度口を閉じる。すぐにまた、口を開いたが……そこから放たれる言葉には、さっきまでとは違う『重み』があった。

 

「……さ、1000年前の復讐を始めようぜ」

 

「1000年前? ……ラグナロクか?」

 

「お、その通りだ司書先生。オレはラグナロクの最中、ある死霊術師(ネクロマンサー)様の使い魔として造られた。天の御子を監視するためにな」

 

 いつの間にかざわめきに満ちていた決闘場は静まり返り、フギンの放つ言葉の一つ一つに意識を向けている。

 

 その静寂を裂いたのは、ルシアスの問いかけだった。

 

「昔監視してて今復讐してるってことは、アンタの眼が節穴だったのか?」

 

「いんや、オレは正確に報告をしたつもりだぜ? 『天の御子は危険だ。今のうち潰すべき』ってな。だが、死霊術師様もその上も『たかが人間に何ができる』とか言って神殺しに注力しちまって。結果、成長した天の御子と戦乙女に盤面ひっくり返されて魔族は再び地へ沈みましたとさ。どうだ、オレの悲しき過去は。泣けただろ?」

 

「くくっ。下らんな」

 

 フギンの話を聞き終えたラーミアが、吹き出すように笑いながら観客席から結界越しにフギンへ指を突き付けた。

 

「――その経緯であれば、貴様の恨む対象は天の御子と戦乙女両方になるはずだ。魂導者だけ狙う貴様は、復讐を謳っておいてその実弱い奴ばかり狙う下衆だろう?」

 

「ヒュウ! 流石、魂導者なしで空飛んでる天使様の言う事は違うねえ。ま、不正解だけどな。正解は、『戦乙女は堕とす価値があんまない』だ!」

 

「……価値がない、だと?」

 

 額に青筋を立てたラーミアを鼻で笑いながら、フギンが話を続ける。

 

「だって天使様以外の戦乙女は魂導者いねえと空飛べねえじゃん。戦乙女は毎年万を超える候補が生まれてくるのに、優秀な魂導者はその千分の一も出てくれば大豊作なんだぜ? 数字さえ分かればどっちを優先して堕とすかは……あ! 天使様は生まれが悪いから分かんねえか! 悪い事言ったわ、すまんすまん!」

 

「――貴様!」

 

 フギンの謝罪風煽りに反応し、ラーミアが轟音を立てて結界へ雷を叩きつける。だが、結界には傷一つつかない。それを見たフギンが、口角を更に歪める。

 

「あと、こう見えて天使様にはマジで感謝してるんだ。天使様のお陰で、戦乙女共に『魂導者なしで空が飛べるかもしれない』って幻想が植え付けられた。その調子で、ただ一人の『特別』として、孤独に死んでくれや」

 

「……っ」

 

 フギンの感謝に、言葉を失うラーミア。その時、ルシアスは自分の腕を掴むスカイの力が、ほんの僅かだが強くなったのを感じた。

 

「けほっ、けほっ。そんなことさせない……そのために、ボクは……」

 

「……スカイ、無理はするな」

 

 腕の中で苦しむスカイを気にしながらも、ルシアスは一歩前に出る。

 

「手前の理屈は分かったよ。分かった上で聞きたいんだが、なんで俺を狙ったんだ。しかもわざわざ表に姿を晒してまで」

 

 

「なんでってそりゃ――アンタが現代の()()()()だからだよ」

 

「…………はぁ?」

 

 その事実が当たり前かのように語るフギンに対し、呆けたような返答をするルシアス。だが、フギンはそれが聞こえていないかのように言葉を続ける。

 

 その口調からは、先程までのおどけた感じが完全に抜けていた。

 

「天の御子。オレは1000年間、お前という太陽を堕とすために生きてきた」

 

「……太陽?」

 

 観客席から届いた疑問の言葉に対し、司書が口を開いた。

 

「天の御子の活躍は、闇に堕ちた世界を照らす太陽に例えられてる。なんなら魂導者(ソル)の語源は太陽の言い換えだ」

 

「補足説明どうも。ま、そんな訳で……死ねよ、天の御子」

 

「……あのルシアスって少年は本当に天の御子なの?」

「いや、でも、彼は貴族ではありませんよ?」

「それを言ったら千年前の天の御子だって元は平民ですし……」

 

 あまりにも強い言い切りの言葉。そこに秘められたフギンの意志は、動揺という形で、次第に観客席へ伝播していった。

 

 話題と殺意の中心に置かれたルシアスは、額に冷や汗を浮かべながら、フギンへ質問を投げかける。

 

「もう1つ聞いていいか? アンタ、俺の何を見て天の御子だと思ったんだ」

 

「――奇跡を起こす力だ。ニーズヘッグパイセンを殺したこと。オレの仕掛けた罠を踏み砕いたこと。偶然出会った戦乙女に対して、完璧な指揮をしたこと。その全てが、理屈に収まらない奇跡の領域にあると、オレはそう判断した」

 

「……俺の他にもう一人、魂導者がいたはずだが」

 

「あ、あの子? 支援魔法が聖属性で、戦乙女に羽を与えるっていう見たことない魔法使ってきたのは度肝を抜かされたが、指揮も戦闘もできないから後回しだな」

 

「……そうか」

 

 ここまで聞き、ルシアスは――フギンが復讐対象を間違えていることに気づいた。

 

 

(――この節穴野郎! なんで本物(ミタマ)と俺を見比べて間違えるんだよ!!)

 

 

 心の中の絶叫の通り。ルシアス目線だとミタマこそが天の御子の子孫であり神の血を引く()()()。本来、彼女が次代の天の御子扱いされるべきであるのだが……フギンは何故か、ルシアスが天の御子であるという確信を持って殺しに来ていた。

 

 ただ、訂正をしようにも……。

 

「……はぁ。アンタ殺したら次はアレだ。ホント、どっから優秀な魂導者が湧いてくるんだよ、勘弁してほしいぜ」

 

(……いや、どっちにしろだな)

 

 そもそもミタマもフギンの抹殺リスト入りしているため、訂正をする意味がない。

 よって、ルシアスに残された道は一つ。

 

(じゃあ、この節穴野郎をぶっ潰すしかねえか)

 

 スカイを右手で抱えながら、左手で拳を握りしめ、臨戦態勢をとるルシアス。それを見たフギンは、先程まで纏っていた真面目な雰囲気を緩め、再び笑みを浮かべた。

 

「おっ、やっちゃう感じか? じゃ、オレも始めますか――『異空契約(リフトパクト)』」

 

 フギンが詠唱を唱えると同時に、その右腕が空間に飲みこまれるように消える。

 

 数秒後、フギンが空間から腕を引き抜くとそこには、両腕を喪った赤髪の戦乙女――エンリエッタがいた。最初からなかったように消えた右腕はともかく、ぐしゃぐしゃの左腕からは未だに鮮血が滴っており、見ているだけで痛々しい。

 

「う、ぐ……」

 

「アンタのことは嫌いじゃねえが、それはそれ。『魂喰契約(ソウルパクト)』」

 

「ぐ、ぅあああああああっ!」

 

 詠唱と同時にフギンがエンリエッタの背中に手を突っ込み、魂を引きちぎった。魂を喪ったエンリエッタは地面へ倒れ、糸が切れた操り人形のように動かなくなる。対して、引きちぎられた魂は何故か空へ向かって浮かびだした。

 

 魂がドーム状の黒結界に触れたのを確認したフギンが、両腕を広げる。

 

「悪いな皆! オレに力を貸してくれや。『強制契約(フォースパクト)黒陽魂(ブラックサン)!』」

 

 瞬間、エンリエッタの魂だったものが黒色の光を放ち、決闘場を取り巻く黒結界が共鳴するかのように脈動を始める。結界が脈動するたびに特殊な引力が発生し、黒色の光が届く範囲にある全ての生物に対して、魔力の徴収を始めた。

 

「ぐっ……大丈夫か、スカイ」

「……うん、ルシアスが、庇ってくれてるから」

 

「何これ、力が……奪われ……!」

「うぅ……」

「……あ、マムが倒れた! だ、誰かー!」

 

「……こ、コレ、キツイですわ」

「カレン、無理しないで。最悪私が守るから」

「すまん、私も頼めるか……?」

「……えっ」

 

「……くっ! 余裕のある戦乙女は、他の苦しんでる人を庇って!」

 

 現役の戦乙女ですら顔を歪める魔力の徴収によって、観客席にいる人々が次々に倒れていく。徴収された魔力は黒結界を伝って黒魂へ伝わり、魔力が入るたびに黒魂はさらにその光を増していった。

 

「……そろそろ容量の限界か」

 

 10秒程度が経過した頃、黒魂は魔力の徴収を止めた。その輝きは黒き太陽と言っても遜色ないほど真っ黒な光であり、直視したら眼が潰れてしまうだろう。

 

 フギンは黒き太陽を顔の前まで降ろすと、一口で啜り切った。太陽を飲み込んだ瞬間、フギンの肉体からただそこにいるだけで、世界が軋むような音がし始めるほどの膨大な魔力が放出される。

 

 いつの間にかフギンの顔からは素体にしていた金髪の魂導者の面影が消えていた。髪は逆立ち、優しそうな目からは道化師のメイクのような黒色の涙が垂れている。まるで毒を持つ生き物がその危険さを体色で示すように、見るからに『危ない』と分かる顔立ちになったのを確認したフギンは、ルシアスへ笑いかけた。

 

「喜べよ、天の御子様。これぜーんぶ、アンタを堕とすために用意したんだぜ♪」

 

「……全く、嬉しくねえ」

 

「じゃ、すぐに笑わせてやるよ。絶望でな」

 

 フギンは虚空から黒色のマントを取り出して翻すと同時に――その身体から魔力を迸らせた。その余波で決闘場の地面から黒ずんだ砂が天へ舞い上がり、世界が動き始める。

 

 黒色の砂が舞い上がるその様はさながら、『演目:太陽堕とし』の緞帳が上がるようだった。

 

 *

 

「まずは小手調べと行こうか! 『黒風獣鎌嵐(ウルフィンドサイズ)!』」

 

 超短時間で魔法陣を完成させたフギンが詠唱を行う。すると、人間の数倍の大きさを持つ黒色の竜巻が十数個発生し――その全てが獣の唸り声のような重々しい音とともにルシアス達へ向かって走り出した。

 

「規模がデカすぎるな……!」

 

 ルシアスは黒竜巻から逃げるように跳躍を続けていたが、一つでも決闘場を制圧するのに十分な大きさを持つ黒竜巻が二桁以上。ただ逃げるだけではすぐに限界が来てしまう。壁際に追い詰められたルシアスは自分へ襲い来る竜巻へ向かって蹴りを放った。

 

「らっ!」

 

 ルシアスの蹴りによって発生した圧力により、竜巻は弾けて消える。だが、蹴りを放った足の方もズタズタに傷つき、血が噴き出してしまった。

 

「……ぐっ!?」

 

(この竜巻……ただの風じゃねえ。滅茶苦茶鋭い刃みたいに研がれてやがる!)

 

 ルシアスの顔が苦痛で歪む。それを見たフギンも驚いたように口笛を吹きながら、さらに魔法陣の展開を始めた。

 

「ヒュゥ! まさか竜巻を蹴りでぶっ壊しちまうとは、流石のフィジカルだ。じゃあ、次。『黒風獣喰狩(ウルフィンドハント)!』」

 

 魔法陣から現れたのは黒色の風でできた獣。ルシアスにとって見覚えのあるその獣達は再びルシアスを食らわんと、竜巻舞う戦場を駆けている。

 

 先頭を走る黒風獣がルシアスの体より数倍大きな口を開いてルシアスへ食らいかかる。ルシアスが身をひるがえして避けると……さらに二匹、その隙を見逃さないかのようにルシアスへ飛び掛かった。

 

「ちっ……!」 

 

(こいつら、連携とってやがる!)

 

 絶対にルシアスへ攻撃を通さんと、順番に飛びかかる風獣。だが、的自体は竜巻に比べて小さくはなっているため、ルシアスはギリギリの所で避け続けられていた。

 

(だが……隙は見えた!)

 

 七体目の風獣を躱すと同時に、ルシアスが地面を強く蹴る。地面に跡がはっきり残るほどの威力をバネに跳躍したルシアスは、一息にフギンの元へ辿り着いた。あまりの勢いを持つ急襲にフギンが驚き、目を剥く。

 

「――うぉっ!?」

 

 つけた勢いのまま、ルシアスはフギンの脳天めがけて足を突き刺そうとする。だが、蹴りは空気の壁によって威力が減衰、フギンへ当たる前に止まってしまった。

 

「ぐぅ……!」

 

「あっぶねー。事前にアンタのフィジカルが凄いことリサーチしといて良かったわ。じゃ、お返し――『黒風獣断頭(ウルフィンドビヘッド)』」

 

「――っ!」

 

 フギンが手を上から下に振る。すると、パァンッ!! という空気が弾ける音と共に、ルシアスがいた場所に風の刃が振り下ろされた。ルシアスは寸前で避けたが、地面を覗いても底が見えない程の深さを持つ切れ目ができる。

 

 食らっていればそれこそ首を刎ねられていたであろうその魔法を目の当たりにしたルシアスの頬が、引きつった。

 

「……凄い魔法だな。1000年前、それで天の御子を倒せたんじゃねえの?」

 

「無理無理。あの時のオレは矮小(ちいさ)な監視用の使い魔だったんでね。今強いのは、1000年間の努力の賜物なんだわ。天の御子、アンタを殺すためのな」

 

 フギンのその言葉で、魔道に詳しい者……例えば司書は確信した。

 『魂導者堕とし』は1000年の時を魔道の研鑽と魂導者殺しに費やした、異常思想を持つ魔族で。ルシアスは今、その集大成を向けられている状態であることを。

 

「……死ぬな、ルシアス!」

 

 司書の叫びに対し、ルシアスは一瞬視線をそちらへ向け……すぐに戻した。

 

 *

 

 ルシアスとフギンが接敵してから10分が経過した。決闘場には十を超える竜巻と、数十体を超える風獣が舞っており、ルシアスは決闘場中を走り回ってそれをどうにか避けている。

 

「ちっ……!」

 

 舌打ちをするルシアスの左手と両足、背中は鋭利な刃物で何度も切り付けられたかのようにズタズタになっており、鮮血がワインボトルを満たしそうなほど流れ出している。

 

 だが、それでも、右手に抱えるスカイには傷一つついていない……どころか、流れる血の一滴も付着していない。それに気づいたフギンが、吐き捨てるように笑いだした。

 

「は、ははははっ! 本当にすげえよアンタ! そこの戦乙女をパージすれば傷は半分以下に減っただろうに! まさしく、魂導者の鑑だな――反吐が出る!!」

 

 胸に渦巻く感情を爆笑という形で地面に叩きつけるフギン。それを見たスカイは……ほぼ動かない身体を無理やり動かして、ルシアスの腕から逃げようとした。それに気づいたルシアスが、スカイを抱える力をさらに強める。

 

「けほっ、ごほっ。離して、ルシアス。ルシアスが傷つくくらいなら、ボクなんて、見捨てて……!」

 

 悔恨に溢れたスカイの言葉に対し、ルシアスは……何故か、とてもばつの悪そうな顔をした。

 

「……悪い。もう少しだけ待ってくれ」

 

「う、うぅん……?」

 

 曖昧なルシアスの小声に、困惑交じりの回答をするスカイ。

 それを見たフギンが、再び楽しげな笑みを浮かべた。

 

「素晴らしい献身だなぁ。……そうだ! その逆を認めてやるよ。天の御子、アンタが今死んでくれるのなら、そこの戦乙女は見逃してやる。どうだ? このままだと二人共死ぬことを考えると、破格の待遇だろ?」

 

 口ではひたすらにルシアスのことを煽るフギン。

 だが、その脳内では勝利への思考――ルシアスの行動にある違和感への回答導出が行なわれていた。

 

(『もう少しだけ待ってくれ』、か。やはり、天の御子は時間を稼いでいる。最初以外、全然攻めっ気を出してこないしな。だとすると、その目的はなんだ?)

 

 フギンは勝ちを確実にするために、あり得る可能性全てを頭から弾き出す。

 

(オレの魔力切れ狙い……は、ないな。アイツにオレの残魔力量は分からねえし、分かったとしてもオレはこのまま後一ヵ月は戦える)

 

 一つ目の可能性についての思考を終えたフギンは、ルシアスに抱えられているスカイへ目をやった。

 

(次、戦乙女の復活待ち。いくら魂導者が戦乙女想いと言っても、自分がボロボロなのに戦乙女は徹底して無傷なのは流石におかしい。別に狙いがあると考えた方が自然だ。ただ、オレが仕込んだ毒はそんな単純なもんじゃねえから……これも無理か)

 

 二つ目の可能性について思考を終えたフギンの耳に、絶叫が飛び込んできた。

 

「師匠――っ!! あと少し、あと少しでどうにかするから! 頑張って!!」

 

「ミタマ! 根拠もないのにあと少しって言うのやめなさいっ!!」

 

「分かってるよイリー! 分かってるけどさぁ!!」

 

 見ると、観客席でクリーム色の魔力を放つ黒髪の少女が喉が枯れそうなほどの声量を出していた。クリーム色の聖魔力は黒結界に明確に干渉しており、ぶつかっている部分だけ黒結界の力が僅かに弱まっている。

 

 優れた観察眼を持つフギンは確かに見た。

 黒髪の少女の叫びを聞いたルシアスが、彼女に対してほんの一瞬、目配せをしたのを。それだけではない。これまでも、ルシアスは観客席から呼びかけられる度、どれだけ危険な場面であっても目配せを返していた。

 

(最後、外からの救援待ち。これが本命だろ。オレの結界だって絶対じゃねえ。天の御子のフィジカルと聖魔法を同時にぶつけりゃ崩れる可能性もある。目くばせで情報の受け渡しをして、叩き割るチャンスを伺っているんだろうな)

 

 三つ目の可能性についての思考を終えたフギンは……内心ほくそ笑んだ。

 

(――これは、元々監視用の使い魔だったオレじゃなきゃ気づけなかった。皮肉だな。あの日『天の御子』相手に見ているだけでしかなかった屈辱が今、オレへ完全なる勝利を与えようとしているんだから)

 

 フギンが竜巻や黒風獣に対し、魔力を通じて命令を行う。その命令は――『ルシアスを自分の前まで誘導しろ』。命令通り、竜巻と風獣はルシアスの逃げ道を徹底して減らし、フギンの元にまで案内した。

 

「なんだ……? 急に、動きが変わった……?」

 

 ルシアスがフギンへある程度近づいた瞬間、フギンは超速で魔法陣を展開し、詠唱を始めた。

 

黒風獣冥夜(ウルフィンドナイト)

 

 瞬間、暴風の結界が生まれルシアスとフギンを取り囲んだ。その広さは元の決闘場の十分の一ほどであり、吹き荒れる黒嵐によって結界の外は見えなくなってしまっている。

 

「これは……!」

 

 狭く暗い空間に閉じ込められたのを察したルシアスは、ミタマがいた方の壁際へ駆け寄り、声を荒げた。

 

「――ミタマッ!! 聞こえるか!?」

 

「無理無理。この結界に入った以上、アンタは広さを使って逃げ回ることも、外からの救援を待つことも、外へ何かを伝えることもできなくなった。あ、人の目がないからって泣いて命乞いしても無駄だぜ? 何があっても、確実に、殺す」

 

 狼狽してミタマの名を叫ぶルシアスに対して、嗤うように舌を出すフギン。

 一方、本当に周囲から情報が入ってこなくなったのを確認したルシアスは、ぽつりと呟きを零した。

 

「……そうか。()()()()()()()のか」

 

「あぁ、これでアンタの手は尽きた――終幕だ」

 

 フギンの命令によって、風獣と竜巻がルシアスへ襲い掛かる。

 暴風によって区切られたその場所にはもう、逃げ場はなく。

 ルシアスは目を瞑ると、右腕に抱えていたスカイを優しく地面へ座らせ、身を翻した。

 

「ルシアス……! やだ、やだっ……!」

 

 スカイの叫びを背にルシアスが飛び込んだのは、五つの黒竜巻と十四の黒風獣が交差する一点。黒き殺意を持った風がルシアスを抹殺せんとする、その瞬間――。

 

 

『アルスター流剣聖道――第二章・清浄なる護魂剣』

 

 ――白銀の光が走り、その暴力的な輝きが全ての()をかき消した。

 

「…………は?」

 

 光が消えると、ルシアスの手には紋様が入った白銀の剣が構えられている。その身体には何か途方もない力が漲っているように見えて、フギンは頬を引きつらせながら剣を指さした。

 

「……なんだ、それ?」

 

 フギンは知らない。

 

 自身がルシアスをその眼で観察し、理解したように。ルシアスもまた、『原作知識』という一次元上の眼でフギンを観察していたことを。

 

 ルシアスの本当の狙いは、自分が剣を振る姿を()()()()()()()()()()の一点で。今までのルシアスの言動にあった違和感は全て、その優れた観察眼を逆利用した虚飾(ブラフ)で。

 

 

『魂導者堕とし』の思考が、目の前の魂導者によって誘導されたことを。

……フギンは永遠に、知りえることはない。

 

 

「……ふぅ」

 

(危なかった。もう少しで……あの大観衆の前で剣を振らされる所だった)

 

 息を吐くルシアスの瞳に白銀の星が宿る。

 それが、『剣聖演武』の幕が上がる合図だった。

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