ソル&ヴァルキリー:かませ騎士に転生した俺、破滅回避のため落ちこぼれヒロインを育成していたらいつの間にか天才と呼ばれてしまう   作:マテリ-AL

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本日は二話投稿です。


第41話:『泥眼剣星』

 これは、ルシアスが12歳の時の話。木枯らし吹きすさぶ冬。彼はある港にて、騎士へ掌底を叩き込んでいた。ルシアスの一撃によって騎士はぶっ飛ばされた後、壁に叩きつけられ動かなくなる。

 

「ごふっ!」

 

「……次!」

 

 ルシアスが辺りを見渡す。彼は今、多くの騎士に取り囲まれていた。その鎧には例外なく、アルスター家の紋様が入っている。騎士が取り囲む円の外には――数倍の人数の騎士が、鎧が砕けた状態で倒れている。

 

 それだけの数を相手にしても、ルシアスの身体には傷一つない。

 しかし、何故か額には脂汗が滲んでおり、見るからに調子が悪そうだ。

 

「はっ、はっ……毒に、不意打ちに、この人数。騎士の誇りはどこ行ったんだよ」

 

 それでも拳を構え、一片の隙も見せないようにするルシアスの眼の端、野次馬の中に……筋骨隆々の大男が映った。頭に鉢巻を付けた、いかにも気風の良い雰囲気の男。周囲から親方と呼ばれている彼はこの港のまとめ役であり……この港に訪れたルシアスへ、仕事を与えてくれた人でもあった。

 

 そんな彼を見たルシアスが、吐き捨てるように口を開く。

 

「……いくらで、売ったんだ?」

 

「うん?」

 

「俺がアルスター家出身ということは、親方以外に言ってねえ。だから、親方が情報を回さなければ、実家はここまで周到な準備をできなかったはずだ。教えてくれよ。俺の剣は、いくらの値がついたんだ?」

 

 皮肉交じりのルシアスの言葉に対し、親方はその顔を大きく横に振る。

 

「いいや、俺は何も受け取っていない」

 

「――はっ!? じゃあなんで……がっ!?」

 

 目を見開いて動揺するルシアス。毒が身体に回っている所にさらに精神的ショックを受けたせいか、その足元がふらついた。その隙を狙って、忍び寄るように近づいていた騎士が首輪をルシアスへ取り付ける。瞬間、首輪に嵌められた魔石から高圧電流が流れ、ルシアスの表情が歪む。

 

「ぐぅ、ううううぅっ……!!」

 

 その殺傷性から魔獣相手にすら使われなくなった首輪から流れる電流に苦しみながらも、ルシアスは体勢を崩すことなく親方を睨み付け続けている。親方は真っ直ぐルシアスと目線を合わせ、優しい口調で話し始めた。

 

「確かに、家がルシアスへ行ったことは許されない。君が家から逃げ出したのも納得がいく。だが、それでも、君は、家に戻った方がいい! あれだけの剣を振るえる君が騎士になれば、多くの人を救える! そうなればきっと、家に感謝する時が来る!」

 

「はぁ? なんで……?」

 

「だって君は――天才なんだからなっ!!」

 

「…………っ!」

 

 親方の眼は、心の底からルシアスの事を想っているかのように真っ直ぐで。その眼を見たルシアスは震えながら片膝を突き、地面に崩れ落ちた。

 

 肉体(からだ)より先に、精神(こころ)が限界を迎えてしまったのだ。

 

「行くぞ」

 

 騎士が両肩をがっしり掴み、崩れ落ちたルシアスを無理矢理立たせる。すると、その衝撃でルシアスの懐から一冊の本がこぼれ落ちた。

 

「あ……!」

 

 ルシアスが掴もうとする前に、騎士の一人がそれを拾い上げる。本の表紙には『魂導者試験対策・基本』と記載されており――魂導者の教本であると一目で分かった。騎士の視線が港に備え付けてある焚き火へ向かう。

 

「お前に、騎士以外の価値はない」

 

「…………俺、は」

 

 教本が焚火へ向かって投げ入れられる。

 項垂れるルシアスの泥のような眼に、炭へ変わっていく教本が映った。

 

 その日から。

 ルシアスは、人前で剣を振らなくなった。

 たとえ、自らの命が懸かっていたとしても。

 

 *

 

 時は、決闘祭に戻る。黒き嵐を纏った道化師、フギンとその眼に星を浮かべた白銀の騎士、ルシアスは黒き嵐に囲まれた結界の中で対峙していた。ルシアスの方が傷の数が多く、見るからにボロボロなのだが、何故かフギンの方がその表情は険しく……どっちが優位か分からない。

 

黒風獣断頭(ウルフィンドビヘッド)!』

 

 フギンが詠唱を行うと同時に、風の刃がルシアスの首めがけて超速で振り下ろされる。だが、刃がその首を斬り落とす寸前、ルシアスの姿が消え、黒き刃は白銀の光に弾かれて雲散霧消した。

 

 息をつく間もなく、白銀の光がフギンへ向かって放たれる。白銀の光はフギンの周りに展開された風の壁にぶつかっても威力が衰えるどころか、むしろ壁を巻き込んでフギンへ襲い掛かった。

 

「なっ!? が、あぁああああっ!?」

 

 風を巻き込んだ白銀の光を叩きつけられたフギンは、まるで突風に木の葉が巻き込まれるような勢いで跳ね飛ばされ、結界へ叩きつけられた。

 

「ぐ、うぅ……! なんだよ、この力はよぉ……!!」

 

 結界に叩きつけられ、うめき声をあげながら膝をつくフギン。同時に、白銀の光が剣を構えたルシアスへと戻る。薄目を開き、ルシアスの剣を見たフギンはその身に魔力を滾らせながら立ち上がった。

 

「……なるほど、その剣が原因か。だったら――」

 

 立ち上がったフギンが背中ではためくマントへ魔力を流すと、マントが鴉の黒羽へ変化した。そのままフギンは地面を蹴り、高く飛翔する。

 

「剣が届かない空から、蹂躙してやるよ!」

 

 大きく翼を広げ、空から地を睥睨するフギン。

 その眼に、ルシアスの姿は映らなかった。

 

「どこ行った……?」

 

 首を動かして、ルシアスを探すフギン。彼は確かに聞いた。

 

『アルスター流剣聖道――』

 

「……は?」

 

 ルシアスの声が――自分の()から聞こえてくるのを。

 

 それは、とても単純な理屈。フギンがその大きな黒羽で飛ぶより早く、高く、ルシアスは空へ向かって跳んでいた。それだけである。

 

『第四章・破天寓話、飛龍薙ぎ』

 

 数十もの白銀の光が、フギンの羽を貫く。大きな黒羽は砕け散り、その余波でフギンは無防備に地面へ叩きつけられた。

 

「がはっ……!」

 

「流石魔族、そんな簡単に羽を生やせるなんて。……羨ましい」

 

 フギンが血反吐を吐くのと同時に、ルシアスが地面に着地する。着地音を聞いたフギンは、目覚まし時計の轟音を聞いたかのように無理矢理身体を跳ね起こし、ルシアスへ向き直った。

 

 だが、その眼には明確な怯えの色が浮かんでいる。

 

「て、手前は……!」

 

「……うん?」

 

「手前、天の御子じゃねえな! 天の御子はこんな……こんな理不尽じゃねえ!!」

 

「……そうだよ。俺は天の御子なんかじゃねえ。やっと、分かってくれたか?」

 

 眉を困らせるルシアスを全く意に介さず、フギンはまるでせき止められていた栓を引き抜いたかのように身体から極大なる黒色の魔力を放出させ、一つの魔法陣を形成した。

 

「天の御子――いや、ルシアス・アルスターァ!! 今後千年のため、オレが殺す。ここで死ね。今、すぐに!!」

 

 黒色の極光がフギンの身体という一点で収束する。S級災厄であるニーズヘッグが展開する氷獄と比べても遜色ない魔力量を持つそれは、まさしく世界を蝕む災厄の一柱、その顕現であった。

 

悪魔鎧(デビルズメイル)永き逃避行の果てに(ラストジャーニー)!!』

 

 悪魔鎧(デビルズメイル)。それは、戦乙女闘装の対となる――人間を魔族化させる魔法。エンリエッタへ黒蝉羽を生やすためにも用いられたその魔法が今、フギンの能力を100%発揮するための補助パーツとして使われる。

 

 詠唱と共に魔力が晴れると、フギンは鴉を模った仮面を被っていた。仮面とボロボロとなったマント、真っ黒な帷子を身につけた彼の装いは、道化師というより、姿を隠して逃亡の旅に出る旅人と言うのが一番適切だろう。

 

 そして、何よりも変化していたのは、仮面の奥から見えるその眼。先程まで金色に光っていたそれは今、魔の本性を表すかのようにどす黒く充血し、虚ろな闇を模している。それを見たルシアスが、首を傾げた。

 

「……魔族ってのは、本気を出すと黒くなる習性でもあるのか?」

 

「堕としてやる。一筋の光も射さない、闇の底まで」

 

 感情のまるで籠っていない言葉と共に、フギンが魔力を纏わせた右腕を大きく振りかぶる。まるで剛弓の弦を限界まで引き絞ったかのような危うさを持ったそれに対し、ルシアスはただ静かに剣を構えるだけだった。

 

落暉堕光の黒災(ダスク・ディザスター)

 

 詠唱と共にフギンの身体が弾け、黒き流星が結界内で飛び回る。結界に衝突した際に発生する甲高い音すら置き去りにする速さを持つ黒濁の光。それですらまだ最高速でないようで、光は結界に触れる度に指数関数的に加速をしていく。

 

「これが、千年掛けて創り上げたオレの力だ! 今のオレは見ているだけじゃない。この手で復讐を果たすことだってできる! 手前を堕として、オレはあの日の後悔を超えるんだ――今、ここでっ!!」

 

 ただ一人を縊り殺すことだけを目的とした黒き流星。やがて最高速に達したそれは、ルシアスという一点を目がけ――放たれた。

 

「――堕ちろ! ルシアス・アルスタァアアアアアアアッ!!」

 

 フギンの叫びと共に、超速の一撃がルシアスに触れようとした、刹那――。

 

 ドゴォ! という何かが重々しく衝突する音がした。

 

 ルシアスの剣が、飛来する黒濁の光を叩き落とす音だった。

 

『アルスター流剣聖道――第五章・万魔城割り』

 

「が、ぱっ……あぁ……?」

 

「……硬えな」

 

 クレーターのできた地面に這いつくばり、言葉にならない叫びをあげるフギンを、ルシアスがぽつりと言葉を呟きながら見下す。だが、フギンは一瞬後には立ち上がり、ルシアスから超速で距離をとった。

 

「ぐ……う……」

 

 それでも、食らった一発の代償は凄まじく。口からは赤黒い液体が絶え間なく流れ、せっかく拵えた仮面や帷子の半分が砕け散ってしまっていた。

 

 仮面が砕け、ルシアスから見えるようになったフギンの素顔は苦悶に歪んでいる。

 

「……ざっけんな」

 

「うん?」

 

「――ふざっけんなよ!! 千年だ!! 千年もの時間を、今この時のために費やしたんだぞっ!! なのに、なんで――どうして、勝てねえんだっ!!」

 

 狼狽しきったフギンの叫びに対し、ルシアスは至って冷静に言葉を返した。

 

「……それを言ったら、俺が使わせて頂いている剣聖様の剣は、千と数百年前からラグナロクを越えて受け継がれたものだ。時間を誇るのは分が悪いんじゃねえか?」

 

「はぁ!? 剣聖はこんな強くねえし、つーか剣使うのなら大人しく騎士やってろよ! なんで魂導者なんざやってんだ!」

 

「なんでって、俺なんかより戦乙女の方が価値があるからだよ」

 

「戦乙女ぃ!? あんなもん、魂導者なしの価値なんざ一山いくらだぞ!? 手前より価値があるわけねえだろうがッ!!」

 

「本気でそう思ってるのなら、やっぱり手前の眼は節穴だ」

 

 これ以上ないほど眼を剥いて狼狽するフギンに対し、ルシアスはそれが世界の摂理だと言わんばかりの態度で、どちらが優勢かは一目瞭然だ。言葉を放つルシアスの無感情さを表すように、その眼に浮かぶ白銀の光が、冷たく輝いた。

 

「……そうか、そうかよ」

 

 激情を吐き出し終えたフギンは自分の中で暴れる激情を鎮めるように大きく深呼吸すると、その眼を真っ直ぐにルシアスへ向け、黒き魔力をその身に漲らせた。

 

『――落暉堕光の黒災(ダスク・ディザスター)王戯転位(リバーサル)!!』

 

 黒濁の光が瞬き、フギンが世界を覆う闇に消える。その一瞬後、フギンは空間を越え、ルシアスの眼の前に現れた。

 

「ぐっ!?」

 

 近距離の空間転移を果たした黒き流星がルシアスへ着弾する。フギンはルシアスを結界の外殻へ叩き付け、その首を万力のような力で締め上げ始めた。そのままフギンは自分が持つ魔力の全てをルシアスへ向け、瞳に浮かぶ星の汚染を試みる。

 

「だったらその至高の肉体、オレに寄越しやがれ! その至高の肉体があればオレはもう、他の魔族からの『報復』に怯えなくて済む!! この世界から魂導者を消し去ることだってッ!! 天にだって、届くんだ!!」

 

 目を真っ黒に血走らせ、魔の本性をこれ以上ないほど剥きだしにしたフギンが、首を締める手を通じてルシアスの肉体を乗っ取ろうとしている。ルシアスは苦しみながらも、白銀の刃でフギンを叩き切ろうとした――。

 

「…………っ!?」

 

 が、その手に剣はなかった。

 見ると、先程までフギンが立っていた位置に剣が落ちている。

 

「ちっ――!」

 

(……場所の入れ替え! 媒介は、剣に付着したコイツの魔力ってところか!)

 

「さぁ! 勝負と行こうかルシアスゥ!! オレの全てで侵し尽くしてやるよ!!」

 

 ルシアスは剣を諦め、首を締めるフギンの手に自分の手を重ね抵抗を始めた。ルシアスの膂力とフギンの魔力が競り合わんとしたその時――真っ赤な竜炎が、帷子の隙間からフギンの肉体を焼いた。

 

「がぁっ! 熱゛っ――!?」

 

 瞼を痙攣させたフギンが、炎の出元を見る。

 

「けほっ、けほっ! ボクだって、ずっと守られっぱなしじゃいられないんだ!」

 

 視線の先にいる銅色の髪をした少女は、いつの間にか自力で立ち上がれるほどにまで回復していた。

 

「なん、で! オレ仕込みの毒食らったのに動けてんだっ!!」

 

「……できちゃったんだよね、分解ッ!! 魔法で出来た毒だったから!!」

 

「は、はぁ……っ!?」

 

「……な? 戦乙女の方が凄えだろ?」

 

 聖竜の炎に焼かれたことで、フギンがルシアスの首を絞める力が弱まる。驚愕に満ちたフギンの手から脱出するルシアスの表情には……溢れんばかりの喜悦が滲んでいた。

 

 脱出したルシアスが足を大きく溜め――フギンの腹を真っ直ぐ蹴り上げる。

 パァンッ!! という何かが破裂するような音が鳴り、フギンの体は紙切れのように宙を舞った。

 

「ぎゃぱっ……!?」

 

「まあ、勘弁して受け入れてくれや。特にスカイは――天才なんだから、よっ!」

 

 その姿を見ながら、ルシアスは落ちている剣を拾い上げ――地面を蹴った。

 

『アルスター流剣聖道――第七章・災厄断つ神閃』

 

 一瞬後、空を舞うフギンの身体を――白銀の光がぶち抜いた。

 

「が、ああああああああああっ!?」

 

 仮面が完全に崩壊したフギンは、結界の天井に直撃。それでも威力は収まらなかったようで、結界を突き破って空へ投げ出された。

 

「お、ごぽぉっ!!」

 

 さらに、フギンの口から、黒色の太陽みたいなものが吐き出される。大分色あせた輝きとなったそれは、空中で黒色部分がパージされ、倒れ伏すエンリエッタの身体へ戻っていった。

 

「ぐえっ!」

 

 同時に、フギンだった肉体も、汚い叫びと共に地面に落ちる。その身体はいつのまにか元の金髪の魂導者へと戻っており、決闘場を覆う二重の結界も強度を失い割れ始めた。

 

「……ふぅ」

 

 割れ始めた結界を見て、剣を仕舞いながらルシアスは安堵の息を吐いた。その眼に浮かぶ星が消え、再び泥で濁る。

 

 ルシアスの頭の中にあったのは、先程フギンが放ったある言葉。

 

『天にだって、届くんだ!!』

 

「悪いが、俺にそんな価値はねえよ」

 

 ククッ……。と、ルシアスが皮肉気な笑みを浮かべる。

 

(俺とアンタが組んでも、なれるのはやられ役のラスボスだ。天には届かない)

 

 それは、ルシアスが持つ原作知識から出た諦観の笑み。

 その原作知識は『破滅』。もしルシアスが執着の果てにフギンへ魂を売っても。

 ルシアスをという駒を手に入れたフギンが、魂導者の消滅を企んでも。

 

 全て、主人公に導かれたラーミアに叩き潰されて終わるだけという……詰まらない結末だった。

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