ソル&ヴァルキリー:かませ騎士に転生した俺、破滅回避のため落ちこぼれヒロインを育成していたらいつの間にか天才と呼ばれてしまう   作:マテリ-AL

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第43話:『天才』が見る『夢』

 これは、ラーミアが10歳の頃の話。昼か夜かも分からないくらい薄暗い魔の森で同年代らしき白髪の少年と出会った彼女は――。

 

「もぐもぐ……。魔獣がいたとは、運がいいな!」

「……ああ。魔物は倒しても塵になって食えないからな」

「まだ足りんぞ、おかわりを寄越せ!」

「はいはい」

 

 白髪の少年と共に骨付き肉を食らい。

 

「覗くなよ?」

「は? 覗くわけねえだろ」

「……そんな、強く言わなくてもいいだろ」

「なんでちょっと悲しそうなんだ」

 

 白髪の少年が周囲を監視する中、湖で水浴びをし。

 

「……動けないからどいてくれ」

「貴様の膝以上に寝心地がいい枕があれば、考えよう」

「えぇ……」

 

 白髪の少年の膝で一眠りした。

 

 今までの抑圧を解放するかのように一通りの欲望を満たし終えたラーミアは、白髪の少年へ、一つの質問をぶつけた。

 

「……で、貴様は誰だ?」

 

「――聞くのが遅い!! つーか、よく名前も知らない相手の膝の上で眠れたな!? 俺もアンタの名前知らないし!!」

 

(ワタシ)はラーミアだ。そういう貴様の名はなんだ? 何故ここにいる? 魂に刻み付けるから早く言え」

 

 白髪の少年へ簡単な自己紹介をしたラーミアは、体を起こしながら白髪の少年へその眼を向ける。

 

「なんでそんな食いついてくるんだ。まあいいけど。俺の名前はルシアス。ここには……鍛錬の一環で来たと言えばいいのか?」

 

「鍛錬?」

 

「ああ。10日ぐらい前かな。起きたらこの森に剣一本だけ持たされて放り出されてた。まあ、いつものことだよ」

 

「……こんな、何か一つ間違えれば死ぬ場所に? 逃げないのか?」

 

 訝しげに眼を細めるラーミア。そんな彼女を見た白髪の少年――ルシアスは、顔を下に向けて、口を開いた。

 

「無理だ。逃げたら地の底まで追ってきて、捕まったら殴られたり沈められたりの折檻だ。なら、ここにいた方がまだ痛い思いしないで済む。一応自由はあるしな」

 

「……折檻? 虐待でもされてるのか?」

 

「そんな重く捉えないでくれ。これは俺が、悪いんだから」

 

「はぁ? どういうことだ」

 

 ラーミアが問い返すと、ルシアスは顔を上にあげる。ルシアスの表情は憔悴しきっているのに、その眼に光る銀の星だけは真っ直ぐな光を放っていた。

 

「――俺は、()()らしいんだ。だから、その才能を無駄にしてはいけない。どれだけ辛くて苦しくても努力を続けて、天へ昇り続けなければならない。それが、天才として生まれてきた人間に課せられた義務なんだから、弱音なんて吐く方が悪いんだ」

 

「貴様……は……」

 

 まるで、事前に台本でも準備していたかのように、とうとうと流れる水のように、ルシアスは言葉を吐き続ける。一通り聞き終えたラーミアはこぶしを握りしめ、何か言葉を放とうとしたが……それをルシアスが更なる言葉で制した。

 

「それに、折檻を食らうのは俺がまだ騎士として不出来だから。俺がちゃんと騎士をやれていれば、痛い思いも苦しい思いもする必要はない。だから、俺は早く完璧な騎士にならなくちゃ――」

 

「――やめろ! それ以上は!」

 

「がっ!?」

 

 ラーミアがルシアスの襟を鷲掴みすると、ルシアスの話が止まった。ラーミアが意図して止めた。これ以上聞きたくなかったのだ、ルシアスの『歪み』――暴力と洗脳教育によって、騎士形に()()された魂から表出した、ルシアスの思想を。

 

 ラーミアは襟を掴んだままルシアスへ正面から向き合い、その眼を合わせる。

 ルシアスは困惑を隠さず、その口を開いた。

 

「な、何が可笑しいってんだよ。天才なんだから、周囲の期待に応え続けるのは当然のことだろ?」

 

「違うっ!! 貴様のその才能は、良いように使われ、踏みにじられるためにあるんじゃない! その力は貴様が自分の欲を満たすため――願いを叶えるためにあるんだ!!」

 

「…………はぁ?」

 

 憤怒に満ちたラーミアの言葉に対しても、ピンとこない様子のルシアス。対する、ラーミアは襟を掴む手にさらに力を入れ、さらに食ってかかった。

 

「ルシアス、貴様にはないのか!? 夢とか、理想とか……自由になったら何がしたいとか!」

 

「ねえよそんなもん。俺、家の言うこと以外何もやったことねえから。多分今自由になっても……きっと、何もしないし、できない」

 

「――っ! ならばルシアス、貴様は何をすれば笑う?」

 

「それも分からん。笑ったこともねえ。つーか、なんでそんな俺に構ってくるんだ?」

 

「それは……」

 

 ルシアスが放つ白銀の光に憧憬(てっぺん)を重ねたラーミア。憧れの存在には理想を叶えてほしいという願望を持った彼女はそれを言葉へ変換しようとする。

 

「……っ!?」

 

(な、なんだこの感覚は……!? (ワタシ)は、どうしてしまったんだ?)

 

 だが、何故か言葉が喉に詰まり出てこない。必死に喉を震わせようとしても全く動かず、何故か顔がどんどんと熱を帯びていく。ラーミアが、感じたことのない『初恋』の情動にたじろいでいるうちに、ルシアスが襟を掴むラーミアの手に、自らの手を重ねた。

 

「それより手を離してくれ。さっきから、ビリッてくるんだわ」

 

「……そうか、分かった」

 

 ラーミアはルシアスから手を離すと、一瞬顔を伏せ――今度はルシアスの両頬を人差し指で突き、口角を無理やり上げた。

 

「……むぐっ!?」

 

「――だったら(ワタシ)が、笑い方を教えてやる。感謝するがいい。ほら、こうして口の端を歪めて笑うんだ。くくっ、とな」

 

「……九九?」

 

「発音が違う、もう一回だ!」

 

「え、嫌だ……」

 

 ルシアスがいくら拒否してもラーミアの指導は止まらない。

 結局、ラーミアによる笑い方指導はその後も数十分間……ラーミアが満足する出来になるまで続いた。

 

「ククッ……。……こうか?」

 

「――それだ! その感覚を忘れるなよ!」

 

「……ああ」

 

「どうした? 折角笑えるようになったのに浮かない顔をして」

 

 ラーミアの問いかけに対し、ルシアスは申し訳なさそうに答えた。

 

「教えてくれたのに悪いんだが、家で笑ったらまた殴られるよなって」

 

「だったら、心の中で笑えばいい。そもそも、それはあくまで練習、偽りの笑顔に過ぎない。もし、貴様が心から笑えたら――それこそが貴様の理想だ、その道を進め。貴様は天才だというのなら、その才は理想か夢へ向けて使われるべきだ」

 

「夢のため、か。……少しだけ、頑張ってみてもいいかもな」

 

「ふふっ。そうだ、頑張ってみろ!」

 

 瞬間、魔の森にある、塔かと思うほど巨大な木々の隙間から月が顔を見せる。手を伸ばしたら掴めそうなほどに巨大な満月。だが、今のルシアスにとっては、そんな星よりも、はにかんだラーミアの顔の方がはっきりと見えていた。

 

 

 

(ワタシ)からのアドバイスだ。それでも何も夢を持てなかったら、とりあえず金でも願っておけ。金があればとりあえずできることが増えるからな!」

 

「……そうか。じゃあ、世界に夢も希望も無くなったら、金でも欲しがるか」

 

 *

 

 また、あの夢を見る。

 

 薄暗い森の中。

 俺を苛む黄金の光を、ただ見ているだけの夢。

 あの輝きの前では、俺はただ泥に沈むしかなくて。

 

「ラーミア」

 

 この五年間、ずっと見続けるこの夢。

 何回見ても慣れないことに、俺はもう慣れてしまっていた。

 

「俺とお前で、何が違う?」

 

 口に出すな。分かってるだろ。

 何もかもだ。性別も種族も……在り方も何もかもが、違う。

 

 アイツはこの世界の主役で。俺は端役で、敵役で、かませだ。

 だから、与えられた役柄なりに……幸せになるべきなんだ。

 

 そうだ。分かってる。分かってる……はず、なのに。

 

「…………! …………っ!!」

 

 ……ん? なんだ、この赤い光は。

 夢の中でこんな光、見たこと……。

 

「……ス! ……て!」

 

 よくよく集中してみると、光から何か声が聞こえてくる。

 そして俺は、多分、この声を聞いたことがある。

 この声は、この、暖かさは――。

 

 

「――起きて、ルシアス!」

 

「――はっ!?」

 

 その声に吸い込まれるように、俺の意識が引き戻される。眼が開くと――眼の前に、涙目のスカイがいた。その後ろには真っ黒な夜空が見える。

 

「大丈夫!? すっごくうなされてたけど……なんか体に変なところない!?」

 

「……スカイ?」

 

 状況が飲みこめないため、脳内で整理する。確か俺は、20時にラーミアから呼び出されてて、スカイと一緒に校舎裏に来たんだ。で、時間になってもラーミアが来なかったから壁にもたれかかってて……寝てしまっていたのか。時計を見ると20時半だった。アイツ、まだ来てないのか。

 

 寝起きなせいか、あの悪夢を見たせいか、頭に靄がかかったようだ。僅かに歪んでいる視界の真ん中で、スカイが躊躇いながらも口を開く。

 

「……それは、剣を振った代償、とかだったりする? ルシアスには剣を振っちゃいけない理由があったけど、それでも、ボクのために、剣を振ってくれた、とか……」

 

 紡がれていくスカイの言葉は、次第に震えが増していき、呼応するかのように目の端に涙が溜まっていく。……そんな心配そうな顔しないでくれ、スカイ。こっちがどういう顔をすればいいか分からなくなる。

 

「あっ、いや、言わなくていいよ! ルシアスがこれまで剣を隠してくれたのにも、多分事情があったんだよね。だったらボクは戦乙女として――魂導者である、キミの意思に準じるよ」

 

 その言葉は、その眼は、どこまでも真っ直ぐで――。

 

「でも、もしルシアスが話していいと思ったのなら、その時は……」

 

「……隠してるわけでもねえし、聞きたいなら別に話してもいい。そんな面白い話でもないことだけは勘弁してほしいが」

 

「え!? いいの!? 聞かせて!?」

 

 気づいたら俺は、人前で剣を振らなくなるまでの経緯を全て語っていた。

 

 魂導者の教本を買うお金を集めるため、家から逃げ出したこと。ある港で親方に働かせてもらえたこと。お金を貯め、魂導者の教本を買ったこと。

 

 ある日、港が腹を空かせたクラーケンに襲われたこと。親方が皆を守るために、クラーケンから逃げそびれたこと。そんな親方を守るため、手元にあった包丁を使ってクラーケンを解体したこと。

 

 それを見た親方が……俺を、実家へ売ったこと。いや、売ったという表現は間違ってるな。あの人は、何も受け取らなかったんだから。

 

「そんな、そんなっ……! 酷いよ、なんで……!?」

 

 俺の話を聞き終えたスカイは、やりきれない感情をこらえるかのように拳を握りしめ、目の端に溜めていた水をボロボロと流し始めている。しかし、数秒後、何かに気づいたかのようにはっとその眼を見開くと、指をスカイ自身へ向かって突き付けた。

 

「そ、そうだ! 親方さんに、ルシアスが魂導者として立派にやってるところ見せに行こうよ! 魂導者になって間違いじゃなかったって言わせてあげよう!」

 

 自信満々に胸を張ってそう宣言するスカイ。

 ……………………言った方が、いいか。

 

「悪い、それは無理だ」

 

「えっ!? なんで!?」

 

「親方は既に死んでる。あのクラーケンには()()()がいてな。片割れを失った復讐で港がまた襲われて、親方は皆を守ろうとして……最期まで、立派な人だったらしいぜ?」

 

 ククッ……。そんな立派な人に見捨てられた俺は、いったい何なんだろうな?

 

 話を終え、スカイの方を見ると顔面蒼白で言葉を失っていた。そうだ。一つ伝え忘れがあった。スカイは優しいから、きっとそのことを気にしているのだろう。

 

「ああ、心配しないでくれ。そのクラーケンはちゃんと、戦乙女がやっつけてくれたから」

 

「…………っ」

 

 ……なんか、スカイからの反応がない。見ると、スカイは口の端を苦しそうに歪めている。その眼から流れる水滴はいつの間にか、水流へと変わっていた。

 

「……確かにルシアスの剣はすごかった。だけどそんな、他の人の心を歪めちゃうものなの? ボクが弱いせいで、そんなルシアスに、剣を振らせちゃったの?」

 

「――くくっ。アルスター流剣聖道は()()()の剣だからな。魅せる事に特化してる以上、むしろ他者を惹きつける方が本領といってもいいだろうよ」

 

「――!!」

「……!?」

 

 俺とスカイが同時に声のした方を向く。そこには、黄金の六枚羽を大きく広げたラーミアがいた。

 

「……自分から呼び出しといて、随分と遅れたな」

 

「ああ、悪いとは思ってるよ。思ったより遠くに逃げられてな」

 

「…………?」

 

「そんなことより、ルシアスの剣の話をしていたのだろう? だったら、我も交ぜてくれ。特にカイちゃんは色々分からないことがあるだろうしな」

 

 羽を仕舞ったラーミアが、スカイへ顔を向ける。スカイは少し躊躇いながらも前に一歩出て、ラーミアへ向き合った。

 

「じゃあ、聞くね。えっとまず……()()()ってどういうことなの?」

 

「聞いての通りだ。アルスター家の目的は、剣聖の剣を現代に再現し――剣聖がいたという証明をすること。すると当然、目指すのは魅せる演武となる。結局、目を引く派手さがないと民草は評価してくれんからな」

 

「……でも、ルシアスの剣は凄い強かったよ?」

 

 スカイの問いに対して、ラーミアは肩をすくめる。

 

「それが、ルシアスの剣才の証明だ。観賞用の剣を使ってすら、強さが担保されている。ま、()()()力も同時に強化されたせいで羽虫も集ってきたがな」

 

「……その例え、自分も羽虫扱いしてないか?」

 

「くくっ。(ワタシ)は……いや、(ワタシ)とイリスは蝶で、あとは蛾か蠅だ」

 

 けらけらと笑うラーミアに対してスカイの表情は沈んでおり、何か深い思考の海に沈んでいるようだ。

 

「アルスター家が剣聖の剣を再現することを目的にしてるってのは分かったよ。だったらなんで、ルシアスに対して酷いことを……?」

 

「欲が出たんだよ。ルシアスの才能を見て、剣聖の剣を伝える一座ではなく、騎士家として、もう一度やり直せるかもしれないという夢を見た。まあどのみち、(ワタシ)が全て奪うのだから、無駄なことだがな」

 

 ……うん? 実家が騎士家としてやり直そうとしてたなんて初耳だ。

 なんで俺も知らない実家の事を、ラーミアが知ってんだ?

 

 いや、そもそもラーミアが剣聖道使ってる理由も謎だ。ラーミアは戦乙女なんだから、騎士なんかの剣を使うべきじゃないのに、なんでわざわざ……。

 

「くくっ、(ワタシ)が何故そこまで知っているのか、疑問に思ってそうだな。その答えは至極単純――(ワタシ)が貴様の家を襲撃して、情報を根こそぎ持って行ったからだ!!」

 

「何してんだお前!?」

「何してるのらーちゃん!?」

 

 ――いや、本当に何してんだ!?

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