ソル&ヴァルキリー:かませ騎士に転生した俺、破滅回避のため落ちこぼれヒロインを育成していたらいつの間にか天才と呼ばれてしまう 作:マテリ-AL
鬱蒼とした森の中に立てられた豪邸。
本の名は、剣聖伝説。傍らに紅茶を置きながら読むその姿は、まさしく優雅なひとときなのだが……彼女の後ろで積まれているゴミの山がそれを台無しにしている。
「微妙だったな」
剣聖伝説を閉じて机に放り捨てたラーミアは、椅子に背を預け、うつらうつらと船をこぎ始めた。
「……こんな本を騎士連中は神のように崇めてるのか。やはり、価値観が違う」
ルシアスより
出世した影響で依頼の最中で騎士と関わることが増え、騎士を理解する必要が出てきたため、ラーミアは剣聖伝説を一気読みしていたのだ。
「……そういえば、ルシアスも騎士か。ふふっ。いつか天辺で出会った時、剣聖伝説について語らうのも面白そうだ……な……」
脳が休息を求めるせいか、ラーミアの身体の揺れが少しずつ減っていく。
やがて、完全に瞼を閉じた少女は、その性格に似合わない可愛い寝息を……。
「――はっ!?」
立てる前に、飛び起きた。その額には玉のような大粒の汗が浮かんでいる。
だが、世界には特に異変は起きていない。窓の外では相変わらず風がそよぎ、小鳥がさえずり――穏やかなままだ。
「……何故だ? どうして、
変化があったとするのならば……ラーミアの内側。
ラーミアがこの3年間――1000日以上、夢の中で浴びていた白銀の光が、見えなくなってしまっていたのだ。その、原因は――。
「まさ、か……」
ラーミアが剣聖伝説を掴み取り、無理矢理広げる。千切れそうな勢いでページをめくり続け……
そのページに書かれていた内容は、剣聖が剣を振ったある場面。そこで剣聖は、ルシアスが見せた白銀の光――アルスター流剣聖道と、全く同じ動きをしていた。
本来であれば剣聖伝説を擦り切れるほどに読まなければ辿り着かない、アルスター流剣聖道が『演武』であるという事実。だが、頂点の才を持つラーミアは、一度読んだだけでそれを解してしまったのだ。
そして、ラーミアは気づいた。気づいてしまった。アルスターの剣を
瞬間、ラーミアの体が支える力を喪ったかのように崩れる。肘が机に激突し、鈍い音をたてた。
「――ふざけるな!!」
ラーミアの身体から金色の雷が放たれ、音を立てて弾ける。
「
その手に持つ本――剣聖伝説にまで黄金の雷が侵食すると、本は限界を迎えたかのように真っ赤な炎を出して燃え始める。
「……そうか。この本が、剣聖が悪いんだな?」
ラーミアが燃え盛る剣聖伝説を後ろへ放り投げる。炎はゴミに燃え移り、盛大に延焼を始めたが、ラーミアは全く気にしていない。
「ならば、
拳を握りしめ、願望を叫ぶラーミア。剣聖伝説を火種、ゴミを燃料としてラーミアの背で燃え盛る炎は既に家の天井にまで達し、ラーミアの怒りの極大さをそのまま表しているようだ。
「……あぁ、だがそうなると、ルシアスが自分の道を選べなくなるな。……そうだ。だったら
口角を大きく上げ、愛を囁くように独り言ちるラーミア。その眼に宿る鈍い光はまさしく――『偏愛』だった。
*
『アルスター流剣聖道――第七章』
神に捧げる決闘祭の決勝。『悪魔鎧』を詠唱し、背中から黒羽を生やして立ち上がったラーミアに対して決闘場中が騒然とする中――最初に動いたのは、ルシアスだった。
『――災厄断つ神閃!』
羽を眼にした瞬間迷わず剣を引き抜き、黒羽へ向かって白銀の光を放つルシアス。
ラーミアの虚を突く形で放たれた白銀の光が――ラーミアが引き抜いた蒼銀の剣によって防がれ、甲高い音を決闘場中に鳴り響かせる。そのまま二人の剣は拮抗を始めるが、拮抗中、ラーミアはルシアスの方を一瞥もしていなかった。
「……残念だ、ルシアス。もし貴様が自分の剣を手に入れていれば――
「……!」
退屈そうなラーミアの眼が、焦燥に満ちたルシアスの眼と合う。いつの間にかラーミアの髪の九割以上はルシアスを思わせる真っ白に成り果て、瞳には真っ黒な星が浮かんでいて――魔に侵されたのが、一目瞭然となってしまっていた。
「邪魔だ」
ラーミアが腕を振り上げると、その身体から黒き雷が迸る。
「ちっ――!!」
地面を駆ける黒き奔流に対し、ルシアスは身を翻して回避態勢へ移る。最初の位置関係に戻ると、ラーミアは首をトントンと叩き、ルシアスを挑発した。
「ほら、ルシアス。そんな『演武』なんて使わず、自分の剣を放ってみろ。そうすれば、
「…………っ!」
ルシアスは、剣を構えたまま動けなかった。
「くくっ。使えんか。やっぱり貴様は、
笑みを深めたラーミアが、地面を蹴って大空へ飛び上がる。六枚の黒羽を大きく広げたラーミアは……ある程度の高度に至ると、懐から王冠を取り出した。
「その冠は。
取り出した王冠を見た王女様の顔色が変わる。
ラーミアは王冠を上へ真っすぐ放り投げ――詠唱を始めた。
『
空に浮かぶ王冠を触媒に漆黒の魔法陣が展開される。ラーミアの頭上を起点に広がり続ける円形のそれは、
殆どの人はその昏く神々しい魔法陣から眼が離せず上を向いている。だが、二人だけ――ルシアスと王女様は、ラーミアが飛び立った跡へ眼を向けていた。
そこに残されていたのは、グロテスクな黒色の魔力塊。だが、よくよく聞くと、その魔力塊は笑っていたのだ……フギンの声で。
「……計画、通り」
「――ラーミアに何をした!!」
「――あの方に何をしましたの!?」
ルシアスと王女様の声が重なる。問いかけられたフギンの声がする魔力塊は、鴉状態と変わらない口調で揚々と語り出した。
「何って、命と引き換えに仕込んだんだよ。『
フギンの言葉通り、黒色の魔力塊は端っこから少しずつ塵となって消滅を始めている。この調子ではあと数分ももたないだろう。それを全く構いもしないかのように、フギンは話を続ける。
「
「……決闘祭での敗北か」
「ああ、そうだ。オレはこの決勝――
歓喜に満ちたフギンの叫び。その声が引き金となったのか、天より睥睨する黒き魔法陣が発光。魔法陣から放たれたのは……。
「……あれは、雲?」
光を全く通さない程に厚く、誰も突き破れない程に重厚な……黒雲だった。まるで夜の闇をそのまま引っ張り出してきたかのように昏いその『黒』は、ゆっくりと、だが確実に世界を閉ざし始めている。
雲が太陽を覆い始めるのと、フギンの身体が原形を留めなくなるのは、ほぼ同時だった。
「あぁ……そうだ。そうだよな。太陽が墜ちるのなら……オレも消えねえと……」
太陽が黒雲に覆われて完全に世界から見えなくなり。
「オレは、あの光の影から……生まれたん……だから……」
太陽の影からこぼれた闇、
太陽が消えても、世界が完全に闇に閉ざされることはなかった。何故なら、ラーミアが天高く展開していた魔法陣が眩い金色に光っており、太陽に代わり世界を照らす唯一の光となっていたからだ。
それはつまり、この世界でラーミアが認めない者には光すら与えられないということで。あまりに単純な理屈で、ラーミアはこの世界の『王』となったのだ。
黄金の光に照らされ、光を喪った世界を統べる黒雷の王と――顔面蒼白で背中の竜翼を無機質に動かす赤き聖竜が空中で対峙する。
「ああ。思ったより気分がいいものだな――天辺の景色は」
「やめて。そんな力、早く捨ててよらーちゃん。……いらないでしょ?」
「……? 何故、カイちゃんが
「――違う!! そんなの、天辺じゃない!!」
最後の力を振り絞るかのように、拳に魔力を込め、翼を極限まで大きく広げてラーミアへ突貫するスカイ。
「そうか、認めないか。だったら……カイちゃんに見せてやろう、天辺の景色を」
一瞬、手で顔を覆い隠した後、薄い笑みを浮かべたラーミアが手を上へ振り上げると、黒雲が脈動。スカイへ向かって、黒き雷弾がスコールのようにスカイへ向かって降り注いだ。
「ぐっ……! でも、これならギリギリ――」
身体から聖炎を限界まで吹き出し、黒雷弾を燃やし尽くすスカイ。
しかし、一つだけ燃やしきれなかった黒雷弾の破片が赤竜燐鎧に掠ってしまう。
接点から黒き電流が走ると――スカイの展開していた闘装が消え、元のジャケット姿に戻った。羽を失ったスカイは勢いのまま、生身で空中に放り出される。
「えっ!? なんで……!?」
戦乙女闘装が強制解除されたことに動揺するスカイの眼に、ラーミアが黒き魔法陣を展開する姿が映る。その魔法陣は明らかにスカイを向いていて――。
「天より君へ、さよならだ。 『
「……あ」
悪意に満ちた黒色の雷弾が、スカイへ向かって放たれる。自由落下に身を委ねるスカイにその一撃を避ける手段はなく。黒雷弾はスカイに直撃し、雷撃音と共にその肉体が汚濁した電撃によって破砕する。
……はずだった。
「がぁっ!!」
「……え、ルシ、アス?」
黒雷弾は、スカイに当たらなかった。寸前に、天高く跳躍したルシアスが間に割って入り、その身を守る盾となったのだ。
ルシアスの身体に身体がバラバラになったかと錯覚するほどの鋭痛が走る。そのままスカイを抱えて地面に着地したルシアスは、崩れ落ちるように倒れてしまった。
「ぐ、うぅ……思ったよりキツイな、コレ」
「大丈夫!? ねえ、ルシアス! ルシアス――!!」
身体を抑えつけ、身体の中を暴れ回る黒き魔力を耐えるルシアスに、縋るように抱きつき言葉をかけ続けるスカイ。そんな彼女を、ラーミアは無感情で眺めていた。
「あぁ、少しずれたか。まあいい――どっちでも、
黒雷がルシアスの手にある魂導者の証を侵す。
――ブツン。
そんな、太い縄が切れるような音がした。
何か取り返しのつかないものが壊れてしまったような、バッドエンドの音。
「……え?」
スカイの眼が、右手にある戦乙女の証へ向く。スカイが力をいくら入れても、戦乙女の証は赤色に発光することはなかった。
二人の魂導者契約が切れたと気づいたスカイは振り返り、端に涙を、瞳に絶望を湛えた眼で、ラーミアを捉えた。
「らーちゃん。なにを、したの……!?」
「見ればわかるだろ? 切ったんだよ、魔道契約を」
くすくすと笑うラーミア。スカイを捉えていたその眼は、いつのまにかルシアスへ移っていた。
「――さぁ、これで貴様を縛る全てはなくなった。つまり、
真っ黒に変色した眼に射抜かれたルシアスは、額に汗を浮かべながら体を起こした。
「そんな力を持って尚、俺を求める意味はなんだ?」
「証明だ。貴様を手に入れることで、
「……質問を変える。お前は天辺に立って何がしたいんだ? ラーミア」
「くくっ。天辺に立って何がしたいか? そんなの決まっている。
言葉を続ける度に、ラーミアから笑顔が消えていく。その代わりにラーミアの顔に浮かんだ感情は……困惑だった。
「…………?
ラーミアは右手で黒く充血した片目を隠し、欠けた『何か』を探すように、もう片方の目をぎょろぎょろと動かしている。
そんな彼女へ向け光の矢が放たれた。が、片手で軽く叩き落とされる。
「……なんだ煩わしい」
ラーミアが訝しげに周囲を見渡すと、数百の羽を生やした人型がラーミアを取り囲んでいた。その正体は、決闘祭にて観戦や、貴族の護衛をしていた戦乙女達。彼女らは魔王と化したラーミアを討つため、正義の徒として飛び立ったのだ。
先程光の矢を放った戦乙女が前に出て、ラーミアへ手に持つ矢を向ける。
「存在するだけで国を脅かす――それが『S級災厄』の定義です。この定義に則ると、今のあなたは存在するだけで
「意気込みは立派だが……その程度の戦力じゃ無理だろ」
「――言ってなさい!! 『
戦乙女が先陣を切って弓を放つと同時に、他の戦乙女達も魔法を展開する。スカイは数秒間、放心するかのようにその戦いを眺めていたが……。
「おい! 貴様らも避難しろ!」
「…………!」
司書の言葉で正気を取り戻したスカイが、観客の避難誘導で駆け回る司書へ顔を向ける。
「……司書さん。その、らーちゃんは、どうなるの?」
「…………。魔に嵌められたのは同情するが、このままだと世界が滅びる。……殺すしか、ない」
「そんな……っ!」
絶句するスカイの顔に、天から降ってきた黒色の水滴が当たる。
『
ラーミアの詠唱と共に降水の勢いは段々と増していき……遂には空に浮かぶ黄金の魔法陣がぼやけるほどの強さとなった。
「この黒い水は毒……!? ……じゃない? だとしたら、何の目的で――」
司書が言葉を終える前に、空が黒く発光する。
発光が終わると……羽が焼け落ち、黒焦げになった戦乙女が大量に降ってきた。
「うあ゛っ!?」
その内の一人が、司書の近くに落ちて衝突音と共に呻き声をあげ、動かなくなる。生物の特性として落下の衝撃に強い戦乙女だが、相当な高度から無防備に落下してしまっては、病院送りは免れないだろう。
「……まさか、多くの戦乙女に攻撃を当てる補助のため
絶望の混じった司書の呟きに答えるかのように、役目を終えた雨が弱くなる。
ここで、司書は確信した。
(ラーミアは1000年間一度も現れなかった、魂導者なしでの単独飛翔を成功させた戦乙女。そんな彼女へ、あのフギンとやらの1000年分の叡智が継承された。1000年に1度の天才へ、1000年分の努力が加えられたんだ)
顔を引きつらせた司書が、天を見る。
そこには、王の証と言わんばかりに黄金の魔法陣が、ただその光を誇っていた。
(あの
司書がラーミアへの分析を終える。それと同時に戦乙女を殲滅し終えたラーミアは、何か吹っ切れたような顔をしながら、再びルシアスへ手を伸ばした。
「……ま、やりたいことなんて後で考えればいい。それよりまずは貴様だルシアス。貴様を手に入れて初めて、我は天に立つ」
「ラーミア、俺は……」
「――これ以上の問答は不要だ。余計な言葉を吐いたら、無差別に攻撃を仕掛ける」
ラーミアが手に黒色の雷を溜め、天へ掲げる。それを見たルシアスの口から……ため息が漏れた。
「……あぁ、そうか」
(俺は、失敗したのか)
ルシアスの前世の記憶には、様々なサブカルチャーの記憶もある、その中には、自身の破滅を回避するために暗躍する悪徳貴族の話もあった。その『主人公』のように、ルシアスはなれなかった。
(……当然か。俺の
原作を変えようとした結果……狂華悪魔鎧持ちのヒロインという原作にない最強形態が君臨し、この世界は、バッドエンドに行きついた。ルシアスはそれを……自分の罪と捉えたのだ。
「分かった、行くよ。行けばいいんだろ?」
ルシアスが錆びついたように軋む身体を無理やり動かし、立ち上がった。
その顔には皮肉気な笑みが浮かび、一見全てを諦めたかのように見える。
「…………!」
だが、後ろで見ていたスカイは気づいてしまった。ルシアスが、腰の剣を万力より強く握りしめていることを。
(俺がこの世界を壊した。だったら……責任、とらないと)
『ソルキリー』では、主人公が選ばなかったヒロインは幸せになれない。逆説的に言えば、主人公が選んだヒロインは幸せになれる可能性がある。
それすら、奪われた。そう、ルシアスは考えた。それ故に――誘いに乗る振りをし、命懸けの一閃を放ってラーミアの首を切り裂き、全てを終わらせると決めた。成功して失敗しても黒雷をその身に受け、死体すら残らずに死ぬ――決死行に出ることで。
その全てを覚悟し、一歩足を踏み出したルシアスが――袖を掴まれ、後ろへ引き戻される。
「……スカイ?」
振り向いたルシアスは、若干訝しげな顔をしたが……直ぐに合点がいったかのように頷き、体勢を低くしスカイと目線を合わせ、柔らかい声色で語りかけた。
「……ああ、そうだ。引き継ぎしとかねえとな。詳しくは俺の部屋に引き継ぎ書があるからそれを読んでくれればいいんだが……絶対、ミタマを頼ってくれ。リスクのある二重契約になるが、きっとイリスも許してくれるだろうし、ミタマは俺なんかより比べものにならないくらいのすごい魂導者になる。きっとスカイを、幸せに――」
「いかないで」
「……うん?」
スカイの返答が予想外のものだったのか、ルシアスが怪訝そうに眉をひそめる。ルシアスの眼に映るスカイは……俯き、身体が細かく震えていた。
「行かないで、ルシアス。ボクを、ボクを……――ボクを、置いて行かないで!!」
スカイが顔を上げる。その目からは透明な雫が絶え間なく流れ続け、強い悲嘆の感情が浮かんでいた。ルシアスが驚愕で目を見開くのと、スカイが感情を無理やり押さえつけるかのように手で顔をぐしゃぐしゃに覆ったのは、ほぼ同時だった。
「なんで? なんでみんな、ボクを置いて行くの? お父さんも、お母さんも、らーちゃんも……皆、ボクを置いてどこかへ行って。ボクはまた、一人になって……!」
顔を覆うスカイの手の間から、絶え間なく透明の液体が流れる。スカイが顔を強く振ると、指で隠れていた目がルシアスと合う。瞼も瞳孔も開き切ったその目は……ルシアスへ『錯乱』という単語を思い起こさせた。
「――違う、違う!! ボクはずっと、分かってたんだ! ボクが魔法も使えない……『ダメな子』だから。すごい皆は、ボクを見捨てて行っちゃうんだ!!」
それは、スカイの中で物心ついてからずっと、燻っていた感情の爆発。母親が死に、父親から捨てられ、
「でも、もう嫌だ!! 謝るから! また、『ダメな子でごめんなさい』って、たくさん、謝るから……っ! ボクを、置いてか、ないで……!!」
「スカイ!」
がくがくと膝が笑い、地面に崩れ落ちるスカイをルシアスが受け止める。ルシアスは自分の手の中にあるスカイが、いつもより小さく……それこそ、幼児まで退行してしまったかのように感じた。
「カイ、ちゃ……! が、あぁああああああ……!!」
友の叫びを受け止めたラーミアの目に、光が戻った――瞬間、背中の鴉羽から黒色の魔力がラーミアへ逆流。黒雷と化して、ラーミアを浸食した。
「天辺に立つのに、邪魔だ――!!」
目を黒色に発光させたラーミアが、手に溜めた黒雷をスカイ達へ向ける。だが、手より放たれる前に――銀色の魔力弾がその手に直撃、魔力は霧散した。
「あぁ? 銀色の……いや、偽物か」
ラーミアが首を動かし、魔力弾の放たれた方を見る。魔力弾を放ったのは、戦乙女学園の学園長。彼女は今、背中から銀色の羽を広げてラーミアと対峙していた。
「さて、と。若い子達のために、命の一つでも懸けましょうか」
「懸けて何になるというんだ?
「あるわよ。例えば……ある天才魂導者が、魂を衝突させた果てに『新しい可能性』を生みだしたり、ねえ?」
くすりと一笑し、銀色の魔法陣を展開し始める学園長。その視線は、地にいるルシアスとスカイへ向けられていた。
スカイは未だに、ルシアスへ縋りついたまま離れられないでいる。ルシアスは眉の間に手を当てながら、言葉を探したまま……口を開いた。
「……えっと、でも、スカイには天辺に立つって目標があっただろ? だったら、俺がいなくても、その目標に向かって――」
「……違う、違うの。ボクはただ、らーちゃんと一緒にいたかっただけで。でも、らーちゃんはてっぺんにしかいないから、ボクもてっぺんに行かなくちゃいけなくて。それがどうしようもなく辛かったから、『天才』なんて言葉で、自分に噓をついてた。それだけ、なの」
スカイが上を向く。天に瞬く黄金の光が、涙で滲んだ空色の目に映った。
「でも、本当はボク、てっぺんなんてどうでもよかった。ただ、らーちゃんと笑いあっていたかっただけなの。なのになんで、こんな、ことに……!」
スカイはルシアスの腹筋につむじを当て、千切れそうなほど強く服を握りしめたまま動けなくなってしまっていた。
「いかないで、ルシアス。もう誰も、ボクを置いて行かないでよ!!」
スカイの魂からの懇願を受け、ルシアスは全てを理解した。
自分を天才だと言い続ける虚勢も、ラーミアへの強い執着も、全て……スカイが失った家族を求める想いが変な方向へ出力されたに過ぎなかったことを。
スカイがただ、家族と幸せに暮らしたかっただけの小さな子供だと。
その全てを理解した上で――ルシアスは顔を振り、スカイを丁寧に引きはがした。
「……ルシアス?」
「ごめんな」
ルシアスが剣を抜く。すると、その瞳に銀の星が宿った。
「そもそもこうなったのは、大体俺のせいだ。俺がもっとうまくやれていれば、こんなことにはならなかった。だから……恨むなら俺を恨め、スカイ」
「それはボクが、ダメな子だから――?」
「それは、違う」
「…………っ」
スカイの言葉を、ルシアスが制す。ルシアスの断言は重々しく。心の底からの想いであることが、伝わったのか……スカイは、錯乱状態からわずかに回復した。
ルシアスはスカイと目線を合わせ、柔らかい表情で話を続ける。
「スカイ。お前は、お前こそが、天才なんだ。それは、これまでの道のりで十分わかってくれただろ? だから、もう二度とそんな悲しいことを言わないでくれ。これは俺の、最後の頼みだ」
「ルシアス……」
ルシアスの優しい目に、その声色に吸い込まれ、スカイは、全てを、バッドエンドを受け入れてしまいそうになる……。
――が、すんでの所で踏みとどまった。
(違う! 違う違う違う違う!! これで終わっちゃいけない。見つけないと、ルシアスを引き留められるだけの、『何か』を! きっと見つけられる! ボクなら、できるんだ! だってボクは、天才なんだから!!)
スカイは歯を食いしばって首を振り、涙で濡れた壊れかけの心を押し込め、必死に脳内の情報をひっくり返し始めた。
(ルシアスが――ボクを天才だって言ってくれたから!!)
痛々しく矮小な自分の事を、心の底から信頼してくれた魂導者のために。
「…………あっ!」
そうして数秒間、ただひたすらにルシアスのことだけを考え続けたスカイは……大声をあげ、電流が流れたみたいに身体を跳ねさせた。そのまま、ルシアスが剣を持っている方の手の上からスカイが手を重ねる。
申し訳なさそうに振り向き、手を振り払おうとするルシアスの眼を強い力の籠ったスカイの瞳が射貫いた。
「じゃあ、ボクからも最後のお願い、していい?」
「? ああ、いいぜ。最後だっていうのなら、なんでも――」
「ルシアスとらーちゃんの間に、何があったか教えて」
「――――っ!?」
スカイの言葉にルシアスは額を濡らし、頬肉をひきつらせながらたじろいだ。
「……なんでそれを教えて欲しいか、聞いてもいいか?」
「……昨日ルシアスがうなされてた時、らーちゃんの名前を呼んでたし。それ以外にも、ルシアスとらーちゃんは同じ剣を使ってたり、お互いに何か特別な感情を持ってそうだって思う時が何回かあって……きっと今のルシアスを作ったのはらーちゃんなんだって、そう思ったから」
「……そう、か。やっぱり、スカイは鋭いな」
ルシアスが、諦めたかのように剣を持つ手から力を抜く。
「分かった、話してやるよ。俺とラーミアの間にあった、全てを」
ルシアスとラーミアが相打ちし、
家族のように想い、執着していた2人が目の前で死んだことで、スカイの精神が崩壊し……世界は『原作』へ収束する。
『主人公が選んだヒロイン以外、幸せになれない』世界へ。
……それを、覆しうるのは?